チャプター 10-3
前回のあらすじ
→ヒカリは現状を把握したらしい
3
『おい、ライ坊』
どこからともなく聞こえてきた声。
『……おい、聞こえておるのだろう?』
その声と一緒に聞こえてきた足音は近づいて来て、
『はぁ……いつまで不貞腐れておるんじゃ』
俺の目の前で止まった。
「……ルナか」
彼女の小さなアンヨが視界に映る。
「良いのか? ジークさんが居るんだろ?」
『何を他人の心配などしておる。 先ずは己の心配をせんか』
呆れたようなキンキン声が響く。
辺りは真っ暗で、星一つ見えやしない。
俺たち以外に人影はなく……音もない。
俺は見えない何かに腰掛けて、そんな世界で時がくるのを待っていた。
「……心配なんてする必要はない」
『ほう?』
「心配しようにも、できるだけの感情がない。 俺にはもう……不安や恐怖や後悔なんて感情を持っていないんだ」
『……嘘は良くないぞ』
「……嘘なんかじゃない。 お前も見ただろう? 俺はジークフリートに殺された。 感情を全て持っていかれたんだ」
『それが嘘だと言っておろう』
「感情がなければ行動する理由もない。 だから、心配なんて――」
『――良い加減にせんかこのアホ!!』
「………………」
ルナの足が一歩前へ進んだ。
『お前は怖いんじゃろ?』
「……なんの話だ」
『仲間を守れなかった自分を認めるのが。 今の現実を受け入れるのが。 そしてーー』
「聞いてなかったのか? 俺には感情なんて――」
『――無力な自分がローザに会うことが、怖いんじゃろ?』
「――…………」
『……全く。 今更そんなことで関係が崩れるわけがあるまいに』
「……どうしてそう言い切れる?」
『……逆にどうしてそんなに怖がっておるのじゃ?』
「…………あいつと、約束したからだ」
『約束?』
「俺はもう、同じ過ちを繰り返さない。 仲間を失わせたりしない。 そう、誓ってたんだ」
『………それで?』
「……ローザにも、頼ってくれて良いと言った。 俺が守るからって。 けど……それは俺が強かったからだ。 俺の"強さ"を見て、あいつは俺を信用したんだ」
『………………』
「……だがどうだ。 俺は無様にも完敗し、感情は奪われ戦う力もなく……。 俺は……強くなかった。 "あの時"から何も変わってない。 弱いままだったんだ。 弱かったせいで……何も守れなかった。 何も守れない俺が、過去や未来を守れるわけがない。 まして、変えられるわけがない。 だから……俺は、ローザの隣に居るには、ふさわしくない。 あいつに……合わせる顔が、ないんだよ……」
……ローザは、手伝って欲しいと俺に依頼して来た。
――未来を変えるために過去を変える。
彼女はそう言って過去に来たはずだ。
だが、俺が変えなくてはならないのは未来だ。 決して過去ではなかった。
だから、そもそも俺がローザの手伝いなんてできるわけがなかったんだ。
ローザにとっては過去でも、俺にとっては未来だ。
変えるものが違う以上、俺に手伝う資格はない。
もっとも、そんな力も俺にはなかったんだが……
『…………なるほどな。 お主がこじれてる理由がわかった気がするわい』
いつの間にか視界からルナの足が消えていた。
『汝、考えを改めよ』
「…………は?」
思わずルナの方を見てしまう。
彼女の真っ直ぐな目が、俺を射抜いた。
『……お主の考えはいくつかおかしいぞ。 思い出してみろ。 お主がローザに信じてもらったのは、単にお主が強かったからか?』
「………………」
『お主が変えてるのは確かに未来かもしれんが、実際に変えているのは現在の出来事じゃろ? ローザと同じ、過去じゃろうが。 決して違っているわけではないぞ』
「………………」
『……それに、お主は大切な約束を忘れておる』
「大切な約束……?」
『ずっと見ておった妾が言うんじゃ。 間違いない』
「………………」
……大切な、約束……
信じること。 守ること。 失わないこと……
それ以外の、約束……
『……妾がお主の言葉を嘘といった根拠だが。 お主はまだそれだけ語れるほどの後悔を残している。 そんな未練だらけで何が感情がないじゃ……ってのと、そもそも此処に来れている時点で、お主の意志の力は、残っておるんじゃよ』
「………………」
……完全に論破された。
約束の件は不鮮明だが、俺の持論は全て覆された。
……俺が、間違ってるだけだったのか?
『……間違えたなら、やり直せば良い。 そうじゃろ?』
「……俺はまだ、やり直せるのか……?」
『お主はまだ生きておる。 生きておる限り、何度でもやり直せるわい。 妾がそうして来たようにの』
そう言ってルナは笑ってみせる。
「……俺はまた、大切な何かを失うかもしれない。 また約束を破ってしまうかもしれない。 また……俺の手で、誰かを不幸にするかもしれない」
『構わんよ。 妾もそう思って不安だったころもある』
「また絶望して、立ち止まって、こうやって迷ってしまうかもしれない」
『何度立ち止まっても、歩き出せるなら希望はある。 意志がある限り、希望は潰えぬのじゃ』
「…………さすがだな、ルナ。 お前に話してみてよかったよ」
『そう言ってくれると、妾も長生きした甲斐があったというもんじゃわい』
……そうだ。 まだやり直せる。
同じ過ちを、繰り返さなければいい。
それに……
「……それに、俺がこうしている間にも、ローザの身に危険が迫っているかもしれない。 守るって誓ったんだ。 ローザだけでも、守ってやりたい。 ローザとの約束だけでも、守ってやりたい」
『うむ。 まずはそのためにも――』
「――ああ。 戻るよ。 ローザのもとに」
気づけば辺りは星が瞬くような光で満ちていた。
さっきまでの暗さが嘘のようだ。
「ありがとな、ルナ。 ジークさんにもよろしく」
『まったく……本当にもう来ないでくれ。 今回も特別サービスなんじゃからな』
「……ああ。 わかってるよ」
……考え方一つでここまで気持ちは変わるものなんだな……
だんだんと白み始めた視界の中、目覚めた後のことに思いを馳せてみた。
……ちゃんとあいつにも、お礼を言わないとな。 ついでに、約束も思い出さないと……
俺が思い出せていない、もう一つの約束。
……起きたらきっと、思い出そう。
そう胸に決め、そっと目を閉じる。
一瞬の浮遊感の後、意識が途絶えた。
*********
******
***
「…………」
放課後を告げるチャイムが仕事をする。
ガヤガヤと放課後を謳歌しようと行動に移る人が多い中。
「…………」
ふと、双葉さんと目が合ってしまう。
「…………」
彼女は小さく手を振りながら、微笑んでくれる。
「…………」
仕方なく、手を振り返して、極力愛想が良く見えるように微笑んでみた。
「みぃ~? 早く行こう~?」
「あ、うん。 今行くよ!」
双葉さんは自称平均的な(それでも十分に可愛い)笑顔で笑った後、教室の外へ消えてしまった。
……まぁ、ギスギスした感じになるよりは良かったけど……
朝から昨日の一件を引きずったままだったあたしがバカみたいに、双葉さんはいつも通りの……いや、いつも以上にあたしに絡むようになった。
どういうつもりか、あたしを昼食に誘ったり、放課後に時間があるか聞いてきたり、配布物の運搬を手伝って欲しいと頼みに来たりと、休み時間ごとに彼女と話しているようなレベルになっていた。
……ライトのこととか、ヒヨとかケンのことも、気になってるんでしょうに……
あたしがもやもやしないためにああしているなら、あの子は少し出来すぎている。
……いや、もしかしたら、あたしがそう思うのは、あたしがそれを出来ないから……?
よく考えてみれば、ライト達以外の生徒でここまで仲良くしてくれたのは、あの子が初めてかもしれない。
日記帳にも載らない、戦場でも見ない、一緒に戦うことも無い。
そんな子が………あたしと一緒に居ようとしている。
……もっと突っぱねた方がいいのかしら……
このまま一緒に過ごす時間が増えれば……彼女までも巻き込んでしまうかもしれない。
それだけは……なんとしてでも避けたかった。
「でも……突っぱねるのはね……。 あの子の親切心を踏み躙ることになるし……」
視線を隣の窓の外へ移す。
橋の向こうの本島が見える。
なんだかちっぽけで……とても元が大都市だったとは思えない。
「……どうしたものか……」
窓際の一番後ろの席は、よく主人公格が座る座席位置らしく、こうして窓の外を眺める描写がしやすかったり、教室を半分くらい書かなくて済むため重宝される位置であるのが理由だとか。
……あたしがここに座ってて……皆はどう思ってるのかしら……
放課後になっても席を立たずに窓の外をぼーっと見ているあたし。
……なんだか悲しくなってきたんだけど…………うぅ…………やめよう。 この話はやめよう……
「……しょうがない。 ケンの言葉を信じてみますか」
本当はやりたくなかった選択肢を取り、行動に移す。
いつの間にか誰も居なくなっていた教室を足早に後にした。
……待ってなさい。 ヒヨ……!
「≪プラズマ≫!!」
銃弾が打ち込まれたような衝撃音。
「お邪魔するわよ!」
機能を果たせなくなった扉を押し開け、中へ突入する。
「…………」
ライトの部屋よりは狭い構造で、リビングの他に部屋が2つしかなかった。
そのうちの1つから飛び出してきた、いかにも情報科な女子生徒が目を丸くして絶句している。
「あとで直しておくから。 ……それで、ヒヨの部屋はこっちかしら?」
「…………」
その女子生徒は無言で頷いた。
「……ちなみに、外に出るところを見た?」
「…………」
今度は横に首を振って見せた。
「そう……ありがとう」
再びクリスタルを装填し、その扉の前へ。
「≪ブラスト≫!!」
轟音と共に吹き飛ぶ扉。
ヒヨが巻き込まれているかもしれない可能性はあったが……
「………………」
ちゃんとそこに居た。
痛ましいほどに顔色を失ったまま、そこに居てくれていた。
「……迎えに来たわよ、ヒヨ」
力の無い濁った瞳が、あたしを捉える。
「さぁ……来てもらうわよ。 あなたには、話してもらう義務がある」
手を差し伸べた。
立ち上がれるように。
前へ歩き出せるように。
「…………いと、……ないと……」
「え……?」
「そうだよ……みんなみんな……忘れちゃえばいいんだ」
「な、何を言っているの……?」
ヒヨはあたしの手など見向きもせずにぶつぶつと何かを呟きつつおもむろに立ち上がると、頭のカチューシャに手をかけた。
「みんなみんなみんなみんな…………忘れちゃえば、いいんだよ」
そして、そのカチューシャを外して放り投げ――
――Und das alles ist auf die Dunkelheit
突然聞こえたワンフレーズ。
それは歌だったのだろうか。
それとも……
「最初からこうすればよかったんだ。 こうしておけば……」
声も意識も、何もかもが遠のいていく。
まるで何かに浸食されていくかのように。
何もかもが……
*********
「……あれ?」
気がつけば、寮の部屋にたどり着いていた。
どこをどう通って帰ってきたのか、さっぱりわからない。
「……なにかしようとしてた気がするんだけどな……」
思い出せないということは、それほど重要な用事じゃなかったということね。うん。
「ただいまー」
思い出すのを諦め、扉を開けて中に入る。
「ん? 赤月か。 ちょうどよかった。 こいつのベッドを教えてくれ」
「…………あ、れ?」
部屋、間違えたかな? もしかして、お隣さんの部屋だったりするのかな?
「おい、聞いてるのか? こいつと毎晩寝てるベッドを教えてくれと言っているんだ」
「寝て無いわよ!? 接続詞間違えないで!?」
「聞こえてるではないか。 さっさと返事をすれば良いものを」
「……何か怒ってます?」
「いや……? 私はいつもこんな感じだと思っていたが……」
「そ、そうですか」
未だ目を覚まさないライトを抱えて廊下に立っていたのは……此処にいるはずのない、熊谷先生だった。
「治療がほぼ終わったから、こいつを運びに来たんだ。 思ってたより重くてな……」
「ベットの場所でしたっけ? それならこっちのここに」
「ふむ。 上の段でなくて助かったよ」
熊谷先生はそっとライトをベットに寝かせると、背負っていた風呂敷包を下ろし、中身を広げ始めた。
「それって……」
「そうだ。 ライトの持ち物だよ」
「わざわざそれまで運んでくれたんですか? 連絡くれれば手伝いに行ったのに……」
「何を言ってるんだ。 連絡したが来なかったからこうなったのだろう?」
「へ?」
言われて端末を確認して見た。
……ほんとだ。 そういう旨のメールがある……
「まぁ、全て私がやれば良かっただけの話だが……。誤算だったよ。 まさか監視対象の天野まで居ないとは思わなかったからな」
「カスミはバイトで……あ」
内緒なんだっけ? 忘れてた……
「ふむ……? まぁいい。 あとは任せたぞ、赤月。 私が面倒を見れるのはここまでだ」
「わ、わかりました。 ありがとうございました」
……よかった。 不問にしてくれる流れだ……
「私には、新しい仕事ができたのでな」
「……新しい仕事?」
「いや。 こっちの話だ。 ……では、失礼するよ」
言い終わるなり、さっさと出て行ってしまった。
「………………」
静寂がそこを支配した。
聞こえるのは……微かな息遣いだけ。
「……あたしは、信じて待ってるから」
ライトは幾分顔色が良くなったように見える。
「だから……」
そんな彼の手をギュッと握って、ただ、祈った。
「だから……生きることを、諦めないで」




