チャプター 10-6
前回のあらすじ
→ライトの復活。 ヒカリの襲来。
6
「……どういうつもりだよ?」
ゆっくりと立ち上がり、ローザを背に隠すようにヒカリの前に立ち塞がる。
「......邪魔だから。 だから……消してあげたいだけ」
ヒカリの表情は変わらない。
「……邪魔って……何に邪魔だって言うんだ?」
「......もちろん、わたしにとって」
こちらへ向けたままの腕が下される気配もない。
「......赤月先輩を殺さないと……兄さんは、わたしを見てくれない」
「は……?」
「......過去に目を向けないで、未来ばっかり見て……。 兄さんは何もわかってない」
ヒカリはいつになく饒舌で、半開きの瞳にはいつにも増して強い意志が宿っていた。
「......兄さんは、兄さんは……どうしてもっと過去を見てくれないの? 過去のことはどうでも良いの? 過去はもう……要らないの?」
今にも泣き出しそうな顔で、質問を連ねるヒカリ。
可能なら、その震える手を握って落ち着かせてやりたい。
「……お前は必要だ。 お前を守りたかったからこそ……俺は……」
……なら、俺は実際にヒカリを守れたのか?
「………………」
答えは……目の前にある。 俺にはヒカリの手を握る権利などない。
「......辛かった。 兄さんと一緒に居られない時間が。 兄さんと過ごせない時間が。 ……兄さんの記憶がない時間が……」
「………………」
「......わたしは、兄さんと離れる辛さから逃げるために、過去を忘れた。 兄さんとの記憶が積もる度に、兄さんと過ごした過去を忘れた」
おそらく……アルテミストの代償の話だろう。 育成場時代の話がほとんど出なかったのは、話す必要がないからだとばっかり思っていたが……どうやら違うらしい。
「......わたしは……そうする事でしか、過去を守れなかった。 そうでもしないと……わたしは過去でいられないから」
これは推測でしかないが……ヒカリはアルテミストの能力を逆手にとっていたんだ。 自己制御のために、俺との思い出をあえて忘れさせて、ヒカリは何かを守っていたのだろう。
「......本当は、こんなのじゃダメだって分かってた。 でも、こうでもしないと……兄さんを悲しませるかもしれないから。 兄さんと一緒に居られなくなるかもしれなかったから。 兄さんは……変わってしまうから」
唯一ハッキリしているのは……ヒカリの行動原理が、全て俺だということだ。
「......ねぇ……教えてよ、兄さん。 わたしは……過去は、間違ってたのかな? ずっと嘘をつき続けたわたしは、間違ってたのかな?」
……何が間違いなのだろうか。 自分の記憶を操作して、自分に嘘をつき続けた事だろうか。 俺がヒカリのことを何も分かっていなかった事だろうか。
「......どうして、何も言ってくれないの?」
「……それは……」
……ヒカリが守りたかったもの。 それは自分自身などではないはずだ。 それさえわかれば……
「……いや、間違ってなんてないさ。 むしろ間違ってたのは俺の方だ。 ヒカリの事を……ちゃんと見てやれてなかった」
……だからこそ、ヒカリがどんな想いで立っているのか、どんな苦しみを味わっているのか、理解してあげられない。
でも、これだけはわかる。
「でも俺は……お前のことも守ってやりたかった。 できることなら戦場に連れて行くのも避けたかった。 お前を……これ以上死なせるわけにはいかないから」
隣にヒカリが居てくれたときは安心できた。 1人で戦うときよりもずっと戦いやすかった。
けど、それ以上に怖かった。
ヒカリが能力を使うたびに、大切な思い出が消えてしまうのが。
いつか俺のことを忘れてしまうんじゃないかって。
「……そう思って……いや、それがいけなかったのかもな。 そのせいで……お前に辛い思いをさせてたのかもな……」
結局、全部俺のせいだ。
ヒカリの想いを受け止め切れなかった俺のせいだ。
ヒカリの気持ちを理解してやれなかった俺のせいだ。
「......だったら、そこをどいてよ、兄さん」
ヒカリの声はどこか冷たい。
「......赤月先輩なんて捨てて、わたしを見てよ……。 わたしが必要なんだって、言ってよ……」
……ヒカリが必要ないなんて、思ったことなど一度も無い。
「......わたしとずっと一緒に居るって、誓ってよ……」
そうか……ヒカリの願いは……単純だったんだ。
ただ、俺と一緒にいたい。 ひと時だって離れたくない。 辛い思いをしないために……辛い思いをしたくない。
「…………」
俺は目を閉じて、溜め込んでいた息を吐き出した。
「………誓ってやってもいい。 その願いを叶えてもやりたい。 ……けどな」
そしてまっすぐにヒカリを見つめ、こう言い放った。
「悪いが、ここを退くわけには行かない。 俺は……俺には、必要としてくれる人が居るんだ。 大切な人が……居るんだよ」
まるでナイフで自分を切り刻んでるみたいだ。
震えは止まらないし、呼吸は浅くなるし、胸が苦しい。
ヒカリを睨みつけてなかったら、とてもじゃないが立っていられないだろう。
「だから……退けない。 ローザを殺すのは、諦めろ」
……もしここで、ヒカリが強行突破を試みたら。
多分……全滅するか、良くてどっちかが死ぬだろう。
ヒカリの機動装甲には勝てた覚えが無い上に、以前と姿が違う。
それに……ヒカリを傷つけてまで止めることは、俺には出来ない。
「......そう」
だが、ヒカリは意外にもライフルを全機下ろした。
「......兄さんはもう、わたしが居なくても、前を向けるんだね……」
涙声で、けれど笑顔で、ヒカリはそう言った。
「…………」
その笑顔は涙で濡れてしまっていたが……
「......だったらわたしも……もう、終わらせなくちゃ……」
小さな雫を零してその身を翻し、ビットを展開。
「あ………」
気付いた時には、突風とともに、その姿はどこかへ消え去ってしまっていた。
「………………」
全身の力が抜ける。
とてもじゃないが、立ってなんていられなかった。
「俺……は……」
目の前がブラックアウトしそうだった俺の背中に、柔らかな温もりが訪れた。
「……ありがとう」
耳元で聞こえた、優しい声。
「……ありがとう。 あたしを選んでくれて……」
そっとその温もりに触れてみた。
その柔らかさは……俺の中の何かを、ゆっくりと溶かしてくれる。
「………ローザ。 悪いけど、ここで待っていてくれないか?」
「………………」
どう答えたら良かったのかわからないけれど、今どうすればいいのかはわかる。
「……けじめを、付けに行きたいんだ。 俺が前を向いて、歩けるように」
勝手なのはわかってる。
自分から突き放すようなことを言っておきながら、この様だ。
「……それは、必要なことなんでしょ?」
「ああ」
「だったら……迷うことなんて無い。 大丈夫よ。 今のライトには……あたしが居るから」
ローザは俺のわがままを許してくれた。
俺に帰る場所を教えてくれた。
俺がやるべきことを……示してくれた。
「……俺を信じて、待っていて欲しい。 これは……俺がやらなくちゃだめなんだ」
「ええ、待ってるわ。 そして信じてる。 あなたを」
俺はローザをそっと抱き寄せ、軽く唇に触れた。
今は……それだけで十分だった。
「じゃあ、行ってくる」
離れたくない衝動に駆られたが、やるべきことを頭に連ねて行動に移した。
……さぁまずは……準備からだ……
ヒカリの部屋に突撃し、彼女のコンピューターを立ち上げる。
すぐにパスワードが要求されたが、思いついた数値を入れてみた。
……パスワードは……どうせ俺の誕生日だろ。
調べたわけでもなかったが、俺の勘はあたり、画面が切り替わった。
……いやいや……マジかよ……
もはや怖くなってきたが、焦る気持ちに急かされて、指と目が必要な段階を踏んでくれる。
起動したのは……ヒカリの≪サーチャー≫。
……人を探せるって言ってたし……これなら……!
「……ヒカリ……」
いつにも増して赤い点の多い地図を睨み、目的の少女を探す。
……いた! 目的地は……やっぱり、鉱山か……
シャットダウンする時間も惜しいので、そのまま部屋を飛び出した。
その勢いで外へ出て、思い切り地面を蹴って空中へ躍り出る。
「お前1人に……背負わせたりなんてしない!」
空気が湿っぽいと思ったら、厚い雲が空を覆っていた。
遠くで雷の音も聞こえる。
「お前を死なせて……堪るもんか!!」
叫び、空を駆ける。
新たな力を手に。 今度こそはと胸に誓って……




