チャプター 10-4
前回のあらすじ
→ライトの心境の変化。ローザの日常の変化。 ヒヨの襲撃。
4
「ヒカリ! 体調はどう?」
「......うん。 順調……かな」
わたしの1日は、大抵午後から始まる。
「リボンでしょ? 結んであげるわ」
「......あ、ありがと、アイリ」
「良いわよ。 あたしも、リボンの大切さは知ってるつもりだし……」
意識が回復しないうちに検査にかけられ、目が覚めたらお昼を回っているのが常だ。その頃には皆の授業は終わっていて、こうしてわたしの病室に迎えに来てくれる。
「……良し。 ……そういえば、このリボンってどこで買ったの? 今どき、こんなにシンプルなリボンなんて売ってなかった気がするんだけど……」
アイリのサイドテールを飾るリボンを盗み見た。ちょうど、蝶のような鮮やかな模様をしていて、髪飾りとしての役割を十二分に果たしているように見える。
「......これは――」
これは――どこで買ったんだっけ?
そもそも、わたしが買ったものだったっけ……?
「……ヒカリ?」
「......ごめん。 忘れちゃった」
「忘れたの!? そ、そう……」
少しだけ悲しそうな表情を浮かべたアイリは、
「……まぁ、思い出したら、また教えてちょうだい。 今は本調子じゃないだけよ」
そう言って励ましてくれる。
……彼女は記憶障害持ちだったはずだ。 もしかしたら、わたしもそうなのかな……?
「さ、今日は外に出てモンスター討伐よ! みんな待ってるわ!」
アイリは明るい声でそう言い、手を差し伸べてくれた。
「......うん」
――でも、良いや。 こうしてみんなと居れるなら……
*********
*********
「うん……概ね順調ね」
採取したデータを確認しつつ、1人微笑む。
「崩壊した自我も戻りつつあるし……これなら……」
「これなら……なんですか?」
「……っ!? だ、誰!?」
突然背後から聞こえた声に振り向くと、
「あ、アキラちゃん!? なにもその人に聞かなくても……」
「ボク達は問答無用で殺すこともできたんだ。 その機会をわざわざ遅らせてまでここまで来たんだからさ……」
「アキラちゃん……」
アキラはアカリを慰めるように優しくその髪を撫でている。まるで小さな子を宥めるかのように。
「……ヒカリちゃんのお友達ね? ヒカリちゃんの起動装甲を初めて動かした時に居た……」
「ご名答。 まさかボク達を覚えててくれたなんて、光栄です」
「あ、アキラちゃん! 抑えて抑えて!」
いつにも増して煽り気味のアキラを抱きついて止めるアカリ。
「それで……そのお友達が、こんな所にわざわざ何の用かしら?」
「もちろん、ヒカリを返してもらいに来たんです」
アキラは間髪入れずに答える。
「……そうですか。 ……あなた達は何も分かっていないのですね。 彼女がどんな状態でここまで運ばれて来たのかを」
「……知らないわけがないじゃないですか。 知った上で、止めに来たんですよ」
「へぇ……。 じゃあ、あなた達がもし私の邪魔をして、彼女の自我の再構築に失敗したら……どうなるのかを知った上で、ここまでノコノコやって来たってこと?」
「……自我の再構築? 笑わせないでください。 洗脳の間違いでしょう?」
アカリはいつの間にかアキラから距離を取っていて、物陰に隠れるようにして2人の様子を伺っていた。
「……あなた達は大きな勘違いをしているわ。 ここで彼女を連れ出したら、きっと彼女は彼女で居られなくなる……」
「それはあなたがそうさせたのでしょう?」
「違うわ!! あれは仕方なく……!!」
アキラは震える拳を握りしめ、目の前の少女を問い詰める。
「……記憶を弄ったことは、認めるんですね?」
「……そこまでして私を止めたいの?」
「このままじゃ、ヒカリは元に戻らない。 手遅れになる前に、記憶を入れ直さないと……」
「……良いの? 私から権限を奪って、記憶のセットを入れ替えたら……彼女、本当に壊れるわよ?」
「……嘘偽りの彼女になってしまうなら、壊れるリスクを背負ってでも、こっちの道を選んだ方がいいに決まってる!」
「……全く、呆れた。 自分の価値観で友達の苦しみを踏み倒そうなんて……」
少女は指をパチンと鳴らした。
瞬間、そこにもともとあった様に姿を現した機動装甲。
少女がそれを身に纏うと、同時に数機の何かが飛び出した。
「……あなたもファンネル使いでしたね……。 ですが、ここで止めさせてもらいます」
アキラは懐から苦無を取り出し、構えた。
「……あなたの愚かさ、身を以て知りなさい!!」
3人以外誰も居ない空間で、誰にも知られない戦いが幕を開けた。
*********
*********
「......あれ……?」
気がつくとそこは……草原の真ん中だった。
「......わたし、さっきまで何を……」
雨が上がってしばらくした所なのか、厚い雲が風に流されている。
「......何を……してたっけ……?」
そんな分厚い雲の隙間から、陽の光が射し始めた。
崩壊していく雲の合間合間を抜けていく光。
その日差しが、あたりを照らしていく。
「......思い出せない」
ただ1人、ポツンと佇むしかない。
周りには何もなく、ただどこまでも続く草原があるだけ。
『それは当たり前。 ……なぜなら、あなたは私でないから』
突然響いて来た声。
「......あなたは――」
『――あなたじゃない、あなたよ』
瞬きした瞬間に姿を現した少女。
その少女は……わたしによく似ている。
金色の長い髪。
紅い半開きの目。
そして……赤いリボン。
『……今はこの姿だけど……不服かな?』
「......あなたは誰? どうしてこんな――」
その問いかけに被せるように少女の言葉が続いた。
『――あなたには、兄さんが居た』
「......え……?」
『大好きで大好きで堪らない、そんな兄さんが居たんだ』
「......兄……さん……?」
その響きは……なぜか胸を苦しくさせた。
そんな記憶は……もちろんない。
『あなたには友達がいた。 ずっと一緒に戦って来た、友達だ』
「......友達? それはアイリのこと?」
『いいえ。 もっと長い時間を過ごした人が居るはず』
アイリとは……どれぐらいの時間を過ごしただろうか。
それよりも長いとなると、アイリと出会う前から……?
出会う前は……どこに居たんだっけ……?
『………………』
あれ……? どうして……?
どうして……何もないの?
『今のあなたはただの人形だ。 わたしという自我を失った、空箱に過ぎない』
風は止まない。
ただひたすら、2人分の髪を靡かせる。
「......ねぇ……教えてよ……」
『………………』
「......わたしは……誰なの?」
『……その問いを、待っていた』
すっ……っと向けられた掌。
どうしていいか分からなかったが……体は動く。
ほぼ無意識のうちに、その手に自分の手を重ねていた。
「......っ!?」
瞬間、重ね合わせた手から、強い波動とともに強い光が放たれ始めた。
『さぁ……答え合わせの時間にしよう』
「......な、何を……?」
『わたしに与えられた使命を、果たしに行こう』
光は強くなっていく。
何も見えなくなるほど、あたりを真っ白に染めていき……
――そして、その時が来た。
『これがわたしだ。 わたしという存在だ……!!』
流れ込んでくる、様々な光景。
それが記憶であることに気が付くのには、数秒とかからなかった。
繋がっていく。 全てが。
あの日あの時、全てを失ってから、全てを再び失うまで。
あの花火も、あの起動装甲も、あの想いも、あの技も、あの手紙も、全て……繋がってたんだ。
『終わらせに行くぞ。 神判を下して、悪夢から解き放つんだ』
……あぁ、そうだったんだ。
能力の代償は、代償なんかじゃなかったんだ。
それに、捨てられたわたしに……この想いは邪魔だ。
わたしもやれるって、証明しなきゃ。
そうでないと……また捨てられる。
わたしが必要だって分かってもらえなきゃ……また、捨てられちゃう。
そんなの……嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
こうまでして忘れたい思いは、もうしたくない。
……そのためにも、あの子が邪魔だ。
そして……あいつも、消してやる。
兄さんを傷付けた、あいつを、許さない。
わたしを、兄さんを、過去に縛り付けるあいつを……
……今度は、倒す。
*********
******
***
アラームの音だろうか。
何かが鳴り響く音がする。
「......ここは……?」
起き上がろうにも、何かが邪魔で動けない。
「......邪魔」
その何かを外そうとすると、触れるより先に、ひとりでに外れていった。
まるで何かを察知したように。
「......来て。 わたしの≪ファフニール≫」
起き上がりざまに傍のデバイスを手に取り、相棒を呼んだ。
粒子が身体を包み、身体を構築していく。
朧げだった視界も、クリアになっていく。
「......龍装爪」
その光景を捉えた瞬間、呟いていた。
「……ヒカリちゃん。 どういうつもりかしら?」
「......その子はわたしの親友。 だから、傷付けさせるわけにはいかない」
「「ヒカリ」ちゃん!!」
「......ただいま。 アカリ、アキラ」
満身創痍に近い2人と対峙するのは……機動装甲を駆るシエル。
その手に持つ銃を、たった今、壊した。
わたしの龍装爪で。
「……あなた、どうやって意識を取り戻したの? まだシークエンス的には早すぎると思うのだけれど」
「......わたしは、忘れたいから忘れただけ。 だから、思い出したくなったから、思い出した。 ……それだけ」
「………………」
「すごいよヒカリ!」
「さっすがヒカリちゃん!」
……そうだ。 2人はいつも明るくて、わたしの全てを肯定してくれる。
どんなにおかしくなっても、どれだけ間違いを犯しても。
「……いったい、どういう事なの……?」
シエルの起動装甲の動きが止まる。
「……アキラちゃん。 やっぱりこの人は……悪い人じゃないよ……」
「…………ごめん。 でも、ヒカリを救うには、こうするしかなくて……」
「......ありがとう、みんな。 わたしのために……戦ってくれて」
こんなにもわたしを思って、行動してくれる人がいる。
これだけ思ってくれる人がいる。
……けれど、それも全部、わたしが弱いからだ。
みんなを心配させてしまうほど、弱いから。
だから……捨てられて……
「……ヒカリ?」
「......大丈夫。 でも……わたし、行かなきゃ……」
「行くって、どこへ?」
答える代わりに、シエルのもとへ移動した。
「......助けてくれて、ありがとう。 きっと、無駄にはしない」
「ヒカリちゃん……」
……行かなきゃ。
「......≪龍装・神速≫」
龍装爪の空間圧縮を使って全身を超加速させ、その場を飛び出した。壁を突き破り、天井を突き抜け、曇天の空の下に躍り出る。
……アルテミスは、この感覚を知ってたのかな……
翼を持つ、龍の感覚。
≪ファフニール≫にしかできない、破壊と自由を。
……わたしが、やるんだ。 それができるのは……わたしだけだから。
*********
*********
嵐が去った後のような静けさの中。
「……正直、想定外だったわ。 中からハッキングをかけるなんて」
点滅する画面を盗み見つつ、シエルがこぼす。
「……彼女がここまで自力で立ち直れることを知っていれば……」
「……いや……シエルさんは悪くないよ。 それに、ヒカリにこの能力を使わせるきっかけを作ったのは、シエルさん自身だ。 それこそ、ボク達の方こそ……」
「アキラちゃん……」
視線を移すと、そこに映ったのはヒカリが眠っていた機械。
再生治療とVRコンバートを同時に行う医療機器……らしい。
「……ありがとう、シエルさん。 ヒカリの身体を治してくれて」
「ええ。 ……心まで、治せたら良かったんだけどね……」
シエルは俯いたまま顔を上げない。
そんな様子を見て、アキラは言いにくそうに告げた。
「……ボク達が来るまでも無かった……ってのは、結果論だけど……。 ボク達のせいで、余計に嫌な思い、させたよね。 ごめん」
「いえ……。 わたしは確かに、止められて然るべきことをしていたわ。 その事に気付けたのは……あなた達のおかげよ」
「……うんうん。 ひとまずは一件落着だね!」
アカリの明るい声が、3人しかいない部屋に木霊した。
「……いや、まだ安心するのは早いよ」
「ど、どうして、アキラちゃん?」
アキラは困惑するアカリの頭に手を置き、シエルの方へ向き直る。
「……シエルさん。 ヒカリがここに運ばれた時、ヒカリは精神崩壊レベルで混乱していたんですよね?」
「……どうしてあなたがそれを知っているかはわからないけれど、確かにそうよ。 下手な治療をすれば、トラウマになりかねないほどだったわ。 だからわたしはコンバーターにかけて、克服プログラムを実行していたのだけれど……」
「……それでも、あれはちょっと……。 いや……」
アキラは首を振り、話を続ける。
「それで、そのプログラムを中からハッキングされて、隔離しておいたヒカリ自身の記憶が回収されたんですよね?」
「そうよ。 どうやったかまではまだわかってないけれど、現実で目覚めたさっきのヒカリちゃんは……おそらく、仮想世界での記憶も、ある程度は引き継いでいるみたいだったわ」
「……それがヒカリの機動装甲が変わってた理由か……」
「? ……?」
納得したように頷くアキラの横で、話についてこれずに首をかしげるばかりのアカリ。
「ええと……つまり、どういう事なの?」
「それはね、アカリ」
小さな子供を諭すように、優しく言う。
「自力でそこまでの行動が起こせるほどの、何かがあったって事なんだよ」
「……わたしが想定していたきっかけは、まだ行われてなかったわ。 おそらくは……」
シエルが言いかけたのを、アキラが制した。
「……≪アルテミスト≫だ」
「≪アルテミスト≫……?」
「それって、ヒカリちゃんの……」
「ああ、そうさ。 あいつが何かをしでかしたんだろう」
アキラは悔しそうに拳を握った。
「あいつがヒカリを使って何かをしようとしているんだ。 このままじゃ……ヒカリが危ない」




