後日談 9話 カッチカチのアイスクリームからのぶらりお散歩イタズラツアー
……フッフッフ…… ……クックックッ…… ふははははははっ!
悪の心が解放されちゃいました! この剣から流れ込むデスメタル的なシャウトが私の魂をダークサイドに連れて行ってくれましたよ。
んー、実に気分が良いですねー。
どうもこんにちは、デビ~ルモーリンです。 あ、今は観葉植物状態ですからデビ~ル観葉植物と名乗るべきでしょうか?
さ~て、こうして私が目覚めたからには極悪非道の限りをつくして世界中を恐怖のズンドコに落としてあげますよー。
「oD5#gゆgJモーリン!」
ちくわちゃんが私を背中から下ろして顔を覗き込んできました。
「リン! だ、大丈夫!?」
ぺルルちゃんも私の顔の側にピューっと飛んで来ましたね。とっても顔が近いです。
んー、ちくわちゃんとぺルルちゃんも焦ったような表情です。よっぽど私の事を心配してくれているんですねー。
ですが……クックックッ、残念でしたね、あなたたちが知っているお気楽なモーリンは、既に死にました。
今の私は2人が泣きそうな顔をしていたとしても何も感じない邪悪な存在なのですよー。さあ、存分に嘆き悲しむがいいです!
「モーリン$m!? H@vミi!? dたgモーリン!」
「ね、ねえ! 返事をしなさいよ、大丈夫なのよねっ!?」
うっ……2人とも少し涙目になってます。『嘆き悲しむがいい』……とか思いましたけど、実際に半泣きになられると心が痛みますねー……。
よく見ると2人だけではなくて、後ろにいるマッスルさんや係長さんも深刻そうな表情ですし……うむむ……これは皆さんに思っていた以上に心配をかけちゃっていますか? こ、これは困りましたねー……。
あっ、い……いえいえ、私は極悪非道のデビ~ルモーリンです、周りの皆さんがどんなに心配していたとしても、全然まったく罪悪感など感じていませんよ?
なにせ今の私の心は、まるで去年食べ忘れたまま1年後に冷凍庫の奥から発掘されたアイスクリームのように硬く冷たいのです。
しばらく常温に置いておかないとスプーンすら刺さらないほどカッチカチですよ。
だから悪いなんて思っていない……のですが……うん。
えーっと……それでもここは一度皆さんを安心させてあげたほうが良い……ですよね?
べっ、別に情が捨てきれていないとかそういう訳ではありませんよ? その……ほら、アレです、今後ダーティな活動をするための下地作りというか? 布石というか? なんかそんな感じの理由です。
これから邪悪な存在として生活するにしてもそういう心配りって必要ですよね?
私は蔦を伸ばしてちくわちゃんとぺルルちゃんの頭をなでなでしました。
あっ、持っていた剣はプランターの土にさっくりと突き刺しておきましたよ。刃物を持ったまま蔦をうねうね動かしたら危ないですからねー。
私がなでなですると2人はホッとしたように顔を緩めました。
どうやら不安を取り除くことができたようですね。 ……フッフッフッ、どうですか? 私の悪のパワーをもってすれば2人を安心させて笑顔にしてあげることなど簡単なことなのですよ。
どうです? 恐ろしいでしょう?
ニヤリ。私は子供たちがトラウマになるほどに恐ろしい悪魔のような笑みを浮かべました。
「……うん、いつも通りの人畜無害そうな呑気な無表情だわ。呪いはもう平気みたいね」
おや? 人畜無害な無表情ですか? おかしいですね……悪魔のような邪悪な微笑みを浮かべているつもりなのですが……。
あの……もう一度よく見てくださいよ、悪そうな表情になるように頑張ったんですから。ほらほら、目元とか口元とか、何か企んでるみたいに『ニヤリ』って感じになってませんか?
届け! 私の悪の波動!
ぺルル・ワタシ・バリバリ・デビ~ル・ロッケンロール。
「ちょっとなに言ってるか分からないけど……まあそれも含めていつも通りのリンっぽくて安心したわ。……もう、心配させないでよね」
え!? いつも通りではありませんよ!? ほら、私、めっちゃ呪われてますってば! なんで気がつかないんですか!?
むむむっ、こんなにも悪の波動をバリバリに放っているはずの私がいつも通りに見えるとは……世の中、不思議ものですねー。
あっ、じゃあもしかしてぺルルちゃんだけではなくて、ちくわちゃんも私の悪のオーラに気づいてなかったりしますかね?
私はちくわちゃんの様子を確認しました。すると……
ああっ! ちくわちゃんが私がプランターの土に刺した剣に手を伸ばしています!
だ、ダメですよー! 確かに土に刺さっている剣というのは伝説の剣っぽくて抜いてみたくなる気持ちはわかりますが、それは私の悪の心の源なので誰にもあげられません!
ダーメーでーすーよーっ! それは私の! 私のなんですー!
私は蔦で剣をぐるぐると巻き込んで、ギューッと抱きかかえて、ついでにイヤイヤと駄々をこねるように体を左右に振りました。
するとちくわちゃんは私の様子を見て少し困惑しながらも、剣を触る事を諦めてくれたようです。……ふう、分かってくれてよかったです。
「そうね、いい判断よ。リンは呪いに耐えられるみたいだけど他の人はどうか分からないから、しばらくはそうやって他の人が触らないようにしてて」
ぺルルちゃん? んー、いい判断……と言われましても、ただ私が剣を独り占めしたかっただけなんですけど……ま、まあ、ぺルルちゃんがこれで良いと言うなら好都合です。じゃあこの剣はこのまま私が遠慮なく貰っちゃいますよー。
んー、相変わらず剣から聞こえてくるシャウトが心地いいですねー。 ふむふむ、慣れるとデスメタルというのも良いものです。
私が剣のシャウトに身を委ねていると、ぺルルちゃんがスゥーっと空へと浮き上がりました。
「私はちょっとそれを安全に処分する方法を調べてくるから、それまでその剣をお願いね。
……あっ、だけど、もしリンに負担がかかるようなことがあったら無理に我慢しないで手放しなさいよ? 約束よ?」
ぺルルちゃんはそう言うとピカッと光って、いつもの転移魔法でどこかへ行ってしまいました。
うむむ、私はこの剣を処分するつもりは無いので、処分方法なんて調べなくてもいいんですけど……。
あっ、ですけど考えてみたら好都合かもしれませんよね。
ほら、ぺルルちゃんは私のお目付け役的な所もありますから、近くにいたら悪い事をするときに止められちゃいそうじゃないですか。
なので、ぺルルちゃんがいなくなった今が悪事を働くチャンスという事です!
フハハハハ! さあ、今こそ私が暴虐の限りを尽くす時です! 今の私なら、この世のありとあらゆる犯罪行為に手を染められますよ?
横断歩道を手を上げないで渡っちゃいましょうか? スーパーの試食コーナーで2口以上食べちゃいましょうか? それとも本屋さんで長時間の立ち読みですか?
あるいは……ペットボトルをリサイクルしないでプラスチックゴミとして捨てちゃいましょうか?
おおっ、次々と悪事が思い浮かびますよ! どうやら私には悪の才能があったようですねー! んー、自分の才能が怖いです!
さ~て、どんな悪事をやっちゃいましょうかねー。
さあ、ちくわちゃん、私を背負って街を歩き回ってください! 色々と悪さをしながら練り歩きますよー!
蔦を伸ばしてチョイチョイっと合図すると、私の言いたい事を理解してくれたのか、ちくわちゃんは私を背負い直して歩き出しました。
さあ、ぶらりお散歩イタズラツアーに出発ですよ。 デビ~ルモーリン、いざ出撃ぃ~!
ーーーー フリージア視点
今日もモーリンと一緒に街を散歩している。
だけど今日は妖精も一緒にいるんだよ。この妖精は突然いなくなったりすることが多いから、みんな一緒に街に来るのは久しぶりな気がするね。うん、ちょっと嬉しいかも。
あっ、もちろんいつものモーリンと2人きりのお散歩に不満なんて全く無いけどね。
うーん、それにしても今日のモーリンは、街のみんなにいつも以上に挨拶をしてるなぁ。さっきからずっと枝をワサワサ振りっぱなしだ。
むぅ……モーリンが誰にでも気さくに挨拶するのは知ってるけど、せっかく私と一緒にいるんだから、もっと私の方を構って欲しい。
……ぐぬぬっ、なんだかちょっとモヤモヤするかも。
気がつくと街のみんながギョッとした顔で私を見ていた。
あっ……つい周りを睨みつけちゃってたね。モーリンが他の人に愛想をふりまいているのを見てイライラしちゃってたみたい。
いけないいけない、せっかく3人でいるんだから楽しまないとね。笑顔笑顔。
私がイライラを忘れてお散歩を楽しもうと気持ちを切り替えた、その時……
「これは何の騒ぎだ!?」
ん? 今のは兄さんの声だ。向こうの通りから聞こえたね。なにかのトラブルかな?
うーん、兄さんに任せておいてもいいと思うんだけど、なんかモーリンが気にしてるみたいだから行ってみようか。
悲鳴の聞こえた辺りまで来ると、兄さんとヒースさんがいた。……あっ、その奥でお腹を押さえて座り込んでいるのはカクタスさんかな?
「ねえ、なんか騒がしかったけど、何か起きたの?」
私が声をかけてみると、兄さんがこちらをクルッと振り向いた。
「むっ、フリージアか。俺にもまだ詳しくはわかっていないのだが、ヒースによると呪いの剣のせいでカクタスが正気を失っていたようだ」
「面目ないです……」
兄さんの言葉に、カクタスさんが悔しそうに呟いた。
「むぅ……呪いの剣? そんなのがあるの?」
「ああ、今はそっちの方に転がっているはず……あっ……!」
「えっ、なに?」
何か言いかけた兄さんが、驚いた顔をして固まっているのを見て、私はその視線の先をたどってみた。
すると地面に転がっていた剣を、見慣れた蔦が絡めて持ち上げているところだった。 ……えっ!? この蔦って……!
蔦は私の背中側から伸びていた……って言うか正しくは背中に背負ったモーリンからだ。
ねえ、呪いの剣なんて持って大丈夫なの? モーリンは呪いなんかに負けないと信じてるけど、ちょっと嫌な予感がするかも……。
次の瞬間、剣から嫌な魔力が広がって、モーリンに向かって流れ始めた。
「えっ、これ、大丈夫なの!? モーリン!」
モーリンの事は信じてるけど、やっぱりこれは心配だよ! 横を見ると妖精も顔色を青くして羽をバタバタさせているし……。
むぅ……妖精がこんなに慌てるってことは、やっぱりマズイんじゃ!?
私はモーリンの様子を確認ようとしたけど……むぅ……背中に背負ったままじゃあよく見えない! えっと、えっと……あっ、背中から下ろせばいいんだ!
私は焦りながらも、出来るだけ手早くモーリンを背中から下ろした。
「モーリン、平気!? どこも痛くない!? ねえ、モーリン!」
私と妖精はモーリンの顔を覗き込みながら尋ねた。だけどモーリンは何も返事をしてくれない。
いつもなら枝をワサワサしたり頭を優しくなでたりしてくれるはずなのに、なんで反応が無いの? ね、ねえ! 何か返事をしてよ、モーリン!
私が泣きそうになっていると、モーリンは少し困ったような仕草をしてから、持っていた剣をサクッと土に突き立てると、空いた蔦を伸ばして私と妖精を撫でてくれた。
ああ、よかった……いつもの優しいモーリンだ。 えへへ、安心したぁ。
「ふぅ、どうやらモーリン様は呪いの影響は受けていないようだね。モーリン様が剣を持ち上げた瞬間はヒヤリとしたよ……」
ヒースさんがおデコの汗を拭きながらそう言った。
そうだよね、今は平気みたいだけど、万が一にでもモーリンが呪われたら大変だよね。
うーん……じゃあこの剣は壊した方がいいよね? よし、やっちゃおう!
私はポッキリとやっちゃうために剣に手を伸ばした。
すると、モーリンがあわてて剣を抱きしめて、オモチャを取り上げられないように抵抗するだだっ子みたいな動きをし始めた。
うっ……なにこの動き! 可愛いっ! そんなことされたら剣を取り上げれないよっ……!
「おい、迂闊だぞフリージア! おそらく壊そうとしたのだろうが、対抗策も用意しないまま剣に手を伸ばしてお前が呪われたらどうするつもりだったんだ」
むぅ……兄さんに怒られた。……でも確かに迂闊だったかも。反省。
モーリンが呪われるかもって考えたら、早く剣を壊すことしか頭になくなっちゃってた。
「まったく、モーリン様が呪いを受けないか心配だったのだろうが、お前の不注意でモーリン様に心配をおかけしては本末転倒だぞ」
兄さんが呆れ顔でそう言った。
え? 私がモーリンに心配をかけた? ……あっ、そうか。モーリンがさっき剣を私に触らせないようにしてたのって、私が剣の呪いを受けないようにかばってくれてたのか。
それをだだっ子みたいで可愛いとか思っちゃうなんて、我ながら恥ずかしい勘違いをした。 むぅ……モーリンに申し訳ない。
見てみると、まだモーリンは全身でガッシリと剣を抱きしめていた。
こんなに強く抱きしめてたら、絶対に他の人は触れないね。
その姿を見ていたヒースさんが、何かに気づいたように「ああ」と一声出してから話し始めた。
「もしかしてモーリン様は他の人に影響が出ないように、このまま剣を守っていて下さるおつもりなのかも……。
お手を煩わせるのはとても申し訳ないけど、ここはモーリン様の厚意に甘えて剣の事はお任せして、僕らはこの剣を持ち込んだ行商人を探そうよ」
ヒースさんがそう提案すると、兄さんとカクタスさんも顔を見合わせて頷いた。
「む、確かにそうだな。……ではモーリン様、剣の事はお願いいたします。
行くぞカクタス!」
「はいっ! ではモーリン様、失礼いたします!」
兄さんたち3人はモーリンに頭を下げてから、どこかに向かって走り出した。
あれ? 気がつけば、いつの間にか妖精もいなくなっているね。
そう言えばさっき私が兄さんと話してるとき、なにかがピカッと光った気がしたね。また転移魔法でどこかに行ったのかな?
じゃあモーリンと2人きりだね。それはそれで嬉しいけど……でもモーリンは呪いの剣を持ったままだし、このままお散歩を続けるっていう状況じゃないよね。
むぅ……これからどうしよう。家に帰った方がいいのかな?
私がどうするか悩んでいると、モーリンが向こうの通りを蔦でチョイチョイっと指し示した。
ん? そっちに行けばいいってことなのかな?
呪いの剣を持って歩き回るのは少しだけ心配だけど、モーリンのことだからきっとなにか深い意味があるんだよね?
……うんっ、任せて! モーリンが行きたいって言うなら、私がどこへでも連れて行ってあげるよ!
私はまたモーリンを背負い直して、モーリンの示す方へと歩き出した。