ストーンライフ! 3話 おかあさんの名は……モーリン!?
今回はセリーナ視点です。
今日もまだ馬車の中。
私はまた精霊の少女と話をしていた。
私は昔から長時間のお喋りはあまり得意な方じゃない。
でも、この子は無邪気で素直な態度だからか、ずっと話しかけられていても不思議と嫌な気分にはならないわね。
なんだか妹ができたみたいで微笑ましい気分になるわ。
折角お喋りするんならと思って、この世界の事を質問してみたんだけど……。
「ごめんね、わたしは難しいことはわからないの」
精霊の少女は申し訳なさそうにしょんぼりしている。
……なんだかこっちの方が申し訳なくなってくるわ。
「謝らなくて良いし、知らないならいいわ」
うーん、この子は外見年齢に比べて知識や経験が少ないみたい。 ……特に地理・歴史・文化なんかの話題は殆ど知らないみたいね。
……だけど、会話をすることで分かった事もあるわ。
例えば、今この子と会話するのに使っているテレパシーみたいなものは精霊語って言うらしいんだけど、言葉が通じない同士でも意味が伝わるみたい。
だから、今まで日本語に聞こえていた部分も、別にこの子が日本語を話していた訳じゃなくて、私の方が自動で日本語として受け取っているみたい。 便利ね。
でも、ただ便利なだけの言葉じゃなくて、不便な部分もあるわ。 まず、伝えたい事がストレートに伝わっちゃうのよ。
別に頭の中が駄々漏れになるって訳じゃないんだけど、言葉にしようとした事から本音の部分だけが自動で抜粋されちゃう感じかしら。
だから嘘は言えないみたいだし、遠回りな表現なんかをするのも難しいわ。
それが悪意ある嘘が言えないってだけなら良かったんだけど、相手を気遣ってオブラートに包んで表現する事もできないというのは厄介ね。
さっきも『知らないならいいわ』なんて冷たい言い方になっちゃったしね。
全く……『精霊語』とは良く言ったものだわ、これは確かに人間の手には余る言語ね。 ……私も気をつけて話さないと。
でも、嘘を言えないはずなのに『セリーナ』っていう偽名を名乗れた事は説明つかないわね……? 何か条件とかあるのかしら?
……まあいいか、今は知るべき事はたくさんあるんだから、考えて分からないことは後回しよ。
それより、この精霊語だと悪気が無くても暴言を言いかねないから、彼女を傷つけないようにしないと。
キツイ言葉を言うくらいなら、黙った方がいい場合もありそうね。
……後でトラブルにならないように、最初っから一言断っておこうかしら。
「ねえ精霊さん。これからも会話はしていくつもりだけど、言いたくない事は言わないから、その時はそれ以上は訊かないで」
……うーん、やっぱり少し冷たい言い方になっちゃうわね。
まあ、元々私はあまり人当たりが柔らかい方じゃないから、大差ないかもしれないけど。
「これからもお話ししてくれるの? わーい、嬉しいの! 友達とお喋りできて楽しいの!」
あれ? 後半の『言いたくない事は言わない』って部分が本題のつもりだったんだけど、この子は前半の『これからも会話をする』って部分に喜んでるの?
ポジティブな受け取り方ね……。 だけど私と話すことをこんなに喜んでもらえると、悪い気はしないわ。
……嘘をつけない精霊語で喋っていてこんなに無垢な言葉が出てくるってことは、心根から良い子なんでしょうね。
精霊って皆こんな性格なのかしら? あっ、鈴も精霊になったって話だから、もしかして精霊になるには善良な性格じゃなきゃいけないとか?
マズイわ……だとしたら私は精霊になれる気がしない。自分で言うのもなんだけど、結構私って利己的な性格よ?
……ちょっと確認しておきましょうか。
「ね、ねえ。精霊って皆、貴女みたいな性格なの? 無垢な性格じゃないと精霊になれないとか……」
「うーん? よくわからないの。 わたしは自分以外の精霊は、おかあさんしか会ったことないの」
あ……この子、精霊の仲間がいないのね。 そっか、だから私っていう精霊語で話せる相手ができたことを喜んでたのか。
悪い事を聞いたかな? って思ったけど、この子は気にしてないみたいで、笑顔でその『おかあさん』の事を話し続けた。
私も精霊の情報は欲しかったから、そのままこの子の『おかあさん』の話を聞いてみることにしたわ。
「おかあさんは、優しくて楽しくてあったかいの。それにわたしより強いの」
ふふっ、よっぽど母親の事が好きなのね。良い笑顔で話してるわ。
「おかあさんは、小さくてかわいいの。 それにすごく良い匂いがするの」
小さくて可愛い、か。 なんだか鈴を思い出すわね。 ……そう言えばあの子も何故か良い匂いがしたのよね。
自堕落な生活をしてたのに、なんであんなに爽やかな匂いがするのか不思議だったわ。
「……でも、おかあさんは、お話しをしてくれないし、笑ってもくれないの。 おかあさんはステキだけど、そこだけは少し残念なの」
……無口で無表情ってこと? なんかますます鈴を思い出すわね。
まあ、鈴の場合は無口無表情な所だけじゃなくて、他も色々と残念だけど。
「おかあさんは、木の精霊で色んな姿に変身できるの。木になったり人間になったりできるの」
へえ……オベロン君の話だと、鈴も色々と姿を変えたって言ってたわね。
木の精霊って、変身能力に長けている種族なのかしら? あまりそんなイメージは無いんだけど。
鈴と似たような精霊っているのね。 ちょっと会ってみたいわ。
「おかあさんは、エルフの街を守ってるの。 名前はモーリンって言うの」
へえ……そうなんだ。
エルフの街に住む小さくて可愛い無口無表情の変身能力のある優しくて楽しい性格で良い匂いのする木の精霊で名前はモーリン……
いやっ、それって鈴じゃないのっ!? 似てるとかじゃなくて、明らかに本人よね、それ!
えっ、鈴が母親!? じゃあ父親は誰!? どこの泥棒猫よ!?
お、落ち着くのよ……落ち着いて、直接この子に聞いてみましょう。
「母oya$モモモモ奈良父ff2いったイ、g3Ds>誰eWn!?ガガガガGA!」
「? ごめんなさい、何を言ってるかわからないの。 すごい雑音なの」
くっ……集中が乱れていると上手く精霊語が話せないみたいね……。
心を落ち着かせて……集中、集中、集中…… ふう、もう大丈夫。落ち着いてもう一度聞いてみましょうか。
たかが鈴に子供がいたってだけの話よ。 そう、たかが鈴に子供が……。
「母親GAモモモモーリンなら父oyaはいったい何処の糞u2@1殺殺wZ呪hi4挽き肉zzp滅殺ewガガガガ頸動脈を#f2Z!?」
「? ごめんなさい、何を言ってるかわからないの。 でもなんか怖いの」
お、おかしいわね……なかなか落ち着いて話せないわ。
このあとしばらく時間をかけて、なんとか落ち着いてからちゃんと話を聞いてみたら、誤解だって判明したわ。
どうやら本当に鈴がこの子を産んだっていうことじゃなくて、この子が自分より力の強い精霊である鈴を母親のように慕っているって事みたい。
……なんだ、そういう事だったのね。 私としたことが少しだけ動揺しちゃったわ。 恥ずかしい。
「……もう大丈夫?」
本気で心配してくれてるみたい。 ……優しい子ね。
私は今度こそ心を落ち着かせて、しっかりと精霊語で話す。
「ええ、もう大丈夫よ、心配かけて悪かったわね。……いきなり友達の話が出たから驚いたのよ」
「友達? おかあさんとセリーナは友達なの?」
「ええ、一番大切な友達よ」
私は少し迷ったけど鈴と友達だという事を、この子打ち明ける事にした。
私はこの世界の事を何も知らない。
何が危険なのかも分からない状態で自分の情報を知られるのは本当は控えたいところだけど、今の私は精霊語しか話せない。
この子を逃すと、次に会話が通じる相手と出会える保証は無いんだから、こちらの情報をオープンにしてでも鈴の情報を集めたいわ。
「でも、しばらく会ってないから、最近の鈴……モーリンの事を知っているなら話を聞かせてくれない?」
「うん!」
精霊の女の子は眩しいくらいの笑顔で頷いて、鈴の事を話してくれた。
この子も鈴とはそれほど長く一緒にいたわけじゃあ無かったらしいけど、とりあえずモーリン神殿なんてものが建てられている事は分かったわ。
距離もそこまで離れていないみたい。馬車で移動できる距離らしいわ。
そっか、鈴はそんなに遠くない場所にいるのね……。
……まあその程度の距離でも、自分で歩けない今の私にとっては果てしなく遠く感じるんだけどさ。
オベロン君からも鈴がどう生活してきたかは大まかに聞いてたけど、この子から聞くと、また違った面が分かってくるわね。
私の知らない鈴の事を、他人の口から聞くのは少しだけ寂しい気もするけど……それでもやっぱり嬉しいわ。
「ねえセリーナ。 セリーナとおかあさんの思い出も聞かせてほしいの」
女の子がそう言った。
……そっか、自分が知らない鈴の事を聞きたいのはこの子も同じなのね。
でも、地球の話とか、転生前は人間だったとかの話は言って良い話なのかしら? それに言ったとしても理解してもらえるかどうか……。
誤魔化そうにも精霊語じゃあ嘘が言えないし……さて、どう話そうかしら?
そう考えていたその時、女の子が一瞬ピクリと体を動かしてから、振り向いて馬車の中にいる他のメンバーたちに向かって、大きな声で何かを言った。
「#gE2i@やwDれt!」
すると、走り続けていた馬車がストップし、フードの男性と紫色のおじさん達がゆっくりと立ち上がった。
……何かあったみたいね。
今のは精霊語じゃなかったから、何を言ってたか分からなかったわ。 ちょっと聞いてみましょうか。
「ねえ、何かあったの?」
「えっとね、この先に魔物の群れがいるの。 だからみんな戦う準備をしているんだよ」
魔物……!? オベロン君から聞いてはいたけど……やっぱりいるのね。
戦うって言ったけど、戦力的にはどうなのかしら?
逃げるって選択肢を真っ先に選ばなかったってことは、この人達は戦う手段を持ってるっていうことよね?
「ねえ、ここの皆は戦えるの?」
私が尋ねると女の子は少し考えてから答えた。
「うーん、ジャッドは戦えないと思う。アナベルは……前よりもだいぶ魔力が弱くなっちゃったけど、でも普通の魔物には負けないと思うの。
紫の人達は知らないけど普通の人より魔力が多いから、きっと戦えるんじゃないかな?」
ジャッドとアナベルっていうのはこの子の連れの、男の子とフードの男性の事みたい。
ジャッド君は戦えない、アナベルって人は戦えるけど本調子じゃない、おじさん達は未知数…… そう聞くとあまり万全の戦力には思えないんだけど、この子の表情には焦りは感じられない。 という事はきっと……。
私は、思い当たった可能性を直接確認してみた。
「……貴女は強いの?」
すると、彼女は何でもない表情をしたまま当たり前のように言った。
「強いよ? でも、おかあさんには負けるの。 フリージアには……勝てるかな? 負けるかな? ちょっとわからないの」
フリージアって人が誰なのかは知らないけど、その人と鈴以外には負けない自信があるって事か。
まあ私としては、そもそも鈴が強いってイメージが無いんだけどね。
だってあの子、腕立て伏せも腹筋も1回もできなかったし。
体育の授業の時、開始5分で体力切れで干からびたカエルみたいになっていた鈴の姿を思い出して、懐かしい気分になっている間に、紫のおじさんの内の1人とアナベルとかいうフードの男性の2人が馬車から降りていた。
「じゃあ、私もちょっと行ってくるの」
そう言って立ち上がった女の子を、私は呼び止めた。
「待って」
「ん? なあに?」
「私も連れて行ってくれないかしら? 魔物との戦いっていうのがどんな物なのか見てみたいわ」
私は別に戦いなんか好きじゃないし、それが本気の命のやり取りともなれば見たくもないわ。
だけどこの世界には魔物が沢山いて、戦いが日常茶飯事だっていうなら、覚悟を決めるためにも一度見ておくべきだ。
それに荒事と縁の無さそうなこの子がどう戦うのかも興味あるし。
女の子はあごの下に人差し指を当てながら「うーん」と首を傾げた。
……普通の女の子がやるとあざとくてイラっとしそうなポーズだけど、この子がやると自然で可愛いわね。
「連れて行ってあげたいけど……でも、戦いは危ないの」
女の子は心配そうな顔でそう言った。
確かに素人が戦場に行きたいって言ったら危ないって思うわよね。 でも私は大丈夫だと思うわ。 だって……
「魔物って言うのは、わざわざ石を狙って攻撃するのかしら?」
「あ、そっかー。 セリーナ、石だもんね、それならきっと狙われないの。 じゃあ連れて行ってあげる!」
女の子は納得したようにポンっと手を叩くと、私を抱き上げて馬車からピョンっと飛び出した。
「じゃあ出発なの!」
「ええ、よろしく頼むわ」
本音を言ってしまうはずの精霊語で稲穂がセリーナと名乗れた理由は、本人が一時的な偽名としてではなく、本気でセリーナという名で生きようと思ったからです。
セリーナは勘違いしていますが、精霊語は『嘘が言えない』のではなくて、『本気で思っている事しか言えない』言語です。
なので真実ではない事でも、本人が本気で思っている事なら口に出す事ができます。




