チャプター 6-8
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「……言いたい事はたくさんあるが、これだけは言わせてくれ」
再び眠りについてしまったヒカリを抱えて、学校の保健室へクエストの報告をしにもどってきたところ、まずそう言われた。
「おかえり、ライト」
「あ、ああ。 ただいま……」
予想の斜め上を行く発言に、少し戸惑う。
「……後処理は任せておけ。 だからお前はさっさと寮にもどって休むんだ。 いいな?」
「えっと、傷の手当とかは……」
このままではろくな治療もせずに帰ることになってしまう。
「これでも飲んでおけば、直に治るだろ」
そう言って渡してきたのは、赤色の液体が詰まった小瓶。
……って、回復薬かよ……
どうやら手当てをしてくれるつもりはないらしい。
「ま、これに懲りたら、無茶は今後しないことだな」
俺の反応に満足したように、熊谷先生が微笑む。
「さぁ、帰った帰った」
俺が反論する隙も与えず、保健室の外へ放りなげられてしまった。
「……まぁ、いいか……」
さて……と、気を取り直す。
「とりあえず、ヒカリをどうにかするか……」
さすがに何十分も抱えたままだと、腕がだるくなってきてしまう。
「……傷の手当も必要だけど、まずは洗うところからか……」
俺もヒカリも汗や雨でぐしょぐしょな上に、泥だらけだった。
「......すぅ……すぅ……」
静かな寝息を立てて眠ったままのヒカリ。
体温は徐々に戻りつつあるらしく、少し温かい。
この熟睡度だと、しばらくは何をしても目を覚まさないだろう。
……そういえば、ヒカリをどうやって洗わせればいいんだ……?
ふと、素朴な疑問に行き着く。
眠っている人に自力で洗わせる……なんてことは当然ながら出来ない。
だが、泥まみれの状態で放置するわけにも行かない。
……そうだ、ローザが帰ってたら……
叩き出した安全策を実行するため、フォトンウィングを展開して、すっかり暗くなった空へ飛び立つ。
「あれ……?」
いつもより暗いと思ったら、街明かりがほとんど灯っていなかった。
「……そっか、まだ警報が解除されてないのか……」
空を見上げた。
まだ雲がかなり覆っているが、隙間から顔を覗かせる月が、いつもより明るく見えた。
よく見ると、月から離れたところに、ぽつぽつと星が見える。
「こんな夜は、いつぶりかな……」
ヒカリに見せてやれないのは少し残念だが……
……まぁ、見せれても、忘れちゃってるかもだけどな……
「…………」
ヒカリの天使のような寝顔を眺めて、ため息をついてしまう。
思い返せば、ヒカリがこの代償に苦しむ原因を作ったのも俺だった。
育成場で軟禁状態だった俺を探して、ヒカリが無謀にも1人で育成場へ進入しようとしたことがあった。
あそこは戦場の最前線で、3歩歩けばモンスターと遭遇する勢いでモンスターがあふれていた。
そんな中に、ろくな武器も持たずに突入してくるという行為がどれほど無謀なことかは、火を見るより明らかだろう。
……どうしてお前は、それでも……
何度問い質したかわからない。
だが、返ってくる答えはいつもこうだった。
「『兄さんを、愛しているから』 か……」
あいつはもう、俺たちが本当の兄妹であることを忘れてしまっているようだが、従兄妹だと言われても不思議じゃないほど俺たちは似ていない。
そんな事情もあってか、合法だと主張するヒカリ。
「……そりゃ、兄妹って壁がなければな……」
そこまで考えた時、ふと脳裏に映った2人の顔。
……今は、もう少し悩まさせてくれよ……ヒカリ。
*********
部屋にもどるも、肝心のローザが帰ってきていなかった。
「……嘘だろ……」
思わず呟く。
「......くぅ……」
ヒカリはあいかわらず眠ったままだ。
……考えろ、俺……!!
とりあえずわかるのは、このシャツやズボンやスカートをこのまま洗濯機に突っ込んだら、確実に洗濯機が泡を吹くということだ。もちろん故障的な意味で。
……だったらもういっそ、このまま風呂場に行くか……?
そうすれば、服の泥も落とせて髪も洗えて一石二鳥。
さらに、ヒカリを脱がすというリスクの高いイベントをこなさなくて済む。
……そうと決まれば、さっさと行くぞ……!!
濡れた足のまま廊下を駆け、浴場の扉を押し開ける。
ヒカリをタイルの上に、浴槽にもたれさせて座らせた。
俺はポケットの中身を全て浴場の外へ投げ置き、電子機器や武装の類も横に並べる。
ローザから貰ったネックレスだけは、約束なので外さずに首にかけておく。
最後にベルトを外し、ヒカリのほうを見た。
……そうか、ヒカリの電子機器も外さないと……
ポケットと腰周りを手で探る。
クリスタルホルダーやビームサーベル、電子生徒手帳。
そして、ポケットから皺くちゃになった紙切れが。
……なんだこれ? 何かのレシートか?
それにしては少し大きい気がする。
出てきた品々を俺の荷物の横に置き、俺はそのままさっと胸ポケットやブレザーの中も確かめ、機器の類が無いことを確認した。
……さすがに、やばい物は出てこなかったな……
ほっと胸を撫で下ろした。
「さて……」
蛇口をひねり、シャワーからお湯を出す。
ヒカリの顔にかからないようにして、自分のシャツとズボン、髪をお湯で洗い流した。
傷口はもうかなり塞がっており、滲みても思っていたよりは痛くなかった。
水分を含んでさらに重たくなった服を脱ぎつつ、シャワーをヒカリのほうへ向ける。
黒ニーソから洗って、スカート、ブレザーと洗い流していく。
……これって結局、脱がせなきゃダメじゃん……
いまさら気づき、嘆息しながらニーソを脱がす。
「…………」
よく見なくてもわかる。
ヒカリの白くて健康的な肉付きの足がどれだけすばらしいかなんてわかっている。
そう言い聞かせ、何も考えないように自分を律する。
ブレザーを脱がし、泥まみれの長い髪を洗ってやる。
そこで、ブレザーを先に脱がせたのが失敗だったことに気づく。
……うわ……透けて見える……
普通に見るよりも、どこか扇情的に映る。
……いやいや、そんなこと考えてる場合か……
頭を振って、気を取り直す。
髪を纏めていたリボンを外し、ヒカリの腰まで届く金髪を手櫛で洗う。
汗の匂いとヒカリの匂いが俺の鼻腔をくすぐる。
……作業的に、作業的に……
自分の妹のものとは言え、女の子の服を脱がすと言う行為は、さすがに緊張してしまう。
いまさら震え始めた手でシャツのボタンを外していく。
そのまま視線を下げてスカートのホックに手をかけ、下ろす。
足からスカートを、腕からシャツを、それぞれ抜き、俺の衣類と一緒に洗濯機へ投げ込み、代わりにバスタオルを手に取る。
ここまでしても目を覚まさないヒカリの身体にバスタオルを巻いて、下着を視界から隠した。
そして残るタオルを使って身体を軽く拭いてやり、髪を丸めてタオルで包んだ。
……これでよし……
無事に作業をクリアし、額の汗をぬぐう。
俺も付着した水分を軽く拭いて、再びヒカリを抱きかかえた。
身体が冷えないうちにヒカリを寝室まで運び、ヒカリをベッドへ寝かせた。
「......へくちっ」
視線を外した瞬間、可愛いくしゃみが聞こえた。
「......あれ? 兄さん?」
「ちょっ……って、そうか、下着が……」
バスタオルが捲れて焦ったが、思い過ごしだった。
「......あれ……寝ちゃってたのか……」
ヒカリはそう呟くと、
「......兄さん、寝巻き取ってきて。 替えのパンツとブラも」
「……しょうがないな……」
まだバスタオルを腰に巻いただけの俺はヒカリの部屋に侵入し、タンスから適当に寝巻きっぽいのと下着2種類を引っ張り出し、すぐにもどった。
「......うん。 兄さん、ありがと」
まだ寝ぼけてるのか、ふらふらとブラのホックに手をかけ始めたヒカリ。
「あ、ああ。 もうお前は先に寝てていいからな!!」
このままだと着替えショーを見せられることになるので、それだけ言い残して寝室の外へ避難した。
「……はぁ……」
扉を閉めて、ため息をつく。
「……俺も着替えないと……」
自室にもどり、ハンガーにかけていた替えのシャツとズボンを手に取り、腕と足に通した。
「……うん?」
部屋を出て、放り出したままの電子機器やらを整理しようと浴室へ再び歩き出したとき、リビングで何かが蒼く光っているのが見えた。
リビングへの扉を開けると、
「あ、ライト!! ちょうどいいわ。 あんたも来なさい!!」
「え? ローザ!?」
「これよ! この蒼い結晶のすごいところ、見せてあげるわ!」
いつになくローザは興奮している。
「ほら、行くわよ! 転移!」
再び蒼い光が視界を覆い、身体から重さを消していく。
……今、聞いちゃいけないワードが聞こえた気がしたんだが……?
「しっかり掴まってなさい!」
そのセリフを最後に、俺の視界は一気に暗転した。




