ストーンライフ! 6話 予想外の呼び名
お金持ちのお屋敷にお世話になるようになってから3日が経った。
最初は、何で紫のおじさん達の仕事の依頼人に私達が会うことになったのかも分からなかったんだけど、この3日の間に色々とアナベルさんが説明してくれたおかげで、ある程度は理解できたわ。
説明してくれたアナベルさんと、それを通訳してくれた精霊さんには感謝しなきゃね。
まず、あのおじさん達の受けた依頼は、ここのご主人のコレクションの1つである、魔力で動く人形が逃げ出してしまったから、それを見つけてくるってものだったらしいのよ。
で、その人形というのが、私が山の噴火で飛ばされた時にぶつかって壊しちゃったあの人形だったみたいなの。
……事故とはいえ私が依頼の品を壊しちゃったって聞くと、ここのご主人にも、依頼を受けていたおじさん達にも申し訳なく思うわね。
それであの時、なんでおじさんが私を拾って持って行ったかというと、どうやら私がその人形の動力となっていた魔力を吸収していたらしくて、その事を依頼人と、仕事を仲介したギルドって所に説明するための証拠品として回収したってことみたい。
魔力を吸収って聞いた時には、そんな事出来ないわよ、って思ったんだけど、考えてみたら確かに私はあの人形を壊した直後から五感が鮮明になったのよね。
なんで急に? って疑問を感じてはいたんだけど、あれって魔力を吸収したことで私が成長したってことだったのね。
そしてそのあと、おじさん達が持ってきた私を見た精霊さんが、私がただの石じゃなくて魂のある存在だと気づいて、友達として扱ってくれたことで状況が少し変わってきたみたい。
本来私は依頼の証拠品として提出されて、依頼人か、もしくはギルドの所有物になるはずだったらしいんだけど、あの紫のおじさんが依頼人に対して、『この石は人と同じ心を持つ存在だから、その意思を尊重して欲しい』って伝えてくれたらしいのよ。
あのおじさん達って本当にいい人よね。……見た目や仕草はスゴく怪しいけど。
ただ、私のために依頼人に頭を下げてくれたおじさん達には心から感謝しているけど、石である私が今こうしてちゃんと客人として扱ってもらえているのは、おじさん達が頼んだ結果というよりは、依頼人であるこのお屋敷のご主人がエルフだったことが大きいみたいだわ。
どうやらエルフって種族にとって精霊っていうのは神の使いみたいな扱いで、信仰の対象らしいのよ。
そんな信仰すべき相手である精霊さんが『友達』と呼んでいる事、それに私自身も精霊の一歩手前みたいな存在であることもあって、礼儀を持って接してくれてるみたい。
ただ、正直な所、私のために客室とベッドを用意してもらっても意味ないのよね。
ソファーとかベッドとか使わないのよ、私、石だし。
ここのご主人も、きっと石を客としてもてなす状況なんて想定してないでしょうから、どうしていいか迷った結果とりあえず人間の客と同じ対応をしたんでしょうね。
まあ結局は、私は個室を与えられても意味ないし、精霊さんとジャッド君も一人でいるのは嫌みたいだから、個室じゃなくて大きい部屋に移ってみんなで一緒にいることになったけどね。
今も、アナベルさんがご主人となにか話し合っている間、私と精霊さんとジャッド君の3人で…… ん? 石と精霊が混じっていても『人』って単位でいいのかしら? ……まあ細かいことはいいか。
とにかく、みんなで一緒に過ごしているわ。
……頭上で、ペラリと紙をめくる音がする。
「……こうして聖王は精霊の導きに従い、この地に平和をもたらしました。 めでたしめでたし……なの」
「へえ。……読んでくれてありがとうね」
精霊さんが私をひざの上に置いて、本を読み聞かせてくれていた。
すぐ隣にはジャッド君が座っていて、一緒に精霊さんが読んでくれる物語を聞いているわ。
ジャッド君は自分で字が読めるけど、本を読んでもらうのは好きなんだって。
私はこの世界の字が読めないから、文字の勉強も兼ねて読んでもらっていたんだけど……読み聞かせしてもらうなんて、まるで小さな子供になったみたいでちょっとくすぐったい。
……だけど、なんだか優しい気持ちになれて悪くないわね。
私がほっこりとした気分に浸っていると、ガチャリとドアが開いてアナベルさんが入って来た。
おかえり。どうやらご主人とのお話しは終わったみたいね。
「セリーナ、ふgfR5zz@へ6yKれh」
あら、私を呼んだ? 視線もこっちを向いているし、私に対して話しているみたいね。
アナベルさんの言葉は分からないけど、すぐに精霊さんが通訳してくれた。
「あのねあのね、この家の人が、おかあさんの街に荷物を送るんだって。
それでね、馬車で荷物を送る時に一緒にセリーナのことも運んで行ってくれるって言ってるの!」
この子のおかあさんって……鈴の事よね!? 本当!? 私、鈴のいる街に連れて行ってもらえるの!? それは嬉しい知らせだわ!
あっ、でも……この子たちはどうするんだろう。
『運んで行ってくれる』って言い方をするって事は、多分この子たちが連れて行ってくれる訳じゃないってことよね?
もし一緒に行くのならそう言うと思うし。
「……貴女たちは一緒に鈴の所へは行かないの?」
私がそう尋ねると、精霊さんは少し困ったような顔をした。
「うん。わたしたちは、おかあさんの街のみんなに凄く迷惑をかけちゃったの。
ちゃんと勉強して一人前になってから、あの街のみんなにゴメンなさいとありがとうを言いに行くってアナベルやジャッドとお話しして決めたから、今はまだ行けないの」
ふぅん……この子が他人に迷惑をかけることをするとは思えないし、アナベルさんは十分に一人前っぽいんだけど……きっとなにか事情があるんでしょうね。
少しだけ興味があるけど、あんまりズケズケと踏み込んで聞くような話じゃなさそうだから、詮索はしないでおきましょう。
でもまあ、とりあえずこの子たちは行かないっていう事はハッキリしたみたいね。
そうなると、この3人とも一度お別れって事になっちゃうのか。
「……セリーナとはお別れなの。せっかくお友達になれたのに、……少し寂しい」
この子も同じ事を考えていたみたいで、悲しそうな顔をしてそう言った。
この子がしょぼんとした顔をしているのを見ていると頭でも撫でて慰めてあげたくなったんだけど……今の私にはそんな事もできないのよね。
こういうときは、動くことのできない石ころの体がもどかしいわ。
だけど、手を伸ばすことができないとしても、少なくともこの子とは言葉が通じるんだから、言葉で気持ちを伝えるべきよね。
悲しい顔でお別れするのは、私も嫌だし。
「……確かに少しだけ寂しいけど、私は悲しまないわ。
私は貴女とまた会えると信じてるもの。 ……なに? 貴女は私と再会できるって信じてくれてないの?」
「信じてる! 私はセリーナとまた会えるの! また会いたいの!」
「だったら悲しまなくていいわよね。だってまた会えるんだもの。
だから、笑ってくれない? 私、貴女の笑顔が好きなのよ」
「……うん!」
精霊さんはコクリと一度大きく頷くと、いつもの無垢な笑顔を向けてくれた。
笑ってくれて良かったわ。こういう時は、本音が伝わる精霊語って便利よね。
口先だけじゃなくて、心から本当に励ましたいって思っているっていうのがちゃんと伝わるから。
『貴女の笑顔が好き』なんてキザな言葉が無意識でスルッと出て来ちゃうのは少し恥ずかしいけどね。
「……えへへ、セリーナは優しくてあたたかいの。……おかあさんみたいなの」
「ふふっ、そうかしら? 照れくさいけど、少し嬉しいわね」
「嬉しいの? じゃあセリーナのこともおかあさんって呼ぶの! ……あっ、でもおかあさんは1人だけなんだよね?」
うん? 別に母親が1人と決まっているわけじゃないと思うけど……ほら、人によっては家庭の事情とかも色々とあるわけだし。
うーん、でもこの子に『家庭の事情によっては……』とかそういう生々しい話はしづらいわよね。
まあ、私も本気でおかあさんと呼ばれたいわけじゃないし、この話は終わりにしましょうか。
「今まで通り普通にセリーナって呼んでくれれば……」
「そうだ! おかあさんがダメなら、セリーナは『おとうさん』なの!
ねえねえ、おとうさんって呼んでいい?」
おとうさん!? 私が!? そ……それは予想外の呼び方ね……。
石の体には性別は無いけど、精神はまだ女のつもりなわけだし、おとうさん呼びされるのはちょっと抵抗あるわ。
それに鈴が母親で私が父親だなんて、それじゃあ私と鈴が夫婦みたいじゃないの。 私と鈴が夫婦だなんて、そんなのは流石に……
夫婦…… 夫婦か。 ……鈴が私の奥さん……。
「素晴らしいわね。おとうさんって呼んでくれて良いわよ」
「わーい! 嬉しいの! おとうさんができたの!」
あ、あら……? 口が滑ったわ。この精霊語っていうのは本当に、気持ちがストレートに言葉になりやすいのが問題ね。
ま、まあ、この子も喜んでいるみたいだし、今さら無かった事にするのもなんだから、訂正は……しなくていいわよね? うん。
「おとうさん。わたしもアナベルもジャッドも、今すぐは行けないけど、いつかきっとみんなでおかあさんの街に行くの。
だからおとうさんだけ先に行って待っててね」
「ええ。いつかみんなで同じ街で暮らせたらいいわね」
私が荷物と一緒に出発するのは明日の朝らしい。
別れを惜しんで……って訳ではないけど、この日はベッドでみんなでお喋りをした。
と言っても私の声は精霊さんにしか聞こえないし、アナベルさんとジャッド君の言葉は通訳してもらわなきゃ私には理解できないから、みんなで一緒にお喋りしたってまともな会話になんかなっていないと思うんだけど、不思議とその時間はとても楽しいものに感じられた。
しばらくしてジャッド君が眠っちゃうと、アナベルさんは喋るのをやめた。
まだ起きてはいるみたいなんだけど、多分ジャッド君を起こさないようにって思ったんでしょうね。
うん、そういうマナーは大切よね。
だけど精霊語は周りには聞こえないし、私と精霊さんは眠らなくてもいい体だから、私たち2人は夜が明けるまでお喋りを続けていた。
翌朝。朝食を済ませてしばらくすると、部屋に猫耳メイドさんが訪ねてた。
通訳してくれた精霊さんの説明によると、鈴の住む街に向かう馬車が玄関先で待っているみたい。
送る予定の荷物はすでに積み終わっていて、あとは私が乗るだけなんだって。
最初は使用人っぽい男の人が私を運ぼうとしたんだけど、それを断って精霊さんが私を馬車まで運んで行ってくれた。
そして彼女は、荷台の奥の隙間に優しくそっと私を置いた。
「おとうさん。少しだけお別れなの。……でも、絶対にまた会おうね」
「ええ、約束よ。貴女とまた会える日を、鈴と……おかあさんと一緒に待ってるわ」
お互いに一言ずつ言葉を交わすと、すぐに馬車を出発させてもらった。
うん、これでいいわ。今までのお礼もお別れも再会の約束も、昨日の夜中に何度もしたから、今はもう長々と話すことは無いし、むしろ話していたら余計に別れ難くなりそうだから、こういうのはすぐに出発しちゃうべきよね。
馬車は真っ直ぐに走り出す。
馬車の荷台は幌で覆われているけど、私は透視能力を使えるからそれを使って外の様子を見ていた。
精霊さんとジャッド君は、ピョンピョンと跳ねながらずっとこっちに手を振ってくれているわ。可愛いわね。
アナベルさんは、フードをすっぽり被っていて表情は見えないし、すぐに屋敷に戻ってしまったから、素っ気なくも見えるけど……
でも私、見ちゃったわ。 くるりと背を向けて立ち去る直前に、一度だけこっちに手を振ってくれたのを。
ちょっとひねくれている感じもあるけど、アナベルさんってやっぱり悪い人じゃなさそうよね。
精霊さん、アナベルさん、ジャッド君、それに紫のおじさんたちも……。
この世界に来てすぐに親切な人たちに出会えて、私は本当に幸運だったわね。
皆のおかげで知らないことだらけな状況でも心細くなかったし、思っていたよりもずっと早く鈴と再会できそうだわ。
お世話になったみんなには、いつか恩返ししなくちゃね。
それにしても……ふふっ。
今、この馬車は、鈴の街へと向かっているのよね。
沢山の荷物を積んだ馬車の速度はあまり速いものではないけど、たとえゆっくりであっても真っ直ぐに鈴の所へと向かっているんだと思うと、嬉しくてたまらなく心が弾むわ。
鈴……もうすぐ会えるのね。 本当に楽しみだわ。
次からモーリン側に戻ります。
最近、どうにも筆が遅いんですが、なんとか頑張ります。