61.5話 エルフ、集う
前話の別視点です。
儂らは自然と共に生きる者。 野宿も食料調達も、何て事はない。
だが、住み慣れた森から出た経験がほとんど無いせいで、『旅』というものには不慣れである。
故郷を失った儂ら深緑の民は、精霊姫様がいらっしゃるという若草の民の村を頼ってここまで旅をして来たのだが、大半の者が心身共に限界に近かった。
情けない話だが、儂と、他2人などは昨日からまともに体が動かず、背負って運んでもらっている状況なのだ。 ……数日前までは強者の立場であった儂が、まさかこんな姿を晒すとはのぅ……。
……儂はサイプレス。
エルフの末裔である深緑の民の1人で、エルフでも屈指の魔力を持つ3賢人の1人……
いや、その残りカス…… とでも言うべきかのう。
数日前に里に現れた巨大な闇に飲み込まれ、儂ら3賢人は魔力の全てを吸い尽くされてしもうた。
初めはただの魔力枯渇だと思っておったが、そんな簡単なものではなかったようじゃ。
魔法の使い過ぎによる魔力枯渇ならば、しばらく休めば自然に回復するのじゃが、今回は何日経っても回復する気配が無いのじゃ。
3賢人の残り2人も同じ状態のようじゃ。 どうやら魔力を吸われた時に、魔力の器となる部分が傷つけられてしまったようじゃな。 回復しようとするそばから、またすぐにこぼれてゆくような感覚がある。
……このまま一生魔法が使えないかもしれないと思うと、大きな絶望感に襲われて眠れもせんわい。
それに、魔力を失った事は、ただ魔法が使えないだけの話ではない。
今まであらゆる行動を魔力で補助して生きてきたせいで、魔力を失うと少しの運動でもすぐに疲れてしまってまともに行動ができんのだ。
お陰で儂ら3賢人は、すっかり旅のお荷物となってしまっておる。
それでもなんとか目的地まで到着できたのは良かったのじゃが……
「すまないが、こんな大人数を調べもせずに中に入れる訳にはいかねえ。
もう少しそこら辺で待っててもらうぞ」
門番に止められてしまって、中に入れなかったのだ。
当然と言えば当然の言い分なのじゃが、深緑の民はプライドが高い者が多い。
ましてや今は旅の疲れで気が立っているのだ、駄目だと言われても素直に従わないじゃろう。
儂のその予想は当たり、血気盛んな若者が門番に食ってかかりおった。
「我らは栄光ある深緑の民のエルフだ! その我らが疲れ果てているというのに、なぜ迎え入れてもてなそうとしないのだ! ええい! 人間の門番では話しにならん! エルフを呼べ!」
やれやれ、儂もエルフが至高の種族だと信じる者たちの1人だから、あの若者の気持ちは理解できるが、儂は栄光ある種族だからこそ高貴な者としての振る舞いが必要だと思っておる。
ああやって怒鳴り散らして、さあもてなせ! というのはみっともなく感じるのう。
「これはなんの騒ぎだ!? む……そこの集団はエルフか?
数日前にエルフの聖域が滅びたという噂を聞いたんだが…… もしかして君たちはそこから避難してきた深緑の民のエルフか?」
騒ぎを聞き付けたのか、数人の兵士が駆けつけてきた。
さっきの門番は人間だったが、どうやらこの兵士たちはエルフのようだな。
「そういうお前は若草の民のエルフか? ならば我らとの格の違いは理解しているだろう?
さあ、早く中に案内しろ」
格の違いか…… その言葉を聞いて苦笑してしまったが、笑い話で済ませていい事では無いか。
エルフの末裔たちは、元々は話し合いの上で円満に分かれたのだが、いつの間にか若い世代の間では深緑の民だけが聖域に住む優良種であり、他の地に住むエルフは、格が足りずに聖域を追い出された半端者だという思想が広まってしまったのだ。
……しかしこの若者の、自分の言葉が傲慢であると気づいてもいないような態度を見る限り、儂ら3賢人が里から離れて森の奥で隠居している間に、その思想は更に根強くなってしまったようじゃのう。
「……何を言っている? 若草の民・深緑の民・花園の民は、それぞれ選んだ生き方によって分かれただけだ。 そこに格の違いなどありはしないだろう。
それにどちらにしても、その大人数をすぐに迎え入れるのは難しい。
今、上に報告するから、悪いがもう少し待っていてくれ」
「何!? 我らに対して、まだ待てというのか!?」
正論を言う兵士に対して、不満を隠そうともしない若いエルフ。
これ以上続けては儂らの品位が疑われるが…… 周りの者はあの若者を止める気配はないな。 大多数があの若者と同じ意見という事か…… ふうむ…… 選民意識がここまでになっとるとは……
隠居の身ででしゃばるのも良くないと思っておったが、少しくらいは口出しするべきかのう?
横目で3賢人の残り2人を見ると、目が合った。 うむ、どうやら気持ちは同じようだな。 ……だが、1つ問題があるとすれは……
儂ら3賢人は揃って疲労で動けず、大声を出すこともできんという事だな。
さて、このままでは、あの若者に注意する事も難しいが…… どうするか。
「……ねえ、そこの人たち」
そこに、急に場違いな幼い声が響いた。
何かと思い、声の主を探してみると、そこには自分の体より大きな樽を担いだ少女が立っている。
その少女は、尖った長い耳に輝くような黄金の髪と青い瞳…… 儂らの想像する純血のエルフの外見そのものといえる姿をした、美しい少女であった。
「このタルの水を飲むといいよ。 モーリンの厚意なんだから、泣きながらひれ伏すくらいに感謝をして飲まないとダメだよ?」
……その言葉を聞いた儂らの心は1つであった。 『モーリンって誰だ?』 である。
その空気に気づいた門番の男が、少女に耳打ちする。
「あ~…… 巫女さん。 多分この人たち、名前で言ってもわかんないと思いますよ?」
「むぅ…… モーリンの名前を知らないなんて非常識。
衣・食・住・モーリン…… この4つは生きていくのに最低限必要なものだよ?」
そう呟いた後、何かを誇るように胸を張って言い直した。
「モーリンは、ここに住む精霊姫様の名前だよ? このタルの中の水は、精霊姫様であるモーリンが作ったもので、美味しいし元気になるし美味しいんだ。 君たちが疲れているのを見て、慈悲で分けてくれるんだから、感謝して飲むといいよ」
精霊姫様からのお恵みだと!? 皆もそれを聞いた途端にざわめき出した。
少女が近くにいた子供にコップを手渡す。 受け取った子供は警戒する事もなく素直にそれを飲み、すぐに表情を笑顔に変えた。
「おっ……美味しい! 凄い! こんなの初めて飲んだよ! それに、なんだか元気が出てきた!」
それを見た皆は、顔を見合わせて頷き合うと、タルを持つ少女の前に並び、水を受け取った者から回し飲みをして行く。 水を飲んだ者の反応は、さっきの子供と同じで『美味い!』 『疲れが取れる』と言うものだった。
ほう……疲れが取れるというなら、ぜひ儂も飲みたいのだが……
自分でタルの前に並ぶ体力も残っていないのだが、誰か、水を持ってきてくれる者はいないものか?
ふう…… 以前は里の者たちの尊敬を集めておった儂ら3賢人が、魔力を失ってしまえば、途端に水の一杯すら持ってきて貰えないのか…… 泣きたくなって来るわい。
その時、皆の空気が変わった。 少女の後ろを見て一瞬ざわめいた後、突如シンと静まったのだ。
何かあったのか? 儂も少女の後ろに目をやると、そこにはもう1人別の少女が居た。
魔力を失ってしまった今の儂では気配を探る事すらまともに出来ないが、それでもその少女が普通ではないという事は感じ取れた。
その少女は、真っ直ぐに儂の方へ歩き出す。 すると里の者たちは皆、顔を伏せたまま道を空けた。
今の儂では不思議な存在感を感じるくらいだったが、プライドの高い里の者がこんな態度を取るという事は、里の者たちは、この少女に余程のものを見たということか……
……もしや、この少女が精霊姫様かっ!?
儂のすぐ前まで来た精霊姫様だと思われる少女の髪には果物が実っておった。 これはスモモであろうか? 儂が知るものよりも色鮮やかで、輝くほどにツヤがあるが、形はスモモに見えるな。
彼女はそれを手に取り、無言で儂に差し出した。 ……食べろという事か?
一瞬考えたが、儂はそれを素直に食べる事にした。
彼女が本当に精霊姫様ならば、その厚意を受け取らないなどあり得んし、万が一これが儂に害のあるものだったとしても、年老いたうえに魔力すら失った儂には、もう守るものは無い。 今さらを恐れるというのだ。
一口かじると、その小さな実のどこに入っていたのか? と驚くほどの果汁が弾け、その直後に華やかな甘味と爽やかな酸味が広がる。
お……おお…… なんという美味!
しかも、皮は薄く柔らかく、そして種が無く丸ごと全て食べられるのが良い!
あっという間に食べ終えた儂は、自分の中に魔力の高まりを感じた。
……まさか!? 失われた魔力が戻っているのか!?
儂は同じく魔力を失った2人の様子をみる。
2人もスモモを食べ終わった所らしく、あまりの美味に蕩けるような表情をしていたが、突如驚愕したような表情で自分の体を見回し、やがて儂の方を見る。
……どうやら2人も気づいたようだな。 儂らは頷き合い、同じ行動を取る。
「「「『照らす光球』」」」
儂らは声を揃えて初歩の照明魔法を唱えた。
先ほどまではこれすら使えなかったのだが、今、儂ら3人の手の上には光の球が浮き上がっていた。
「使える…… 魔法が使えるぞっ……!」
喜びと驚きの混ざったその声は、儂の声か、それとも他の2人の声なのか……
いや、もしかすると、3人同時に声をあげたのかもしれん。 それすら自分で分からなくなるほど儂らは興奮しておった。
二度と戻らぬとまで覚悟した魔力が戻ったから? もちろんそれもあるが、一番の理由は別にある。
魔力が戻り、感知能力の復活した儂らは、目の前に居る少女から絶対的な魔力を感じ取り、彼女が精霊姫様であると確信したのだ。
おお…… まさか本当に伝説の存在に…… 精霊姫様にお会いできるとは……!
儂ら3人は、畏怖と敬意と、魔力を復活させて下さった感謝とを込め、平伏した。
里の者たちも、儂らに魔力が戻ったことを奇跡だと言って、改めて精霊姫様に深く頭を下げた。
そのまましばらく平伏していると、声が聞こえた。 これはタルを持っていた方の少女の声だな。
「うん、素直にモーリンに頭を下げるのは感心。 でもモーリンが早くタルの水を飲んじゃえって言ってるから、そろそろ頭を上げて、まだ飲んでない人は水を飲んじゃって」
そう言って少女がまた水を配り始めると、里の皆も素直に受け取ってそれを飲み始めた。
疲れの取れる水を用意して皆に配り、魔力を失った儂ら3人には、体力だけではなく、魔力すらも回復する実を下さった……。 精霊姫様は慈悲深い方のようだ。
やがて、3人の人物が儂の前にやってきた。 む……? 先頭の老人は見覚えがある気がするな。
「サイプレスよ、久しいのう……と言っても覚えておらんかのう? 120年ほど前に里を出たタンジーじゃよ。 ほら、一緒にキノコ狩りをして道に迷った事があったじゃろう?」
そう言われて思いだした。 友人と呼ぶほどの関係では無かったが、なにかと話す機会が多かった男だ。
「ああ、思いだしたぞ、タンジーよ。 そうか、若草の民として生きる道を選んだのは知っていたが、ここにいたのか。 ……お互いに老いたな」
「まあ、120年じゃからな。 ……さて、思い出話しでもしたいところじゃが、そんな呑気な状況でもなかろう? さあ、中へ案内しよう。 それから話し合いのための部屋を用意するから、深緑の民から代表者を何人か選んでおいてくれ。 エルフの聖域に何があったのかを話してもらわねばな」
「ああ、話さねばなるまい。 あれは魔力を食い、森を枯らす…… まさにエルフの天敵だ。 早急に対策を練らねばならん」
その後、タンジーのそばにいた2人とも話しをすると、若いお嬢さんの方は、花園の民の代表の娘で、代表の代理と言っても良い立場らしい。
……聖域が滅び、精霊姫様の元に深緑・若草・花園の、全ての民が集うか……
もしかするとエルフという種族全体が、大きな岐路に立たされているのかもしれんな……
ーーーーーー アウグスト視点
「ふう…… なんとか約束を取り付ける事ができたか」
エルフの森を滅ぼした何かがモーリン神殿の方へ向かっているのを知った俺は、軍に協力を要請するためには王都に戻っていた。
根本的解決として原因をどうにか出来ればそれが最高だが、それが出来ない場合は住人の避難が必要になる。
どちらにしても、統率の取れた兵士は居た方がいいからな。
だが、国のお偉いさんの間では今も、過去に人間を支配していたエルフという種族に対する警戒心があり、更に精霊を魔物と見る考えも根強い。
そのため、エルフが集まって精霊を祀っているモーリン神殿は反乱分子の巣窟であり、そんな地を守るために軍を動かす必要は無いなんていう意見さえあった。
だから、そう言う意見を持つお偉いさんを1人ずつ食事に招待して、
今、あそこは人間の領主が治めていて、エルフの動向に目が行き届いているが、あの場所が失われてエルフ達が各地に散った場合、それこそ何か企んでいても対処出来なくなっちまうよなー……
と、軽く脅した上で、将来的にあの地が発展した場合、そこから生まれる経済効果や集まる税収などを具体的な数字にして見せ、価値を理解させてやった。
更に切り札として、食事の最後のデザートとしてモーリン様の果物を食べさせて、あまりの美味さに驚いている相手の耳元で、
「あそこが滅びたらこの果物は二度と手に入らないかもなー、来年あたり、個人的に付き合いのある数人だけに販売しようと思ってたのになー、俺に協力してくれるような話の分かるヤツには優先して売るのになー……」
と呟いたら、あっさりと兵士を派遣してくれる流れになった。
これで万が一あの土地に何かがあっても、人的被害は減らせるだろう。
……だが、本当に俺が心配なのは別の事だ。
精霊は生まれた土地と深く繋がっているものだ。 あの土地に何かが起こったら、あの地で生まれたモーリン様に、何か悪い影響が起きるんじゃないのか?
その可能性が頭にちらつく以上、俺は手を抜くわけにはいかないんだ。
さあ考えろ、アウグスト。 あの地を守るために俺ができる事を、1つでも多く考え、準備するんだ。
冒険者の派遣…… 浄化系アイテムの準備…… ああ、念のためモーリン様を直接回復させる手段も用意するべきか…… なら、肥料…… それともマジックポーションか? どっちが効くんだ?
まあいい、両方準備しておくか。 他に使えそうな物は……っと。
俺は、倉庫にしまってある道具のリストを手に取り、見直した。
年内の投稿はこれが最後です。 皆さん、良いお年を。
次の投稿は1月3日を予定しています。