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パラドックスライフ  作者: 水無月 俊
第八章 「閃光の風と宿命の刃《アリス・コード》」
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チャプター 10-1

前回のあらすじ

→何が起こったかを理解し始めたローザ。 ヒカリは行方不明。ヒヨは失踪。



『ねぇ……』

声だ。

『ねぇ……聞こえる……?』

声が……聞こえる。

『さぁ……目を開けて……』

その声は……わたしに向けられているようだ。

「………………」

言われた通りに、ゆっくりと目を開けて見た。

暗い。真っ暗だった。

どこまでも落ちていきそうなほどの闇の中、目の前にポツンと立つ、一人の少女が目に入る。

『ふふっ……相変わらずわたし(・・・)は愛想が無いなぁ……』

「......誰?」

『あれ? 分からないの? ……まぁそれもそうか。 わたしはわたし(・・・)であって、わたし(・・・)で無いのだから』

「......何を言っているの?」

『さぁね?』

金色の髪を赤いリボンで結ったポニーテールを揺らす少女は、半分ほど開かれた目で上目遣いにこちらを見てくる。

服装は……見た覚えのない制服だ。

『でも、この際正体なんてどうでも良くない?』

「......え?」

『わたしは何も覚えてないかもしれないけど……わたしはわたし(・・・)なのだから』

「………………」

何も反論できないことをどう受け取ったのか、その少女はくすりと笑うと、

『ね……わたしと、一つになりましょう?』

わたしには到底できそうもない妖艶な表情で、わたしに迫って来た。

そっと触れてくる手は……温かみがない。

それでも……冷たくはなかった。

『さぁ……わたしに身を委ねて……。 わたし(・・・)が望んでいたのは、これでしょう……?』

「......な、何をーーっ!?」

気づけば視界は塞がれ、同時に、喋ることも封じられてしまっていた。

あまりにも唐突なその出来事に、頭が追いつかない。

分かるのは、唇に何かが触れている感覚と……

……激しい頭の痛みだった。



*********

*******

*****




「……えっと、これでHR(ホームルーム)は終わりです。 み、みなさん、気を付けて帰ってくださいね?」

水島先生の話で締められた始業式のHR。

皆が席を立って思い思いの場所へ向かっていく中、さっと教室を見渡してみる。

……足りない。

席替えで勝ち取った窓側一番後ろの席から見る教室は……何かが足りない。

おどおどしながら教室を後にする水島先生も、なぜか先程からあたしをチラチラ伺ってくる双葉さんも、特に気になる変化はない。ないはずだ。

けれど……何かが足りない。

「あ、あの……」

ついに意を決したのか、双葉さんは双葉さんの双葉ーー頭のリボンカチューシャのことだ。 皆からそう呼ばれているらしいーーをぴこぴこさせている。

「……なに? 呼び出しでもあったのかしら?」

「え? えっと……」

少し睨みを効かせると、すぐにオロオロし始めた双葉さん。

「……そういえば、あなたはどうしてこの学校に居るの?」

「え……?」

「……なに、話せない理由でもあるの?」

「……う、ううん。 ちゃんとあるよ、どうしてここに居たいかって理由は」

先ほどとは打って変わって、真っ直ぐな瞳で見つめてくる。

「……わたしね……何をやっても人並みぐらいしか出来なくて、『ミスアベレージ』なんて呼ばれてるの」

……そういえばそんなアダ名も聞いたことあるわね……

聞くところによると、全ての平均値を常にキープしてるんだとか。

「それで……良い意味でだよ?良い意味で……変わってる、皆と一緒に居たら……わたしも、変われると思って……」

「……それでここに居るの?」

「うん。 戦闘に参加できないわたしなんかが、軍事学校こんなとこに居るのが不相応なのはわかってるよ。でも……」

双葉さんはあたしが言いたかっただろうことを先回りして潰している。空気を読むことも、人の気持ちを理解することもできている。

これで人並みぐらい(・・・・・・)なんて……

「………だったら、どうしてここ(・・)なの?」

気付けば、そう尋ねていた。

「え……?」

「…………ごめんなさい」

席を立って、教室を飛び出した。

……何言ってんだろ、あたし……

これじゃまるで……虐めてるみたいじゃない……

役に立たない生徒コマなんて……居ない。

学校に居る限り……いや、生きている限り(・・・・・・・)、必ず役割があるはずだ。

別に気に食わないだとか、どこかへ行って欲しいわけでもない。

……でも……どうして……よりにもよって……ここなの……?



*********




「失礼します」

「ん? 赤月か。 なんだ、ケンカでもしたか?」

決闘ケンカなんてしてないわ。 ちょっと……色々考えてただけ」

「そうか。 クラスメイトとは仲良くしてやれよー? お前は転校生な上に可愛くてちょっと浮いてんだから」

「それ褒めてないですよね貶してますよね?」

「あぁすまない。 私は小動物が好きでね。 群れないと生きていけない弱さを持って居ながら、群れから離れようとするあたりがキミに似ていてね」

「……本当に教師なの?」

「もちろん。 超美人カリスマ教師とは私のことだよ」

「自分で言ってどうするのよ……」

やっぱりめんどくさい。熊谷先生はいつもこの調子だからたまったものじゃない。

「……遊びもこの辺にして」

満足したような顔で、奥のカーテンを開いた。

「……ライトの容態を見に来たんだろう?」

「はい。 ……まだ、目を覚まさないの?」

「再生治療は成功して、内臓も骨も元通り……なんだけどね」

事後処理に追われて忙しいだろう中、急遽呼びつけた医者と熊谷先生の治療により、ライトの身体自体はどうにか元に戻ったが……

「……絶望因子パラノテクトが原因の可能性があるんだよね」

絶望因子パラノテクト?」

「……つい先日の楽園崩壊事件の発端となった病原菌なのだけど……あの病院に、≪精神崩壊病≫患者が収容されていたのを知ってるか?」

「……ええ。 一応は」

「≪精神崩壊病≫には2パターンの症状は出て……。 1つは発狂状態。 もう1つは……」

「……寝たきりになったの?」

「それもあるが……もっと酷いのは植物状態だ。 何も話さない。何も反応しない。……生きてるのか死んでるのかも分からない状態になった患者もいたそうだ」

「それの原因が……?」

「ああ。一応形式上はそうなってるけど……詳細は不明。 治療法もわからないまま、突然正常の精神状態に戻ったと思ったら……あの襲撃があったそうだ」

「……ヨルムンガンド……ですか?」

「そうだ。 屋上のカメラが音も押さえていてね。 映像はメインカメラが潰されていたせいで回収できなかったそうだが……マイクは無事だったらしい。 それを解析した結果、今回の襲撃事件のモンスターはヨルムンガンドとなったのさ」

「……そうですか」

2回目なんだけど。 この説明2回目なんですけど!?

「真っ先に向かったはずのライトがこれじゃ、その時の状況も聞けないし……」

「………………」

「こいつの妹も居ない。 オペレーターの要請もなかった。 そして……楽園崩壊事件に一番関わっていた彼ももう居ない。 これじゃ情報が少なすぎる」

……ちゃんと調査班を連れて、ケンの回収と現場の再調査をしたんだけどね……

動けない患者を置いていけなかった病院内の医者たちからの情報。 楽園から逃げた住民たちからの情報。

今回手に入った情報はそれだけだった。

「……でも、あれだけ酷い現場だったのに、死亡者は1人だけだったんだよなぁ……」

一向に目を開けないライトの側を離れ、窓のカーテンを開ける熊谷先生。

「どうしてこう……いい奴から死んじまうんだろうな……」

……運命の巡り合わせ。

そう言って仕舞えば楽だった。

不運が重なって……こうなるしかなかった。

……でも、本当にそうだろうか。

あたしの血薔薇の龍は……運命を変えるために授かった力だ。

なのに……この運命を、変えられなかった。

天秤を少しかけ間違えたせいで……大切な命を失ってしまった。

「……あいつには感謝しないとな。 最後の最後まで、仕事をしてくれたし」

「……その解析は、今やってるわ」

……けど……もう失わない。 失わせない。

この失敗は……無駄にしたくない。

これは……ケンからのメッセージなんだ。

「おそらく、モンスターのコアクリスタルの一部……で、間違い無いと思う」

……ちゃんとそのメッセージも、見つけたしね。

まさかあんなものを用意してるとは思ってなかったけど。

「……まぁなんだ……気にするな、とは言えないが……元気だせ。 お前がそんなんじゃ、ライトが起きてくれないぞ?」

「……元気だったらライトが起きるの?」

「……試してみる価値はあるんじゃ無いか?」

「ないわよ!!」

即答していた。

「……冗談はともかく、落ち込んでても仕方ないのは確かだ。 引き続き調査を進めてくれ」

「ええ。 それぐらいはやるわよ。 借りは返さないといけないし」

「ぜひそうしてくれると助かるよ」

最後にライトの冷たい手をきゅっと握ってみた。

……あんたなら帰ってきてくれるって、信じてるから……


*********


保健室を後にし、寮に帰ってきた。

……ケンの部屋はどうなるのかしらね。 荷物とか……誰かが引き取るのかしら……

そんな部屋に≪プラズマ≫でカギを開けて入り、ケンのメッセージを偶然たまたま(・・・・・・)見つけだし、何事もなく去ったのは昨晩の話だ。

……調査してケンの遺体を埋めたのは一昨日。 楽園の修復作業が開始されたのは昨日……

そんなことを思い出しながら、リビングの扉を開けた。

「あ、おかえり」

「ステラ……」

……そう言えばステラが言ってたヒヨの件、曖昧になって終わってた気がするけど……

「……ヒヨ、みてない?」

「いや、それが……一昨日帰って来てから、ずっと閉じこもってるそうで……」

「……その時の服装は聞いた?」

「いや、聞いてないですけど……」

「……そう。 まぁ、そうよね……」

なぜかあの日から、ケンの亡骸を初めて発見したあの時の記憶が曖昧になって来ている。

はっきり覚えているのは……鎮魂歌のような歌が聞こえて来たあたりまで。

それから先は……なぜか靄がかかったみたいに朧げだ。

ケンの遺体を確認した記憶はあるし、そこから出た記憶もあるけど……

その周りの状況はなぜか覚えていない。

断片的に覚えているだけで、他の部分は真っ白だ。

それはステラも同じらしく……

「服装……なんで服装なん?」

「……いえ。 覚えてないなら良いのよ」

……変な病気じゃなかったら良いんだけど……

まるで、何かに関わる記憶(・・・・・・・・)だけが消されているみたいで……不気味だった。

「それで、ヒカリの足取りは掴めたの?」

「……病院で、ヒカリの携帯端末を拾ったんやけど……」

あの日の帰り、ヒカリに電話してみようとかけたところ、ステラのポケットが震え始めたので随分と問い詰めたものだが……

「なんの手がかりも無し。 病院に居た人たちも見てないって……」

「そう……」

楽園から逃げた住民たちは、派遣されて来た討伐部隊に誘導されて非難したみたいだけど……

「……なんで誰もその部隊がどこのかわからんのや!?」

「気持ちはわかるけど……仕方ないわ。 今までそんなのとは無縁の生活をしてたわけだし……」

「おかげでこっちは手詰まりや! 調査にならん!!」

ステラはゴロゴロと転がって手と足をバタバタしている。

「……はぁ。 あとでヒヨのところに行って見ましょうか」

「……無駄やと思うけどな……。 完全に引きこもってるみたいやし……」

「………………」

……あたしにはここまでってことなの……?

あたしには、真相に辿り着く権利はないってこと……?

普通(・・)じゃないあたしは、もう真実を知ることさえ許されないの……?

「……ローザ? 大丈夫か?」

「……ごめん。 ちょっと疲れちゃったみたい。 先にお風呂入ってるね」

心配してくれるステラを置いて、リビングを後にした。



「………はぁ」

ちゃぷん……と、お湯があたしを受け入れて跳ねる。

……瞬間移動イマジナリージャンプ……ね……

あの日、刺されたライトの前に一瞬で移動したあの技は……

……血薔薇の龍ブラッドローズドラゴン。あなたのおかげなんでしょ?

ライトが首から下げていた、あたしがあげたネックレス。

そのネックレスのクリスタル部分が砕けていたことを思い出す。

……あれをエネルギーとして移動したの……?

だが、あの時感じた違和感は、身体が全て消え去る感覚だけではなかったはずだ。

……血薔薇の剣技、大剣なしで放ったわね……

大剣を抜くことも、自分の意志で力を解放することもなく、あの大技を素手で放っていた。

……血薔薇の龍の一時的な覚醒……が、一番しっくりくるかしら……

あそこまでやってのけてしまえば、もうとてもじゃないが人間の為せる技ではない。

……あたしは……とっくに人間を辞めていたのね……

思い返してみれば、普通などあたしには似合わない言葉だったのかもしれない。

……でも、だからこそ……平均的で普通なあの子には……普通なままで居てほしい……

伝えたかった言葉が、頭の中でまとまっていく。

……こんなところは、あなたには似合わない。 あなたには……異常すぎる……

こんなことも素直に言えないのが恥ずかしくなって、頭まで沈んでみた。

でも、全然素直になれる気配も、恥ずかしさが消える気配もなかった。




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