チャプター 7-8
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「屋上って、どこの屋上だよ……」
楽屋でトライアドシャインズと記念撮影したりしていたら、いつの間にか21時になろうとしていた。
……くそっ……学校の屋上じゃないのかよ……
やたらとカップルが多い学校の屋上。
かなり暗くなってきたせいか、なんだかここに居てはいけない気がしてくる。
……雰囲気に飲まれそうだ……
見てはいけないなにかを見そうなので、さっさと屋上から去ることにした。
「屋上……屋上ねぇ……」
イベントもそろそろ終盤。
徐々にこの島と街の明かりが消えてきている。
「……俺が入れる場所で、屋上って……」
暗いのを良いことに、ウィングを展開して空へ舞った。
今日は三日月で、星がいつもより輝いているように見える。
七夕には欠かせない天の川も、ぼんやりとだが見えた。
……一年に一度の約束……一年に一度の再会……
まるでプラネタリウムの中にいるような、そんな錯覚を覚える。
……織姫と彦星は再会を果たして、何を話したんだろう……
そんなことをぼんやり考えながら、サーチャーを探索モードに。
『マスター! ポイント、映します!』
トルが画面に探索結果を表示してくれる。
……やっぱり、そこに居たか……
翼を翻し、全速力でそのポイントへ向かった。
……俺には彦星なんて、務まらないな……
*********
「ごめん! 待ったか?」
俺はウィングを仕舞って着地し、フェンス側へ歩く。
学生寮棟屋上。
ここは人気も無く、暗くて静かだった。
「……いえ。 時間ぴったりよ」
低いフェンスに手をかけて、ぼんやりと佇む1人の少女。
夜風に彼女の髪が靡いている。
「……それで、どうしたんだよ? わざわざ呼び出して……」
ローザが俺の声に振り向く。
彼女の目はもともと赤っぽいが、なぜかその目はいつもより赤かった。
「……その……上手い聞き方も思いつかなかったから、単刀直入に聞くわ……」
今のローザは髪や目だけでなく、顔まで赤くなっている。
……なんだ……何を聞かれるんだ……?
わざわざこんなに改まって聞かれるようなことがあったか、頭の中で先ほどまでの行動を思い返す。
……ヒカリたちのことか? それとも、ステラがなにか吹き込んだ……?
ジークさん関連のことは、ステラが何か言ってない限り話題にならないはずだ。
会計としての仕事は七夕祭が終わってから集計をするだけで、他の仕事は全て終わらせたはずだ。
……あれか、ヒヨが作った焼きそばの作り方か……? そんなことは本人に聞くべきだろ……
どうにも混乱し始めているらしい。
考えがまとまらない。
「あの……ね……」
ローザが言い辛そうに呟く。
そして俺の目をまっすぐに見ると、重い口を開けた。
「……ライトは、す……好きな人とか……いるの……?」
その質問が俺の耳に届いてから処理するまで、少しの時間を要した。
「え……!?」
「だ、だから……!! 好きな人が、いるのかって、聞いてるの!!」
よほど恥ずかしいのだろう。涙目になりながら、足で地面を蹴っている。
「え、えっと……」
「…………」
まるで合格発表を待っているかのように、俺をじっと下から見上げてくるローザ。
……好きな人……好きな人……?
俺のことが好きだと言ってくれた、あるいは言ってくれる人は、何人か思い当たる。
だが、俺はどうか。
相手が愛おしくて堪らなくなったことが、あったのだろうか。
……あった……のか……? だからそんな質問を……?
俺自身、守りたいと思うことは何度もあった。
壊したくない。傷つけたくない。
そう思うことは何度だってあった。
でも、ずっと一緒にいたいと、その人のそばにずっといたいと、思ったことなんて……
……思ったこと……ある……よな……?
それが好きという感情なのか、所謂恋というやつなのか。
……そう……なのか……?
正直、そういう話は何度もゲームなんかで見たことはある。
だが、実際にその立場に立ってみると、全然わからないものだ。
「……いる……と、思う。 うん……いるよ」
この感情が、好きというものなら。
この思いが、願いが、好きというものになるのなら。
俺はそれの対象を、持っているはずだ。
そしてそれは……
「……そう。 じゃあ、えっと……」
俺の答えにさほど驚いた様子を見せないローザ。
彼女の眼光は一つも揺るがず、俺を射抜いている。
ここでローザは一度息を吸い、目を閉じた。
そして、どこか諦めたように、微笑んで見せた。
「……その人は、あたしじゃないんでしょ……?」
今にも泣きそうな彼女の笑顔。
それは、俺が望んだ表情ではなかった。
「……あんたは……あんたには、ずっと思い続けている人が、いるんでしょ……?」
待て。
待ってくれ。
どうしてそんな話になるんだ……?
「ど、どうしてそんなこと……」
「……あたし、見たの」
「え……?」
「あんたが、告白されてるところ……」
……まさか……リリとの会話を……?
「い、いや、あれは……」
「いいのよ。 あんたの本心に気づけなかった、あたしが悪いんだし……」
ローザの目に溜まった雫は彼女の頬を伝い、ぽつぽつと落ちていく。
「……本当は、あたしだって……」
……マズイ……このままじゃ……
そう思ったときには、もう動いていた。
「……え……!?」
「…………」
ローザを落ち着かせるように、やさしく頭を撫でてやる。
逃げてしまわないように、ぎゅっと抱きしめたまま。
「……俺とリリは、そんな仲じゃない」
「で、でも……」
「確かにあいつは俺にとってかけがえの無い存在だ。 でも、お前が思っているのとは少し違う」
「それって……」
……そうだ。 俺はあいつとは……
俺はローザの肩を掴み、目を見つめた。
「……俺にとって本当に大切なのは、お前だ」
「!!」
ローザの肩がビクッと震える。
「俺はお前を失うわけにはいかないし、お前に傷ついて欲しくなんてない」
「…………」
「……それだけじゃ、不十分か?」
思いは昔も今も変わらない。
ただ、大切なものを守りたい。
それだけだ。
「……ありがと」
ローザは顔が見えないように、俺の胸に顔を埋める。
「……でも……もう少し違う答えが聞きたかった、かな……?」
ローザは涙に顔を濡らしながらも、顔を上げて、笑った。
「……それで、話はそれだけじゃないんだろ?」
屋上の花壇に腰をおろし、ローザに頼まれたので手を握る。
これで大剣を振ってるのが信じられないようなほど華奢な手だ。
少し力を入れたら壊れてしまいそうだ。
……正直恥ずかしくてたまらないけど、まぁ、悪くないな……
「……切り替えが早いというか、なんというか……」
ローザに呆れ半分、といった感じの視線を向けられる。
「まぁ、いいけど」
ローザはため息をつくと、真っ暗な空を見上げた。
「本当は、あんたと二人で星を見たかったの。 今日は流れ星も見えるって言ってたし」
「なんだ。 そんなことか」
「そ、そんなことってなによっ!」
「い、いや。 それぐらい、普通に言ってくれればよかったのにって」
「うぅ……。 だって、なんだか恥ずかしいじゃない……」
「そ、そうか……?」
呟いて、俺も上を見る。
いつもに増して輝く星が、数え切れないほどちりばめられていた。
「……実際、どこまで見たんだ?」
「な、なにが?」
「俺のあとでもつけてたんだろ?」
「う……そうだけど……」
「…………」
……否定しないのか……
ローザは息を大きく吐くと、気まずそうに呟いた。
「あんたがお兄ちゃんと森に入っていくところから、全部」
「……そうか」
「最初は全然、そんなつもりはなかったんだけど……」
「……わかってるよ」
ローザの手に少しだけ力をこめる。
ローザは安心したのか、頬を緩めた。
そして、思い出したように口を開く。
「……お兄ちゃん、何か言ってた? さすがに声までは聞こえなくて……」
ああ見えて、ローザの大切な家族だ。ローザも気になるだろう。
「未来を変えられるか聞いたんだ」
「そしたら?」
「『やれるものなら、やってみろ』……だってさ」
ローザはふふっと笑った。
「お兄ちゃんらしいわね。 全然変わってないみたいで安心したわ」
……おう……いつもあんな感じなのか……
「あ、流れ星!」
ローザが天を指差す。
すると、数個の光の筋が空を駆けた。
「……願い事なんて、あんな一瞬で言えっこないな」
「まったくよ……」
……そういえば、願い事といえば……
「そうだ。 結局ローザは、短冊に何て書いたんだよ?」
「ふえぇ!?」
俺の唐突な質問に、ローザが少しはねた。
そのとき、ローザの胸ポケットに何か紙が入っているのが見えた。
俺はすかさずローザの手を離してそれを奪い取る。
「あ! か、返しなさい!」
紙を逆の手に持ち替え、ローザの額を手で押さえる。
これでローザはこれ以上近づくことは出来ない。
俺は折りたたまれたその紙を広げる。
その紙は予想通り、短冊だ。
「なんだ。 まだ持ってたのか……ん?」
「あ、あ……」
ローザは諦めたのか、抵抗をやめる。
そこに書かれていたのは……
「『気持ちをちゃんと伝えられますように』……?」
ローザの方を向くと、
「…………」
真っ赤になって俯いてしまっていた。
「えっと……?」
……ここは謝るべきなのか? やっぱり、俺が悪いよな……?
「……あたしも」
「え?」
ローザは大きく息を吸い、だが、どこか頼りなく、こう叫んだ。
「あたしも、あんたのこと、だ、大好きなんだから……っ!」
俺がその台詞を理解するのに、数秒を要した。
「……は?」
「う、うぅ……」
頭から湯気が出るほど真っ赤になったローザは、エンストしたかのように動かない。
「えっと、その……」
リリへの思いが、ヒカリへの思いが、ヒヨへの思いが、それぞれ違うものだとして。
俺はローザのことを、どう見ていただろうか。
パートナーとして、依頼主として、あるいは保護対象として。
どう思っていたんだろうか。
……俺は……
「……ありがとう。 ローザ。 そんな風に思ってくれて」
……大丈夫だ。 もう失わせたりなんてしない……いや、もう失わない……
「……俺だって……俺だって、好きだよ」
これが俺の本心かどうかなんて、俺自身にもわからない。
そう応えてよかったのかさえも。
だが、リリへの返答とは、明らかに違うものを感じた。
それだけで、十分なのかもしれない。
俺が、ローザの側にいる理由は。
「ライト……っ!」
星の降る夜空の下。
俺たちは互いの気持ちを確かめるため、深く、深く口付けをした。




