平穏な日常(後編)
亜種化は、魔物の種族関係なく起こりうる現象らしく、亜種化する際に、膨大な魔力を必要とするため、変身途中で命を落としている事例が多く、討伐数が少ない。
しかも亜種化した魔物は魔法が使えるとの報告があり、直ぐ様に災害レベルへと指定される。
勿論そうなったら騎士だけじゃ到底敵いっこない。
幸い、近くに父さんが居るし、ここは騎士の訓練場だ。
信号弾を放てば、すぐに応援も来るだろうし、父さんと連携を取って応援が来るまでは耐え凌ごうと決意。
父さんからの指示を待っていたのだが一向に来ないので、アイコンタクトを取ろうとお父さんの方を向く、
「な、?!父さん?!!」
父さんが石像の様にされていて動けなくなっていた。
確か、石化魔法は禁忌魔法の1つで、亜種化したから使える、といった物ではない筈だ。
僕と父さんしか、この練習場には居ないし、助けを呼ぶ為の信号弾も父さんが持ってるし、魔法を使えば誰かしら気付いてくれるだろうけど僕は使えない。
父さんが人質に取られてる様な物で、安易に助けを呼びにいけもしない。
絶体絶命だ……。
亜種化ライノスが魔法を放ち、爆発でも起こしてくれれば、誰かしら気付いてくれるだろうけど、それでも誰かが気付いてくれるまでの時間を稼がなければならない
亜種化した魔物なんかに僕が太刀打ち出来るのか、そう脳裏に過り、冷や汗が背中を伝い、手先が震える。
軽く深呼吸をして、全集中を張り巡らせ、自分が持っている剣を強く握り、ライノスへと切りかかる。
が、ひよっこ騎士が互角に戦える筈もなく、呆気なく吹っ飛ばされる。
身体を思いっきり壁に打ち付け、身体の節々が軋む。
「痛ぇよ…猪分際で!!!!!…糞が…絶対にぶっ潰す!!!!!」
前世でやんちゃしていた時期の口調が出てしまった。
この世界に来てから猫を被る、と言うより精神年齢を下げていたので、思わず出た言葉に少しニヤつきを覚える。
そんな事もお構い無しに、ライノスの周りへと魔力が集まり始めた事に気が付いた。
ライノスは魔法の詠唱を始めていた。
詠唱中には他の魔法が展開できないことはお母さんから教わっていた俺は、石化魔法が打たれないことを悟り、体勢を立て直す。
あっという間に攻撃型の魔方陣が大量に展開され、身震いをした。この世界へ来てはじめて父以外の物に恐怖を覚えた。
しかもその魔法の矛先は父さんだった。
石化した人間は小突いただけで崩れ、核が崩れると死んでしまう事を授業で習っていたから知っている。
父さんが危ない。
でも、ここには俺しか居ない。
身体中痛いけど、やるしかない。
決死の覚悟で父さんの前に立った。
「父さんは俺がッ!!! 」
俺がそう宣言するのを待っていたかの如く、凄まじい爆音と共にライノスの魔法が放たれ、魔方陣を突き破り、威力を上げ、一直線に向かってきた。
俺なんかが前へ立った事で、なにも出来ない事はわかってる。
こんだけの魔法の前には気休めでしか無いことも。
ひよっこ騎士なのも、魔法が使えないことも。
全部、全部、分かっていた。
いつも僕は助からない。
前世の頃から損な役回りしかやってこなかった。
いつもそれを嘆いていたから、バチが当たったんだろうね。
折角転生してまで生きることが出来たのに、
また誰も救えず死ぬ。
俺は父さんを守るために、剣で高位の魔法を受け止め続ける。
魔法の威力が弱まる事もせず、刻一刻と死の音が聞こえる。
全集中を解除し、ありったけの力を剣に込める。
「あと少し、あと少し耐えれば…!!誰かが来てくれる!!!こんなんっで…死んで……たまるかァァっっっ!!!!糞が、糞が糞が糞が!!!!!!!!!」
精一杯の生への望みをかけ、叫んだ。
その直後、魔法が目の前から跡形も無く消えさり、周りには、光り輝く粉のような物が降り注いでいた。
そして、脳裏に謎の声が過る。
『汝の生に貪欲な姿勢。買わせて貰う。』
その声と同時に詠唱文字が次々と頭の中で浮かび上がる。
自分が魔法を使えない事なんか、一切の考える暇も無く詠唱を強制されているかのような形で、口が勝手に動く。
「七の理に背きし、天地を欺く者。
汝らの生に審判を下す者、
血肉を捧げ、我の贄となれ
カース・ドグラ!!!!!!!!」
僕の周りに降り注いでいた光りの粉が黒い煙のような物に変わり一つに集まり始めた。
慌てて駆け付けた様子のトゥルさん達が現れたが気にも止めない。
「おい!!ロブ坊!!!爆音がしたが大丈夫……なっ?!!」
煙に集中し、人の声すら耳に入らない。
ライノスは詠唱後、体を動かせないようで、逃げようとさっきから必死に暴れている。
集まりきった黒い煙は、大きな虎の形となり、ライノスの元へと、ゆっくり、ゆっくりと、死を告げる死神かのように歩み始めた。
虎の煙に包まれたライノスは、もがく声さえも聞こえず、骨だけが綺麗に残っていた。
俺は、身体全体に力が入らなくなり、地面になだれ込むように倒れた。
「あ、おいロブ坊!!!!!!」
慌てて駆け寄ってきたトゥルさん。
薄れ行く意識を根気で保っているのがやっとで、頭の中は真っ白だった。
「トゥルさん…遅いよ。父さんは?」とトゥルさんに訪ねると、直ぐに聞き慣れた大声が聞こえた。
「ロブ!!!おい!!大丈夫か?!」
術者のライノスが死んだ為、石化が完全に解けた父さんは、今にも泣きそうな顔で僕を見つめ、抱き抱えた。
「大丈夫だよ…少し寝る…」と、父さんに抱えられた僕は、緊張が解け、安心感が頭から爪先までを一気に襲い、ゆっくりと目を瞑った。
前編と後編に分けました。
ここの話が主軸となり今後に繋がっていくと思います。
次回は魔法発動後の後日譚です。