その3
よろしくお願いします。
登校すると、次々教室に入ってくるクラスメイト達を横目に見ながら座ってボーっとしていた。
「ここに遊園地のチケットが四枚あります」
「はい。ありますね。」
だからどうした。
朝練を終えて教室に来たコガ君が、チケットを見せながらいきなりそう言った。
「ところでコガ君。手は洗ったかね?」
「大丈夫、洗ったよ。もう訂正するのも飽きたけど、僕は古河だよ」
なら良し。小手って匂うからね。何度葉月に嫌がらせされたことか……。
「日曜日、一緒に行こう」
「まぁ、予定は無いから良いけど……。あと二人は?」
わざわざ四枚のチケットを見せたのだから、あと二人誘うつもりなんだろう。誰だ?知らない人なら行かないぞ。
「矢野さんと大谷を誘おうと思ってるんだ」
「だ、ダメ!琴音は良いけどオオヤはダメだよ!」
「なにか問題が?」
「有りまくりですから!コガ君だって、葉月の琴音バカ度を知ってるでしょ!?」
高校生になり道場を辞めてしまったが、コガ君と琴音と葉月は同門。合同練習でも会うことがあるから、知らないはずがない。
もし、琴音が自分以外の男と出掛けたと知ったら……恐ろしい!
「確かに厄介なことになるね」
「でしょ?葉月を誘おうにも、その日は試合だって言ってたからなぁ」
琴音バカな葉月なら、琴音と出掛けられる機会をみすみす逃すはずがない。だけど『弱い男は嫌い』発言をされた葉月は、部活をサボることは無いだろう。そんなことを琴音が許さない。琴音第一主義な葉月は、琴音に嫌われる様なことはしない。
「おはよう!楽しそうだね、何の話をしてるの?」
リアルヒロイン武藤さんの登場。うむ。今日も可愛いです。特に挨拶の笑顔とか、首を傾げる仕草とか……とにかく、パーフェクトヒロインです!
「おはよう、武藤さん。そうだ、良かったら武藤さんと小林も一緒にどうかな?遊園地のチケットがあるんだよ」
「えっ、良いの!?」
コガ君がそう言うと、武藤さんは両手を合わせて喜んだ。何度も言うが、可愛い。
一度喜んだ武藤さんだったが少し考える様子を見せると、小林誠司は行けないと言った。
「誠司、日曜は練習試合って言ってたから」
「ああ、そう言えば小林君は野球部だったね」
「長谷川さん、なんで小林の名前は間違えないの?しかも部活まで知ってるし……」
コガ君が拗ねた。というかちょっと怒ってる?
ごめんね、だって幼馴染で野球部ってといえば王道じゃないですか。「俺が甲子園に連れて行ってやる」的なやり取りがあるものでしょう?それはチェックするよ。当たり前じゃない。
「そうだ!卯月君はどうかな?」
「えっ、兄ちゃん!?」
「うん!」
なぜここで我が兄の名前が出るんだ!?だが武藤さんは一緒に行きたそうだ。訳が分らない。
「良いかもね。卯月なら部活も入ってないし、バイトもしてないからどうせ暇でしょ?長谷川さん、卯月に話しておいてよ」
「え~……分かりました」
嫌がり顔をしかめると、武藤さんが「ダメかな……」と残念そうな顔を見せた。ヒロインラブな私が武藤さんのお願いを叶えない訳にはいかない。
話しておくと言うと、両手を握られ「弥生ちゃん、ありがとう!」と笑った。
もう私は混乱しっぱなし。一体どうなっているんだ?
「あ、あのね、今日お昼一緒にどうかな?」
「私と?いつも食べてる友達は良いの?」
「ちょっと話したいことがあるの。嫌じゃなかったらで良いんだけど……」
「嫌なわけないよ!武藤さんとお昼なんて光栄だよ!」
「あはは、弥生ちゃんてば大げさだよ!」
大げさなものか。一年の時、同じクラスになってからずっとヒロイン観察をしてきたんだ。嬉しいに決まっているじゃないか!どうだ、男子ども!羨ましかろう!
「じゃあ、またお昼にね」そう言って友達の輪の中に戻って行った。笑顔で見送った私はくるりとコガ君に向き直り、右手を胸に当てる。
「と、言うことです。私、今日はヒロインとお昼をご一緒いたしますので、素直に羨ましいと言ってよろしくてよ」
「なにキャラ?別に羨ましくはないけど、小林の名前と部活を知ってたのは納得できない」
え、怒るところそこですか?
仕方がないので王道ヒロインについて語ってあげた。コガ君はウンザリした顔で途中で遮った。話が嫌ならと箇条書きにして渡してみた。突き返された。
なぜだ!なぜコガ君にはヒロインの魅力が伝わらないんだ!一年の時から私が熱弁してあげているというのに!
さあ、お昼だ。武藤さんはそわそわ落ち着かない様子で隣を歩いている。他の人に聞かれたくない話らしく、どこで手に入れて来たのか生徒会室の隣、学校史などが保管してある部屋のカギを使ってそこで食べることになった。あまり使われていない部屋なので多少埃っぽいが、確かにここなら人は来ないだろう。
椅子も机もないので、仕方なく床に座って食べることにした。後でブラッシングが必要かも。
食べている間は他愛もない話しかしなかった武藤さんだったが、食後、とんでもないことを言いなさった。
「ぶふっ!?……ごめんね、武藤さん。私聞き間違えたのかも。もう一度言ってもらえるかな」
飲んでいたお茶を危うく噴き出すところだった。危ない。資料を汚したりしたら筋肉ダルマ……じゃなかった、会長にまた大量の雑用を押し付けられるところだったよ。
「う、うん。恥ずかしいなっ。あ、あのね、私、う、卯月君が好きなの!!」
ふらっ。なぜか眩暈に襲われた。
ジーザス!なぜ神は私にこんな試練を与えたもうたのですか。一体どこを辿ったら我が兄ルートにたどり着くというんだ。
「兄ちゃんを……?私はてっきり小林君と相思相愛なんだとばかり」
「誠司と?あはは、それはないよ」
「え、だって小林君、武藤さんを見て顔を赤くしてるの見たことあるよ!?」
「あ、それはね、私の顔と声がお姉ちゃんに似てるから条件反射なんだって。誠司は私のお姉ちゃんが好きでずっと片思いしてるの。お姉ちゃん四歳上だから、誠司は子ども扱いされて良く悔しがってるよ」
な、なんですとー!!私のヒロインテンプレが音と共に崩れていく。
酷い。私の楽しみが……。いや、武藤さんは悪くないよ。むしろ好きな人を告白する恥じらいは私の大好物だ。――兄ちゃんじゃなかったらね!
「いつから兄ちゃんが好きなの?と言うか、どこが良いの?堅物で無愛想だし、面白いことの一つも言わないし、タレ目だし……」
あ、武藤さんタレ目は好きなんだっけ。ん、待てよ。兄ちゃんが好きだから、私のタレ目も好きだったのか?くそっ、ウサギちゃんのくせに私のヒロインを無意識に誑かしやがって!
「そんな~、恥ずかしくて言えないよー。それに、最初は卯月君に言いたいの。だから弥生ちゃん、協力してとは言わないから、切っ掛けを下さい!」
「あ、結局は協力して言ってるのと同じか……」そこに気付いた武藤さんは落ち込んでしまった。
私はね、ヒロインの武藤さんが好きなんですよ。特に笑顔が。だから……!
「分かったよ、武藤さん。スマートに協力は出来ないけど、想いを伝える場を作ることは出来ると思う。頑張って!」
「ありがとう、弥生ちゃん!」
本当は応援したくないけれど、恋に前向きな女の子を助けなくてどうする!
学校が終わり、先に帰宅した私は玄関で兄ちゃんを捕まえて部屋に連行した。面倒くさいと渋る兄ちゃんに、「何でも一つ言うこと聞きますから!」と言ったら了承してくれた。
言うことを聞くと言った後、ニヤリと笑った。私は一体何をやらされるのでしょう……。
部屋着に着替えてリビングで兄弟揃ってテレビを観ていると、「そう言えば、誰と行くか訊いていなかったな。誰が行くんだ?」と今更訊いてきた。
「コガ君と武藤さん」
「ぶふっ!?」
「おわっ、汚い!どうした兄ちゃん!?」
やっぱり私たち兄弟だね、反応が同じだったよ。私は飲み物噴き出さなかったけど。
咳き込み、涙目になっている兄ちゃんに葉月がそっとティッシュを差し出した。
「ごほっ、む、武藤さん、ごほっ、なっ、なんで、けほっ」
うん。ちょっと落ち着こうか。
理由を説明すると「そ、そうか」と納得したけど、その日は早く寝てしまった。あの堅物が慌てるとは珍しいこともあるものだ。
剣道部に所属していた友人に、洗っていない手を直接鼻に付けられたことがあります……。