5.5話 VSオーク軍団
ムスカリ視点です。
「くそ! 鳥を狩るための弓矢じゃあ刺さらないぞ!」
「いいから射つぞ! 足止めさえすれば、今に助けが来る!」
村の入り口付近では、すでに戦いが始まっていた。 ふむ、彼らは、食料調達に出ていたグループか、侵入しようとしたオークを足止めしてくれたようだ。
「後は任せろ! でやあぁぁ!!」
俺はオークの横にある木の陰から飛びだして、そのまま側面から切り捨てた。
わざわざ振り向くまで待ってやる義理は無い。
「ムスカリさん……! 助かりました!」
「村に敵が入らないように引き付けていた、お前達の判断も見事だったぞ。 さあ、折角食料が増えたんだ、腐る前に運ぶから手伝え」
俺はオークを運びながら「ヒースの予想通りか」と呟いた。
我々は精霊様に受け入れて頂いた後、直ぐに魔物除けの守り石を置いたのだが、我々が使う魔物除けは、あくまで魔物が嫌がる気配を出すだけのものなのだ。
勿論、それはそれで役に立つものではあるが、物理的に侵入を拒むものではない。 更に、ヒースの見解ではこの土地で機能するかは疑問だとのことだった。
初めてこの地に訪れた時、感知の得意なヒースですら近づくまで精霊様の魔力を感じなかった。
つまりこのエリアは、中の魔力が外から感知できなくなる力が作用しているのだろう。
となると、魔物除けの石が出す魔物が嫌がる気配が、外まで届かないと思われる。
そして、面倒な事にオークは鼻が効くために、魔力が感知されないはずのこのエリアに居ても嗅ぎ付けて来るかも知れない、というのだ。
俺は頭が回る方では無い。 ヒースが『不安がある』と言っていて、実際に今オークが来たのだから、俺は素直に見回りや討伐に徹するだけだ。
俺は自分の役割を再確認しながら、オークを村に運び込んだ。
「じゃあ私は精霊様の所にご挨拶に行ってくるね」
「待て! 早めに村を柵で囲まなくてはならないんだ! 手伝え!」
隙あらば精霊様の所へ行こうとするフリージアを捕獲して柵を張りに行く。
それにしても妹は妙に大人振る癖があったはずなのだが、精霊様が絡むと一気に子供っぽくなるな……。
「むぅ……手伝うのはわかったけど、私、不器用だから物作るの苦手……
「知っている。 ……というか、物作りは俺も苦手だが、若者総出でやると言う話に決まったから、行かない訳には行くまい。 人手は多い方がいい」
俺と妹は苦手意識に負けず、柵の製作に尽力したのだが、数本の柵を破壊した辺りで戦力外通告され、俺はいつも通り見回りに出る事になった。
妹は、これ幸いとばかりに精霊様の所に走って行ったようだ。
今回の教訓は、やはり苦手分野に無理に手を出すより、個々の得意分野を生かす方が全体の利益に繋がる……という事だろうか。
などと考えながら村の周囲の林や茂みを見て回る。 ……うむ、これは……。
「オークの姿は見えない。 だが……」
結局、見回りの途中でオークと遭遇はしなかった。 だが、所々にある生活の形跡を見る限り、確実にかなりの数が居るだろう。
今回、偶然オークを見かけなかっただけなら良いのだが、恐らくは違う。
俺達の存在を知っていて、息を潜めて襲撃の準備を進めている……と思った方が良いだろう、やはり村の防衛は最優先か……。
村の今後の事を考えながら帰路を急ぐと、肉を焼く匂いが漂ってくる。
なるほど、オークの肉を焼いているのか。
オーク肉は貴重な食料だが、今、丸焼きにするのは、ただ食べる以外の意味もある。
オークを焼く匂いを漂わせることでオーク共に、我々がか弱い獲物ではないのだ、と知らしめる意味があると昔から言われている。
「ムスカリよ、こっちへ来て食え、お主が狩ったのじゃから、まず、お主が口を付けなければ皆が遠慮するぞい?」
「む、長老……成る程、では頂きましょう」
長老に促されてオークの丸焼きの前に行く。 確かに暗黙の了解として、獲物に口を付ける順番はある。 俺は気にしないのだが、俺が食べてからじゃなくては落ち着いて食べれないと言う者も、確かに居るだろう。
うむ? オークの丸焼きに頭が付いていない? 獲物の頭は最上位の者が食べるのがマナーだ。長老が食べたか? と思い長老の方を見ると、俺の疑問に気付いたのか、長老が口を開いた。
「獲物の頭は上位の者に渡すものじゃ、当然精霊様に献上した」
それを聞いて納得した俺だが、その時後ろでフリージアがボソッと呟いた。
「むぅ……精霊様にオークの頭を献上して、本当に喜んで貰えるの?」
……それも一理あると思ったが、とりあえず長老を信じよう。
翌日、早朝の見回りから帰ると村の様子がおかしかった。
しまった…! 俺が出ている隙に攻められたか!?
……良かった、あまり被害はなさそうだな。
む、あそこに居るのはヒースか? 丁度いい。
「ヒース、何があった?」
「ああ、ムスカリか。 君が居ない時に襲撃されてね。 ローズさんを中心に戦って、勝ったんだけど、前衛を務めたカクタスとナーシサスが打撲とか……まあ軽症だね。 それとフリージアも戦ったけど、あの子は無傷だから安心して」
「フリージアが戦ったのか? いや、この状況なら正しいか」
兄としては妹を戦わせたくないが、若草の民の筆頭戦士という立場で見れば、現状で戦力になる者を、ただ遊ばせて置く訳には行かないのは理解できる。
「今日は6匹倒したから、沢山食べれるね」
ヒースは食べる方に意識が向いているようだ。
まあ、食べて力を蓄えるのは重要だ、食べられる時は素直に食べよう。
今夜も長老はオークの頭を精霊様に捧げていた。
すると、今日もフリージアがボソッと呟く。
「私なら頭ばっかり2日続けては、いらないなぁ…… しかも今日は6個もあるし」
……うむ、否定はできん。
だが、上位者へのマナーであると考えると、これからも捧げるべきなのだろう。
ーーーーーー
それから2日はオークの襲撃はなかったので、皆で柵や見張り台を作った。
柵を破壊した前科がある俺は運搬等の力仕事のみを手伝い、同じく前科持ちの妹は、年寄りや子供のグループと共に食事の準備や洗濯などを手伝っていた。
危機が迫っているのだから仕方ないのは理解しているが、家や畑など、生活を象徴する物の作成を中断して、戦いの準備ばかりしているのは悲しいものだな……。
そして、更に翌日
「……っ! ……来たよ! 数は50以上いる!」
「戦闘準備だ! 工具でも農具でもいいから武器を持て! 前には出過ぎるなよ!」
ヒースが敵を感じ取ると同時に戦闘準備を始める。
ヒースなら数キロ先から感知しているだろう、準備の時間はまだある筈だ。
敵が少数なら俺が迎撃に出ることも考えていたが、敵の数を聞いて止めた。 流石に1人では無理だ、柵などを利用しながら全員で戦うべきだろう。
「戦士たちは前を固めるぞ、弓か攻撃魔法が使えるものは見張り台か小屋の屋根から狙え」
やがてオークたちの姿が見えてきた。
……思った通り、敵が目視できる距離に来るまで時間的余裕があったな、こちらの準備は出来ている。返り討ちにしてやろう。
「敵の先頭が、目印の木を越えました!!」
「よし! 魔法と弓は攻撃開始!! 魔法は良く狙えよ! 弓は精度より数だ! ばら蒔け!!」
ついに戦いが始まった。
オークは力はあるが、それだけだ。 準備が出来ていれば怖い相手ではない。
そう考えていたのだが……。
「アイツら! 盾を構えてるぞ! ダメージが少ない!!」
オークは、1列目が盾を構え、2列目以降が身を屈めて行軍している。
統率されている!? ……まさか、上位種が率いているのか!?
最悪の可能性が頭を過った瞬間、盾持ちのオークが道を開けた。
何をする気だ? と目を凝らすと、道を開けたその先……最後尾にいたオークが、岩と丸太を組み合わせた様な巨大で簡素なハンマーを、全身の力を使ってグルグルと回しているのが見えた。
まさか!? あれを投げつける気か!? あれでは柵ごと……!
「全員、下がっ……!?」
『下がれ』と言いかけた瞬間……。 突如、人間の頭程のサイズの何かが飛んで来て、ハンマーを振り回していたオークの頭に直撃した。
突如飛来した何かは、オークの頭に当たるとともに砕けて液体を撒き散らす。
そして、その液体を浴びた周囲のオークは、悶え苦しみ、転げ回り始めた。
我々も、そしてオークたちも混乱して、一時的に戦場が動きを止めた様に見えたが、それはその一度では終わらなかったのだ。
先ほど飛来した何かは、その後も続けて飛んで来たのだ。 これはいったい?
「精霊様……?」
誰かがそう呟く。 ……確かに、この何かが飛んでくる直前に、精霊様の木が大きく揺れているように見えた。
なんと! 精霊様が力を貸して下さっているというのか!
その事実に戦意が沸き立つ。 まるで心の奥に火が着いたようだ。
「俺が出る! 弓はもう射つな! 魔法は撃つまで時間がかかってもいいから、一撃の威力を上げて確実に倒せ!」
本来、まだ突撃する段階では無い。 勢いのままに飛び出した俺は、本来なら無謀な愚か者であるはずだが、この時は危険を感じなかった。
何故なら、飛び道具や長柄の武器を持った敵や、後ろに回り込もうとする賢い敵など、危険な相手から順に、精霊様の攻撃で倒れていくのだ!
……なんと精密な援護攻撃なのだろうか。 俺は、混乱して足が止まっている雑魚に止めを刺すだけでいいのだ。
精霊様と共闘する高揚感に身を震わせた、その時……
突然感じた強烈な殺気に、反射的にその場を飛び退くと、そこに巨大な影が入れ違いで飛び込み、俺が一瞬前に立っていた地面が砕け散った。
……危なかった! 僅かにでも遅れていたら俺まで粉々だったな。
……そこに立っていた影は、他のオークの2倍近い巨体にゴツゴツした皮膚、そして凶悪な面構えと、それに不釣り合いに理知的な目を持っていた。
……オークキング……!!
やはりいたか!? 人数で押せば勝てはする……だが死者は覚悟するべきか?
こいつは強いだけではなく頭も回る。
自ら前線で戦う姿を見せて、部下の士気を高めるつもりなのだろう。
時間を掛けると周りのオークが戦意を取り戻してしまう。
ならば……相討ち覚悟で早めに決着をつける!!
オークキングはニヤリと笑うかの様に顔を歪めた。
『 お前の奮闘もここまでだ 』
……そう言っているように見えた。
オークキングはその巨体を震わせ、天を睨み付け、空をも呑み込む程に大きく開いたその口から、大地を砕く程の咆哮を……!
がっぽん☆
……間抜けな音が周囲に響いた……。
オークキングが威嚇するかように開けた大口に、精霊様の飛ばした何かが飛び込み、そのままスッポリとハマったのだ。
血の気を失った顔色で悶え苦しむオークキング……。
あんまりと言えばあんまりな光景に困惑し、精霊様の方をチラリと見ると……。
枝いっぱいに咲かせた黄色い花を上下に振っていた。
……そうか! 思い出したぞ! 古いエルフの風習に、親しい者が戦場に行く時に、黄色いハンカチを振って送り出すというものがある。
戦いに送り出す風習……
つまり『戦え』ということか!?
ハッとして戦況を確認する。 強力な武器を持つ主力はすでに半壊。 キングは悶絶。 それを見た雑魚は混乱。 た……確かにこれは呆然としている場合では無い!!
「白兵戦ができる者は全員突撃だ! 殲滅するぞ!!」
こうして戦いは終わった。
精霊様にお力添えを頂いた我々の戦果は、拠点での総力戦にも関わらず、戦死者0、という奇跡的なものだった。
「精霊様のお陰で大勝利。 そのお礼をするのは当然だと思う……でも」
勝利の宴の中、フリージアが呟いた。
「むぅ……これは絶対に違う」
精霊様の前に67個のオークの頭を満面の笑みで持っていく長老を見ると、俺も妹と同じ気持ちになった。
……多分、これは上位者へのマナーとしては間違いだ。
山ほどのオークの頭を捧げられた精霊様の枝が、微妙にゲンナリと萎れているように見えたのは、気のせいだろうか……?
ムスカリが精密だと思っていた主人公の攻撃ですが、当然本人は適当に投げまくっていただけです。