空想注意報
8月18日
今日の天気は晴れ。
夏休みの昼下がり。
私は宿題を放り出して、書きかけていた日記帳を閉じた。
夏休みも終盤を迎え、そろそろ宿題も終わらせないといけない。
遊びに行ったプールに夏祭り。
家族とのキャンプに、友達とはバーベキュー。
楽しい事は先に終わってしまった。
「もうあっという間ね……」
ぼーっと眺めていた日記帳の表紙から視線を動かす。
無造作に机の隅っこに追いやられたノートに、転がった鉛筆と消しゴムが目に入る。
もっと早い内に出来ていたはずなのになぁと内心思ったが、今日はこれ以上する気にはなれなかった。
開いた窓からは、心地よい夏の風と、カーテンの隙間から光が差し込んでくる。
私は一度大きく背伸びをすると立ち上がり、麦わら帽子を取って部屋を出た。
玄関先で慌ただしくサンダルを履き、麦わら帽子を被る。
立て掛けてある姿鏡で自分を確認する。
水色のワンピースに麦わら帽子。
ノースリーブの袖からは、ほどよく日焼けをした腕が見えている。
私はワンピースを2、3度はたくと玄関を開けて外に飛び出した。
どこか出掛けるの? とドアを閉める瞬間に母の声が聞こえた……、
気がした。
でも、気にしない。
だってこれから私の時間なんだもの。
いつもの散歩コース。
近所の公園に立ち寄り、ベンチに腰かける。
砂場で遊んでる子、ブランコや滑り台で遊んでる子もいる。
夏休みもあってか、いつもよりはたくさん来ている気がする。
子供の写真を撮ってるお父さんの姿もある。
ふと私は、いとこのお姉さんがカメラを持ってた事を思い出した。
この前、うちに遊びに来た時に少し触らせてもらった事がある。
一眼レフのカメラは私の手にはまだ大きくて、ちょっと重たく感じた。
写真の魅力を色々と教えてもらった。
見せてもらった写真は、一瞬を切り取った様で、とてもキレイで面白く感じた。
でも、私には特別な楽しみ方がある。
それは……見る物、聞く物を空想する事。
ほら、早速面白そうな雲が流れてきた。
流れて来たのは、ひつじ雲。
大きい雲や小さい雲。
たくさんの羊が草原で草を食べてるみたい。
あれは親子かな?
あれは友達かな?
二匹だけ群れから離れているのは、恋人同士??
あれこれ想像して私はクスリと笑った。
見れば見るほど面白い。
これが私の時間。私の特別な楽しみ方なんだ。
次に流れてきた雲は、人の形に見えてきた。
その雲が羊達に近付いて来た瞬間、羊達は慌てて逃げ出した。
なんだか、羊飼いに追われて集まってるみたい。
集まった羊は、みるみる内にクジラに姿を変えてった。
大きなそのクジラは、大空を悠々とゆっくりゆっくりと泳いでいる。
クジラの周りにはイルカ達。
クジラと一緒に、所狭しと泳ぎ回っている。
と、一つ冷たい風が吹いたと思ったら、大きな雲の波にクジラとイルカは呑み込まれていった。
「あっ」と思った瞬間、ぽつぽつと雨粒が帽子を打つ。
「うわ、雨だ!」
私は慌ててバス停の小屋に駆け込んだ。
さっきまでの天気は一変。
ガラリと風景が変わる。
雨は次第に強くなり、どこからかカエルも鳴き始めた。
バス停の屋根を打つ雨音が、次第に楽器の音に聞こえてくる。
ふと、私は落ちてた枝を拾って、指揮者気取りに振ってみる。
雨粒の楽器隊。
カエルの合唱。
時々鳴る雷は、太鼓かシンバルかな。
それは、まるでオーケストラの演奏会。
盛大な一度限りの特別公演。
そして、私は一曲演奏し終え、客席の拍手は鳴り止まなかった。
次第に拍手も少なくなり、オーケストラの演奏会も幕を閉じた。
「あ! 虹だ!」
雲の隙間から太陽が顔を出して来た。
目の前には大きな虹が、視界の端から端まででは足りないくらいに広がっている。
あの虹は、どこの空に繋がっているのだろう?
きっと別世界に行けるはず。
虹の架け橋を渡って、私をおとぎの国へ連れてって。
なんてね。
今日も楽しかった。
宿題は残ってるけど後回し。
今日の夕飯は何だろう?
水溜まりを飛び越えながら、そんな事を考える。
雨のち晴れ。
所により、
空想注意報。
おしまい