63.5話 出撃
フリージア視点です。
最近、アウグスト君とトレニアが忙しそうだ。
ううん、その2人だけじゃなくて、みんなバタバタと忙しく働いている。
まず、深緑の民が合流したことでも色々とトラブルが起きた。
一緒に生活するために、お互いのルールやマナーを話し合ったんだけど、深緑の民にはイヤミで偉そうな人が多いから、話し合いの場でケンカになりそうになったのも1度や2度じゃなかったみたい。
何とか話し合いがまとまって来たと思ったら、今度はエルフの聖域を滅ぼした黒いモヤモヤがこの近くまで来ているって話になったんだよね。
それでアウグスト君とかトレニアの実家とかの名前で兵士や冒険者が集められたみたいで、急に人が増えたからそれでまたみんなが忙しくなったみたい。
人を集めても、形の無いモヤモヤを相手に攻撃できるのかな? って思ったけど、先に戦った国の部隊や、深緑の民の話によると、浄化系の魔法は少しは効くみたいだし、そのモヤモヤから生み出される黒い魔物は剣で斬れるって言ってた。
だから、大人数で戦いに行くことに決まって、今はエルフと兵士と冒険者の戦場での連携とかを考えているんだって。
むぅ…… そんな中、私だけのんびりしてていいのかな?
もちろん私にはモーリンの巫女っていう大切な仕事があるから、遊んでいるわけじゃないよ?
でも、モーリンってお世話をする必要がないから、実際は巫女としてやる仕事ってあんまり無いんだよね。
みんな忙しいんだから、私も手伝える事があればいいんだけどな。
そう思っていた時に、長老が提案してくれた。
「モーリン様が直接戦いに送り出して下されば、皆の士気も上がるであろう。
お前は巫女としてその儀式を取り仕切ってくれんかのう?」
……うん、それは私にしか出来ない仕事だよね。 だけど……
「むぅ…… それって、モーリンに戦いの責任を押し付ける事にならない?」
私は、ふと気になったことを訊いてみた。
すると長老は、少し困った顔をして言った。
「それは……無くは無いのう。 じゃが少なくともエルフの血を引く者たちはモーリン様のために戦える事を光栄に思っておるから、もしもその結果、命を落とす事になったとしても、モーリン様を恨むような者はおるまい。
兵士や冒険者も、納得して危険な仕事をしておる者たちじゃから、自分の負傷や死の責任をああだこうだは言わんじゃろう」
「うーん、それならやっといた方がいいのかな? 士気が上がるのは良いことだし」
決まってからは早かった。
みんな神殿に集まって、綺麗にズラリと整列した。
私もこの時は白いローブを着て、巫女らしい格好になるんだよ。 普段は我ながら巫女っぽくないから、こんな時くらいビシッと決めないとね。
「精霊姫モーリンがおいでになります。 私たちの戦いに必ずや武運を与えてくれるでしょう」
私は難しい言い回しは苦手だから、実は今のセリフは手の甲に書いてあるんだよね。
うん。 大丈夫、多分バレてない。
私のその言葉に続けて、音楽の演奏が始まって、モーリンが登場する。
……これから戦いが始まるのに、モーリンは自然体だ。
きっとモーリンは戦いなんかしたくないはずなのに、こんなふうに士気を上げるための道具みたいに使っちゃってゴメン。 本当にゴメンね。
私はモーリンに申し訳なくて、目を逸らしてしまったけど、モーリンはそんな私を優しく抱き寄せて、髪を撫でてくれた。 きっと、気にしなくていいよ……って言ってくれてるんだと思う。
モーリンは優しいな……。
その時、突然モーリンの雰囲気が変わった。
「祈れ!」
モーリンがしゃべった!? しかも、こんな強い命令口調でしゃべるのは始めて聞いたかも?
集まったみんなは動揺してざわざわしている。
無理も無いよね、何回かモーリンの声を聞いたことがある私でも驚いたんだから。
でも、驚いている場合じゃないよね。 モーリンが祈れと言ったんだから従わないと。
「みんな! 何してるの!? 早く祈りを捧げて!」
私がそう言うと、みんなはハッとしてワサワサ羽ばたき始めた。
モーリンはしばらくの間、祈りを捧げる人たちを眺めた後、それに応えるようにワサワサと羽ばたいた。
その瞬間、一言では言い表せない不思議な安心感に包まれた気がした。
私だけかとも思ったけど、何人かが『おおっ……』とか、声にならない声を出しているから、きっとみんなこの不思議な感覚を味わっているんだと思う。
……そっか。 モーリンはきっと、自分の名の下に怪我人や死人が出るかもしれないって分かった上で、それを受け入れてみんなを戦場に送り出そうとしているんだ。
命令口調でしゃべったのは、優しいモーリンを一度忘れて、みんなの象徴としての力強い精霊姫を演じているんだね。 きっと。
それからしばらく、みんなで羽ばたいて一体感を味わっていたけど、モーリンが羽ばたくのをやめて空を見上げた。 ……何だろう?
私もつられて空を見上げると、遠くの空がやけに黒っぽいのに気付いた。
……もしかして、これがエルフの聖域を滅ぼした黒いモヤモヤ?
冒険者の一人が「やれやれ、来やがったぜ」って言ってコキコキと首を回した。
兵士は、兜の色が違う人…… 多分偉い人かな? その人が号令を掛けてピシッと整列した。
成り行きで儀式は終了して、みんな、それぞれに戦いの準備を始めている。
……あれ? 私はその中に見覚えのある人物を見つけた。 あれってジーナとティートだよね? 来てたんだ。
2人は手を振りながら駆け足でこっちへ近づいて来たけど、それを途中でロドルフォが呼び止めて、そのまま2~3言くらい会話してから一緒にこっちへ歩いて来た。
むぅ……ロドルフォは来なくていいのに。
「……ねえ。 2人はロドルフォとどういう関係なの?」
どうしても気になったから、挨拶するよりも先に質問しちゃった。
そしたらジーナが答えてくれた。
「私は主に王都で活動してるから、ロドルフォさんが王都にいた頃は何回か一緒に仕事をさせてもらった事があったのよ。 ティートはその時はまだ見習いだったから、顔を知っている程度の関係だけどね」
「ああ、だからオレがロドルフォさんと一緒に仕事をするのは今回が初めてだな」
仕事か…… ジーナとティートも戦いに参加するんだよね?
冒険者が危険な仕事をするのは当たり前なんだけど、私はつい2人に確認しちゃった。
「多分この戦いは危険だと思うよ? それでも参加してくれるの?」
「危険が怖いなら冒険者になんかなってないわよ。 それに、友達の故郷に危険が迫っているんだから、少しでも力になりたいわ」
「そうだぜ! オレはフリージアもモーリンも友達だと思っているんだ、参加しないわけにはいかないぜ!」
ジーナとティートが、迷わずに友達だと言ってくれる。 ……嬉しいな。
「友達…… うん。 じゃあ遠慮しないで友達の厚意に甘えちゃうね。 ……だけど危なくなったら迷わず逃げてね?」
そんなやり取りをしていると、横からニヤニヤしたロドルフォが割り込んで来た。
「おいおい、オレの事は無視か? 悲しいねえ、オレたち友達だろ?」
「友達じゃない」
「即答かよ! だがまあオレも嬢ちゃんと仲良しごっこができるとは思ってねえさ。 オレが言ってるのは戦友って事さ。 一度敵として戦い、今度は味方として背中を預けるんだ。 そう呼んでもおかしくねぇだろ?」
むぅ…… 確かに間違ってないけど、ロドルフォを戦友と呼ぶのは抵抗がある……
でもロドルフォは私が返事をすることなんて待ってなかったみたい。
「そろそろおしゃべりはおしまいだ。 さあ、出陣だぜ」
そう言って、ふらっと歩いて行ってしまった。 その先にな数人の冒険者グループがいて…… あれ? あの人たち、見覚えがあるかも。
……あっ! ロドルフォと一緒に村に攻めこんで来た冒険者たちだ! あいつらもいたのか。
むぅ…… あのチームが強いのは知ってるから、心強いと言えば心強いんだけど……
あいつらが仲間か…… むぅ……仲間かぁ。
これから戦いが始まろうとしている。
今は戦力が多い事を喜ぶべきなんだけど、あいつらを仲間とは呼びにくいなぁ。
「じゃあ私たちも行くわ。 私たちは冒険者組の方だから戦場では会わないかもしれないけど、お互い怪我なく終わらせたいわね」
「フリージアもモーリンも、戦いのあとで無事に再会しような。 約束だぜ」
そう言って2人は冒険者組の方に合流した。
話し合いの結果、兵士は兵士、冒険者は冒険者、エルフはエルフでグループを作って、そのグループ単位で動くことに決まったみたい。
最初は、全員混ぜちゃってから役割や個人の戦闘力を考えて振り分けて、いくつかの混合チームを作るって話だったんだけど、やめたらしい。
冒険者は即席のチームを組む事に慣れてるから大丈夫だけど、兵士は自分たちのチームワークが完成しているし、エルフには他の種族を見下してる深緑の民がいるから、その辺りを無理やり混合チームにしても上手くいかないって結論になったんだって。
当然私とモーリンとトレニアはエルフ組だよ。 あとアウグスト君もなぜかエルフ組にいる。
まあ流石に商人組なんてグループは無いからしかたないよね。
兵士たちがラッパを吹いたのを合図に出撃する。
家の窓や、道の脇の屋台から応援してくれる声が聞こえる。
戦えない人たちは逃げてもいいって伝えたんだけど、逃げた人はほんの少ししかいなかった。
……もしも私たちが負けたら、ここにいるみんなも危ないんだ。 これは負けられないよね。 元々負ける気なんて無いけど、改めて負けられないと感じた。
うん! 絶対勝って、みんな無事に帰って来るんだ!
私は杖を握る手に力を込めた。
『ほわ』が『祈れ』という意味で、『チーちくわ』は戦友という意味でした。
次の投稿は3日後の予定です。 次から戦闘シーンに入ります。