チャプター 6-7
7
「あの……そろそろ銃を下ろしてくれないかな?」
「お断りします」
「何か誤解してるんだって……」
「口を噤んでいなさいと言ったはずです」
「…………」
非常に困ったことになった。
機動装甲部隊がコンタクトを取ってきたのだ。
俺が助けた少女を奪還するために。
「(ちょっとライト……どうするつもりなの?)」
「(そう言われてもな……)」
「何をコソコソと話しているんです?」
目の前に、機動装甲のビームライフルが突きつけられる。
「……もう一度聞きますが、アイリスを連れて、何をしようとしていたのですか?」
「いや、俺はただ……そのアイリスとかいう子を助けただけで、どうこうしようなんてこれっぽっちも……」
「……あんたそれ、ただの言い訳になってるわよ……」
隣でローザが呆れたように呟く。
「それなら、アイリスを連れてどこへ行っていたのですか? どうせ……は、破廉恥なことでも、していたのでしょう?」
「アホか!! 何をどう間違えてもそんなことしないって!!」
「……ただ単に、雨の当たらないところへ移動させただけよ。 それはあたしが保証するわ」
ローザが助け舟を出してくれる。
「そう……ですか……」
……このままだと埒が明かないな……
どうしたものかとトーラスの方へ目を向けた時、再び地面が大きく揺れ始めた。
「――っ! まだ動けるの!?」
動揺した機動装甲部隊の隊長と見受けられる少女のビームライフルの銃口が逸れたのを、俺は見逃さなかった。
「行くぞっ!!」
「えぇ!?」
ローザの腕を掴み、フォトンウィングを展開して、その場から離脱する。
「あ、ちょっと!! 待ちなさい!!」
ビーム光線が俺たちを狙うも、地面が揺れているせいか、掠りもしなかった。
「……逃げて良かったの?」
「今はあいつらに構ってる場合じゃないだろ?」
「……あんたがそれを言うの……?」
「…………」
ブーメランとはこのことだ。
「あと……そろそろ離してよ」
ローザが少し顔を赤くして言う。
「あ、ご、ごめん……」
慌てて掴んでいた腕を離した。
「謝ることないわ。 大丈夫だから」
すぐさま翼が展開され、隣にローザが並ぶ。
「あ、ああ……」
俺は頭を振って、髪を伝う雨粒を払った。
……普通に考えれば、揺れの原因は間違いなくトーラスだろう。
徐々に起き上がってきているように見えるのが、なによりの証拠だ。
「ねぇ、あれって……」
ローザが指差す方を見ると、俺とローザがつけた足の傷口から、多量の煙が発生しているのが見えた。
「≪自己修復≫……忘れてたぜ……」
人員を回収して帰投するだけだと思っていたが、どうもそういうわけにもいかないらしい。
「おい、ヒカリ!! 大丈夫か?」
トーラスの頭部へ舞い降りた俺たちは、ヒカリを見つけ、状況を確認する。
「......あ、兄さん……」
片膝をついて、揺れに耐えていたヒカリに肩を貸す。
ヒカリの体はかなり冷たかった。
「......先輩たちは、トーラス撃退のために、向こうで待機してもらってる」
息も絶え絶えのヒカリはそう報告すると、何かを取り出し、装備した。
「......ポル、トル。 解析は終わった?」
「え……?」
よく見るとそれは、俺のサーチャーだった。
『はい! バッチリですよ!!』
『......精度は98パーセント』
「ヒカリ……いつの間に奪ったんだ?」
「......≪神速≫を使った瞬間」
……全く気がつかなかった……
一呼吸置いて、ヒカリが口を開く。
「......兄さん。 よく聞いて」
「なんだ?」
「......トーラスの弱点は、頭部よ。 だから、わたしが≪神速≫で角を折って重力場を消滅させた瞬間に、トーラスの頭部にあるコアをぶち抜いて欲しいの」
「……角を折るだけなら、遠距離武器でも……」
ヒカリは静かに首を振る。
「......超重力場内じゃ、先輩たちだってろくに動けてなかったし、遠距離攻撃は全て、飛んできた岩石で封じられてた」
「……でも、これ以上その能力を使ったら……っ!?」
ヒカリが指を立てて、俺の口を塞いだ。
「......今はまだ、兄さんのお嫁さんなんだから、もう少し、わたしを頼ってよ……」
「…………」
……まだ、憶えていたんだな……
ヒカリは目に涙を浮かべ、優しく微笑んだ。
「......もう、これで、終わらせるから」
フラフラと立ち上がり、俺の手にサーチャーを押し付けた。
「……頼む、ヒカリ。 頼めるのは、お前だけだ」
その手を握って、サーチャーを回収する。
「......うん…………」
ヒカリは声にせずに6文字の言葉を紡ぎ、重力場の生成と同時に飛び出した。
俺は膝を折って身体を支え、重力場消滅の瞬間を待つ。
「……ローザ。 追撃準備だ」
「……ええ」
空気を読んでくれてたのか、黙ったままだったローザは、大剣を杖にして重力に抗っていた。
「……タイミングの指示は、任せるわよ」
「ああ。 わかってる」
重力によって勢いを増した雨が、俺たちを打ち付ける。
後ろで待機していた先輩たちも、俺たちが構えたのを見て、戦闘態勢に入ってくれる。
「......はぁッ!!」
視線をあげると、石のつぶてを斬り伏せてトーラスに肉薄するヒカリの姿が。
「......≪天風天命流剣術≫」
トーラスの噛みつき攻撃を、飛翔して躱したヒカリは、剣を構える。
「......≪五月雨≫!!!!」
16方向に閃光が煌めき、トーラスの頭部を切り刻んだ。
首から先が水風船を割ったように弾け、中から巨大なコアクリスタルが姿を現した。
瞬間、重力場が消え去った。
「今だぁぁぁあああああ!!!」
俺は全力で叫んでいた。
その叫びに呼応するように、俺たちの全力攻撃がコアクリスタルへ放たれる。
後方からいくつもの銃弾や光線が空を駆け、コアを捉えていく。
「≪雷切≫!!」「≪血薔薇の衝撃≫!!」
俺とローザが技を放ったのは、ほぼ同時だった。
技を放って地上に降り立った時、地面を震わすほどの炸裂音を響かせ、クリスタルが消滅した。
「やった……のか……」
トーラスの身体は糸が切れたように地に倒れ、粒子となって空へ昇って行っている。
雷切を連発したせいか、ボロボロだった身体がついに悲鳴を上げ始めていた。
命令を拒もうとする手足を押さえ、刀を杖に立ち上がる。
雨は止んできていた。
「本当に倒しちゃうなんて……あのチート娘のヒカリがいなかったら、無理だったでしょうね……」
後ろからローザが歩いてくる。
「そうだな……ヒカリには本当に助けられてばっかりで……」
……そうだ、ヒカリ……
「……すまん、ローザ。 先輩たちを連れて、先に戻っていてくれないか?」
「え……?」
「ヒカリを回収して、すぐ戻るから」
ローザは考えるそぶりを見せる。
「……わかったわ。 ……待ってるから」
少し寂しげに微笑み、背中を向けて、走って行った。
……ごめん。 ローザにまで背負わせるわけには、いかないから……
ローザが先輩達と合流したのを確認した俺は泥と傷だらけの身体を引きずり、地に倒れるヒカリのもとへ。
「ヒカリ……」
水たまりに半分沈むようにして目を覚まさないヒカリを抱きおこす。
「......あれ……にぃ……さん?」
ぼんやりとこちらを見るヒカリが、徐々に意識を取り戻し始めた。
「ヒカリ……大丈夫か?」
「......大丈夫って……何が?」
「え……」
「......なんか、身体重いし、寒い……」
全身の血の気が引いていくのを感じた。
「憶えて……ないのか……?」
「......?」
わけがわからない、と言うように首をかしげるヒカリ。
「......何か、あったの?」
冗談だと思った。
だが、嘘をついているとは思えない。
……最悪だ……
ヒカリの≪アルテミストドラゴン≫が要求する能力への対価は――ヒカリの記憶。
ランダムに消去されていくらしく、つい最近の記憶を消されることもあれば、何年も前の記憶を消されていたこともあった。
ヒカリが能力を使うとわかった瞬間から、覚悟はしていたつもりだった。
でも、まさかここまで最新の記憶を消去されるとは……
「……ヒカリ。 お前が俺に最後にくれた誕生日プレゼント、なんだったか憶えてるか?」
気づいたときには、そう問いかけていた。
「......えっと……DE66カスタム……だっけ?」
……ちがう……それは2年前、ヒカリと生き別れる前にもらったものだ……
「......兄さん……? どうして泣いてるの……?」
言われて気づく。
俺の目からは、確かに雨とは違うものが流れていた。
……俺は、悲しいのか……? 忘れられて、悲しかったと言うのか……?
正直この一ヶ月は、我慢を強いられることが多かったし、大変な目にあって誤解もされまくったけど……
……それでも、かけがえのない、ヒカリとの確かな思い出だったんだ……
形と動機はともあれ、本心で真正面からぶつかってきたヒカリとの日々を、俺はどこかで楽しんでいたのかもしれない。
素直に気持ちを伝えてくれて、正直に行動に移してくれて……
でも、そんな日々の記憶を忘れられて、ヒカリのなかでは無かったことになって……
「……ヒカリ。 お前が俺にくれたのは、お前自身だったんだ」
「......え?」
「……お前はもう、憶えてないかもしれないけど……」
「......本当に?」
「ああ。 突然、俺と仮でいいから結婚生活を送るとか、言い出してな……」
ヒカリのほうからハードルを下げて、俺が素直になれるように気を使って、こんなバカみたいなプレゼントを渡してきて……
「……でも、ごめん……俺、何もしてやれなかった」
……何もしてやれずに……その全てを無駄にしたんだ……
「…………」
ヒカリはどう反応していいのかわからないのか、顔を赤らめて硬直してしまっている。
「……だから、代わりに、お前が眠っていた間に見ていた夢を、少しだけ叶えるよ……」
花嫁に何よりもまずやらなきゃいけなかったことを、していなかった。
俺はヒカリの濡れた前髪をよせ、顔を近づける。
儚い夢を見た幸せの花嫁に――
……変わることなく愛し、守り続けるから……
――誓いのキスを。
「~~~~っ!?」
そのまま唇に触れた。
それはあまりにもやわらかく、温かで、少しだけ甘かった。
少しの間とはいえ、愛を確かめ合った1人の女の子との決別。
そして、本当の意味で元にもどった妹の帰還。
そんな憂いと寂しさを感じたあと、そっと唇を離した。
「......な、なんで……」
ヒカリは泣きそうな顔になって身悶える。
「……これしか、思いつかなかったんだ。 俺の気持ちを伝える方法を……」
「......っ!!」
ヒカリは目を少し見開いて、涙を流す。
「......兄さん……わたし、わたし……」
その先は続かず、俺にしがみつくようにして泣き始めてしまった。
どこまで記憶が消えてるかはわからないけど、気持ちは変わらないでいてくれたようだ。
こんな罪滅ぼしをするような形で、ヒカリのプレゼント期間は終了した。
ヒカリが落ち着くまで待ってあげた所、落ち着いたヒカリは恥ずかしそうに、「......結婚なんてやっぱり冗談だよね?」と聞いてきたので、「それは自分自身に聞いてくれ」と少し意地悪な返答をすることになった。
その後、トーラスがドロップしたクリスタル数個を手土産に、学校へ帰還した。
その帰り道。
「......わたし、嬉しかったんだ」
「何が?」
「......兄さんがキスしてくれたこと」
「な、なんで……」
「......わたしのこと、好きでも無いのにキスなんてしないでしょ?」
「う、うん?」
「......そう言うことよ」
どこか上機嫌なヒカリを抱えて、雲間の月が照らす夜空を駆けたのだった。




