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ウッディライフ! ~ この木なんの木? 私です ~  作者: 鷹山 涼
番外編&後日談ですよ まだやりたい事がありますから。
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後日談 3.5話 変わり始める深緑の民

深緑の民の3賢人の1人、サイプレス視点です。

「ううむ……素晴らしい。 やはり何度見ても素晴らしい……」


 儂は精霊姫・モーリン様の生み出した木を見上げ、何度繰り返し言ったかも忘れた『素晴らしい』という言葉を、また口にした。

 だが、そんな儂を呆れた目で見る者は、少なくともここには居ないであろう。

 何故ならばここに居る我ら深緑の民は、例外なく皆がこの木に魅せられおるのだからな。


 ほれ、その証拠に今もほとんどの者がこの木の側に集まり、何をするでもなくこの木の枝に美しく咲き誇る花を見上げておるわ。



 「……我々は、聖域である森を失ってしまった。 だが、精霊姫モーリン様と……そしてモーリン様が生み出して下さったこの木と出会う事ができた。

 我々、深緑の民は、ここからもう一度やり直すのだ」


 誰に聞かせるでもなくそんな言葉をしみじみと呟いていた儂に、1人の若者が駆け寄ってきた。

 ふむ……確かこやつは周辺の警備を担当しておったはずじゃが、慌てている所を見ると何かあったかのう?


 「サイプレス様! こちらに精霊姫様とその巫女が向かって来ています!」


 なんと、モーリン様が?

 我々の元に足を運んで頂けるとは光栄なことじゃな。 


 「で、ですが、精霊姫様のお姿が……その……」


 うん? モーリン様の姿? ……ああ、こやつはモーリン様が小さな姿になってしまった事を知らなかったのか。 ならば驚くのも無理はないか。


 「モーリン様は、森を滅ぼしたあの闇との戦いで小さな姿になってしまったのじゃ。

 だが、姿が変わってしまっても敬意を持って接する事を忘れてはいかんぞ」


 「あ、いえ、それは知っているのですが、その事ではなくて……」


 「その事ではない? ふむ、では何を驚いておる?」


 儂が訊ねると、その若者は、なんと言えば良いのか困ったような様子で答えた。


 「あの……精霊姫様の頭にキノコが生えてます……」


 「……なんじゃと?」



 頭にキノコ? と困惑している儂の耳に少女の元気な声が届いた。



 「深緑の民のみんな、集まって! モーリンが来たんだから出迎えなきゃダメだよ?」


 うむ、あの無邪気かつ不遜な物言いは……巫女のフリージアじゃな。


 声のした方を振り向くとそこには、輝く金髪に青い瞳、そして長く尖った耳と、伝承にある原初のエルフの特長を色濃く持つ少女がいた。

 そしてその胸元に抱かれているのは、仔猫ほどの体格に縮んだモーリン様……おおっ!? 本当に頭にキノコが生えておる! ううむ、あれは一体?

 

 あのキノコについて質問しても良いのじゃろうか?

 い、いや、迂闊に触れては失礼かもしれんし……ううむ……。


 儂だけではなく皆もキノコが気になったようで、全員の視線がキノコに集まっていたが、モーリン様が両手をワサワサと振る動作をしたのを見てハッとした。


 しまった! キノコが気になっていてご挨拶が遅れた!

 偉大なる精霊姫であらせられるモーリン様に先に挨拶させるとは、なんとも無礼な失敗をしてしまったわい!


 皆も失敗に気づいたのか、大急ぎで姿勢を正して両手を羽ばたかせて挨拶を返す。

 モーリン様にお会いした緊張とご挨拶が遅れた失敗での焦りの両方からか、皆の表情は酷く強張っておった。


 フリージアの様子を確認すると……うむ、良かった。怒ってはおらんようじゃな。

 あの娘はモーリン様への無礼に対しては本当に厳しいからヒヤヒヤするのう。



 儂の視線に気づいたのか、フリージアが儂の方を見て小走りで近づいてきた。


 「あ、3賢人のお爺さん、ちょうど良かった。 深緑の民のまとめ役の人とお話がしたいんだけど、誰がそうなの?」


 「聖域にいた時の里長なら向こうにいるが……じゃが、今では儂がまとめ役みたいなものじゃな」


 里長は、エルフは他の種族より優れていて、そのエルフの中でも深緑の民こそが最も優れたエルフなのだ……と信じる者たちの筆頭じゃ。


 その自負は深緑の民なら多かれ少なかれ皆持っている価値観ではあるし、自分たちだけで森に住んでいた頃ならばそれでも問題は無いのじゃろうが、若草の民や花園の民、そして人間とも一丸となってモーリン様にお仕えしようとしているこの時においてはあまり適任ではないという意見が多く、仮に儂がまとめ役をやっておる。


 儂の世代はエルフが3つの派閥に別れる以前を知っておるし、人間ともそれなりに接した事があるから選民思想を拗らせた若い世代よりは適任じゃろう。

 無論、いずれは若者に席を譲るつもりじゃがな。



 「あっ、お爺さんがそうなの? なら訊きたい事がある。

 深緑の民のみんな、モーリンが生やしたその木の周りで生活してるよね?」


 「うむ。 深緑の民はずっと森で暮らしておったから街中は落ち着かんし、少し街から離れたこの場所で、美しいモーリン様の木を見守って生活していこうという話になったのじゃ」


 そう伝えるとフリージアは呆れと怒りの混ざった視線でギロリと儂を睨み、そしてそのまま見回すように首を動かし、他の皆の事も睨みつけた。


 「むぅ……! 『話になったのじゃ』じゃない!

 街の運営をしている領主さまとかアウグスト君とか花園の民の代表のトレニアとか……何よりもモーリンとその巫女である私に何も言わないで勝手にここに住んだらダメだよ!」



 その言葉を聞いて、儂は頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。


 皆で一丸となる時だ……などと考えていながら、実際には人間や他の派閥の者に言わずに深緑の民だけで話し合いをして、勝手にここに住む事を決めてしまっていた。

 勝手な行動も問題じゃが、何よりも今フリージアに言われるまで自分たちが身勝手に振る舞っているという事に気づいてすらいなかったことが問題じゃ……。

 長年森で自分たちだけで閉鎖的な生活をしてきた事がここまで自分の視野を狭くしていたとは思ってもいなかったのう……。


 そもそも儂らは故郷を失い、ここに助けを求めて来て、成り行きでそのままここにいるだけの立場じゃ。

 モーリン様から、この地に正式に受け入れていただいたわけでもなかったと言うのに、なぜモーリン様の木を見守る役目を任されると当たり前のように思い込んでおったのか……。


 自分は選民思想に染まっていないと思っていたのに、儂はいつの間にこんなにも傲慢になっていたのじゃろうか……。 こんなザマで、他の者よりは自分がまとめ役として適任じゃ、などと考えていた事が恥ずかしいわい。



 自分たちの愚かさを再認識して落ち込んでいたその時、モーリン様が動かれた。

 ……動かれた……のだが、フリージアが手を放さなかったため、その場でジタバタしただけで終わった。


 フリージアよ……モーリン様を抱き締めて押さえつけるのは巫女の行いとしてどうかと思うのじゃが……。

 


 「ん? なあに? モーリン。 どこかに行きたいの? ……うーんと……その木の所? うん、わかったよ、連れて行ってあげるね」


 モーリン様の身振りから意思を読み取ったのか、フリージアはモーリン様を抱いたまま、あの木に近寄った。 

 

 そこでモーリン様は木に向けて、ぐぐっとその手を伸ばし……

 手が届かなかったようで、一度ガックリと肩を落とされたあと、髪の毛をシュルシュルの伸ばし、その髪の毛で木に触れなさった。

 一体何をなさるのじゃろうか?



 数秒後、髪の毛を経由してあの木へとモーリン様の魔力が流れ込み、1つになったのが感じられた。

 そして、あの木がゆっくりと羽ばたくように枝を振り始める。

 おお……これはモーリン様の代名詞とも言えるあの動作……! モーリン様が木を動かしておられるのか?

 しかし、何のためであろう?


 そのままモーリン様が操る木を見つめていると…… む? 動きが変わった?


 いや、枝を上下に振る動きその物はあまり変わってはいないのであろうが、その動きから受ける印象が変わった気がするのう。

 何となくじゃが、先ほどよりも楽しげに見えるような……。



 「あ、モーリンが踊りだした! えへへ、可愛いね」


 フリージアがそう言って微笑んだ。

 な、なるほど。 踊りか……確かに踊っているようにも見えるのう。


 そしてしばらくすると、モーリン様と木がボンヤリと光り始め、一度ピカッと輝いた。

 その光に反射的に目を閉じてしまった儂は、次に目を開けた時……その光景に息を飲んだ。



 モーリン様が操っておられるあの木に咲き誇っていた花……。

 薄い桃色であったその花びらが、色とりどりに変わっていたのだ。

 赤、青、黄色……金や銀のように輝くものもあり、宝石を散らしたかのように華やかであった。


 その美しさに儂は……いや、深緑の民は皆、言葉を失い、立ち尽くしたままその光景に魅了されておった。



 皆が物音1つ立てずに立ち尽くすその静寂に、フリージアの声が響いた。


 「あっ! ……えへへ、懐かしい。 モーリンと出会った時の事を思い出すね。

 私たちもそうやって迎え入れてもらったんだよね。 嬉しかったなぁ」


 そう言ってフリージアが笑った。

 ……迎え入れる? 色とりどりの花を咲かせて…… ……あっ!

 あ……ああぁっ! まさか…… まさかっ! モーリン様のこの行動はっ!


 儂は、ある可能性に気づき、その衝撃と歓喜に全身が震えるのを感じた。

 そして感情の波に、今にも震えそうな声でフリージアに訊ねた。


 「フリージアよ…… こ、これはもしや……!?」


 「あっ、お爺さんは気づいた? ……まあ気づかなかったらエルフ失格だよね。 ……うん、これは原初のエルフの伝承にある、あのシーン……。

 長い間離れていた原初のエルフの事を、友達である精霊姫様が迎え入れたあのシーンの再現だよ。

 私たち若草の民も、こうやってモーリンに迎え入れてもらったんだよ」



 お、おお……! やはりあの伝承にあるシーンか!

 エルフの血を引く者は、大抵は子供の頃に親から童話として読み聞かせをしてもらい、多くの者が憧れたものじゃ……。

 まさか本物の精霊姫様が再現をして下さるとは……感動じゃ!

 それに、ここでこのシーンを再現して下さるということは……。



 「モーリン様は、我ら深緑の民の事も同胞として、ここに迎え入れて下さる……という事なのか」



 儂のその呟きを聞いた皆も、モーリン様の粋な演出が理解できたのか、「あ、あぁっ……」などと言葉にも成らぬ声を漏らし、歓喜に身を震わしておった。

 ……おお、号泣している者もおるのぅ。 儂もその気持ちは分かるぞ。


 歓喜と感動の波は皆の間に、波紋の様に広がっていき、十数秒ほど後にはほとんどの者が涙を流しておった。


 しばらくすると、微風に乗ってフワリと香りが漂って来た。 これはモーリン様の花の香りかのう?


 甘くて、それでいて爽やかで気持ちがスッキリとするような清涼感のある、良い香りじゃのう。

 まるで、心の中までもスゥっと洗い流されるようじゃ。 


 ……いや、実際に心が洗い流されているのじゃろうな。


 深緑の民は、古いエルフの伝統を守る一族……。 その事は誇っても良いじゃろう。 じゃが、それは、過去の栄光にすがるしかなかった、心の弱い一族という事でもあったのじゃ。


 自分の生き方に確固たる自信が無いから…… 些細な事でも揺るがされるから……

 だからそれが怖くて、他者を過剰に遠ざけようとした。

 そして、その弱い心を少しでも補強するために自分が特別であると自分に言い聞かせ、肥大した自尊心を鎧の様に着込んで心を守ろうとした。

 ……それが深緑の民の排他的でプライドの高い性質の根っこじゃったのじゃ。



 じゃが、今、儂らはモーリン様に仲間として迎え入れていただけた……。

 過去の栄光などにすがらなくとも、今、この時こそが儂ら深緑の民の栄光の時なのじゃと、心から信じることができる。


 自分に酔って、外の世界が見えていなかった。 そんな儂らの酔いがやっと覚めた気がするのう……。

 長年にも渡って心の弱さを認めることができなかった儂らが急にこんなに素直になれたのは、おそらく、このモーリン様の花の香りの効果であろうな……。

 ううむ、まるで新しい自分になった気分じゃ。


 儂は涙を拭い、顔を上げてもう一度、モーリン様の木を見上げた。

 すると、その花は元の薄い桃色に戻っており、モーリン様とフリージアも立ち去るところであった。


 儂の視線に気づいたらしいフリージアが振り向き、言った。


 「モーリンが、もう行くって言ってるっぽいから帰るね?

 あっ、別にみんなに対して気を悪くした訳じゃないみたいだから、それは心配しなくていいよ。 良く分かんないけど、みんなを気遣ってるっぽいかな。

 ……じゃあ、そう言う事だから、私たちは帰る」

 


 そう言ってフリージアはモーリン様をぎゅっと抱いたまま立ち去っていった。


 儂らを気遣う……か。

 なるほど、確かに儂らは今の短い時間に心を揺るがされ過ぎた。

 

 まず、自分の勘違いぶりを教えられ、羞恥と反省を……。

 そして優しく迎え入れていただき、感動と歓喜を与えられ……。

 最後に花の香りで、長年の心の酔いを覚ましていただいた。


 儂らは、自分たちのこれまでと……そしてこれからの事を考え直さねばならぬ。

 その時間を下さるために、一度この場から立ち去って、儂ら深緑の民だけにしてくださったのであろう。


 次に会うときには、深緑の民の新たな生き方を見せてみろ。 ……という課題を与えられたとも言えるかもしれぬな。 ならば……


 「皆の者、モーリン様に心を晴らしていただいたな? ならば、今しばらくは己を見つめ直す瞑想の時間とする! ……そして、夜には会議を行おう! 深緑の民の今後の生き方について話し合おうではないか」

 

 「「「……はいっ!」」」


 良い返事じゃ。 今日という日は、深緑の民が生まれ変わる転機になるじゃろうな。

 さて、儂も自分を見つめ直すとするかのう。 ……おっと、その前に……


 儂はモーリン様が去った方向を向き姿勢を正し、ありったけの感謝と敬意を祈りに込めて、大きくワサワサと羽ばたいた。

 気がつくと、周りにいた他の皆も同じことをやっておった。



 若者たちが希望に満ちた表情で一斉に羽ばたく様子は、まるで、高い高い青空へ旅立とうとする鳥の群れのようであった。

 

稲穂ちゃんの話も少し書く予定でしたが、それは次回にしますね。

短めの話にする予定なので、多分2~3日以内には投稿できると思います。

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