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我儘楽観者と運命の話  作者: くゆう
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リストカット

 死んでいたのは同じクラスの竹田正人(たけだまさと)君だった。

 窓側から3列目の前から4番目。彼は自分の席で死んでいた。


 すこし見えにくいが、状況はわかる。

 いわゆる、リストカットのようだ。左手首から流れたのであろう彼の血液は机の上や床の下にまで広がっており、すべて乾ききっていた。

 なるほど、つい今さっき死んだのではなく、もっと前の時間に死んでいたのか。半開きになった口からは唾液が流れた後があり、虚ろな瞳は彼の死を語っていた。

 彼の表情は…



 僕はその空間から逃げるように走り出した。

 冷静に分析し、ごまかそうとしても、僕の体がそれを拒否している。

 気持ち悪いと思った。怖いと思った。

 昨日まで同じ教室で授業を受けていたやつがあんなふうになっているのを見て、冷静になれるわけがなかった。

 死ぬことなんて一番無意味な行為なのに…

 人がどんどん増えてくる。何があったのか見るために。

 僕はその人混みをよけ、一心不乱に階段を昇り屋上を目指した。



 常に解放しているこの学校の屋上は広い空間にベンチがいくつか置いてあるだけの寂しい場所である。それでも昼休みや放課後は必ず何人かはいるから人気のスポットと言っていいと思う。さすがに今は誰もいない。

 ベンチに座って大きく深呼吸をした。身体中に新鮮な空気が取り入れられ、だいぶ気を落ち着かせることができた。

 これからのことを考えよう。大丈夫、僕なら。



 チャイムが鳴って10分ほど経ったあと鏡ちゃんが屋上にやってきた。


「やっぱりここにいたんだ。大丈夫?」

「うん、もう大丈夫だよ。いつでもできる」


 鏡ちゃんは驚いた顔になった。


「ねえ、やるつもりなの?」

「もちろん」


 僕が当たり前の返すと、鏡ちゃんは怒った口調で喋りだした。


「竹田君は自殺、したんだよ。自分で自分の命を絶った、てことだよ。そんな人にせーくんが能力(・・)を使うのは意味ないよ。むしろ迷惑だよ。竹田君は自分で運命を決めたんだよ」


 そうかもしれない。でも、僕なら


「僕なら、変えることができる」



 なぜなら僕は、僕たちは《超能力者》なのだから。



 超能力者なんていないと思っている人がほとんどだろう。テレビで超能力の映像が流れても、タネや仕掛けがあることを信じる人が常識人とされる。


 しかし実際に超激レアだが超能力者はいる。僕は現在5人の超能力者を知っている。


 その5人のうちの1人が彼女、鏡心。鏡ちゃんは心を読むことができる。

 心を読むと言っても(お腹すいたなー)とか(次はチョキをだそう)など単純な思考しか読めないらしい。それでも、質問をしただけで(イエス)か(ノー)を判明できたり、話の中での嘘は100%見破れるから強力な能力なのは間違いない。

 もっとも、鏡ちゃんなりのポリシーがあるみたいで普段はあまり使わないことにしているらしい。


「変える意味は?せーくんは別に竹田君と仲が良かったわけでもないんでしょ。今から戻った(・・・)らせーくんにはリスクがあるんだよ」

「……」

「ごめん、今のはちょっとひどかった」

「いや、鏡ちゃんは間違ってないよ。確かに僕は竹田君と交流があったわけじゃない。戻った(・・・)らほんの少しだけどリスクがある。でもね、見過ごすことなんてできないよ」


 僕は鏡ちゃんを諭すようにゆっくり語りはじめた。


「竹田君に教えてあげたい。生きていることが一番大事だって。人生の中で自殺をすることはもっとも意味のないことだって」


 春らしい風が吹き、二人の間を踊る。木々が揺れ、小鳥たち小さく鳴き、一斉に遠い空へ向かい飛び出した。



 沈黙の時を止めたのは鏡ちゃんだった。


「どうせもう何言ってもやるつもりなんでしょ」

「うん」


 はあ~、と鏡ちゃんは長いため息をついた。


「せーくんってほんと頑固だよね」

「僕のどこが頑固だよ、流されまくりだよ」


 え~、と鏡ちゃんは不満そうにつぶやいた。そのあとすぐにいたずらっぽく笑い


「でもせー君のそんなところも大好きだよ!」


 彼女の顔から目を背けてしまった。



 なんとか鏡ちゃんの納得を得た今、僕たちはベンチに仲良く並んで座っている。直射日光と鏡ちゃんの温もりが僕の体温を37度5分まで上昇させた。


「竹田君は何で自殺したのかな?」


 僕は疑問に思っていたことを鏡ちゃんに聞いてみた


「さあ、わかんない」

「竹田君ってピラミッドを4分割したら上から2番目くらいに位置にいるよね」

「そうだね」

廣瀬(ひろせ)君とか内田君とかとよく一緒にいるし、成績も悪くないから先生に怒られたりもしてないし、部活もやってないわけだから先輩とのトラブルとかもないはず」


 竹田君はいじめられていたというわけではなかった。少し暗めな印象のある彼だが、僕から見たら彼も高校生活を楽しんでいるようには見えた。


「でも、学校だけが原因とも限らないよ。ご家庭の事情が原因の可能性もあるし…それに気づいていないだけでもしかしたら裏でいじめがあったのかもしれないし」

「うーん、裏でいじめか。たしかに竹田君はスマホもってないからね」


 竹田君は今日の高校生としては珍しく携帯電話を所持していなかった。両親が許可してくれないそうだ。

 それでも竹田君は上手くやっていた、というか周りの人間も竹田君が困るような、ソーシャルゲームの会話なんかすることはなかった。

 だからあんまり携帯を持っていなかったことは関係ないと思うけど…


「あ!」


 唐突に思い出した。


「どうしたの?」

「そういえば昨日こんなことがあったんだ」



 5月1日月曜日、21時頃だったか。

 ご飯を食べて、お風呂に入った後、僕は部屋で一人動画をみていた。最近ゲーム実況の動画にはまり、その日もいつも通りニヤニヤしながらみていたらスマホにグループチャットの通知が来た。

 グループ名は【いつめん】。クラスカースト上位陣男子が所属しているグループだ。僕は特にはっちゃけてるわけじゃないけど、クラスで唯一の彼女持ち、しかも相手は鏡心。男子にいじられたり、女子との会話に混ざったりしているうちに大臣クラスまで出世していた。


 メッセージを打ったのはそれこそ王様クラスの男子、中西悠斗だった。


「なんか最近さ、竹田ってちょっとうざくない?」

「!」

「!」

「衝撃(笑)」


 結構衝撃的だった。このグループでもちょくちょく誰かの愚痴が話題になってたけど中西君がそういう話題を挙げたのは初めてだった。

 また、中西君と竹田君は結構仲のいいイメージがあった。常にいっしょにいるわけじゃないけど、席が隣同士の2人はよく会話しているのをみかけた。


「中西は竹田と仲いいと思ってたけど?」


 僕と同じ疑問が挙げられていた。


「いや、別に嫌いとかじゃなくって」

「ちょっとうざいって感じでー」

「今日こんなことがあったんよ」


 どうでもいいことだけど、メッセージを分けて送る人は嫌いです。


「俺竹田にさ、1週間くらい前に漫画を貸してたのね」

「うんうん」

「それで?」


 何人かが相槌をうち、続きを促した。


「で、今日さ、1限終わった後の休み時間に竹田がさ、『そういえば、お前から借りてる漫画まだ読んでない』って言ってきたのよ」


 なるほど、たしかにちょっとうざいかも。


「読み終わって、つまんなかったとか自分には合わなかった、ていうならいいんだけど読み終わってない報告とかどう対応すればいいのよ」

「確かに」

「わかるわかる(笑)」


 何人かが共感を得たあと、


「そういえばおれもさー」


 と別の人がまた竹田君とのちょっとうざいエピソードを語りだした。

 それからしばらく竹田君の話で会話は盛り上がっていた。

 こういう会話は好きじゃないのと僕は竹田君とはあまり交流がなかったため会話には参加しなかった。

 1時間ほど経ったあと中西が


「まあ悪いやつじゃないんだけどね(笑)」


 と言ってその日のグループチャットは終了した。



「でも竹田君はこの会話知りようがないし、知ったとしても自殺するほどの悪口を話してたわけではないし」


 自分は会話に参加してなかったとはいえ鏡ちゃんに話すのはなんか罪悪感のようなものを感じるから、言い訳じみたこともまじえながら話した。


「そんなことないよ、誰か違う人のスマホを見たのかもしれないし…ああでも時間が時間か~。そうじゃなくてもみんなが竹田君に持っていた嫌悪感に気づいていたのかもしれないよ」

「感じ方は人それぞれだもんね」


 本人がいじめと思ったらいじめ。みんなのちょっとした態度に過敏に反応して自分を追い込んだ可能性もあるのか。でも自殺するほどかな。

 もう少し情報が欲しいな、と思った所で1限開始の予鈴が鳴った。


「このあと9時から第二体育館で臨時学年集会があるんだけど、せーくんはどうする?」


 学年集会か、きっと竹田君が死んだこととこれからの予定の変更とかを話すのだろう。


「僕はもう一回教室を見てみたいな。さっきは動転しちゃってよく見れてないし」

「でもたぶん今警察の人が現場検証とかやってるから入れないと思うよ」


 確かにそうか。さっきサイレンの音が聞こえてたからきっともう何人も警察の人が来ている。


「でもちょっとみるくらいならできると思うから教室に行くよ」

「わかった、じゃあまたここで待ち合わせね!」


 鏡ちゃんは第二体育館に、僕は教室に向かった。

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