情報収集
教室にはやっぱり入れなかった。教室どころか2組の廊下の前も立ち入り禁止の黄色いテープで塞がれていて覗くことも近づくことさえできそうになかった。
どうしよう。せっかく教室まで来たんだから何か収穫を得てから戻りたい。けれどこのままうろちょろしてたら警察に見つかってしまう。僕は近くにある男子トイレの個室に入って作戦を練ることにした。
何も思いつかない。警察が中に何人いるかわかんないし、ていうかテープ通ろうとした時点でたぶんばれる。警察を出し抜けるほどの知恵と度胸は僕にはない。思い切って警察の人に普通に聞いてみるとか?案外すんなり教えてくれるかもしれない。そんなことをぐるぐる考えていた時、トイレのドアが開く音がした。誰か入ってきたのだろう。
「やっぱりまだ慣れませんよ」
「まあ手首だけの出血とはいえ学生だからな」
入ってきたのは新米刑事とベテラン刑事と思われる2人。
「バラバラ死体を見たときは何も感じなかったんですよ。なんか、こう無機物を見ているって感じで。でも今回はその、いかにも人が死んでいるというか、苦しんだ表情が見えるから生々しくて」
「1年もすれば、慣れるよ」
2人はトイレから出て行った。
表情、竹田君の顔は一瞬しか見てないけど、新米刑事さんが言うとおり苦しんだ表情が見えて、僕は気持ち悪いと思ってしまった。あんな顔するくらいだったら自殺なんてしなくてもいいのに。
それ以降ちょくちょくトイレから出て、現場の様子を窺ったけれど相変わらず隙は見当たらず結局僕は何の情報も得ずに屋上に戻った。
誰もいないだろうと思っていたが、屋上には先客がいた。
そいつは置いてあるベンチには座らず、屋上の柵に両肘をのせ、遠くをみているようだ。
あれは…中西君?
それなりに高い身長とワックスをかけて整えている特徴ある髪型はその人物が中村君だということを示していた。
「中西君、だよね?どうしたの?こんなところで」
僕が声をかけると、中西君は身体をビクリと反応させた。どうやら僕が近づいていたことに気づいていなかったみたいだ。
「あぁ…せいか、か」
普段の彼からは想像できないくらい低く枯れた声だった。
「竹田が自殺したのって俺のせいだよな。お前も知ってるだろ?昨日の話」
昨日の話とはやはりグループチャットのことだろう。
「俺がさ、一番最初にあいつの悪口書いてさ、みんなを同調させてさ、竹田を精神的に追い詰めることになって、それできっと…」
「そんなことないと思うよ。竹田君はあの会話知るはずないし、知ったとしても自殺するほどのことじゃないって」
「でも、あいつは学校で自殺したんだ。教室で自殺したんだ。家の包丁を持ち出して。これってさ、多分メッセージなんだよ。学校が嫌いだって」
その線はかなり強いと思う。自殺する場所や方法はいくらでも選べる。その中でわざわざ学校に行き、教室でリストカットをすることを選んだのには何か意味があるのだろう。
「それはでも逆の可能性もあるよ。ご家庭で苦しい思いをしていたから、学校での死を選んだっていう」
「あいつさ、よく俺にさ、家族の話してきたんだよ、楽しそうにな。一人っ子みたいなんだけど、『お父さんに宿題教えてもらった』とか『お母さんと一緒にお弁当作った』とかさ。
家族の話をするときのあいつは本当に嬉しそうだったよ。うざいくらいに…。だからあいつが家庭の事情で自殺するなんてことありえないんだよ」
中西君の話を聞いてると、彼は竹田君のことを嫌いだったわけじゃないことが切実にわかった。
ご家庭の事情で自殺することはないか。なら原因はやっぱり学校?。いや、僕から思えば学校が原因とも考えられない。なら他に原因があったのかな?
しばらく無言のままでいると、鏡ちゃんがやってきた。集会が終わったらしい。
「じゃあ、俺は退出するよ」
中村君は鏡ちゃんとすれ違いになるようにして出て行った。
「何話してたの?」
「たいしたことじゃないよ」
「ふうん」
鏡ちゃんは深く追及してこなかった。
「せーくんは何かわかったことあった?」
「いや、特には。鏡ちゃんは?」
「いちおう警察の人が来て説明してくれたよ」
警察の人によると死亡推定時刻は今日の深夜0時から2時頃で、死因はリストカットによる大量出血。凶器に使われた包丁は学校のものではないため竹田君の家の物と考えられるらしい。
僕の時間は何だったんだっていうくらい詳しい情報が手に入った。
「包丁って僕見てないんだけどどこに落ちてたの?」
「竹田君の机の左前あたりにあったらしいよ。ちらっとみただけじゃ机で隠れてて気づかなかったんじゃない?やっぱり死体に目がいっちゃうし」
確かに死体を見た瞬間に気が動転しちゃったからね。
「…ねえ、やるんだったら私も連れて行ってよ」
鏡ちゃんがぽつりと僕の目を見て言う。
「何で?夜の学校に忍び込むことになるよ。親が心配するんじゃない?」
「そんなことはどうだっていいよ。私はせーくんの役に立ちたいの。そのためだったら何でもしたいの。それに説得するんだったら、私がいたほうがいいでしょ」
鏡ちゃんのこの表情を見てしまうと、僕はもう断ることができない。
「わかった。鏡ちゃんを連れて行くよ、約束する」
「本当?じゃあ昨日の私によろしくね」
鏡ちゃんは本当に嬉しそうに笑った。
家に帰って一人冷静になって考える。
竹田君が自殺した理由は結局わからなかった。
「理由、か」
中西君は竹田君がご家庭の事情を理由に自殺することはないと言っていた。かといって交友関係が理由になるとも僕は思わない。
ふっ、と違和感に気づく。中西君との会話、新米刑事とベテラン刑事の会話、鏡ちゃんが得た情報。今日1日あったことを振り返って必死に思考を巡らす。
もしかしたら、竹田君は…
僕は自分の中で推理をまとめ、覚悟を決めた。
そして能力を発動させ、5月1日月曜日に戻った。
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