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パラドックスライフ  作者: 水無月 俊
第八章 「閃光の風と宿命の刃《アリス・コード》」
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チャプター 10-6

前回のあらすじ

→ライトの復活。 ヒカリの襲来。



「……どういうつもりだよ?」


ゆっくりと立ち上がり、ローザを背に隠すようにヒカリの前に立ち塞がる。


「......邪魔だから。 だから……消してあげたいだけ」


ヒカリの表情は変わらない。


「……邪魔って……何に邪魔だって言うんだ?」

「......もちろん、わたしにとって」


こちらへ向けたままの腕が下される気配もない。


「......赤月先輩そいつを殺さないと……兄さんは、わたしを見てくれない」

「は……?」

「......過去わたしに目を向けないで、未来そいつばっかり見て……。 兄さんは何もわかってない」


ヒカリはいつになく饒舌で、半開きの瞳にはいつにも増して強い意志が宿っていた。


「......兄さんは、兄さんは……どうしてもっと過去わたしを見てくれないの? 過去わたしのことはどうでも良いの? 過去わたしはもう……要らないの?」


今にも泣き出しそうな顔で、質問を連ねるヒカリ。

可能なら、その震える手を握って落ち着かせてやりたい。


「……お前は必要だ。 お前を守りたかったからこそ……俺は……」


……なら、俺は実際にヒカリを守れたのか?


「………………」


答えは……目の前にある。 俺にはヒカリの手を握る権利などない。


「......辛かった。 兄さんと一緒に居られない時間が。 兄さんと過ごせない時間が。 ……兄さんの記憶がない時間が……」

「………………」

「......わたしは、兄さんと離れる辛さから逃げるために、過去わたしを忘れた。 兄さんとの記憶が積もる度に、兄さんと過ごした過去わたしを忘れた」


おそらく……アルテミストの代償の話だろう。 育成場時代の話がほとんど出なかったのは、話す必要がないからだとばっかり思っていたが……どうやら違うらしい。


「......わたしは……そうする事でしか、過去わたしを守れなかった。 そうでもしないと……わたしは過去わたしでいられないから」


これは推測でしかないが……ヒカリはアルテミストの能力を逆手にとっていたんだ。 自己制御のために、俺との思い出をあえて忘れさせて、ヒカリは何かを守っていたのだろう。


「......本当は、こんなのじゃダメだって分かってた。 でも、こうでもしないと……兄さんを悲しませるかもしれないから。 兄さんと一緒に居られなくなるかもしれなかったから。 兄さんは……変わってしまうから」


唯一ハッキリしているのは……ヒカリの行動原理が、全て俺だということだ。


「......ねぇ……教えてよ、兄さん。 わたしは……過去わたしは、間違ってたのかな? ずっと嘘をつき続けたわたしは、間違ってたのかな?」


……何が間違いなのだろうか。 自分の記憶を操作して、自分に嘘をつき続けた事だろうか。 俺がヒカリのことを何も分かっていなかった事だろうか。


「......どうして、何も言ってくれないの?」

「……それは……」


……ヒカリが守りたかったもの。 それは自分自身などではないはずだ。 それさえわかれば……


「……いや、間違ってなんてないさ。 むしろ間違ってたのは俺の方だ。 ヒカリの事を……ちゃんと見てやれてなかった」


……だからこそ、ヒカリがどんな想いで立っているのか、どんな苦しみを味わっているのか、理解してあげられない。

でも、これだけはわかる。


「でも俺は……お前のことも守ってやりたかった。 できることなら戦場に連れて行くのも避けたかった。 お前を……これ以上死なせるわけにはいかないから」


隣にヒカリが居てくれたときは安心できた。 1人で戦うときよりもずっと戦いやすかった。

けど、それ以上に怖かった。

ヒカリが能力を使うたびに、大切な思い出が消えてしまうのが。

いつか俺のことを忘れてしまうんじゃないかって。


「……そう思って……いや、それがいけなかったのかもな。 そのせいで……お前に辛い思いをさせてたのかもな……」


結局、全部俺のせいだ。

ヒカリの想いを受け止め切れなかった俺のせいだ。

ヒカリの気持ちを理解してやれなかった俺のせいだ。


「......だったら、そこをどいてよ、兄さん」


ヒカリの声はどこか冷たい。


「......赤月先輩そいつなんて捨てて、わたしを見てよ……。 わたしが必要なんだって、言ってよ……」


……ヒカリが必要ないなんて、思ったことなど一度も無い。


「......わたしとずっと一緒に居るって、誓ってよ……」


そうか……ヒカリの願いは……単純だったんだ。

ただ、俺と一緒にいたい。 ひと時だって離れたくない。 辛い思いをしないために……辛い思いをしたくない。


「…………」


俺は目を閉じて、溜め込んでいた息を吐き出した。


「………誓ってやってもいい。 その願いを叶えてもやりたい。 ……けどな」


そしてまっすぐにヒカリを見つめ、こう言い放った。


「悪いが、ここを退くわけには行かない。 俺は……俺には、必要としてくれる人が居るんだ。 大切な人が……居るんだよ」


まるでナイフで自分を切り刻んでるみたいだ。

震えは止まらないし、呼吸は浅くなるし、胸が苦しい。

ヒカリを睨みつけてなかったら、とてもじゃないが立っていられないだろう。


「だから……退けない。 ローザを殺すのは、諦めろ」


……もしここで、ヒカリが強行突破を試みたら。

多分……全滅するか、良くてどっちかが死ぬだろう。

ヒカリの機動装甲には勝てた覚えが無い上に、以前と姿が違う。

それに……ヒカリを傷つけてまで止めることは、俺には出来ない。


「......そう」


だが、ヒカリは意外にもライフルを全機下ろした。


「......兄さんはもう、わたしが居なくても、前を向けるんだね……」


涙声で、けれど笑顔で、ヒカリはそう言った。


「…………」


その笑顔は涙で濡れてしまっていたが……


「......だったらわたしも……もう、終わらせなくちゃ……」


小さな雫を零してその身を翻し、ビットを展開。


「あ………」


気付いた時には、突風とともに、その姿はどこかへ消え去ってしまっていた。


「………………」


全身の力が抜ける。

とてもじゃないが、立ってなんていられなかった。


「俺……は……」


目の前がブラックアウトしそうだった俺の背中に、柔らかな温もりが訪れた。


「……ありがとう」


耳元で聞こえた、優しい声。


「……ありがとう。 あたしを選んでくれて……」


そっとその温もりに触れてみた。

その柔らかさは……俺の中の何かを、ゆっくりと溶かしてくれる。


「………ローザ。 悪いけど、ここで待っていてくれないか?」

「………………」


どう答えたら良かったのかわからないけれど、今どうすればいいのかはわかる。


「……けじめを、付けに行きたいんだ。 俺が前を向いて、歩けるように」


勝手なのはわかってる。

自分から突き放すようなことを言っておきながら、この様だ。


「……それは、必要なことなんでしょ?」

「ああ」

「だったら……迷うことなんて無い。 大丈夫よ。 今のライトには……あたしが居るから」


ローザは俺のわがままを許してくれた。

俺に帰る場所を教えてくれた。

俺がやるべきことを……示してくれた。


「……俺を信じて、待っていて欲しい。 これは……俺がやらなくちゃだめなんだ」

「ええ、待ってるわ。 そして信じてる。 あなたを」


俺はローザをそっと抱き寄せ、軽く唇に触れた。

今は……それだけで十分だった。


「じゃあ、行ってくる」


離れたくない衝動に駆られたが、やるべきことを頭に連ねて行動に移した。

……さぁまずは……準備からだ……

ヒカリの部屋に突撃し、彼女のコンピューターを立ち上げる。

すぐにパスワードが要求されたが、思いついた数値を入れてみた。

……パスワードは……どうせ俺の誕生日だろ。

調べたわけでもなかったが、俺の勘はあたり、画面が切り替わった。

……いやいや……マジかよ……

もはや怖くなってきたが、焦る気持ちに急かされて、指と目が必要な段階を踏んでくれる。

起動したのは……ヒカリの≪サーチャー≫。

……人を探せるって言ってたし……これなら……!


「……ヒカリ……」


いつにも増して赤い点の多い地図を睨み、目的の少女を探す。

……いた! 目的地は……やっぱり、鉱山か……

シャットダウンする時間も惜しいので、そのまま部屋を飛び出した。

その勢いで外へ出て、思い切り地面を蹴って空中へ躍り出る。


「お前1人に……背負わせたりなんてしない!」


空気が湿っぽいと思ったら、厚い雲が空を覆っていた。

遠くで雷の音も聞こえる。


「お前を死なせて……堪るもんか!!」


叫び、空を駆ける。

新たな力を手に。 今度こそはと胸に誓って……



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