チャプター 10-2
前回のあらすじ
→ローザの苦悩。 ヒヨの引きこもり。 行方不明なままのヒカリ。
2
「あ、ヒカリさん? 目が覚めたんですか?」
まず最初に聞こえてきたのは、そんな柔らかな声。
「………………」
次に聞こえてきたのは、何かの電子音。
「……気分はどうですか? 痛いところとか、ありませんか?」
言われて、自分の身体を確かめてみる。
……ある。 身体が、ある。
「......うん。大丈夫」
先ほどまでの頭の痛みは消え、むしろクリアでスッキリした感じだ。
……でも、何かモヤモヤする。 頭じゃなくて……
「良かった。 ちゃんと成功して……」
「......え?」
「ううん。 さぁ、立てる? みんなに挨拶をしに行かないと」
「......え、え?」
目の前の銀髪の少女は、わたしの手を取って立たせてくれる。
「あ、そうでした! あなたのリボンで、ちゃんと結ってあげないと……」
わたしがちゃんと立てたことを確認したのか、その少女は傍にちょこんと置かれていた赤いリボンを手に取った。
そのままわたしの後ろに回り、
「本当に綺麗な髪ね。 ちゃんと再生できてよかった……」
「......さ、再生?」
「いえ、こっちの話よ。 行きましょうか」
わたしの髪をそのリボンでまとめ、再び手をとって歩き始めた。
――この人が居るってことは、わたし、帰ってきたんだ……
今になってようやく、どこか安心できた気がした。
「あら、ヒカリ。 もう大丈夫なの?」
機動装甲の格納庫へ向かうと、そこにはやはり、ブロンド髪の彼女が居た。
「......うん。 おかげさまで」
……彼女はアイリ。 前に一度会って――いや、一度どころじゃない。 いつもわたしの≪ファフニール≫のメンテナンスをしてくれている、頼れる後輩だ。
「あなたが倒れてるのを見たときは、どうしようかと思ったわ……」
「......ごめん。 心配かけて」
「べ、別に、心配なんて……まぁ、してたけど……。 良いわよ。 ちゃんと動けるようになってみたいだし」
「あら。 アイリがツンツンしてない……」
「何よシエル? あたしがツンツンしてないって、まるであたしがいつもツンツンしてるみたいな言い方じゃない?」
「違ったかしら?」
「違うわよ!?」
そんな二人のいつもの光景に、どこか懐かしさを憶えてしまう。
――わたしはいったいどれだけの間、眠っていたんだろう。
「あ、ヒカリ先輩です?」
「......アイリス。 居たのね」
「ヒカリ先輩こそ、良くぞご無事で、です」
――アイリス・S・メリッサ。 アイリの……いや、みんなの妹分みたいな子だ。 あのふわふわの蒼い髪を撫でると気持ち良いからと、皆から愛されているマスコットキャラだと聞く。
「アイリ、ケンカはダメ、絶対、です?」
「そんなこと教えた覚えはないんだけど……」
「あらあら、偉いわね、アイリスちゃん。 ちゃんと憶えてたのね」
「あんたの仕業なの!?」
アイリスはシエルになでなでされて幸せそうにしている。
「でもねアイリスちゃん。 これはケンカじゃないの」
「です?」
「アイリが少し素直になれないことを、注意してあげてるだけなの」
「そうだったですか。 やっぱりシエルとアイリは仲良しです」
「ちょっ!? なんか色々違うんですけど!?」
アイリのツッコミがむなしく響く、日常と化したこの風景に――
『ヒカリちゃん! こっちに――』
――聞き覚えが無いはずの言葉が聞こえた。
「――ッ!?」
「ヒカリ? 本当に大丈夫なの?」
「......う、うん。 まだちょっと……頭痛が治ってなかったみたいだけど、平気」
頭を押さえ、痛みに耐える。
……あれ? 頭にこんなの――ってそうか。 わたしの脳波ギアか……しばらく触ってなかったせいか、存在をわすれてた……
この髪飾りみたいなのが、わたしの≪ファフニール≫をサポートするコントローラーだ。
言わなければ、本当に髪飾りにしか見えないはずだ。 そうなるように設計を頼んだから。
「無理しないでよ? あんたは目覚めたばっかりなんだから」
「......わかってる」
「お、なんだか騒がしいと思ったら……ヒカリが来てたのか」
「......あ、ど、どうも」
……この人はソウマ。 確か――アイリのボーイフレンドという噂があったけど、実際はハーレムでも作ってるのかと言いたくなるような状況だ。
≪ファフニール≫をくれたその人でもある。
「どうだい? リハビリも兼ねて、一戦」
「もう、またソウマはそうやって!」
「僕が相手では不満なら、アイリが相手をしてくれるから、さ?」
「ちょっと!? 何勝手に決めてるの!?」
「......わかった。 ちょうどわたしも、動かしてみたかったところだし」
「ヒカリ!?」
「決まりだな。 シエル、アイリス! アリーナの準備を頼む」
「了解です!」
「なんかデジャブねぇ」
「じゃあ行こうか。 ほら、アイリも」
「まったくもー! いつもいつもあたしを振り回して! どういうつもりなの!?」
「あはは、ごめんごめん。 そんなに怒らないでよ」
「そりゃあ怒るわよ! あんたが言い出したんだから、あんたも一緒に相手しなさいよ!?」
「わかったわかった。 それでアイリが満足するなら」
「きーっ!! 何よその言い方!?」
今日はなんだかアイリの調子がおかしい。
……いつもこんな感じ……だっけ?
*********
「アイリ。 今日の≪インパルス≫はどっち型なんだい?」
「格闘型よ。 あんたに合わせるなら、これが一番だわ」
「そう言ってくれるって思ってたよ」
「な、なによ……あたしばっかりに構ってないで、集中しなさい!」
アイリは恥ずかしがっているのか、顔が真っ赤だ。
「......ふぅ」
久しぶりのアリーナは、何も変わっていない。
空調から流れてくる風も、踏むたびに心地よい音を立てるこの土の地面も。
全て……記憶のままだ。
「......来て。 わたしの≪ファフニール≫!」
端にクリスタルの付いたグリップを取り出し、叫んだ。
瞬間、わたしを包む光の渦。
そして目を開けた時……全てを理解できた。
――機動装甲改≪ファフニール≫。
「うむ……相変わらず良い出来だ」
「えへん。 もっとあたしを褒めて良いのよ?」
「シエルの設計図がなかったら、これほどの作品は出来なかっただろうね」
『あらあら。 褒めても何も出ませんよ?』
「ちょっとー!? 造ったのあたしなんだけど!? あたしなんだけど!?」
「あぁ。 もちろんアイリにも、感謝してるよ」
「……ふん。 まぁいいわ。 シエルの機体のデータがなかったら、形にならなかったのは確かだし」
……この機体は、シエルの≪サンバースト≫と同じファンネルタイプ。
このタイプの機体はわたしので二つ目。
今まではシエルしかこのタイプを使っていなかったらしい。
「それで、頭痛はどう? それ、かなり脳にくるみたいだけど……」
「......今は平気。 ビットも……ちゃんと動いてるみたいだし」
――龍装爪が八機。 龍装砲が四機。 ……うん。 全部思い通りに動く。
「……準備は大丈夫そうだな。 よし! シエル、始めてくれ!」
『カウント、セット!』
ブザー音が鳴り響き、決闘の開始を告げた。
「行くわよっ!!」
アイリのインパルスが迫ってくる。
速度は……かなり速い。
……けど、見える!
「くっ……!?」
バチッ……と音がして、インパルスの大剣が目の前で停止した。
「......龍装爪、バリアモード」
「離れろッ!!」
ソウマの鋭い指示で、アイリが飛び退く。
同時に、ビームが虚空を割いた。
「......龍装砲、ラピッドファイア!」
「ちぃっ……!!」
テンペストの太刀が、ビームの一斉射を防ぐ。
「あたしも居るわよっ!!」
対応が速い。 すかさずカットを仕掛けに来た。
「......銃だけじゃない」
意志を少し傾け、龍装爪を飛ばす。
「ええいっ!! 自分で造ってなんだけど、やっぱり苦手よっ!?」
四機のビットが攻撃を受け止め、残る四機が迎撃する。
「流石だよ、ヒカリ。 僕が才能を認めただけある」
「感心してないで、どうにかしなさいよ!?」
「......分かった。 どうにかする」
「あんたには言ってないわよ!?」
腰の辺りの装甲を翻し、ビットを全て集める。
「ソウマ!!」
「分かってる!!」
二人の総攻撃も、センサーの自動回避で後ろに下がって避けられる。
その間に、チャージが完了してしまった。
「......龍装砲、フルバースト」
龍装爪による空間圧縮サポートで火力を増した極太ビームが、アリーナをまっすぐに駆けた。
「……ふぅ、やれやれ。 僕たちの負けだよ」
「ま、まだあたしはやれるわよ!?」
「やめときなよ、アイリ。 今の僕たちじゃ勝てない」
「……まぁそれもそうね。 試運転だし……」
「......ありがとう、二人とも。 良い運動になった」
今回は相手の武器を弾き飛ばしただけだったが……
……もう少しレスポンスが速くなれば、もっと――
『ヒカリ。 ボクたちはいつだって――』
「――くっ……」
……また頭痛……それにあの声……一体どこで……
「……アイリス。 データはとれたか?」
『はいです! バッチリですよ!』
『…………』
『シエル? どうかしたです?』
『え? いえ、何でもないわ』
「……ビット運用も上手くいってるみたいだし、戻ったら調整だ! 忙しくなるぞ、アイリ?」
「ふんっ! あたしにかかれば楽勝よ! いくらでも持って来なさい!」
「またそうやって夜更かしする気かい? もっと気を付けた方が……」
「良いのよ! あたしは寝なくてもピュアピュアだし!」
「何だよそれ……」
そんな会話が遠くで聞こえる。
……あれ? わたしのファフニールって、どうしてファフニールなんだっけ……?
突然浮かんで来た疑問が思考を止めた。
――機動装甲は基本的にドラゴンの名前を付けるって習慣があったから、そうなっただけ……そう、それだけ……
『ヒカリちゃん? 気分でも悪いの?』
「......ううん。 何でもない」
……うん。 何でもないよ……何でもない……
*********
「チューニングは寝てる間に終わるから、安心して寝て良いわよ。 あと、何かあったらそのベルで知らせなさい。 良いわね?」
「......うん。 ありがとう、アイリ」
「な、なによ、そんな改まってお礼なんて……やめてよ……」
……ちょっとデレてる? なんか可愛いかも……
「……と、とにかく、今日はもう寝なさいよ? じゃあ、おやすみ。 また明日ね!」
静かに扉は閉まった。
「......病室で寝るなんて、思い返せば久しぶりだったかも……」
いつもはもっぱら見舞いに行く方だった。
最近で行ったのは……
行ったのは……
「......誰のところに、行ったんだっけ……?」
思い出せない。
――そもそも、見舞いになんて行ったことがあったのか。
……わたしはいつも一人だった。 見舞いに行くような人もいなかった。
……けど、今は違う。 もう、昔のわたしとは、違うんだ……!
「......そうだよね。 そうだよね……シエル……?」
だったら、この流れてくるこれは一体なんだろう。
温かい雫が、頰を伝うのは、なぜなんだろう。
……どうして……なのかな……?
知らないはずの声が響いてくるのは、なぜなんだろう。
……どう……して……?
問いかけても問いかけても、返事はない。
そこにはもう、答えてくれる人はいなかった。




