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パラドックスライフ  作者: 水無月 俊
第八章 「閃光の風と宿命の刃《アリス・コード》」
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幕間9

前回のあらすじ

→過去との訣別。 未来への歩み。

幕間




「……あ、アキラちゃん……」


アカリのくぐもった声がその背中に届いた。


「……大丈夫だよ。 ボクは……。 いや、でも……」


その声に反応するも、何かを言いよどむアキラ。


「……でも、嫌って言うほど、無力だよ。 ボクは……」

「アキラちゃん……」


何もかもが終わったその場所で、痛ましいほどの傷を負いながらも、なお穏やかな表情を浮かべる眠り姫(ヒカリ)

顔色は優れないが、その額の傷を前髪で隠していたり、彼女の胸に小さな花が添えられているのは唯一の救いと言ってもいいかもしれない。

空の狭い木々の中で眠るヒカリは、その姿だけで、ここで何があったかを伝えてくれた。

言葉などいらなかった。


「……わたしたち、これからどうすれば良いのかな……?」


そんな眠り姫の側で膝をついていたアカリが呟く。

絶望感に満ち溢れた、それでいて何かに縋り付きたがるような、震えた声だった。


「……やることは、変わらない。 やれることを、やるだけだ」


ゆっくりと、言い聞かせるように。

はっきりと、そう伝えた。


「ボクは……そうする道を、選んだんだから……」


震えるアカリの肩を抱いて、アキラはその背中をさすってあげる。

少しでも、この悲しみが癒えるように。

その涙が、乾くように。


「そうしないと……誰も救われない。 誰も……そうだ、誰一人だって……」


アカリを自身の胸に埋め、彼女の目をふさぐ。

それが今のアキラにできる最善の策だった。


「だから……キミの力も、貸してくれ。 ヒカリ……」


震えて、視界の覚束無い中、何一つとして抵抗しない眠り姫(ヒカリ)の胸から、彼女の命とも言うべき光を取り出した。

だが、そのクリスタルは輝いているものの、決して強くは無い。

今にも消えてしまいそうなほど、弱々しかった。

それでも、確かにそこに意志はあった。


「アルテミストドラゴン……キミの答えを、聞かせてくれ……」


赤く濡れてしまったのを自身のシャツで拭いてから、アキラはポケットにそのクリスタルを仕舞った。


「……さて。 玄武。 仕事だ」


泣き止まないアカリを胸に抱いて、召喚した玄武に指示を飛ばす。

玄武は淡々と言われた仕事をこなして行く。

適度な穴を掘らせ、その中に大切な親友の亡骸を埋めさせた。


「……さぁ、帰ろう、アカリ。 ボクたちが前を向かなきゃ、誰が前を向けるんだい?」

「うん……うん…………」


そして探させていた石を運ばせ、その表面に文字を刻ませた。


「ありがとう、ヒカリ。 きっとボクたちが……」


そう言い残して、アカリを連れてその場を後にする。

振り返ることなく、もうそこに未練など無いと言うように……

……空を覆っていた厚い雲の隙間から、眩しいほどの光が差していた。

その光が照らすこの場所で、風が止むことなどなかった。




*********

************




「……今まで実感がなかったんだが……。 今ようやく、理解したよ……」


あの日から数日後。

落ち着いた俺はようやくケンの墓参りに来ていた。

聞いてみれば、ケンがこの世を去ってから、かなりの日数が経ってしまっていたらしい。


「……ごめんな、ケン。 そして……ありがとう……」


再建工事の進む地下楽園の一画。

"楽園の英雄"として、その名を刻むことになったケン。

その被害こそ甚大だったものの、住人の犠牲者を出さなかったことが評価されているようだ。

そんなケンへ別れの挨拶も、立ち向かってくれたことへの感謝も、ここでやっとできるわけだ。


「……俺が駆けつけてやれてたら、こいつも助かったのかな……」


答えなど、分かりきっていた。

それでも、そう思わずにはいられない。


「ライト……」

「……ごめん。 分かってるよ」


……そうだ、分かっている。 今更後悔したって、何も変わりやしない。 何も生まない。


「……そういえば、ケンが死に際に採取したクリスタルがあるって聞いたんだが」

「ええ。 ケンが対峙していた、≪ヨルムンガンド≫のクリスタルのことね? ……あれはまだ研究中よ。 サンプルのコピーを作るのに手間取ってて……」

「そうか……。 ……あまり無理はしないでくれ」

「うん……わかってる」


隣に立つローザがはにかむ。

……思えば、ローザの表情は月日を重ねる毎に柔らかくなっている気がする。 最近は良く笑うようになったみたいだ。


「……どうしたの? あたしの顔に何か付いてる?」

「あ、い、いや……何も」


そう都合よく何かが付いているわけでもなく、俺はただ視線を逸らすしかできない。


「なによ〜。 ケンに言わなくて良いの? 『カノジョができましたー』って」

「ば……っ!?」

「なに照れてるのよ。 良いじゃない。 減るもんじゃないし」


そう言ってからかうローザは、なんだか楽しそうだ。

……ってか、言わなくても気付かれてただろうな、ケンには。 あいつ、そういうのは鋭いし。


「……わざわざ言わなくても良いだろ?」

「だーめ! ちゃんと胸張って言ってくれなきゃ」


……一体俺に何を求めてるんだよ……


「……分かったよ」


仕方なく俺はケンの墓石の前にしゃがみ直した。


「……ケン。 俺には、俺を支えてくれる存在ができたんだ。 どれだけ迷っても、どれだけ間違っても、俺を導いてくれる……そんな大切な人が、できたんだ」


こうしていると……なぜかリリを思い出してしまう。

あいつと誓った約束を果たした時も、こんな風に報告して……


「……今度こそ、守り抜くよ。 あいつが迷ったら俺が探し出す。 あいつが間違えたら、しっかり正してやる。 だから……お前は安心して眠ってくれ」


言いたいことを全て言い切った俺は立ち上がり、黙ってしまったローザを盗み見た。

……おいおい、お前が言えっつったんだろうが……お前が恥ずかしがってどうすんだよ……


「……そういうわけだ。 何かやり残したことはあるか?」


頭から煙を吹いているローザに問いかけると、


「……遊園地行きたい」


ボソ、とそんな答えが返ってきた。


「あー……うん。 ……了解」


……また行こうって言ったのは俺だしな……やれやれ、これで良いのかね……


「ほら」


なかなか動こうとしないローザに手を差し出す。

今までだったら、俺からこんなことをするなんて考えもしなかっただろうが……


「うん!」


……これで良いんだよ。 今が幸せなら、これで……



*********



「ほらほら、そんなのじゃあたしに追いつけないわよ!」


閉鎖中だった地下道を飛ぶこと数十分。

こんな中でも営業している遊園地へ遊びに来ていた。

今日が休日と言うだけあって、かなりの人が入っている。

そんな中、この遊園地でも有数の人気アトラクションの一つで遊んでいるわけだが……


「俺は射撃、得意じゃないんだぞ!?」


モンスターを模った模型が、暗がりの中で俺たちを睨んでいる。

そいつらに付いている赤い的を、このオモチャの銃で撃つという、いわゆるシューティングゲームだった。

……だが、当たらない。


「何を甘えたこと言ってるのよ! そんなんじゃSランクにはなれないわよ!」


……俺がいつそんなランク目指すって言ったよ!?


「学校のVR訓練室のやつに比べたら、大したことないわ!」


入学試験の時の話をしているのだろうか。

ちなみに俺はそんな訓練室に行ったことなどない。


「……ふふん。 あたしの勝ちね!」


俺たちを乗せたトロッコがステージを抜けると、目の前の画面にスコアと評価が表示された。

……見るに耐えないとまではいかないが、圧勝されてしまった。


「さぁ約束通り、アイス奢りね?」

「はいはい……」


天地がひっくり返って俺が勝っていたとしても、多分、俺が奢ってるんだろうな……などと思ってしまう。

でも不思議と、嫌な気分ではなかった。





「ライト! 『あーん』してよ!」


いつかのように目の前に座るローザは、自身のスプーンを俺に差し出してくる。

それを奪い取って捨ててやろうかと思ったが、さすがに俺はそこまで悪人ではなかったらしい。


「……ほら、口開けろ」


俺のアイスを掬ってやり、ローザの小さな口に運んでやる。

受け取るのも面倒だったので、自分のスプーンを使った。


「あむ………むぐむぐ……」


咀嚼する振動が伝わってくる。


「お、おい……」

「むぐむぐむぐ………」


ローザは幸せそうな笑顔を浮かべたまま、スプーンを離さない。 このままでは折れてしまいかねない。


「……ったく……」


奪い返すのを早々に諦めた俺は、代わりにローザのスプーンを強奪し、自分のアイスを口に放り込んだ。

なぜかいつもより甘い気がした。


「……さっさと食べないと、溶けるぞ?」

「わ、分かってるわよっ!」


……何を照れているんだ……? 今更すぎるぞ……


なぜかこっちまで恥ずかしくなってしまうから不思議だ。


……それにしても、リリ、どうしてるんだろうな……


『また会える』と言ってから、もうしばらく経つが、あの日からリリの姿は見ていない。

リリはジークフリートが倒された今、完全に仕事を失ったわけだが、それでも音沙汰ないのは不安になる。


……リリは嘘がつけないわけじゃない。 けど、あれは嘘なんかじゃなかったはずだ……


あの表情、あの声。

嘘と判断する材料など、どこにも存在していない。


……近々、様子見に行かないとな……


そこまで思った時、自分の頰が緩んだのを感じた。


……全く……あいつのために生きるって誓ったのに、早速別の女の子のことを考えてるなんて……


ケンが居たら、殴られたかもしれない。


……俺も大概、お人好しだよな……


「……ライト? 食べないの?」

「え……?」


言われて、自分の手が止まっていたことに気づく。


「い、いや。 食べるよ」

「そう? だったら、早くしなさいよね! 時間は待ってくれないのよ!」


反論もできぬまま、溶けてしまったアイスをかきこむ。

もう味などしなかった。

ただただ甘いという事だけが、舌を伝ってきただけだった。




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