63話 訪れた戦いの時からのテストに出るちくわ
どうもこんにちは、モーリンです。
ディアえもんとお話してから1日経ちました。
あの後、ディアえもんは他のお仕事を片付けてから改めてここに来ると言って、一度帰っちゃったんですよね。
一瞬だけ、えっ? 今、問題が起きつつある場所を後回しにしちゃうんですか? とか思ってしまいましたが、考えたらディアえもんは他にも何個かの世界を管理しているらしいので、どうしてもシビアに優先順位をつけなくちゃいけない時もあるのでしょう。
必要な時になればディアえもんは来てくれるはずなので、逆に言えば今ここに来ていないと言うことは、まだ少し時間的に猶予があると言うことだと思います。
と言うことで、現在、私はライブ会場のステージに立っています。
……いえ、自分でも何が『と言うことで』なのか不明ですけど、今朝、デリバリー爺さんが迎えに来て、私をここに連れてたんですよね。
すぐそこまで危険が迫っているというのにお笑いライブをご希望ですか?
……皆さん、笑いに貪欲ですね~、そういうの嫌いじゃないですよ。
今日もちくわちゃんが司会進行をしていて、私は楽屋で出番待ちをしているのですが、その私の前でぺルルちゃんが申し訳無さそうにしています。
どうやら、何日か前からフラスケちゃんの状態を知っていたのに、それを私に知らせなかった事を気にしているようです。
理由を聞くと、私がフラスケちゃんの危機を知ったら、作戦も無いまま勝手に助けに行きそうだから、せめてディアえもんのGOサインが出るまでは知らせないようにしていた…… と言われました。
……んー、確かにそれは否定しきれないですねー。 多分、知っていたら考え無しに助けに行って、そのまま失敗していたような気がします。
なのでぺルルちゃんの判断は正しかったと思いますよ。
「……本当にごめんね。 リンに隠し事をするのは嫌だったんだけど、それ以上にリンに無茶をして欲しくないの。 今だって本当は、ディアモン様に全部任せてリンは安全な所にいて欲しいわ。 ……あの子を封印する事になってでもね。 ……だけどリンは、もう決めたのよね?」
ぺルルちゃんが本気で心配してくれているのが伝わって来て、嬉しさと申し訳なさがこみ上げてきますね~…… 私も好き好んで戦いたいわけではありませんが、フラスケちゃんを救い出すためですから、24時間でも戦いますよ。
……それに。
私は、カーテンの隙間からステージを…… そして観客席を見ました。
そこには、たくさんの人たちが集まっています。
最近の皆さんのピリピリしたムードを見る限り、ここに危険が迫っている事は気付いているはずなのに、逃げもしないで戦いの準備をしています。
ちくわちゃんたちのような、ここの創設メンバーの人たちなら全力でこの場所を守ろうとする気持ちもわかりますが、他から来た人たちも体を張ろうとしてくれているなかで、私が逃げ出すという選択肢はありえませんよね。 うん。
私が気合いを入れ直して決意を固めた所で、荘厳な演奏が始まり、デリバリー爺さんが私を呼びに来ました。 あっ、そろそろ出番ですか?
「リン……前にも一度言ったけど、多分これはお笑いライブじゃないと思うんだけど……」
HAHAHA! ご冗談を。 だって私ですよ? 私がステージに上がって、ギャグ以外の何をすると言うんですか? そんなジョークを言ってまで私の緊張をほぐそうとしてくれているんですか?
ぺルルちゃんは優しいですねー。 ですが緊張はしてないから大丈夫ですよー。
さあ、ぺルルちゃんも応援してくれている事ですし、頑張りますよー!
私は音楽に合わせてステージに登場します。
さて、最初に挨拶代わりの一発ギャグでも…… おや? ちくわちゃん、何か元気無いですね?
司会進行が上手くいかなかったのでしょうか?
ライブ中なので、本当は自分の芸を優先するべきなんでしょうが……
んー、とは言えちくわちゃんをこのままにしておくわけにはいけませんよね。
私はちくわちゃんの頭を軽くポンポンとしました。
何が原因かわかりませんが、元気を出してください。 ちくわちゃんが悲しい顔をしていると、私も悲しくなって来ちゃいますよ。
私はそのままちくわちゃんの体をキュッと抱きしめて、髪を優しく撫でました。
ちくわちゃんは、潤んだ瞳で私の目を見つめます。
身長がほぼ同じなので、顔が近いです。 ……ちくわちゃん、まつ毛長いですねー。
…………はっ!? 危ないです!?
なんか、流されて、ちゅーをしちゃいそうな雰囲気でしたよ!? 恐るべきちくわちゃんの美貌! 危なく新しい扉が開かれる所でした。 ふう……少し頭を冷やしましょうか。
心の中で、開きかけた性癖の扉を閉め直して、ガムテープを貼りつけて、つっかえ棒で念入りに閉じると、少しだけ冷静になってきましたが、そうすると今度は複数の強烈な視線に気付きました。
おや? この視線は何でしょうか? 私がそちらを振り返ると……
「ほわっ!?」
そういえばここはステージの上でしたー! おぅ……私は今まで生ライブでイチャイチャゆりゆりしてたんですか? こ……これは恥ずかしいですねー。
というか、あまりに動揺して、今、普通に声に出して『ほわっ!?』って言っちゃいましたね。 その一言で余計な魔力を消耗しちゃいましたよ。
客席の皆さんも、どよめいています。
それはそうでしょうね、多分ここにいる人のほとんどは私の声を初めて聞いたと思います。 その記念すべき初めての声が『ほわっ!?』では戸惑うのも当然ですよね。
そう思って皆さんを見ていると、どよめきはすぐに収まって、皆さん、ピシッと整列して一斉にワサワサ羽ばたき始めました。
ええっ!? そのタイミングでワサワサですかっ!? 何故っ!?
完全武装した兵士さんや冒険者さんまで混じって、キリッとした表情でワサワサしているのがとてもシュールで夢に出そうな光景です。
……あれ? 後ろの方に若頭さんもいますね…… うわ、若頭さんまでワサワサしてますよ!?
んー、少しイヤそうな顔でワサワサする強面の男性って、少し可愛いかもしれませんね。
おっと…… 突然の全軍一斉ワサワサに圧倒されてしまいましたが、礼儀としてワサワサし返すべきですね。 ワサワサしてもらったらワサワサし返してあげましょう、って小学校で習いましたし。
……あれ? 習いましたっけ? どうでしたっけ? ……まあいいです。
とりあえずワッサワサ、っと。
私のワサワサ返しに、数人から、おおっ……という声が聞こえました。
いったい何が『おおっ……』なのかはわかりませんが、とりあえず私のワサワサっぷりに満足してくれたと思っていいんですよね、きっと。
さて、今のやり取りで会場もほぐれたっぽいので、次はいよいよギャグをやりましょうかね。
んー、私の体得しているギャグの中で、ナウなヤングにバカウケしそうなチョベリグなギャグといえば何がありましたかねー?
……どのギャグにしましょうか? とか考えながら、なんとなく空を見上げた時、遠くの空がうっすらと暗くなっている事に気がつきました。
魔力という物を感じ取れなかった頃の私なら、おや? 雨雲ですか? にわか雨でも降りますかねー? っとか思っていたでしょうけど、今ならあの暗闇の方向から、もわーん、っとイヤな空気が押し寄せて来るのが分かりますね。
……お笑いライブは中止ですね。 残念ですけど。
やがて、キューっと空気が引き締まっていくような感じがして、周りにいる皆さんの動きがゆっくりになっていき、そしてそのまま固まったように動きを止めました。
……あっ、厳密には、私の意識が加速しているんでしたっけ?
さあ、ディアえもんの登場ですね。 いらっしゃいませ、昨日ぶりですね。
「……私に気付いたか。 随分と魔力感知が上達したようだな」
いえ、来るかなー、と予測していたから今は気付けましたけど、突然来られたらきっと気付かないと思いますよ。
それよりも…… 戦い、始まっちゃいますか?
「ああ、あの闇はもうそこまで来ている。 ここの住人たちも既にあれの接近に気付いているぞ。 すでに出陣の準備を始めている者も少なくない。
……どうする? やはり私が封印してしまう方が確実だと思うが……」
もしもの時はお願いします。 ですが、ギリギリまではフラスケちゃんとフードさんを助ける可能性を手放すつもりはありませんよ?
「フラスケ? あの人工精霊の少女の名前か? ……また珍妙な名前を付けたものだな。
すると、フードというのはアナベルの事か。 そうか、君はあの男の事も助けたいと思っているのか。 ……あの男が今回の騒動の主な原因なのだぞ?」
あっ、そうなんですか? だったら尚更のこと助けなくてはいけませんねー。
ほら、皆さんに『騒ぎを起こしてごめんなさい』って謝ってもらわないといけませんし。
そのためにも無事でいて貰わないと困りますよね。 うんうん。
「……フフッ……。 そうか。 そう言う考え方もあるか。
……ならば、私もアナベルの無事を願うべきか。 なんせ私もアナベルの行動で迷惑を受けた者の1人だからな、頭を下げてもらわなくては気が済まん」
そう言ってニヤリという感じの、爽やかな好青年と鬼畜な王子様を足して、爽やかな好青年を抜いたような顔で笑ったディアえもん。 うわー、ディアえもんって、こんな笑顔もするんですねー。
そして、また真顔に戻って言葉を続けました。
「約束通り、いざとなったら私が封印する。 だから、ギリギリまでやってみせるがいい。
そして、出来るのならば、あの少女とアナベルを救ってくれ。
……私もジャッドを悲しませたくはないのだ」
了解ですよー! 私にお任せください!
「いい返事だ。 ……さあ、これから加速を解除するぞ。 この地の住人たちも、ここを戦場にはしたくないはずだから、恐らくは近場の平原あたりで迎え撃つはずだ。 ならば出撃まで時間は多くないはず。 心の準備をしておくのだぞ。
……では、武運を祈る」
ディアえもんはそう言うとスゥっと空気に溶けるように姿を消して、それと同時に周りの皆さんがゆっくりと動き始めます。
あっ、いなくなっちゃうんですか? ……んー…… ん? でも意識を集中してみたら、何とな~くですけど、近くにいるような気がしますね。
恐らく、姿は消してますけど近くで見ていますね、これ。
私がディアえもんの気配を探ろうとしている内に、魔法の効果は完全に解けたようで、皆さん普通に動き始めています。
空が暗くなってきている方向を指差して何かを言っていますが……
『何だあれはっ!?』的な反応では無くて『やれやれ、来やがったぜ』的な反応に見えるので、やっぱり皆さん、何が起こっているのかは知っていて戦いに備えていたようですね。
兵士さんっぽい人たちは、1人が大きな声で何やら号令を出すと即座に、ビシッ! っと整列しました。 いやー、やっぱり訓練された兵士さんは、こういう動きがプロっぽいですねー。
冒険者らしき人たちは、逆に不敵な表情を浮かべて自然体でいる人が多いですね。
んー、これはこれでプロっぽいかも知れません。
……おや? 冒険者さんたちの中に、駆け出し君と槍のお姉さんの姿がありますね? あの2人も来ていたのですか。 お久しぶりです。
うむむ…… この土地を守ろうとしてくれているのを喜ぶべきか、お友達が危ない事をしようとしてる事を心配するべきか、悩むところですねー。
2人に挨拶に行こうかなー? っと思っていたら、どうやら向こうの方から来てくれるようですね。 2人はこちらに歩いて来て……おや? 若頭さんが合流して3人グループになりましたね。
あの2人と若頭さんは知り合いだったんでしょうか。
合流した3人はそのままこちらへ歩いて来て、ちくわちゃんとお話しを始めました。
「s9ちくわw2S@ee」
「#ユd3zgTちくわD3eC」
「ちくわ……e2sSちくわai」
駆け出し君と槍のお姉さんがちくわちくわ言って、それに対してちくわちゃんがちくわちくわと返しました。 ……今日はちくわ祭りですか?
「rWo9#ちくわzyu4」
おや? 今、若頭さんまでちくわって言いましたね?
「……ちくわぶ」
それを聞いたちくわちゃんは、すごく苦い物を食べたような顔でちくわぶと言いました。
……また出ましたね、ちくわぶ。 何なんですかね? ちくわぶ。
そして、若頭さんはニヤリと笑って、シブい声で呟きます。
「ceQ1qhJ#3…… チーちくわ」
……チーズがトッピングされましたね。 お酒に合いそうです。
ちくわ・ちくわぶ・チーちくわの3段活用ですか、テストに出そうですね。
そこで話は終わったのか、若頭さんは村を襲撃して来た時のような、刃物のような雰囲気に切り替わりました。 どうやら戦闘用スイッチが入ったみたいです。
駆け出し君と槍のお姉さんも、若頭さんほどハッキリとではありませんが、シャキッとした雰囲気に変わりました。 周りの他の兵士さんや冒険者さんも、準備完了! って感じですね。
これから大きな戦いが始まるのを実感します。 ……ですが……
……どうしましょう?
私も戦いに備えて集中しなくてはいけないのに、頭の中にちくわ・ちくわぶ・チーちくわが浮かんできて集中ができません……! これは……思わぬピンチですか?
おおぅ…… 考えないようにすればするほど鮮明にビジョンが浮かびますねー……
私のイメージ内では串に刺さって3つ並んでいます。
んー、どれが長男でしょう? やはり普通のちくわが長男でしょうかね?
結局、私がちくわ3兄弟を頭から追い出したのは、何人かが出撃した後でした。
……フラスケちゃん、フードさん。 2人が大変な時に、緊張感が足りなくてすみません。
次の投稿は3日後、10日の木曜日の予定で、今回の別視点を書くつもりです。
あと、童話祭に提出する短編が完成しました。
チェックをして、問題が無ければ明後日9日に投稿しようと思っています。
『お人好しなキツネの幸せな誕生日』という童話です。
一話だけの短編なので、暇潰しにチラっとでも良いので読んでもらえれば嬉しいです。