幕間8
前回のあらすじ
→楽園での英雄譚の終結。ライトの敗北。突如現れたローザ。
幕間8
「お願い……もう少し、もう少しだけでいいから……」
背中に伝わってくる、何かが染みてくる感覚。
それは生温かくも、冷たい。
そして、嗅ぎなれてしまった、鉄のような、どこか生臭いにおい。
「……っ! よし、着いたわ……!!」
パキパキバキ――と、剥がれ落ちるような音とともに、≪インビジブル≫が解除されていく。
同時に、すっかり誰も居なくなった学校にたどり着いた。
……この状況でとやかく迷ってる暇はないっ! 熊谷先生なんて怖くないわよっ!!
そのまま屋上に着陸し、背中に担いでいた相棒をそっと寝かせる。
「ライト! ライト! 意志をしっかり持ってッ! 死なないでッ!!」
ポケットに縫い付けておいた≪治癒結晶≫を2つ取り出す。
「≪ヒール≫、≪ヒール≫!!」
続けざまに効果を発動させ、クリスタルが砕け散る。
瞬間、ライトを包む淡い光。
「お願い……間に合って……!!」
意志伝達を促進させるために、ライトの手を取った。
……冷たい……でも、まだ脈はある……!!
あたしのものとは違う、男の子の手。
硬くて大きい……けど、軽い。
いくらあたしが片手でリンゴをリンゴジュースにできるからと言っても、これは軽すぎる。
……せめて致命傷の傷口が塞がれば……!!
そんな軽い手を握り、祈る。
砕けた治癒結晶の欠片と一緒に握って、ただ祈る。
もう、それしかできなかった。
……回復薬を飲めるほどの体力はないでしょうし……悔しいけど、こうするしかないわ……
だが、手から温度が徐々に消えていき、脈も弱く、小さくなっていく。
「こんなことで死ぬなんて、やめて……!! お願いだから、塞がって……!!」
気が付けば、視界がぼやけていた。
ポツポツと膝を濡らすのは……あたしの、涙だ。
「くぅっ……うぅっ……」
傷は完全には塞がってくれないが、それでもかなり出血量は減ったように見える。
「諦めない……諦めないわ!!」
後から後から溢れてくる涙をぬぐい、ライトを抱きかかえて屋上から飛び降りた。
空中展開した翼で減速。 そのまま地を蹴って校舎の中へ。
「先生!!」
飛び込んだのは……保健室。
鍵はかかっておらず、ノックをするのもおこがましく感じたのでそのまま突入。
「ああ。 待っていたよ!!」
開口一番にそう言うと、熊谷先生は手に包帯を構え、あたしからライトを受け取った。
そして素早く胸部の傷口を塞ぎ、ベッドへ。
「どこまで処置した?」
「クリスタルで応急処置を。 それ以外はまだ何も……」
「わかった。 ……大丈夫だからそんな顔するな。 せっかくの可愛い顔が台無しだぞ?」
熊谷先生はよくわからない薬を棚から出したかと思えば、それを躊躇なくライトにかけていく。
……容赦ないのね……というか、それは治療なのかしら……
正直、不安しかない。
「あとは私に任せておけ。 お前はその服を先に何とかしたほうがいい」
「え……?」
言われて気付く。
ライトの血か、あたしのシャツが真っ赤に染まっていた。
鮮血の、真っ赤な血色に。
「………………」
「洗い方なら、よく知っているだろ?」
「ええ。 そりゃあ、まぁ……」
「だったら、早く行ったほうがいい。 固まると大変だからな」
「……あの、本当に大丈夫なんですか?」
つい堪りかねて聞いてしまったが、
「任せておけ。 私はこう見えて、腕利きの美人衛生兵の端くれなんだぞ?」
と言って笑うだけだった。
「端くれ……」
「ははっ、冗談だ。 免許はあるし、心臓がちゃんとあるから、死にはしないよ」
「…………」
……もうこれ以上話すのはやめよう……
安心するどころか、ますます不安になるってどういうことなのよ!?
「……わかりました。 では、お任せします」
「ああ。 任された。 こういう時くらい、教師を信用してくれよ?」
「……別に、信用してないわけじゃないですから。 でも……頼みます」
これ以上ここにいても、あたしにできることは無い。
そう確信させられたあたしは、教室を後にした。
……ライト、ちゃんとあたしのブレスレット、着けてくれてた……
血で濡れたシャツをつまみながら、トボトボと廊下を歩く。
……肌身離さず持っておいてって言ったの、覚えててくれたんだ……
だが、そのブレスレットの結晶部分が砕けていた。
まるで効果を発揮したインスタントクリスタルのように、粉々に。
……もしかして、さっきのアレって……
その時、突然吹いた夜風に、思わず身を竦めてしまう。
「……………」
いつの間にか日は落ちて、煌々と輝く月が顔を出していた。
海と空で、赤と蒼のグラデーションで彩られているが……素直にそれらを眺める気にはなれない。
……血薔薇の龍……あなたは、いったい何者なの……?
頭の中は、疑問でいっぱいだった。
……あたしは……一体、何者なの……?
けれど、答えは出ない。
……ねぇ……教えてよ……
そんな疑問の海に、沈んでいく。
何もかもが、わからない。
もう……何もかもが。
*********
「ただいまー……」
いつの間にか寮にたどり着いていた。
まだ頭はもやもやするが……それはいったん後回し。
まずはライトのことをどう説明するか――
「……カスミ?」
――なんて思考は一瞬で停止してしまった。
「ちょっと!? あんたまで倒れられたらあたし……っ!!」
リビングの中央で倒れているカスミを抱き起す。
「……う、うぅん……?」
だが、先ほどと違って温かい。
確かな体温がそこにあった。
「カスミ! しっかりして!」
「ん…………あれ? ローザ……って、そうやないっ!!」
「な、なに!?」
「ひ、ヒヨが! あいつが突然ブワーってなって、ピカピカーってしたと思ったら――」
「お、落ち着いて! 情報量が少なすぎるわ!」
「……ごめん。 ちょっと混乱してたみたいやわ」
深呼吸をして、カスミは立ち上がる。
「順番に話してくれる?」
「……まずウチは、隊長さんが連れてきたヒヨの看病を任されたんです」
「それで?」
「隊長さんはヒカリを連れて、あの悪魔の討伐に行きました」
「あぁ……あれがその悪魔……」
ちょくちょく話にあがっていた、激情の悪魔。
それが今回出現したモンスターだったのだろう。
「見たんですか? よくそれで無事に……いや、無事やありませんか……」
あ、そういえばまだ服洗ってないや……
「こ、これは違うわよ!? あたしのじゃなくて、あいつの……」
「た、隊長さんがどうかしたんですか!?」
ぐいっ、とカスミの顔が迫る。
「え、ええ……ちょっと間に合わなかったみたいで……」
「え……?」
「あ、い、いや、変な意味じゃないのよ!? 死んでなかったし、治療も十分にやったはずだし!!」
「そ、そうですか……」
ほっ……と胸をなでおろすカスミ。
……危ない危ない……勝手に殺すところだった……
「あれ? そう言えばヒカリは一緒やないんですか?」
「あ、あれ? そう言えばそうね……」
あたしがあの方法で転移した時には、ヒカリはもう居なかったように思えたけど……
「……嫌な予感がするわ」
「……奇遇やな。 ウチもやわ」
それ以上何も言わずとも、取った行動は同じだった。
「ヒカリはともかく、ヒヨはどうしたのよ?」
「移動しながら話します!」
あたしが翼となってカスミの腕を握り、カスミは空中ブランコの姿勢だ。
これぞ、移動式空中ブランコ!
「それで、看病任されてあいつらが討伐に向かって、その間あんたは何してたのよ?」
「それからヒヨに頭痛薬飲ませたりしてたんですけど……」
町中の住人が避難しているせいか、今夜はやけに暗い。
月明かりが無かったら何も見えなかったかも……
「……急に呻いたと思ったら、頭のカチューシャに手をかけて……」
「……それで?」
「あとはブワーッとピカピカッてして、気づいたらローザが目の前に……」
「……そのブワーッとのところを詳しく聞きたいのだけれど」
「ごめん……実はそこだけ記憶が曖昧で……」
「曖昧……?」
「全体像は掴めないんやけど……所々ぼんやりと憶えてるだけなんです」
「憶えていることだけでいいから、聞かせてちょうだい?」
「えっと……まずヒヨが急に知らない人みたいになって……服が……ドレス?で……」
「ドレス?」
「うん。 黒い……ちょうどこんな夜空みたいな服やったかな……」
カスミにつられて上空を見上げる。
……そう言えば、屋上であんなことがあったあの夜も、こんな風に綺麗だったな……
思い出して、恥ずかしくなってしまう。
今となっては、忘れたいけど忘れたくない思い出だ。
「……それだけ?」
「……それだけやな」
「そう……わかったわ」
「わかったん!?」
「何もわからないことがわかった」
「あ、う、うん……」
結局、何一つはっきりしたことはわからなかった。
「さて……そろそろあの病院が見えてくるはずだけど……」
「……悪魔がいる気配は……なさそうやな……」
気配はおろか、人影一つない。
あるのはひび割れた屋上と、グラウンドに開いた大穴だけだ。
「……この穴は何?」
「ウチに聞かれても……」
トンネルでも掘ったのかと思うほどの穴を、上空から覗いてみる。
月明かりが射角的に入り込んでくれるので、少しだけ中の様子が見える。
「……降りてみる?」
「いや、まずはヒカリを……」
「……そ、そうよね! わかってるわよ!」
腕が怠くなってきたとの事なので、カスミを一度降ろして、病院の周りを歩いてみる。
だが、屋上に縛り付けておいたはずの悪魔も、行方知らずのヒカリも見つからなかった。
「……はぁ。 一体どこに行ったのかしら……?」
「うーん……悪魔が連れ去った……って可能性は、ないか……」
「ないの?」
「ないと思うで。 あいつは一度出会ったら、全員がその場にいなくなるまで引かないやつやったから……」
「そ、そう……」
何が目的だったのだろうか。
ライトを殺す事? それならあんな甚振るような殺し方はしないはずだ。もっと迅速に殺せるはず。
自分のクリスタルを奪いに来た? それなら目的は達成できていないはずだ。 ビームサーベルはまだあたしが持っている。
「……全員、居なくなったから去った……ってこと?」
「多分……その可能性が一番高いと思う」
だったら……ヒカリはどこへ行ったのだろうか。
他界したなら、亡骸ぐらい残っているはずだ。
「……まぁ、ヒカリのことだし、ゴキブリみたいにどこかで生き延びてるわよ」
「ど、どうしてそんなことを……まぁ、否定はできませんが……」
ヒカリは見た目こそ引きこもりの病弱ヒロインだけれども、生命力と速さだけは保証できる。
ライトにあれこれ話を聞いて、それを思い知らされたのを思い出す。
「……なんだかんだ言って、今まで割と無傷で帰って来てたし、引き際を知ってたのかもね……」
「………………」
「……なによ。 確かにあたしがあの子の事をあれこれ言うのは立場違いだとは思うけど……」
「い、いや、そうやなくてやな……」
カスミは何かを言い淀んでいるようだが……
「……ううん。 ヒカリなら大丈夫や。 お腹空いたら戻ってくるやろ」
「そうよね。 きっと大丈夫よね……」
……そう。きっと大丈夫。 ライトなら、絶対に彼女を逃がしてくれる。 そのはずだから……
あのお人好しのことだ。 自分が身代わりになってヒカリを守ろうとするだろう。
「……じゃ、穴の調査と行きますか!」
「ええ、そうね」
ヒカリのことは、信じて帰り待つことにした。
気を取り直して調査を続ける。
「……結構深いなぁ……」
「真っ暗ね……月明かりもさすがに……」
と思ったが、移動式空中ブランコで降りていくと……
「……あら? この先ってまさか……」
クネクネとしていたが、月明かりはギリギリ届くらしく、穴に貫かれた地下鉄の線路や地下道路が見える。
そしてこの深さ。あたしの脳内マップが正しければ……
「……やっぱり、地下楽園!」
謎の熱が伝わって来たと思ったら、火事が起きているらしい。 地下楽園に入った途端、火の手が上がっているのが見えた。
「あ! ローザ! あれ!」
「え?」
カスミが足で何かを指すのでそちらをみると……
「誰か居る……? ……うん? 何か聞こえない?」
「……ほんまや。 なんやこれ……音楽?……な訳ないし……」
地下楽園の地上が近づいてくると同時に、轟々と唸る炎の音に紛れて聞こえる声も、大きくなっていった。
「……歌……?」
どこかで聞いたことのあるリズムで紡がれているのは……紛れもなく、歌だ。
「………『英雄』?」
「え? なんやて?」
「ほら、クラシック……と言うか、合奏曲の……あれよ!」
「あれ? あれって歌なんかありましたっけ?」
「詳しくはわからないけど……所々、それに似た旋律が聴こえるのよ」
よほどの編曲が施されているらしい。勇ましい曲調でありながら、どこか儚げで寂しい……そんな歌だ。
「……何て言ってるかわかります?」
「……『私はあなたの歌姫』……?」
「分かるんですか!?」
「ええ。 でもどうして……」
歌い手の姿は見えないが、どこからともなく聞こえてくる曲と歌。
まるでそこで演奏会が行われているかのような錯覚に襲われる。
「……『英雄は唄われる。 その唄はその地を照らし、その唄はやがて英雄になる』……?」
「なんやようわからん歌詞やな……」
「……英雄ねぇ……」
誰に向けるでもなく唄われるその歌は、短調気味で……
……まるで鎮魂歌みたいな……
「……なぁ……ローザ」
地に降りて、さっきカスミが指したその場所に着いたが……
「あれって……」
「………………」
穴はもう一つ空いていた。
おそらくその穴から注がれているのだろう……月光が、それを照らしていた。
最後に楽園に来た時とは状況があまりに変わりすぎているとは思っていた。
たかが穴が空いたぐらいでこんな事になるとは思えない。
こんな穴が開くほどの何かが、ここであったんだ。
「………ケン?」
「え………?」
「………………」
……やっぱりあれは……ケンだったんだ……
通信機でコンタクトを図ろうとした時、繋がって聞こえて来た声。
……あの声……あの音が本当にケンのところから聞こえてきたのなら……
「……ちょっ、ローザ!?」
瓦礫に埋もれるようにして座り込んでいる彼に近づく。
「………ケン?」
問いかけてみた。
けれど、返事はない。
「……ほんまに、ケンなんか?」
後から追いついて来たカスミが困ったような顔をしている。
……無理もないわ。 身体の半分は潰れちゃってるし……
視線を移すと、足元に彼のものと思しきメガネのフレームが落ちていた。
……でもこの潰れ方……一体誰が……
『……英雄は楽園に一人。その命をもって楽園を守る。今、その命を解放せん……』
歌が……終わった。
不気味なほどの静寂が訪れる。
「……帰りましょうか」
「え? もういいんですか?」
「ええ。 やるべきことを……見つけたの」
やっぱり何もわからなかったが……一つだけ、わかったことがあった。
……ケン。あとはあたしに任せて、今は休んでいてちょうだい……
胸の前で十字を切り、冥福を祈る。
……あなたが守ったもの、必ずあたしが守ってあげるから……
ふと、視界の端に視線を感じて横目で確認すると、
『……………』
住人の生き残りだろうか。 漆黒の長い黒髪に、夜空のように煌びやかなドレスに身を包んだ少女。
その少女が唇に人差し指を立てて『静かに』のポーズ。
その顔は涙で濡れているようだが……笑顔だった。
「……行くんやないんですか?」
「……今行くわ」
心なしか笑顔なケンに背を向け、その場を後にした。
何もわからないまま、たった一つの答えを手に。




