答え合わせと後悔の号哭
5月2日火曜日、僕はいつもより早い時間に登校した。
1年2組の反対側にある西階段を昇り、教室ではなく屋上に向かった。
朝のチャイムが鳴るまであと30分以上ある。グランドを見ると野球部とサッカー部とラグビー部が朝練をしている。彼らは毎日今日の僕より早く登校して練習している。1年生はまだ仮入部期間だからいないけれど、ああいう一つのことに熱中することは青春を謳歌しているといえるのだろう。彼は何部に入ろうとしていたのかな。
校門を見てみるとちらほら登校してくる生徒が増えてきた。色々な表情がある。お喋りをして楽しそうな表情を浮かべる生徒。まだ登校しただけなのにくたくたに疲れた表情を浮かべる生徒。まるで教室で何があったのかを察知したかのような暗い表情を浮かべる生徒。
空を見上げた。青い空にゆっくりと白い雲が右から左に動いているのを見ると、不思議と心が落ち着く。
チャイムが鳴った。もうこの学校の生徒のほとんどが朝の異変、竹田君の死に気づいているのだろう。
自責の念に駆られてたところに鏡ちゃんがやってきた。あれ、鏡ちゃんが来るのはもう少し遅いはずなんだけど。
「せーくん、やっぱりここにいたんだ。教室にいなかったからもしかして、って思って」
「二回目なんだよね?」
ゆっくりうなずいた。
鏡ちゃんは竹田君の死を悲しむのではなく、僕の心配をしにきてくれたようだ。
「せーくん、何があったのか全部教えてくれない?」
「いいよ、ちょっと長くなるけど」
鏡ちゃんは僕の隣に座り、話を聞く体勢をつくった。そして、
「ちょっと悪いけど、私は超能力を使わせてもらうね」
嘘やごまかしはさせてくれないということか。
僕は鏡ちゃんに、昨日あったことはもちろん、タイムリープ前の行動や会話なんかをすべて話した。途中曖昧に話した箇所なんかもしつこいくらいに質問をしてきて、途中から話すのが疲れてきてしまったくらいだ。だけど昨日あれだけ泣いて枯れ果ててしまったのだろうか、思い出してもこみ上げてくるものはなかった。
鏡ちゃんはすべて聞き終えたあと、顔を暗くし、押し黙ってしまった。何か僕から声をかけたほうがいいのかな。なんて思ってたら鏡ちゃんは、立ち上がって僕に向かい合った。
「せーくん、なんで私を連れていかなかったの」
初めて見る表情だった。これまでも彼女が怒ったことはある。でもほとんどが僕を心配してくれた結果というか、それこそ今回のタイムリープ前にリスクがあるからと僕を説得しようとしたときみたいな。
でも、今は違う。本気で彼女自身が自分をないがしろにされたことで怒っているのだ。
「何でって、危険だと思ったんだよ。鏡ちゃんを連れて行くのは」
自分の声が恐怖で震えているのがわかる。
「危険?どうして?」
「鏡ちゃんには話してなかったけど、タイムリープ中には運命は変わらない。それは死ぬ人も生きる人も同じなんだ。つまりタイムリープ前に生きていた人はタイムリープ中に死ぬことは絶対にない。だけど例外があって超能力者によって殺された場合は普通に死んでしまう」
僕の能力の欠点でもある。もしあのとき竹田君の運命を変えたあと、かなめが中西君に殺されたらかなめはそのまま死んでしまう。運命が変更されて。そして僕にはもう変えることができない。
「つまりせーくんは最初から超能力者による他殺だと思っていたということだよね」
「そういうことだよ」
「超能力者による他殺、なら私じゃなくてかなめちゃんのほうが役に立つと思った。けれど竹田君も超能力者でそれなのに殺されてしまった。そのことから、相手がかなり強い超能力者だとわかった。だから運命を変えずにかなめちゃんと逃げたっていうことなんだよね」
「そうだよ、さっきも言ったけど竹田君の超能力の耳だってかなり強力だと思った。あれをかいくぐって殺したことを考えると中西君は間違いなく強力な超能力をもっているよ」
彼女はまた静かになる。それでも表情を変えず僕を見つめる。
やがて口を開いたかと思うと、
「ねえ、私竹田君は超能力者じゃないと思うよ」
「え?」
そんなことを言うのであった。思わず聞き返してしまうほど彼女の発言は僕を驚かせた。
「せーくんは何で竹田君は自殺じゃなくて他殺だと思ったの?」
彼女の質問が怖い。すべてを悟った彼女が僕に判決を下すべく、釈明を促いているような感じがする。
「それは、まず竹田君に自殺する理由がなかったから。学校生活でもご家庭でも竹田君が思い悩むようなことはなかった」
「それ以外は?」
「え?」
「学校生活やご家庭の事情以外のことで自殺したことは考えられないの?」
「それはないわけじゃないけど考えられないよ」
「ほかには?」
「竹田君の表情に違和感があった。すごい苦しそうで、死を覚悟した人間がするような表情じゃなかった。
正直言うとおぞましいくらいだった」
「死ぬことを覚悟したって痛いものは痛いと思うよ」
「竹田君が包丁でリストカットしたのを学年集会にでていない中西君が知っていた」
「どうして学年集会に出ないと凶器がわかんないの?せーくんが見た位置からたまたま見えなかっただけかもしれないよ」
彼女は僕が手がかりをひとつずつ話すと、当たり前のように湧く疑問を僕に投げかける。まるでそれでは不十分だといわんばかりに。
僕がこれらの疑問を無視して超能力者による他殺だと判断したのはなんでだろう。自分でもわからない。もちろん100%この推理が正しいと思ってたわけじゃないけど。
彼女が答えを言う。
「先入観。せーくんがこんな確証もない情報なのに竹田君を他殺と判断したのは見た瞬間に竹田君が自殺じゃないと思い込んだからなんでしょ?」
「思い込み?」
「リストカットじゃ自殺なんてできないっていう」
「!」
そう、かもしれない。竹田君の死体を最初に見たとき僕が思ったのは、「リストカットで死ぬことなんてあるんだ」ということだった。
「確かにリストカットによる自殺成功率は5%に満たないほど低いよ。その理由の多くがそもそも自殺する気なんてない人。死ぬ気はないけど、自傷行為によるストレス解消と周囲へのアピール目的でするの、私はこんなに追い込まれています、って」
「あとは、自殺する気はあるけど知識がない人。手首を切るときみんな見えている血管を切ろうとする、でもみえている血管は静脈だから実は傷をつけても大して痛くもないし影響もない。本当は手首の左上辺り流れる動脈を切らないといけない」
「だけど動脈は奥のほうにあるから、痛みで刃を進めるのを途中でやめてしまう。だからリストカットによる自殺は成功率がものすごい低いの」
「だけどね、成功しないことでもないんだよ」
彼女は普段の振る舞いからは考えられないくらいハキハキと知識を語る。何が言いたいんだ彼女は。僕が大きな勘違いをしているというのだろうか。
でも、もし、もし彼女が話すこと、それが真実だとしたら…
「でも実際他殺だった」
僕は逃げるような思いで言った。そう実際他殺だった。この事実は変わらない。
「本当に?」
「竹田君のような能力者をあんなにきれいに殺せるはずがない」
「竹田君が超能力者だって言う保証は?」
「僕の妹が隠れていることを見抜いた。暗かったから見つかるわけないのに」
彼女はまだ僕を責めようとする。真っ暗な教室ではいくら目が慣れてきたといえ、教卓に隠れている人間を見つけられるわけがない。超能力者でもない限り。
「隠れる前に見ていたっていう可能性は?」
「竹田君は5分も経たないうちに来たんでしょ、だったら2人が学校に入るのをいつ見てもおかしくはない」
それは、たしかにそうだ。隠れながら学校に入ったわけじゃない僕らは、たとえば昇降口から入るところを見ることは100メートルくらい離れていても可能かもしれない。階段だってゆっくり、喋りながら昇ったから校舎中に声が響いてたかもしれない。
「じゃあどうして中西君が近づいてきてるのがわかったんだよ」
少しやっけになってしまった。彼女は僕に何が言いたいのか。
「中西君をせーくんは見たの?」
「いや、みてないけど」
「それも先入観だよ。せーくんは超能力者がいることを知っている、だから竹田君が超能力者だって信じてしまう。疑いもせずに」
「おかしいのはね、どうして3人で逃げると殺されちゃうの?中西君は竹田君に襲われたからやり返したっていう話なんでしょ?」
彼女の言うことはまったく的外れではない。すべて正しいと思える。もしそうなら僕は何しに過去に戻ったんだ?彼の死を止めることは簡単にできたことなんじゃないのか?
「で、でもそれだって推測でしかない。本当に竹田君と中西君が超能力者だって考えられなくもない」
振り絞るように言った。彼女の言うことは正しく聞こえる。でも僕の推理だって、辻褄は合うんだ。
「そうだよ、これは全部全部推測なんだよ」
「だったら」
「でも私がそこにいればわかった!」
彼女は今まで聞いたことのないくらいの大きな声をだした。彼女が言いたかったのはそれ1つだった。
彼女は言っていた、役に立ちたいから、僕のために何でもしたいから連れて行ってと。僕は約束した。それを破ってしまった。どうしてか?
「せーくん、教室は見に行った?」
さっきと違い静かな声で喋る。
「いや、行ってない」
「教室は整理整頓されたままだった」
「そうなんだ」
整理整頓されたまま。それは超能力者同士が戦闘したあとにしては不自然すぎる。きっと中西君の能力は見えないところからも攻撃できるのだろう。
「それでね、竹田君の席には遺書があったの」
「え…」
遺書、それは近いうちに死ぬことがわかっている人間が書くもの。たとえば自殺志願者とか。
「遺書にはこう書いてあったの」
『死なせてくれてありがとう』
僕は吠えるように泣いた。昨日泣いて枯れ果てたと思っていたのに涙が止まらない。
止まらない。この感情をどうしたらいいかわからない。
パトカーのサイレンが鳴り響く。それでも僕の叫びは止まらない。
彼女は獣のような僕を冷たい瞳で見つめて言い放つ。
「もう少し、私のことを好きになってよ」
彼女は屋上を後にし僕一人が残る。
ああ、なんでなんだろう僕はただ人生を楽しみたいだけなのに。
後悔しかない。僕はきっと彼女を信用しきってなかったんだろう。それだけのことで一人の人間を死なせてしまった。
彼が自殺した理由はわからない。彼は僕を騙してまでも自らの死を選んだ。それを邪魔するのは筋違いなんだろうか。
知らねえよ、そんなこと。僕の前で死ぬ人間なんていないでくれよ。
暗い僕とは対照的に空は美しく輝いていた
今回でリストカット編終了です。読んで下さった方ありがとうございます。
次からはもう少しゆるい話を書きたいと思います。