ストーンライフ! 1,5話B 変態どもと不思議な石
今回はアナベル視点です。
僕はあの日、精霊姫様の街を離れてから、旅を続けていた。
……と言っても、実は本格的に旅を始めたのはつい最近なんだけどね。
情けない話だけど、旅を初めてすぐに行き倒れになりかけて、準備不足を痛感したことで旅を数日中断していたんだ。
僕は自然を知り尽くしたエルフだし、旅も初めてじゃないから問題は何もないって考えていたんだけどね……。
僕は病み上がりな上に魔力の大半を失っているし、ジャッドやあの子は物をあまり知らない上に人間の体になって間もないから、普通に生活するだけでも色々と危なっかしい状態だった。
……正直、何とかなると思っていた僕の考えが甘かったと思い知ったよ。
結局僕らは近くの街にしばらく滞在して旅の準備を整え直したよ。
2人には街の図書館で最低限の知識を覚えてもらって、その間に僕自身は街外れの林で少ない魔力を工夫して魔法を使う練習をしていた。
何日かすると2人の知識もマシになったし、僕も何とか魔法は使えるようになったよ。
……威力は、我ながら泣きたくなるほど貧弱だけどね。
改めて旅に出た僕らは、街道で馬車に乗った商人と出会った。
何か必要な物があれば買おうかと思って声を掛けたら、商品はほとんど無いと言う。
手違いで仕入れを失敗したらしい。 ……間抜けな商人だね。
商品が無いなら用は無い。 そう思って立ち去ろうか思ったんだけど、その商人は馬車のスペースが空いているから格安で王都まで乗せてくれると言った。
……王都か…… 王都は人間が多くてゴミゴミしていて不快だね。
ああ、でも大きな街には情報も仕事も集まるものだし、今の僕らが色々な経験を積みながら金を稼ぐには悪くないかも知れないね。
気に入らなければすぐに立ち去れば良いんだし、一度行ってみるかな。
そう考えて、僕らは馬車に乗ることにした。
そして次の日、水場で休憩していると、商人が追加の客を乗せると言ってきた。
誰かも知らない人間と一緒に行動するのは御免だと思ったけど、僕が断る前にジャッドが二つ返事ですぐに許可を出してしまった。
はあ……もう少し慎重に決めて欲しかったね。 ……まあいいよ、どうせ王都に着くまでだけの関係だし、適当に無視しておけば良いだろう。
そんなふうに考えていたんだけどね……。
「……何を見ているんだい? ちょっと不愉快なんだけど?」
僕は無視するつもりだったはずのその連中に、自分から言葉をかけることになった。
なぜならこの紫の服の一団は、僕やジャッドの事を妙にねっとりした視線で見つめるから、なんか不気味で無視しきれないのだ。
気分が悪かったから、今の言葉もかなりの怒りを込めて言ってやったつもりだったんだけど、その一団のリーダーもゲイデスとかいう男は怯んだ様子も無く、
「おっと失礼。 あまりに君が魅力的でね」
なんて言葉を言ってニコニコしている。 ……クソッ! 僕をバカにしてるのか!?
もういいっ! 底知れない不気味さがあって気にはなるけど、無視だ! 無視しよう!
僕はいつも被っているフードを、より深く被って男達を視界に入れないようにすると、そのまま考え事に没頭する。
この連中の事も気になると言えば気になるけど、その他にも少し気になっている事があるのだ。
……僕は今回の旅の中で、今まで名を付けてやらなかった精霊のあの子に、トゥイーディアという名前を付けたんだ。
最初は喜んでいた彼女だったけど、すぐに不思議そうな顔をして、自分には別の『真名』がある気がするって言い出したんだ。
その後も彼女は、トゥイーディアという名前がどうしても自分の名前であると感じられないと言っていたから、僕やジャッドもその名で呼ぶのをやめた。
そして彼女はまた名無しに戻った。 ちっ! せっかく名付けてあげたってのに……。
でも、真名がある気がする……か。
真名っていうのは、上位者が相手の魂に刻む真の名前のことだけど…… 妙な話だね、誰かが僕より先に彼女に名前を付けたとでも言うのかい?
しかも精霊である彼女に真名を刻めるほどの上位者? そんな存在は……
……まさか精霊姫様か!? 精霊姫様がこの子自身にも伝えずに独断で名付けをした? でも、どうしてそんな事を?
……そうかっ! 精霊姫様くらいの力をもっているなら、その気になれば名付けをした対象を使役することも可能なはずだ!
精霊姫様は自分以外に力のある精霊と出会ったことで警戒して、早々に名付けをすることで自分に逆らえないように手を打っていたって事か……。
「精霊姫様……穏やかそうな方に見えたけど、やはりただ優しいだけではなく抜け目の無い方だったわけか……。
ふふっ、流石だね、上に立つ者はそうでなくちゃ」
「ん? アナベル、今、おかあさんの事を言った?」
おっと、声に出ていたか。『精霊姫様』って言葉が聞こえたのか、あの子がこちらを振り向いた。
……その胸元には、人の頭くらいのサイズの石が抱かれている。
ああ、精霊姫様と言えば、あの子はあの石に対して精霊姫様に似た何かを感じたって言っていたっけ。
残念だけど僕は気づかなかったな、以前の僕なら何かわかったかもしれないけどね。
「別に何でもない。 ……で、その石が精霊かも知れないって話については、何か分かったのかい?」
「うーん……精霊語で話しかけてみても応えてくれないから精霊じゃないのかも知れないの。 でも、何となく反応はあるから、聞こえてはいるみたいなの。
それに普通の石にしては魔力が多すぎるし…… なんだろう? 精霊になる一歩前……とかなのかなあ? んー、よくわかんない」
あの子は抱いた石を撫でながらそう言った。 すると今度はジャッドが話に入ってくる。
「でもボクが聞いたことある石の精霊って、大体は大きな岩とかに宿ってるものなんだよね。 手で持てるくらいの大きさの石が精霊になるってのはあんまり聞いたこと無いなー」
その時、例の紫の服の連中が笑顔で近づいてきて、ジャッドにポンっと触れながら話し出す。
「私たちはこれからその石を王都のギルドに持っていくんだよ。 そこで何か分かるかも知れないから、一緒に来ないかい?」
「それがいい! ついでに王都を案内するよ!」
「ああ、一緒にイこうじゃないかネ!」
「大丈夫、我々は紳士ですよ」
「ちょっとだけ、ね? ちょっとだけだから!」
続けざまにそんな事を言う男たち。 どいつもこいつも話す前にいちいちジャッドの体に触っている。 ……おい! わざわざ触る必要は無いだろう!?
「……気安くジャッドに触るな!」
僕は、ジャッドの腕を掴んで引き寄せた。
バランスを崩したジャッドは、「あっ」と呟いて僕の胸の中に倒れ込んで来た。
「もう、アナベル……力を入れすぎだよー。 ちょっとだけ……痛いよ」
非難するように上目遣いで僕を軽く睨みながらそう言ったジャッド。 ……君はなんで少し顔を赤くしてるんだい?
その直後、紫の服の連中が「おおっ!」と声を上げて満面の笑みを浮かべた。
「いやいや、そう言うことだったのか! これは失礼した。 ならば私たちはもうジャッド君に手を出さないよ。 決まったパートナーがいる相手にちょっかいをかけるのはマナー違反だからね。 私たちは紳士だからそういう事はしないさ。
安心すると良い。 我が同志・アナベルよ」
連中のリーダー、ゲイデスは、ほっこりとしたような笑顔で僕の肩に手を置いた。
「はっ? 同志? ……おい! ちょっと何かイヤな勘違いしてないかい!?」
なんだかろくでもない想像をされてる気がする……!
……はっ! なぜか商人までも御者席から生暖かい視線で見ているっ!?
それから僕はいろいろと説明したけど、この後もこの連中は正しく理解してくれる様子はなかった。
それもこれも、ジャッドが話の途中で、
『アナベルは、何も知らなかったボクに新しい世界を教えてくれたんだ!』
とか、
『ボクはもう昔とは違う身体になっちゃったけど、アナベルはこんなボクでも良いって言ってくれたんだよ』 とか、
聞き方によって変な意味に聞こえそうなセリフを言うからだ! クソッ!
ジャッドに悪気が無いのは知っているけど、もう少しどうにかならないのかい!?
その日、僕はそのまま馬車の隅で頭から毛布を被ってふて寝した。
次の朝、妙な悪寒を感じてふと目を覚ますと、息がかかるほど近くからゲイデスが僕の寝顔を覗き込んでいた。
うぐっ……実に最悪の朝だね。 まあ眠気は一発で覚めたけどさ。
僕はゲイデスの顔面を蹴り飛ばしてから周りを見回した。
……あの子とジャッドの姿が見えないな、この変態どもに訊けば知っているだろうけど、あまり話しかけたくないな。
馬車が動き出すまであまり時間もないし、それほど遠くまでは行ってないだろう。 自分で探すとしようか。
馬車を出ると、風が冷たくて空の色は青白い。 まだ日が昇って間がない時間かな。
僕は周りを見回すと、道の端の方であの子とジャッドを見つけた。
魔法で水を出しているみたいだね。 今のジャッドはほとんど魔法が使えないはずだから、これをやっているのはあの子だろう。
「2人とも、こんな朝から何をやっているんだい?」
「あっ、アナベル! おはよう!」
「おはよう。 今、この石を洗ってあげてるの」
2人が明るく返事をした。 朝から元気だね、まあ元気が無いよりいいけどさ。
「一応その石はあの連中の物だろう? 勝手な事をしていいのかい?」
「大丈夫なの、おじさんたちはギルドに届けるまでの間、石はわたしが持ってても良いっていってくれたの。 だから、洗ってあげたり話しかけたりしてるの。
だって、友達になりたいから!」
友達ねえ…… 魂があると言っても、まだ動く事も話すことも出来ない相手に友達も何もないと思うんだけどね。 ……まあこの子の好きにさせるか。
ふと馬車の方を振り向くと、商人がこちらに手を降っている。
ああ、そろそろ出発するってことかな。
「2人共、馬車に戻るよ。 もう出発だ」
「うん、わかったの」 「はーい!」
馬車に戻った僕は、顔をしかめた。
う……一度外に出てから馬車に戻ると、中が汗臭いのがよく分かるね……。
……あいつらは気にならないのか?
僕はゲイデスたちの方をチラリと見て……言葉を失った。
正気かい? あいつら……笑顔で深呼吸をしてやがる……!
「ん~……いいアロマだね。 時間と共にだんだんと濃縮されて、より芳醇な香りになってゆく……」
「我々の紳士フェロモンに、同志・アナベルとジャッド君という新たなフレーバーを迎えることで、より深いマリアージュが……」
「旅はまだ続きます。 この香りが、これからどんな成長を見せてくれるか楽しみです」
……僕はあの子の肩をポンと叩いて、馬車を指差した。
「……風で空気を入れ換えろ。 今すぐ徹底的にだ」
「わかったの」
魔法で新鮮な風を送り込んで馬車にこもった匂いを追い出してもらった。
「おおっ!? せっかくの素敵アロマがっ!」
「なんという事を! 同志・アナベル! 君は神を恐れていないのか!?」
「うるさい! 黙れ変態どもが! あと同志って言うな!」
クソッ! 後、何日の間この変態どもと一緒に居なきゃいけないんだい!?
これは途中で降りる事も考えた方が良いかな?
そんな事を考えながら、あの子の様子を見る。
……大事そうに石を抱きしめている。 今、あの石と離したら悲しむかな。
……ちっ、仕方ない、もう少しだけこの変態どもと一緒に居てやるか。
僕は黙って馬車に乗り込んだ。 あの子とジャッドも続いて乗り込み、馬車は動き出した。
移動中、僕は馬車の隅で黙って座っていた。
ジャッドはゲイデスたちと会話をしている。 色々と教育に悪そうだからやめてほしいけど、ジャッドが楽しそうにしているから見逃している。
……もしジャッドに変な事を教えたら、食事に毒でも盛ってやるとしよう。
あの子はずっと石に話しかけている。
普通の言葉だったり精霊語だったり古代エルフ語だったり、とにかく色んな言葉で話しかけているみたいだ。 今は、僕に聞こえていないから精霊語かな? あれは話しかけている対象にしか聞こえないからね。
あんなに一生懸命に話しかけてちゃって、よっぽど精霊の仲間が欲しいんだろうね。 ……でも、あの子には悪いけど、会話が成り立つ可能性は低いだろう。
あの石には魂があるみたいだけど、ただ魂があるだけじゃあ会話なんか成り立たない。 魂があるからって高い知能があるとは限らないからね。
言語を理解する知能がなければ、仮に声を聞き取っていたとしても、ただの音としてしか伝わらない。
まあ精霊語なら言葉の壁を越えて思いを届けることが可能だけど、そもそも相手が『会話する』という行為を理解していないなら意味は無いよ。
あの石が人間くらいの知能を持っていればいいけど、まだ精霊化してもいない石にそんな知能レベルを求めるのは無茶な話だ。
あの子が話しかけ続けた分の努力は無駄に終わるだろうね。
……あの子は悲しむかな? 今から上手い慰めの言葉でも考えておくか。
そう思いながら僕は腰の水筒から水を飲もうとした。 その時……。
「あっ! 石が返事をしてくれたの! わーい!」
「ブホッ!」
僕は水を吹き出した。 クソッ……僕とした事がみっともない。
……なんだって? まだ精霊になってもいないのに、精霊語での呼び掛けに応えた?
……あの石……本当に何なんだい?
次回は稲穂視点にする予定です。