運命を決める者
5月1日月曜日、時刻は夜の11時、僕はタイムリープしてきた。
タイムリープ。簡単に言ってしまえば記憶を持ったまま過去に戻ること。新旧いろいろなSF小説にも登場している。ただ、僕の場合1か月も前には戻れない。また、前回のタイムリープ発動前には戻ることができないと制限がある。
竹田君の死亡推定時刻は0時から2時の間、少なくともあと1時間ほどの余裕がある。
軽い身支度を整えて、僕は妹の部屋に向かった。
コンコンと軽いノックをしたあと返事を待たずに部屋に入った。
「ちょ、お兄ちゃん、返事待たなかったらノックする意味ないじゃん」
妹は漫画を読んでいるところだったみたいだ。
「かなめ、協力してほしいことがあるんだ」
朽野かなめ、今年中学二年生になった僕の妹である。特徴としては低い身長にショートヘアー、中学二年生にしては幼い顔だち。気が強いところがあるけれど誰よりもやさしい心を持っている、僕にとって世界で一番大切な存在。
妹もまた僕の知る超能力者の一人なのだ。
かなめは僕の突然の来訪に要件を察したみたいだった。
「これから何かあるの?それとも何かあったの?」
「これからのほうだよ」
僕の話をひときり聞いた後、かなめは不安げな顔をした。
「お兄ちゃんの性格とか考えとかわかるから、協力するけど」
「うん」
「今回は時間が長いから無理したら絶対だめ」
「うん、わかってる。大丈夫だよ」
僕はかなめと一緒に夜の学校へと向かった。
学校は公立高校なこともあって、びっくりするくらいセキュリティがガバガバだった。たとえば、何の道具ももたない学生2人が何の苦労もなく入れるくらいに。さすがに職員室とかには鍵かけてるよね?
夜の校舎の中は真っ暗だった。非常口や消火栓のほんの小さな明かりは余計に不気味さを醸しだいている。
携帯の画面の光を頼りにゆっくり階段を昇っていく。
「かなめ、暗いのは大丈夫か?」
「え、全然問題ないけど?幽霊とか信じてないし」
さすが頼りになる妹である。僕はもう真っ暗な校舎に恐怖を感じている。
1年2組の教室に到着した。毎日授業を受けている教室だけど、やはりいつもとは雰囲気が違う。これから僕たちの決戦の舞台になるわけだ、雰囲気に負けてどうする!自分の心に喝をいれて深呼吸する。
「かなめは、教卓の下に隠れていて」
「おっけい」
これだけ暗いのだから見つかることはないだろう。
5分ほど経って、現在11時45分。竹田君の死亡推定時刻は深夜0時から2時までの間、最長であと2時間待つことになる。少し緊張が解けたのかふわぁ~とあくびがでてきた。かなめは寝ちゃったりして。
そんなことを考えていたら、突然教室の戸が開かれた。
「誰?」
まだ来ないと思ってたからびっくりした。そうか、別に死亡推定時刻に来るわけでもないのか。
「僕は朽野せいかだよ、同じクラスの」
竹田君は目を凝らして僕を見つめ
「あっ、朽野か。どうしたんだい、こんなところで」
不思議そうに僕を見つめる。
「...竹田君、君がここに来るのはわかってた。君がこれから何をしようとしてるか知っている。僕はそれを止めに来たんだ」
「これからしようとしてること...」
「竹田君、苦しいことがあるなら話してほしい。辛いことがあるなら僕が力を貸そう。僕が君の話を聞こう。僕が君を助けよう」
「だから竹田君、自殺なんてやめるんだ!」
僕は用意していたセリフをそのまま言った。すこしくさいセリフだったかもしれないけど。
こう言えばきっと真相がわかる。竹田君は自殺しようとしたのか、それとも殺されたのか。
竹田君は、驚いた表情で僕の話を聞いていた。やがて顔を伏せ、何か考えているようだった。
しばらくした後、彼は僕の瞳を真っ直ぐ見つめ口を開いた。
「朽野はひょっとして超能力者?」
「うん、そうだよ。僕は未来予知ができるんだ」
怪しまれるとは思っていたけど、よく僕が超能力者だっていう発想に至ったと思う。
普通の人は超能力者の存在を知らない(信じていない)から僕のことを探偵とかと勘違いすると思う。
「なるほど、未来予知か。それでお前は俺が教室で自殺することを予知したんだ」
「そういうことだよ」
タイムリープは未来予知と言っても辻褄は合う。
「けれどお前の未来予知は完全じゃないないみたいだ。正確な時間も予知できるなら、俺が来るまで待機なんて疲れることはしない。俺が入ってきたとき驚くこともない」
「…」
「それに俺は…自殺しに来たんじゃない」
「人殺しをするために来たんだ」
以外だった。殺すために来た?竹田君が?
自殺じゃないならここに呼び出されて殺されたと思っていたけど。
―なるほどそうか、それならそれで辻褄が合う
「殺すのは、中西君?」
竹田君は少し顔をひきつらせ、
「そうだ、俺は中西を殺しに来た。中西の下駄箱に手紙を入れて、ここにおびきよせ、入ってきた所を包丁で殺す」
やはり、そうか。僕はこの事件で不思議に思う点がいくつかあった。
そもそも竹田君には自殺をする理由がない。自殺した人間があんな苦しそうな表情をするのか。なによりも中西君は僕と同じく学年集会に出ていないのに、どうして包丁で自殺したことを知っていたのか。
確定要素は一つもない。でも中西君が竹田君を殺したのではないかと僕は推測していた。
中西君が竹田君を殺した動機は見つからなかった。でも本当は竹田君が中西君を殺そうとしていた、しかし中西君は竹田君を返り討ちにしたということか。
そして、襲われたにも関わらず自殺に見せかけるほど鮮やかに返り討ちにできるのは、間違いなく中西君は超能力者だ。
「竹田君、どうして中西君を殺そうとしてるの?二人は仲が良かったはずでしょ」
「理由か、あいつと仲がいいだって?そんなことはない。数えきれないほどの恨みがある。今ここで挙げることはしたくないが殺す理由には充分足りる」
竹田君は恨んでいる、中西君のこと。でもどんな理由でさえ殺すことはしちゃだめだ。それに今殺そうとしたら。
「竹田君、僕の話をよく聞いてほしい。君は中西君に何か恨みがあるのかもしれない。でもあきらめるんだ。中西君も間違いなく超能力者だ、君に勝ち目はない。だから今は中西君が来る前に教室から出て」
「いや、お前はここから逃げたほうがいい」
僕の話は途中で遮られた。
「な、何言ってるの?僕には」
「俺もね、超能力者なんだ」
さすがに予想外だった。
「俺の能力は耳、耳がすごくいい。トイレで交わされる陰口も聞こえる。足音や心臓の鼓動も聞こえる。そう、隠れているお前の協力者の呼吸も。俺が不意を突かれることは絶対にない。それなのに自殺にみえるほど綺麗にやられる。きっと中西は相当強力な能力を持っている」
うろたえてしまった。
妹は、かなめの能力はかなり強い。正面きっての対決で負けることはないと思う。
けれどもし、それより中西君が強かったら?かなめの不意を突いてきたら?絶対安全と言い切れるのか?
「時間がもう無い。中西が階段を昇ってきている。お前は協力者と一緒に西階段から逃げるんだ。今3人で逃げたら全員やられる」
殺られる。もし、かなめが死んだら僕は…
「大丈夫だ、朽野。お前のおかげで中西が超能力者だとわかった。それならそれでやり方がある。時間をかせいで逃げてくることだって可能だ」
違う、違うんだよ竹田君。そういう問題じゃない。君がどんなに戦略を練ったって、どんなにうまく逃げ出したって、君は絶対に死ぬ。
なぜなら運命は決まっているから。竹田正人が死ぬのは世界に記録されている。
このタイムリープ中の世界は基本僕が何をしたって何も変わらない。僕のはたらきによって多少のズレが生じることはあるけど、うまい具合に世界はもとのかたちに修正される。
でも僕の能力ならそれを変えられる。タイムリープ中に一度だけ運命を変えることができる、それが僕の超能力。
「いそげ!もう3階まで来ている!迷ってる時間は無い」
僕が超能力を使わなかった場合、竹田君は絶対死ぬ。でも僕が竹田君の運命を変えてそのあと、かなめが中西君に超能力で殺されてしまったら。
どうすればいい、僕は僕は僕は…
かなめを失いたくない
僕は教卓に走り隠れてるかなめを強引にひっぱりだした。
「かなめ走れるか!逃げるぞ!」
「えっ、うん。大丈夫だから手引っ張んないで」
僕はかなめの手を離さず一心不乱に走り出した。僕は死にたくない、でもほかの人はもっと死んでほしくない。それ以上にかなめだけは死んでほしくない。うしろは振り返らなかった。彼はいったいどういう表情で僕を見ていたかそれはわからなかった。
学校を出ても走り続ける僕に、
「お、お兄ちゃん、もう大丈夫だから、一回落ち着こ」
かなめは近くにあった公園のベンチを指さした。
ベンチに並んで座って呼吸を整えた。
ベンチに座ると疲れと一緒に罪悪感が一気に乗りかかってきた。
「竹田君は自殺じゃなくて、他殺だった。中西君が超能力で竹田君を殺したんだ。それは予想していた。でも竹田君も超能力者だった。竹田君の超能力なら絶対に不意をつかれることはないはずなのに、中西君に殺された。もし中西君の超能力がかなめを上回ったら、かなめが死んじゃったら…そう…思っちゃて…」
「僕は竹田君の運命を確定させてしまったんだ…僕なら…彼を救うことができたのに…」
こらえてたものが溢れ出てきてしまった。
運命は決まっている。あのときああしてればなんて考えたって無意味なことなんだ。
でも僕一人においてはそんなことを言ってはいけない。運命を変えるか、変えないか責任があるのだから。
今考えればいろいろできたと思う。竹田君が超能力者だって少しでも予想できてたら、かなめを連れてこなかったら、一か八か3人で逃げ出していれば。
涙が決壊したダムのように流れてくる。
ふっ、と僕の頭が横にずらされる。
「お兄ちゃん、しょうがないよ。お兄ちゃんができなかったなら誰もできなかったよ」
かなめが僕の頭の後ろに手をまわし、自分の胸に僕を抱き寄せていたのだった。
「お兄ちゃんは私を心配してくれたんでしょ。大丈夫、今私は生きているから」
かなめはいつもとは違ったやさしい口調でささやき、ちいさな身体で母のように僕を包み込む
「ごめん…竹田君…ごめん」
かなめの胸で泣いた。みっともなく泣いた。かなめの服が僕の涙と鼻水で汚れていく。
かなめは何も言わずに、泣き止むまで僕を抱き、頭を撫でてくれていた。
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