ストーンライフ! 4話 かわいい先生さん
前半はアナベル視点で、最後にセリーナ視点になります。
僕は今日も馬車に揺られていた。
不本意だけど、馬車の狭っ苦しさや汗臭さ、ゲイデス達のウザさも少しは慣れてきた。
……不快な事には変わりはないけどね。
何もない平原をしばらく進んだ時だった。
相変わらず飽きもせずにあの不思議な石と話し続けていたあの子が、突然こちらを振り向いて大きな声で言ったんだ。
「この先に魔物の魔力があるの! 弱いけどたくさんなの!」
それを聞いた商人は、すぐに馬車を止めた。
普段はニヤけているゲイデスも珍しく真剣な顔をしている。
「距離と数は? あと種類もだ。 分かる範囲で詳しく言ってくれるかい?」
「距離は……えっと、あっちのトゲトゲの葉っぱの生えた木の少し奥くらいなの。数は10くらいかなあ? 多分ゴブリンだと思う、でも少しだけ強そうな魔力も何個かあるから、オークかなにかもちょっといるかも?」
ゴブリンとオークの混合で10匹ほどか……悔しいけど、魔力の減った今の僕じゃあ難しいね。
仕方ない、あまり気が進まないんだけど、この子にも戦わせるか。
ゲイデス達は冒険者だとか言っていたから、ジャッドと商人の護衛くらいはできるだろう。
「おい、変態ども。 君たちは自己紹介の時に冒険者だとか言っていたよね。
なら戦えるんだろう? 僕らが魔物を倒してくるから、君たちはジャッドと商人を守ってなよ」
そう言うと、ゲイデスは困ったように眉毛を下げて首を振った。
「同志アナベルよ、何を言うんだい? 私達はプロの冒険者だ、戦いに行くのは僕らの仕事さ」
「駄目だね、僕には僕の理由がある。 文句を言われても勝手に戦うよ。
……あと、同志って言うな」
魔力の減った今の僕は、弱い。
だからこそ、少ない魔力で戦う技術を研かなくちゃいけないんだ。 戦闘経験を積む折角のチャンスを他人に渡すもんか。
「……仕方ないね。だが、私もプロの冒険者として、そして紳士として、冒険者でも軍人でもない者だけに戦いを任せるわけにはいかないのだよ。
護衛は仲間たちに任せておくから、せめて私だけでも連れてイキたまえ」
邪魔くさいな……でも、コイツらにも面子ってのがあるだろうし、まあ妥協してやるか。
「……勝手にしなよ。 でも邪魔はしないでほしいね」
それだけ言って、僕は馬車から降りた。
「フフフッ、任せたまえ。私は紳士だよ」
そんな事を言いながら、ゲイデスも馬車を降りる。 ……おい、僕のすぐ後ろに立つな! 近い! 息がかかるぞ!
くそっ、コイツのどこが紳士なんだよ? それとも人間たちの価値観ではこういうのが紳士なのかい? 理解に苦しむね。
まあいい、コイツの事を考えていても頭が痛くなるだけだし、さっさと魔物を倒しに行こうか。
ん? あの子がついてこないな、何をしてるんだい?
振り向いてみると、あの子はちょうど馬車から出てくるところだった。 ……あの石を持って。
「なんだ、戦いにまでその石を持って行く気なのかい? 邪魔になるだろう」
「セリーナが戦いを見てみたいって言ってるの。 ……ダメ?」
セリーナってのは、あの石の名前らしい。
まだ精霊にもなっていないのに、魂を持ち、精霊語を理解する知性を持つ。
そこまでですでに驚かされるというのに、さらに自分の名前まで持っているなんて、あの石は本当に何者なんだろうね?
まあいい。精霊に近い存在らしいし、そう悪いものではないだろう。
「まあ別に持ってきていいけど、戦ってる時に邪魔になっても僕は知らないよ?」
「大丈夫。じゃあ出発しよう! 向こうなの!」
嬉しそうに石を抱き上げながら僕らを案内するあの子。
……よっぽどあの石の事が気に入ったんだね。 僕やジャッドよりも石の方に夢中になってると思うと面白くないけど、石を相手に嫉妬するのも馬鹿げてるし気にしない事にしよう。
「いた! あそこなの!」
おっと、お出ましだね。 ……オークは2匹、後はゴブリンか。大した相手じゃないけど、残念ながら今の僕じゃあ無理はできないか。
あの子とゲイデスにも戦って貰おう。
「オークは僕がやる。 君たちはゴブリンの群れを倒してくれよ」
「待ちたまえ。オークは私に任せたまえ。 これでもプロの冒険者なのでね、危険度の高い方を引き受けよう」
「折角の練習台を譲れって? ふん、嫌だね」
「ふむ、困ったね……では平等に1匹ずつでどうだね?」
ゲイデスがそんな提案をしてくる。 邪魔はしてほしくないんだけど、今の僕だと2匹同時に相手にするのは面倒ってのは確かかな……情けない話だけどさ。
「……チッ、まあいいか。 じゃあ1匹は任せるとするよ」
ゲイデスは「任せたまえ」と言って、右奥にいるオークの方へと向かう。 なら、僕が相手するのは左側にいるオークだね。
だけどまずは……。
「……先に邪魔なゴブリンを片付けてくれるかい?」
「うん。いいよ、わかったの。 ……えい!」
あの子が掛け声と共に魔力を放出すると、足下の草が猛烈な勢いで伸び始め、ゴブリン達の全身に絡み付く。
8匹いたゴブリンたちは草に覆われたまましばらくの間もがいていたが、やがて全員が動かなくなった。
……相変わらず見た目や性格に似合わず、えげつない魔法だね。
所詮は草だから魔力か腕力のどちらかがそれなりにあれば振り払うのは難しくないんだけど、知らないで突然食らうと混乱するだろうし、魔力も腕力も少ないゴブリン相手なら見ての通りだ。
「おぉ……お嬢さんは私の想像よりもずっと強かったようだね……」
ゲイデスは唖然としている。
ふん、まあ人間はすぐ外見で強さを判断するからね。この子が強いとは思っていなかったんだろう。
さて、邪魔な雑魚はいなくなったし、僕もやらせてもらおうか。
「いくよ。『霜の獣牙』!」
僕は、オークへ向けて一番使い慣れた氷魔法を発動させた。
牙のように尖らせた氷を飛ばす基本魔法だが、今の僕の魔力では普通に使ってもオークはおろかゴブリンの体にすら刺さるかどうか分からないような脆い氷しか出せないだろう。
だけど僕は少ない魔力でもある程度の威力を出せるように工夫した。
打ち出す氷の牙のサイズを小指1本程度の大きさにして射程距離も減らした代わり、強度と発射速度だけは以前に近い水準にする事ができたんだ。
実戦で使うのは初めてだけど、これならおそらく……。
「ブキィーッ!」
悲鳴をあげるオーク。 よし、思った通り、僕の魔法はオークの皮膚を突き破り、肉まで食い込んだ。
サイズを小さくしているから1発や2発で致命傷を与えるのは難しいけど、繰り返していればそのうち倒せるはずだ。
……オーク1匹程度を瞬殺できないのは情けないけどね。
オークは怒りの表情でこちらを睨み付ける。……完全に僕をターゲットにしたようだね。望むところだけど、接近戦は避けたいかな?
そう思って僕はオークと距離を離しながら、チラリと横目でゲイデスの方を確認する。
へえ、どうやらゲイデスは棒術使いらしいね。 自分の身長ほどの長さの棒を振り回してオークと戦っている。
……ふうん、案外強いな。 ただの変態じゃあないらしいね。
スピードもパワーもそれなりという程度だけど、流れるような自然な動きを見ても、彼が実戦経験を積んでいるのは良く分かるよ。
ゲイデスはオークの攻撃を掻い潜りながら棒で、手、足、尻、胴、尻、頭、尻、尻、と連続攻撃を食らわせている。
……なんか尻への攻撃が多くないかい?
ま、まあ戦い方はさておき実力はあるようだから、任せておいても問題なさそうだね。
「僕は僕の獲物を仕留めることに専念しようかな」
僕はオークに背を向けて走り出し、数秒後にチラリと様子を確認する。
オークが真っ直ぐに追って来ている事を確認すると、いきなり振り向いて霜の獣牙を続けて2発放つ。
警戒もせずに馬鹿みたいに真っ直ぐ僕を追っていたオークは、氷の牙に無防備な頭を射ち抜かれる事になった。
だが、頭に2本の氷が刺さっていても、オークは倒れずにフラフラしながらもこちらへと向かって来る。
野生の生命力ってやつかな? しぶといね。 いや、僕の魔法の威力が下がってるのも大きいか。
……だけど、もうすでに意識は無いはずだ。
「いい加減に寝てなよ。『弾ける卵』」
フラフラしているオークのあごの下で空気を破裂させると、オークはそのまま後ろへと倒れ、動きを止めた。
ふう……これで終わったね。 やれやれ、基本の低級魔法を数発使っただけなのに魔力にあまり余裕が無いな。
もう少し一撃の威力を上げるか、無駄な魔力消費をもっと抑えるかしないとだめかな。
魔力の総量自体が増えれば1番だけど、それは短期間じゃあ難しいしね。
今後の課題を考えながらゲイデスの方を確認すると、あちらもちょうどオークを倒したところらしい。
「アッーー!」という妙な断末魔をあげて倒れるオーク。
……どんな攻撃で倒したんだい? 知りたいような知りたくないような……
ゲイデスは僕の視線に気づいたのか、こちらを見てニコリと笑う。
うっ……イラッとするからあまりこっちを見ないでくれるかい?
僕はゲイデスから視線を逸らす意味も兼ねて、あの子の方を見て声をかけた。
「もう魔物の気配は無いかい? 無いなら早く馬車に戻ろう。ゲイデスの仲間とジャッドが一緒に居ると思うと、何か不安だしね」
「うん、もう近くに魔物はいないから、馬車に戻るの」
あの子は、例の石をギュッと抱きしめたまま、笑顔で馬車の方へと歩き出した。
ーーーー セリーナ視点
……凄かったわね。
ついさっき、初めてこの世界の戦いを間近で見たけど……とんでもないわね。
魔物がいて魔法がある世界だとは知ってたけど、実際に見ると映画のCGというのはやっぱり作り物なんだなって実感できるわ。
リアリティーがまるで違うもの。
まず、あの魔物……猿と小鬼を混ぜたような生き物と二足歩行の豚人間みたいな奴。
アイツらを見たときの生理的嫌悪感が酷いわね……。
まったく未知の生物みたいな造形ならそうでも無いんでしょうけど、アイツらは微妙に人間に近い外見をしているから、見ていて違和感があって気持ち悪いわ。
あとはフードの男性……アナベルっていったかしら、彼やこの精霊の子が使った魔法も、やっぱり驚いたわね。
転生前にオベロン君と出会った辺りから不思議なことのオンパレードだったから、魔法ってものも受け入れているつもりだったけど、植物を操ったり氷の矢みたいなものを飛ばしたりっていう、まるっきり漫画やゲームみたいな魔法を見るとやっぱりインパクトがあるわ。
そういえばあの紫の服のおじさんの戦いぶりは見逃しちゃったんだけど、あの人も魔法かなにかを使ったのかしら。
あ、魔法と言えばこの子が魔法を使った時、私を抱きしめたまま魔法を使ってくれたお陰でなんとなく魔法を使う時の魔力の動きが体感できたのよ。
もちろんそれだけで私もすぐに魔法が使えるなんて簡単なものじゃないでしょうけど、魔法の使い方をゼロから手探りするよりは、感覚だけでも知っているのは大きいわね。
今の私は自分では動くことすら出来ない。
でも魔法を使えるようになれば、動けるようになるかもしれない。
もし私自身が動けないにしても、物を動かすくらいはできそうだわ。
そう考えると、是非とも魔法は体得しておきたいわ。
……魔法の体得、か……。
私はあの子の方を見る。
彼女は今は私を馬車の中に置いて、外で食事の準備をしている。 ……といっても彼女は料理が出来ないのか、皿を並べたり火にかけた鍋が焦げないか見ているだけみたいだけど。
うん、あんまり忙しくはなさそう。 話しかけても良さそうね。
「……ねえ」
「ん? なあに?」
こっちを振り向いて、コテンッという感じに首をかしげた彼女に、私は1つのお願いをしてみた。
「私に魔法を教えてくれないかな?」
「魔法? うーん……教えてあげるのはいいんだけど、わたしはあんまり理屈は説明できないの。 それでも良い?」
「充分よ、お願いするわ。 ……あっ、別に今すぐじゃなくて良いわ。どうせ馬車での移動が始まればまたヒマになるんだから、その時にお願い」
「うん、わかったの」
こうして私は精霊の女の子から魔法を教わることになった。
……だけど、そもそも石って魔法を使えるものなのかしらね?
まあ、やってみないと分からないわよね。 まず、試せるものは試してみるとしましょうか。
よろしくね、かわいい先生さん。