ストーンライフ! 5話 石、王都に到着する
更新が遅くなってすいません。
やっと街に着いたわ。これで馬車の旅も終わりね。
みんな馬車から降りて御者のおじさんにお別れを言って歩き出した。
いえ、歩き出した……とか言っちゃったけど、私は歩けないから相変わらず持ち運びされてるんだけどね。
申し訳ないから覚えたての魔法で体重を軽くして、少しでも迷惑にならないようにしているわ。
そう、私は少しだけ魔法が使えるようになったのよ。
といっても自分の体重を増減したり、自分を磁石に変えたりっていうもので、ちょっと使い勝手が微妙なものばかりなんだけどね。
私の可愛い先生さんが言うには、どっちの魔法もあんまり聞いたことのない珍しいものらしいわ。
やっぱり私が石だから、普通の人とは得意なものが違うのかも知れないわね。
工夫して応用すれば出来ることもありそうだけど、今はこうやって軽くなって持ち運びしやすくなるくらいがせいぜいかしら?
まあ、この子は強い精霊だから普段の重さでも負担にはならなそうだけど、できるからには軽くなっておいたほうがいいわよね。
……重いとか思われたくないし。
それにしても……大きな壁に囲まれているのを外から見た時点で立派な街だとは思っていたけど、中から見たらここが大きな街だってことが、よりハッキリと分かるわね。 途中で立ち寄った村と比べると活気がまるで違うし。
多分ここは首都か、それに準ずる主要都市ってところかしら?
でも、立派なのは良いけど相変わらず文化がごちゃ混ぜなのには……うーん、どうしても違和感があるわね。
この世界はこういうものなんだって慣れなきゃいけないのはわかってるんだけど、見た目がカオス過ぎるわよ。
だって、古代ローマの学者っぽい格好の人と北欧のバイキングみたいな人が2人でスペイン式の酒場でフランス風のパンを食べてるのを見ると、コントか何かにしか見えないわよ。
この『ヨーロッパの事を分かっていない人が適当にイメージしたヨーロッパ』みたいな景色が私の精神力をじわじわと削ってくるのよね……。
気を抜くと笑っちゃいそう。
あっ……でも多分、鈴ならこの街を見ても、疑問も無く普通に中世ヨーロッパ風だとか思ってそうよね。
あの子って産業革命以前の西洋は全部中世ヨーロッパだと思ってそうだし。
ただ、文化がごちゃ混ぜになっている違和感さえ無視すれば、ここは良い街みたいね。
建物や道もキレイで、全体的に活気もある。
それに、身なりが良い子供が1人で歩いていても周りの大人たちが心配そうにしていないから、おそらく誘拐を気にしなくて良いくらいには治安が良いって事だと思うわ。
街中をキョロキョロして歩いてたら、都会に出てきたばかりの田舎者に見られそうで恥ずかしいけど、まさか石が周りを見回してるとは誰も思わないだろうから遠慮なくキョロキョロしてやったわ。
精霊さんやジャッド君も珍しそうにキョロキョロしていたから、あまり大きな街には慣れてないのかも。それにアナベルさんも……ふふっ。
一見クールにしてるんだけど、それが明らかに『地方から上京したての人が舐められないように都会に慣れてる演技をしている』みたいな態度だから不慣れなのはバレバレだったわ。
男性に向かって言うのは失礼かも知れないけど、ちょっと可愛く見えちゃった。
でもおじさんたちはこの街に詳しいみたいだから助かったわね。
気難しそうなアナベルさんもそれは認めてるのか、素直に案内に従ってるわ。
私たちはおじさんの案内で街を見学しながら歩いて、役所っぽい施設に到着した。
精霊さんに説明してもらうと、ここは仕事を斡旋してくれる施設で、紫のおじさんチームが受けていた依頼の報告をしに来たみたい。
ついでにアナベルさんも仕事を探しているみたいで、求人情報が書いてあるっぽい紙とにらめっこしていたわ。
しばらくすると、受付で話をしていたおじさんが戻ってきた。
精霊さんに通訳してもらったけど、どうやら依頼人に会いに行くことになって、面会の許可が出るまでの時間を潰すために喫茶店に行くみたい。
アナベルさんはあまり乗り気じゃなさそうだったけど、ジャッド君が喜んでいたから断れなかったようで、結局みんなで行くことになったわ。
……まあ、それは良いんだけど、その喫茶店で、おじさんチームが1つのコップにみんなでストローを刺して、一緒にチューチュー吸い始めたのにはドン引きしたわ……。
仲が良いのはいいことだけど、中年男性グループがやることじゃないわよね。
精霊さんは精霊さんで、お裾分けだと言って私にお茶をかけ始めたし、確実に店員からヤバい集団だと思われたわよね。
……いえ、私にお裾分けをしてくれる気持ちは嬉しいのよ? ただ、テーブルに人の頭くらいの石をドンと置いて、笑顔でその石にジャバジャバお茶をかけ始める女の子が周りからどう見られるかって話よね。
ジャッド君は子供だから周りの目とかは気にならないんみたいだけど、アナベルさんは居心地悪そうにしていたわね。
いつも深く被っているフードをいつも以上に深くして、周りから顔が見られないようにしているみたい。
普段は精霊さんの事を気にかけているっぽいアナベルさんも、その時だけは他人のふりをしたそうにしていたわ。
うん……ちょっと気持ちが分かる気がするわね。
私もオシャレなケーキショップで鈴と待ち合わせしたとき、あの子が中学のジャージに小学の赤白帽子とゴム長靴のコーディネートで現れたときは少しだけ他人のふりをしたくなったものだわ。
百歩譲って……いえ、百歩じゃ無理ね。 ……五百歩くらい譲ってどれか1つか2つまで許すとしても、トリプルパンチは流石に無いわ。
その時の自分の気持ちを思い出して、つい同情の視線を送ってしまったらそれが伝わったのか、その時からアナベルさんが私に少しだけ心を開いてくれたような気がするのよね。
……気のせいかもしれないけど。
あっ、ちなみにお裾分けしてもらったお茶だけど、残念ながら味が分からなかった……というか、そもそも飲めなかったわ。
まあ、仕方ないか。 石だしね。
結局、依頼人さんの家に行ったのは夕方を過ぎてからになった。
明日以降になる事も考えていたんだけど、面会を求めたその日の内に会ってくれるなんて、運が良かったのか、あるいは依頼の報告を急いで聞きたいかのどっちかかしら?
……ところで、おじさんたちの仕事の報告なのよね?
部外者がついていって良いの? ……まあ、みんな当たり前の顔で同行してるから問題は無いのかしら?
到着した先は……一言で言うと豪邸ね。アラブの石油王でも住んでいそうな派手な屋敷だわ。 凄いわね、武装した警備兵まで常駐してるわよ。
こんなお金持ちから依頼されたっていうことは、この紫のおじさんたちは意外とやり手なのかもね。
正面玄関らしい大きなドアが開くと、メイドさんが出迎えてくれた。
……あら? このメイドさん、猫耳としっぽがついてるわね。
獣人ってやつかしら。それともコスプレ? 主人が道楽でメイドにコスプレを強要しているって可能性もあるかも……。
チラリとみんなの様子を確認してみたけど、誰も気にしていないみたいだから、きっとコスプレじゃなくて本当にこういう種族の人なのね。
あの耳、本物なんだ……ちょっと触ってみたいかも。
猫耳メイドさんに案内された先は、これまた豪華な部屋だった。 あの花瓶や絵画、素人目に見ても高そうだわ……。
その部屋の奥にはこれまた高価そうなテーブルとソファーがあって、そこに家主夫婦らしき人たちがいた。
モノクルをしたインテリっぽい中年男性と、女医とか婦警みたいなキリッとした印象のご婦人で、2人とも高級そうな服装をしている。
「tPも3cchゆJE8@」
「*れsZ9kは#」
主人らしき男性と紫のおじさんが何か話し始めた。
依頼の報告をすると聞いてたからそれは分かってたんだけど、途中からアナベルさんも会話に参加して、更には精霊さんまで会話に加わった。
仕事の報告……だけではないみたいね。なんの話をしてるのかしら……。
流石に気になるし、精霊さんに聞いてみようかな。
「ねえ、何の話をしてるの?」
「うーん……わたしに会えたことを喜んでくれてるみたいだけど……言葉遣いが難しくて良くわからないの。 説明してあげられなくてごめんね」
精霊さんは少し困った顔をしてそう言った。
言葉遣いが難しい? ……ああ、多分相手はこっちに礼儀を払って丁寧に話してくれてるんだろうけど、この子は堅苦しい言い回しとか社交辞令とか、そういう話し方は苦手そうだもんね。
確かに本人が理解してない内容を説明してくれと言っても難しいか……。
「……fEほ2@つ#dIuメ#……セリーナ」
あれっ? 今、アナベルさんが私に向かって何かを言った?
今、最後にセリーナって名前を言ったわよね?
「えっとね、『後で僕が説明してあげるよ、セリーナ』って言ってるの」
精霊さんが教えてくれた。 へえ……それはありがたいわね。
それに名前を呼んでくれたってことは、私の事も人格のある個人として認めてくれてるってことよね? 話を説明してくれることもありがたいけど、何よりそれが嬉しいわ。
……それにしても、なんか素っ気ない感じだったアナベルさんが私を気遣ってくれるなんてねえ……。
意外……と思ったけど、考えてみたらなんだかんだで精霊さんやジャッド君の保護者をやってるくらいなんだから、無愛想に見えても実は世話焼きな性格なのかもしれないわね。
それからしばらく会話を続けた後、私たち全員は別室に案内された。
広い部屋に大きなテーブルが置かれていて、その上には食べ物や飲み物が並べられていている。 ……ああ、食事に招待してくれたのか。
あの猫耳メイドさんがみんなを席に案内して、最後にはちゃんと私の事もテーブルの端に置いてくれた。
私は石だし食事もできないけど、それでも仲間外れにしないでくれるのは嬉しいわ。
それにしても沢山の食事が並んでいるわね。
この世界の料理の値段なんて分からないけど、種類の豊富さと盛り付けの美しさ、それとなにより料理を見た紫のおじさんたちのリアクションから、これが結構なご馳走なのは想像つくわ。
でもコース料理みたいに一皿ずつ順番に出てくるんじゃなくて、最初から料理が全部並んでいるのね。
この国の作法かしら? 料理が冷めちゃいそうだけど、沢山並んでいる方が見た目は豪華ね。
私は食べられないから、せめて見た目だけでも楽しませてもらおうと思って料理をじっくりと見てみたんだけど……普通に美味しそうね。
まさに異世界! って感じの謎の食べ物があるかと思ってたけど、意外と地球の料理と違いは少ないみたい。
……あっ、お米もあるのね。主食じゃなくてサラダの具材に使われてるみたいだけど。
あっちはローストビーフとステーキの中間みたいな肉料理か。
それであっちは……良くわからないけど、魚介かなにかの練り物かしら? カマボコとかちくわとかそういう感じの……。
チッ!…… あら? 何でかしら……。
なんか今、『ちくわ』って言葉にもの凄くイラッとしたわ。
なんだかまるで憎むべき宿敵の名前でも聞いたみたいな気分だったわね。正直、無条件で殴りたいレベルの不快感だったわ。
でも別にちくわに嫌な思い出とかがある訳じゃないし、きっと気のせいよね……? うーん……なんかモヤモヤするけど。
私がちくわに対する謎の嫌悪感をついて考えている内に、いつの間にか食事は終わっていたみたい。
紫のおじさんたちは帰って行ったけど、精霊さんとアナベルさん、ジャッド君、そして私はこのお屋敷に泊めてもらうことになったみたい。
部屋に案内されて、そこでみんな荷物を置いてくつろいでいるわ。
ちゃんと人数分の部屋を用意してくれたみたいだけど、自然とみんなアナベルさんの部屋に集まって来た。
ジャッド君も精霊さんも、アナベルさんに懐いてるわね。
それに……ふふっ、アナベルさんも表面上は面倒くさそうだけど、満更じゃないみたい。
……前から薄々と思ってたんだけど、この人っていわゆるツンデレなのかもしれないわね。
それから少しの間、雑談していたみたいだけど、夜も更けてジャッド君がベッドに入って寝息をたて始めると、アナベルさんが私に何かを話しかけて来た。
「gT1よs@る2rU#」
「えっと、『さて、約束通り、状況を説明してあげるよ』……って言ってるの」
すぐに精霊さんが通訳してくれる。
つまりこれからアナベルさんが状況説明をしてくれて、精霊さんがそれを通訳してくれるってことよね?
私はありがたいし、現状はそれしか方法はないけど、ずっと通訳している精霊さんが大変なんじゃないの?
「……精霊さんは大変じゃないの?」
私が直接確認してみると、彼女はニコニコと笑いながら答えた。
「ううん、全然! わたしはいっぱいお喋りできて嬉しいの!」
うん、嘘の言えない精霊語でそう言っているんだから本当みたいね。 じゃあ遠慮なく通訳をお願いしましょうか。
……今度なにかお礼をしないとね。私になにか出来ることがあればいいんだけど。
こうして講師・アナベルさん(通訳・精霊さん)による状況説明が始まった。
予定では次くらいでモーリン側に戻る予定でしたが、やっぱりもう1話セリーナの話にしますね。
次はもう少し早めに更新したいと思います。