ストーンライフ! 4,5話 不審者たちのお茶会
話がなかなか纏まらず、書きかけを一度全部消して一から書き直したので更新がちょっと遅くなっちゃいました。 すみません。
今回はアナベル視点です。
馬車で揺られ続けてどれくらい経ったかな。いい加減にうんざりしてきたよ。
ただそろそろ王都が近いのか、この辺りは地面が整えられていて馬車があまり揺れないから、随分と楽になったかな。
「見えてきましたよ、あれが王都です」
先頭に座って御者をしている商人のその言葉を聞いて馬車から顔を出してみると、王都が見え始めていた。
見るものに威圧感を与えるような大きな石壁が街をぐるりと囲んでいる。
昔に一度だけ来た事があるけど、変わらないな。相変わらずこの人工的で物々しい感じは好きに慣れないな。
森育ちのエルフである僕にとっては、見ているだけで息が詰まりそうだよ。
「やっと着いたねー! ボク、妖精だった時には来たことがあったけど、今の体で見たらまた少し違って見えるなぁ!」
「すごく大きい壁なの。きっと作るの大変だっただろうなぁ。
ほら、セリーナも見て見て!」
ジャッドとあの子も顔を出して、王都の石壁を見て騒いでいる。
ふうん、僕には無粋な造形に感じるけど、この子たちにははしゃぐような景色に見えるのか……。
僕には理解しにくい感覚だけど……でもまあ馬車の旅にも飽きていたし、今は街に到着した事を素直に喜んでおくとするか。
「では、ここまでですね」
王都の入口で商人が馬車を停める。
「途中で魔物が現れた時は生きた心地がしませんでした。
いやあ、あの時は貴方たちのお陰で本当に助かりましたよ」
全員が馬車から降りると、商人がそう言って頭を下げた。
この件について礼を言われるのは3度目くらいだ、ゴブリンとオーク程度でいちいち大袈裟だね。
まあ感謝もしないような礼儀知らずよりは好感が持てるけどさ。
「ああ、別にそういうのはいいよ」
僕はそう言って商人に背を向けると、歩き出す。
するとあの子が駆け寄って来て、僕に文句を言った。
「アナベル、態度が悪いの。もっとちゃんとお別れしないと良くないの」
「……はあ? 態度が悪いとか言われても、他にどう言えばいいっていうのさ?」
「んー……『こちらこそありがとう』とかかなあ?」
「金を払って乗って、更に護衛もしてやったんだから僕が礼を言うような理由はないだろう?」
「そうなんだけど……でも、そうなのかなぁ? うーん」
自分でも自分の言いたい事を上手く言葉に出来ないのか、首を傾げてうんうん唸っている。
……それにしても、この子が僕に意見するなんて珍しい……と言うか、初めてかな? 反抗されるのは不愉快だけど、まあこの子なりに成長してるって考えると、嬉しい気持ちも無くもないね。
どう言い表せば良いか分からない不思議な気分になっていた僕を、一気に不快な気分へと誘う声が聞こえた。
「さあ、同志アナベル、こっちに来たまえ。私のリードに身を任せるんだ。君のまだ知らない所へと連れて行ってあげるよ」
変態どもが手招きしている。
気持ちの悪い言い方するな! あと、同志って言うな!
正直アイツらとはここで別れてしまいたいんだけど、不本意ながらもうしばらく同行しなくちゃいけない理由がある。
例の石だ。
あの子が随分とご執心のようだし、そのうち精霊に進化しそうな存在だから手元に置いておきたいと思ったんだけど、あの石は変態どもが受けた仕事の報告に必要なんだってさ。
だから、ギルドと依頼人に許可を取ってからじゃないと、勝手に僕らにくれるわけにはいかないらしい。
だからギルドまで一緒に行く事にした。どうせギルドには行ってみるつもりだったからちょうどいい。
今のところ冒険者になるつもりは無いけど、冒険者じゃなくても利用できるサービスもいくつかあるから、旅をするなら顔を出してみる価値はあるってゲイデスが言ってたからね。
アイツのアドバイスに従うのは複雑だけど、まあ僕よりゲイデスの方が旅慣れているのは事実だし、ここは素直に参考にさせてもらうとしよう。
変態どもについて歩きながら街の様子を見ているけど……やっぱり人が多くて騒々しいな。
僕は好きにはなれないけど、あの子とジャッドは物珍しそうに目を輝かせてキョロキョロしている。
「なんだろう? あそこから面白い魔力を感じるの」
「ああ、あそこはマジックアイテムを扱う店だよ。実用的な物から玩具のようなものまで色々と置いているんだ」
「わあ、甘くて美味しそうな匂いがするよ!」
「ああ、そこの角に焼き菓子の店があるから、その匂いだろうね。ふふふっ、後で一緒に食べるかい?」
変態どもはあの子やジャッドの疑問にすぐに答えている。
……ふうん、やっぱりこの街に詳しいんだね。コイツらに頼りすぎると後が怖い気もするけど、慣れない街で案内役がいるのは助かるな。
そんな事を考えながら曲がり角を曲がった所で、ゲイデスがその先を指差しながら僕の方を振り返った。
「さあ、同志アナベルよ、見るといい。あれが冒険者ギルドさ」
そこにあったのは、周りの建物より大きく、少し古くさいけど頑丈そうな造りの建物だ。 ふうん……ここが冒険者ギルドか。
それはそれとして、同志って言うな。
「わあ、にぎやかそうな場所だね!」
そう言ってジャッドが中を覗きこんだ。
やれやれ。ジャッドは好奇心旺盛だから、中に入りたくてウズウズしている感じだね。
じゃあ入ってみるとしようか。
「同志アナベル。少し待ちたまえ」
一歩踏み出した所で、ゲイデスが僕を呼び止めた。
「……なんだい?」
僕が聞き返すと、ゲイデスは僕の耳元に顔を寄せた。
うっ、身の危険を感じる……! さっさと振り払いたい所だけど、なんだか真面目な顔をしていたから、とりあえず話を聞いてやることにした。
もちろん、変な事をしたらぶん殴るけどね。
「ああ。実は冒険者ギルドという組織では精霊を魔物として扱っている。
そのお嬢さんが精霊だと一目で気づかれるようなことは無いだろうが、気をつけておいた方が良いかもしれないよ」
「……ちっ。噂で聞いた事はあったけど、本当だったのか。
まったく馬鹿馬鹿しい話だな……!」
精霊は、人間なんかよりずっと格上の存在だよ。
本来なら敬意を払うべき相手なのに、それを魔物扱いするなんて、いったい何様のつもりなんだか。
「ああ、だけど、気をつけろと言っておいてすぐに逆の事を言うようだが、おそらくは問題は無いと思うよ」
「どういうことだい?」
「まず、その子を一目見て精霊だと見破る者はほぼいないだろう。
そもそも本物の精霊を見たことある人間は多くないしね」
ああ、まあそれはそうだろうね。今のこの子は実体があるし、パッと見だと普通の人間に見えるしね。
よく見れば肌や髪の質感が少し人間と違うんだけど、遠目に見ただけじゃあ分からないだろうし。
「そして次に、最近モーリンという精霊を信仰する者が増えてきたことで、精霊への対応を見直そうという流れができ始めていてね。だから正体を知られても、いきなり問答無用で斬りかかられる心配は少ないだろう」
思わぬタイミングで精霊姫様の名前を聞いたな。
確かにあの街の力はもう国としても軽視できないだろうし、対応も慎重に成らざるを得ないか。
「まあ、だからギルドの中では1人にはしないようにする、といったくらいの対処をしておけば大丈夫だとは思うよ」
「この子を単独行動をさせるつもりは元から無いさ。でもまあアドバイスには一応感謝しておくよ。少しはさ」
僕はあの子にそばを離れないように指示して、ギルドへと入った。
中には、厳つい冒険者たちがたむろしていた。
女性や優男の冒険者というのもいるんだろうけど、少なくとも今ここにいるのは中年男ばかりみたいだ。
「では私は依頼の報告をしてこよう。同志アナベルはあちらのボードを見てくると良いかもしれないよ」
「ふうん? 何か分からないけど、そう言うなら見てみようか。……でも同志って言うな」
僕はキョロキョロしているあの子とジャッドの手を引き、ゲイデスが言ったボードの前へと行ってみた。
紙が何枚か貼ってあるな……これは魔物の目撃情報だね。 あとこっちはギルドで買い取りしている素材か。
ああ、このボードに貼ってあるのは冒険者登録していない一般人向けの情報なのか。
魔物の情報は、あくまで注意を促すためであって倒せという依頼ではないし、買い取ると書いてある素材も近くの草原にあるような草花は木の実ばかりで、採取が難しい物は無い。
まあ当然報酬はこづかい稼ぎ程度のものだけど、旅をしながらついでに採取する癖をつけておけば路銀の足しにはなるだろう。
「アナベルー! こういうのもあるよー!」
うん? ジャッドが何を見つけたみたいだ。
ジャッドが指差した紙を見てみると、大掃除や荷物運びみたいな雑用の依頼リストだった。
冒険者っていうより日雇い労働者みたいな仕事だな。ああ、これも一般人が受注できるんだね。
僕には似合わない仕事ばかりだけど、金が必要になればこういうのもやらないといけないかな……一応気にしておこうか。
僕は薬やマジックアイテムの作成ができるから、いざとなればそれで稼ぐつもりだったんだけど、そういう専門的な仕事は冒険者ギルド・商人ギルド・職人ギルドのどれかに登録しておかないと受けられないみたいだね。
僕はそういう組織に所属するつもりは無いんだけど、どうするかな。
僕とあの子は自然の中で自給自足することが苦じゃないけど、今のジャッドは力の無い人間の子供だから、無理な生活はさせられない。
やっぱりなにかと金は必要だよな。
僕が依頼リストを見ながら頭を悩ませていると、そこに変態どもが戻ってきた。
「今戻ったよ。それであの石についての話だが……うん? どうしたんだい、同志アナベル。悩み事かな? アンニュイな表情も素敵だが、できれば君には笑ってほしいね」
「また気持ちの悪い言い方を……あと同志って言うな」
本当にいちいちウザいな。余計な事を言わなければ割と使える男なんだけど。
……ああ、そういえばゲイデスは冒険者のキャリアは長いみたいだし、金の稼ぎ方を知っているかもしれない。
あまり頼りたくはないけど、他に知り合いもいないしね。
背に腹は変えられない。 僕は目の前の変態に相談をしてみることにした。
「……なるほどね。確かに旅を続けるにしても拠点を探すにせよ、ある程度のお金は必要になるね。
冒険者になるのが一番気楽だと思うんだけれど、同志アナベルは冒険者になる気はないんだろう?」
「ああ、精霊と魔物の区別もつかないような無知な組織に所属するつもりはないね。 あと同志って言うな」
「そうか、ふむ……薬やマジックアイテムが作れると言ったね? ならやはりそれを売って稼ぐのが無難じゃないかな?
商人ギルドや職人ギルドに入るのが手っ取り早いんだが、同志アナベルはシャイ・ボーイだから大きな組織に所属するのは気が進まないだろう」
「同志っていうな。 あとシャイ・ボーイもやめてくれ。
でも組織に属したくないってのはその通りだね」
「……ふむ。ならこれからあの石の件で私たちの依頼人に会いにいくのだが、君も一緒にイかないかね?
依頼人は王都でも屈指の富豪で商売にも通じている方だから、彼と個人的に取引することができれば安定した収入は約束されるだろう。もちろん君の作る物の品質次第にはなるけどね」
「ふうん……でもその依頼人は、顔も名も知らない僕がいきなり取引したいって言って話を聞くような人間なのかい?」
富豪、しかも商売もしているような人物なら何かと恨みを買ったりもするし、知らない相手をすぐに信用しない程度の警戒心はあるだろう。
「まあ普通は会ってもくれないだろうが……同志アナベル、君には会ってくれるはずだ。むしろ歓迎してくれるかもしれないね」
「それはどういう意味だい? あと同志って言うな」
「私たちの依頼人はエルフの血を引いていて、あのモーリンという精霊が住む街を支援している方なのだよ。
だから君が精霊のお嬢さんを連れて行けば、門前払いされることはないはずだ」
王都で商売している富豪のエルフ……つまり花園の民か。
本来のエルフの生き方からは大きく離れた連中だけど、精霊姫様の街を支援しているというなら、少なくとも精霊に対する敬意は捨ててはいないだろう。
エルフだというだけで仲良しごっこをする気はないけど、一度くらいは会ってみてもいいかな。
「うん、それじゃあ会ってみるとしよう。ゲイデス、手配してくれるかい?」
「ふふふっ、任せてくれ。……とは言ってもアポを取ってからになるから、少し後になるけどね。
ではギルド経由で依頼人……コランバイン氏に連絡を取ってもらうことにしよう。
返事が来るまでの間、オシャレなカフェで甘いスイーツでもいかがかな? もちろん私のおごりさ」
「はあ? 変態どもと一緒にカフェなんて……」
「わーい! ボク、甘いおやつは大好きだよ! 行こう行こう!」
断ろうと思った僕の言葉に被せるように、ジャッドが返事をしてしまった。
……くそっ、ジャッドがこんなに嬉しそうにしてたら、今さら断れないじゃないか……。
「……わかった、行くよ。じゃあ案内してよ」
ザワザワ…… ザワザワ……
周りの人間たちが何かを言っている。
ゲイデスに案内されたカフェは味も雰囲気も悪くはなかったけど、洒落た店内にいる紫色の服を着た中年オヤジの集団は明らかに浮いていた。
あの子もあの子で「おすそわけなの」とか言って紅茶をあの石に飲ませようとしてたし、周りから絶対に変な集団だと思われているよね……仲間だと思われたら恥ずかしいな。
「……ねえ、アナベル」
「うん? ジャッド、どうしたんだい?」
「お店の中でフードをそんなに深くかぶってたら、怪しい人だと思われちゃわないかなぁ?」
「ぐふっ……!」
げほっ、茶が変な所に入った……!
「ぼ、僕が怪しいだって? ジャッド……なにを言うんだい?」
「うーん……アナベル、目立っちゃってるの。みんなが見てるの」
あの子がスプーンで紅茶を石にかけながら、困ったような顔で僕にそう言った。
待ちなよ、君のその行動は目立ってないと思っているのかい?
「ふふふっ、同志アナベルはこういった店のマナーには慣れていないのかな?
では今度、僕が紳士的なマナーをコーチして差し上げよう」
特大サイズのアイスティーに人数分のストローを刺して、1つのコップから仲間たちと一緒にチューチュー飲んでいたゲイデスが僕に優しく微笑んだ。
お前がマナーを語るなっ! マナーが泣くぞ! あと同志って言うな!
視線を感じて振り向くと、周りの客があからさまに目をそらす。
店員を見ると、店員すらも視線を合わせないようにしている。
おい、フードで顔を隠すくらい大したことじゃないだろう!?
くそっ、何で僕が不審者扱いなんだよ! 確かに僕は都会は慣れていないけど、それでも少なくともこの中では一番常識的な自信はあるぞ!?
くそっ、僕の味方はいないのかい!?
その時、ふと同情するような優しい空気を感じてそちらを見ると、そこにあるのは、あの石だった。
……僕に同情してくれるのは石だけなのか……。
言葉が通じているはずの変態どもより、言葉が通じないはずの石のほうが、まだ僕の気持ちをわかってくれそうな気がする……。
うん、僕もこれからこの石に話しかけてみようかな……意外と仲良くなれるかもしれない。
……改めてよろしく頼むよ、セリーナ。
次回にセリーナ視点を書いて、その次くらいにまたモーリン視点に戻ろうと思います。