チャプター 1-4
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もちろん、俺にも断る選択肢はあった。
けれど、俺の前を歩く彼女の背中を見ていると、どうにも放っておけない気分にさせられる。
ふと横に視線を移すと、燃えるような夕日の光を浴びて、桜の花びらが空に波を描いていた。
眼下を流れる運河は真っ赤に光り輝いていて……まるで夢でも見ているようだった。
……そう。本当に、今日起きたことすべてが夢のようだ。
「……でもどうせ、夢じゃないんだろ……?」
「……? ……何か言った?」
「いや。 なんでもない」
赤い髪を追いかける。
夕日の赤さに溶けないその背中は、どこか小さく見えた。
*********
学校と関東地区をつなぐ橋を渡り終えた俺たちは、今朝初めて出会ったあの場所……廃工場にたどり着いた。
パッと見たところ、特に何の変化も見受けられない。
せいぜい日が傾いたせいで光量が少なくなってるぐらいだ。
そんな薄暗い廃工場の入り口でローザは足を止めた。
振り返るでもなく、ただ工場の奥の闇を見つめている。
「……で、ローザ。 話したいことって、何だ?」
「…………」
ローザはこちらを振り返らない。
「……そういやローザ。 うちに来るまで、どこの学校に行ってたか、聞かせてくれないか?」
「…………」
なるべく話し出しやすいような話題を振ったつもりだったが、反応がない。
「……そのうち言うつもりだったけど。まぁいいわ」
そう言ってローザはようやく振り返る。
ローザの顔が赤いのは、俺の錯覚か夕日のせいに違いない。
「あんたに、話さないといけないことがあるの」
車の音も、波の音も、遠くへ去っていく。
見つめられると、ローザのその赤い目に吸い込まれてしまいそうだ。
「あのね……実はあたし……」
……なんだろ……魔法使い? ……そんなわけないか。
ローザが言い惑っているうちに、そんなしょうもないことを考えてしまう俺。
こういう不誠実さを直せと言われてるが、どうにも癖みたいになってしまっている。
「あたし――」
その時だった。
――ドドドドッッッ!!!!
「「!?」」
何かが倒れ、崩れる音が響いた。
金属音が混ざっているのか、耳を劈く不快な聞こえている。
「すぐ近くじゃねぇかよ……」
音からして百メートル離れていない。 おそらく、工場内だろう。
ポケットに入れっぱなしだったサーチャーを取り出して、音の原因を探る。
「お、おい、ローザっ!?」
ローザは迷うそぶりも見せずに、工場の中へ入っていってしまった。
「くそっ……」
あわててその背中を追いかけてしまう。
追いかけない選択肢は……なかった。
薄暗い工場の中。
予想以上に視界の自由が利かない。
……まったく……ローザはどこ行ったんだ……サーチャーの反応は……
「―― 上かッ!?」
前へ飛んで敵の着地点から逃れる。
瞬間、土煙をあげて何かが落下してきた。
煙が晴れてきて、目に見えた敵の姿は――
「クモ……?」
暗さに慣れてきた目が捉えたのは、8本足の化物。
……音の原因はコイツなのか……?
大きさは……十メートルは越えているだろう。
いったいどこに隠れていたのか。
今朝はいなかった……はずだ。
「……悪りぃな。 俺はその先に用事があるんだ」
殺気立った蜘蛛と対峙し、ビームサーベルを抜いて、戦闘準備をする。
例の如く、サーチャーでの記録を忘れない。
「退く気がないなら、退かせてもらうぞ」
クリスタルを取り出しつつ、敵の突進をかわす。
敵の攻撃にあわせて剣を振り、牙を、脚を弾く。
……≪バニッシュ≫技術はまだ廃ってないか……
そのまま間髪いれずにクリスタルを起動する。
「喰らえ、 ≪フォーリングストライク≫!!」
俺の会心の必殺技を、相手の能力が出る前に放つ。
エンジン音にも似た音を出して、相手の体を二つに上から切り裂いた。
そのまま音もなく消滅していくのを確認して、ビームサーベルをしまう。
……まぁ、俺が余裕で相手できるのもこのクラスで限界かな……今は。
解析結果をまとめて、改めてローザを探しに奥へ進んでいく。
……くそっ……いったいどこまで行ったんだ……?
かなり奥に進んだと思う。
当然、こんな廃工場に電気が通っているわけもなく、陽の光が届かないところは完全に闇に呑まれていた。
ビームサーベルの光でなんとか前が見えるような状態だ。
……これ以上ここに居るのは危険じゃないか……?
そう思いながらも、さらに奥へ進む。
今更、危険だろうが帰るわけにはいかない。
……まぁ、あいつを置いていくのはちょっとな……ん?
どうやら最奥地に着いたらしい。 あちこちに散乱した金属片やガラクタが、どこからか漏れ出ている赤い夕陽の光で反射している。
そんな有象無象の向こうに、明らかにここには不釣り合いな何かが見えた。
「な……ローザ!?」
足元に転がる箱を蹴り飛ばし、壁に何かの糸で縛り付けられているローザに近づく。
「ら、ライト!? 待ってッ! そこは――」
――ヒュンッ!!
「――――!?」
足が何かに絡め取られ、体が宙に浮く。
間髪入れずに飛んで来た白いそれを、ビームサーベルで防いだ。
「おいおい……俺を生け捕りにしようってか?」
闇の奥から姿を現したのは、巨大な大蜘蛛。
二メートル近くはあるんじゃないだろうか。
「――はぁッ!!」
足に絡みついていた糸を切り裂き、空中で姿勢を立て直して着地。
かなりの粘度があるらしく、ある程度の太さを持たれると、切るのに時間がかかりそうだ。
「……させねぇよ。 俺にはまだ、やる事があるんだ」
ビームサーベルを構え、その大蜘蛛に向ける。
知性が見え隠れする、目の動きとその糸の罠。
さっと目をやると、ところどころに糸が張り巡らされている場所がある。
……めんどくせぇ。 モンスターならモンスターらしく、バカやってろよ……
地面を蹴り、大蜘蛛に斬りかかった。




