チャプター 6-6
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「ポル。 この状況、どう見る?」
『......トーラスの防御力は異常値を示してる。 正面から突っ込むのはおすすめできない』
「それなら今から止めに行くべきか?」
『......どうせ重力場で足止めされるだけ』
「そ、そうか……」
トーラス本体の左側前方で俺たちは待機していた。
後ろから追いかけてきた先輩たちに引き止められたのだ。
「......兄さん」
「どうした?」
「......あれって、機動装甲だよね? 機巧兵はいないの?」
前線での防衛戦では、被害を最小限に抑えるために無人の機巧兵が使用されることが多い。
機巧兵というのは、別名で機械人形や戦術機などと呼ばれる、自律型二足歩行兵器のことだ。
コクピットも用意されているので、人が乗って動かすことはできるが、基本は無人だ。
最前線とも言えるこの場所に、機巧兵がいないのは確かに不自然かもしれないが……
「……機動装甲部隊だけで十分ということかもな」
「……いや、それは違うな」
後ろで俺たちを見ていた長剣の先輩が口を開く。
名前は確か……進藤とか言ってた気がする。
「あの機動装甲を使っているのは、おそらく聖堂学院の生徒だろう。 機巧兵は国の兵器だ。 防衛ラインに入るまで動かす気は無いだろう」
「聖堂学院って?」
ローザが小首を傾げて尋ねる。
「見ての通り、近年、機動装甲を研究している学校だ。 去年の選抜戦では良いとこまで行ってた覚えがある」
「へぇ……」
そう言われてローザは機動装甲部隊の方へ視線を向ける。
俺もつられてそちらへ目を向けた。
先輩たちと俺たちが全員ここに集まっているせいで、現状、戦線にいるのはあの部隊だけだが、空中のガーゴイルの数は確実に減っているように見える。
「......防衛ラインに入るまで、待つの?」
「いや……できれば入れさせない方針で行きたい」
「......どうして?」
「……機巧兵の攻撃対象はほぼ無差別だ。 あいつらが戦線に加わったら、こっちに被害が及ぶ可能性がある」
地面が揺れた。
トーラスの進行は確実に進んでいるらしい。
「……とりあえず、空はあいつらに任せるとしよう。 問題はどうやってターゲットを鎮めるかだ」
進藤先輩が息を吐いた。
「小型版であそこまで苦戦を強いられたんだ。 ターゲットはもっと強大な力を持ってると考えるべきだ」
「……そうですね」
ヒカリの方へ視線を向ける。
それに気づいたヒカリは、無表情のまま首を傾げた。
……ヒカリの能力の代償は人一倍重い……使わせるのは控えた方がいいな……
「……重力場を発生させながら攻撃はできないみたいだったし、囮を使って重力場を出させれば……」
「……小型の時と同じように倒せるってか? 甘いな」
進藤先輩は首を振る。
「聞いただろ? ターゲットの防御力は桁外れだ。 カウンターに失敗したら終わりだぞ」
「……それはそうですけど……」
「…………」
大型獣戦は不慣れだと言っていたローザは口を噤んだまま、俺たちのやり取りを見守るつもりらしい。
「それに、あんな大きな図体じゃ弱点を割り出すのもほぼ不可能だ。 倒すのは無理なんだよ」
「……いえ。 俺たちの目的は、トーラスの無力化です。 倒す必要はありません」
「だとしても、接近を許す相手じゃないぞ」
「遠距離攻撃で牽制するしかないってことか……」
機動装甲部隊が本体まで手を回せれば、もう少し……
「……こっちに遠距離持ちは3人いるが、そっちにはいるのか?」
「一応この2人は遠距離攻撃もできますが……」
今度はローザとヒカリの2人に視線を向ける。
「……どちらかと言えば近接戦を得意としてますね」
「なら、俺たちが囮役をやろう」
「え……?」
「お前たちに、ターゲットを無力化してもらう」
「なんで……」
「お前たちならできるんだろ? あれだけ食い下がったならやってもらうぞ」
……俺たちを試すつもりなのか……?
「できないならここで引いてもらおうか。 救援は感謝する。 だが、お前たちが来るべき場所じゃない」
……言ってくれるじゃねぇか……!!
「悪いけど、ここで引くつもりはありません」
「なに……?」
「俺たちは対大型戦を経験しています。 ……先輩たちよりはうまくやってやりますよ」
「ほう……なら、見せてもらおうじゃないか」
進藤先輩は地面に突き刺していた自身の長剣を手に取り、頭上へ掲げた。
「総員、配置につけ!! ターゲットの無力化を行う!!」
「「「「おう!!!!」」」」
7人の先輩たちはそれぞれの武器を手に、森の中へ消えて行った。
「……ちょっと、ライト。 あんなこと言って、大丈夫なの?」
ルナのおかげか、サウザントの能力はもう少し使えそうだし、頭痛も無い。
それに、使いたくは無いが、こっちには切り札がある。
「......?」
「まぁ……大丈夫だ。 なんとかやるさ」
そう言ったとき、突然、地面が大きく揺れ始めた。
小刻みに、しかし激しく。
それは何時間おきにか体験してきたものだった。
「これって……!」
「ああ。 あの地震と同じ揺れ方……!」
片膝をついて衝撃に耐える。
「立てるか? すぐにでも任務を再開するぞ!!」
発生源は間違いなくトーラス本体だ。
何か動きがあったに違いない。
「ええ。 側面から叩くわよ!」
そう言ってローザはフォトンウィングを展開する。
「ヒカリ! つかまれ!」
「......うん」
刀を虚無へ還し、同じくフォトンウィングを展開して、ヒカリの手をとる。
「こっちよ!」
土地勘が利いてるのか、ローザが俺たちを先導してくれる。
地面を蹴って翼を広げ、木々の間を縫うように空間を翔た。
「見えたわ!」
「おいおい……何機か落ちてるぞ……」
飛んで数十秒。
トーラスのものと思われる轟音を聞きながら、開ける視界に目を細める。
再び雨が身体を打ちつけ、俺たちを濡らしていく。
『ゴオオオオオォォォ!!!!』
トーラスの咆哮がまた轟く。
「――ッ!!」
瞬間、身体が急激に重くなり、地面に叩きつけられた。
「なんだよ……これ……」
とっさにヒカリの手を離したので、腕を折ることは避けられたが……
「......痛い……」
「……重力場ね……油断してたわ……」
こんな超重力下で、まともに動けるわけが無い。
……先輩達はどうやって戦ってるって言うんだ……
地面の揺れは収まらない。
轟音にまぎれて、機動装甲から放たれているビームの着弾音が耳に届く。
……軽すぎる……そんな火力じゃ倒しきることはおろか、足止めにも……
目の前にそびえるトーラスの横腹を見上げる。
徐々に移動しており、向こうのほうにトーラスの頭が見えた。
……あの角が、重力の発生源か……?
途端、地面が一塊、また一塊と宙に浮いた。
……まさか……
そう思った瞬間、その塊はトーラスの頭を通り過ぎて飛んでいった。
……おいおい……どうなってんだよ……
ここで倒れこんでいても、いつ地面と一緒に投げ飛ばされるかわかったものじゃない。
俺は奥歯を噛み締め、刀を抜く。
その勢いで地面に思い切り突き刺した。
そして刀を杖にし、無理やり身体を持ち上げる。
塞がりかけていた傷口が開き、腕から血が滴り落ちた。
「ライト!?」
少し前で伏せているローザが、こちらに顔を向ける。
翼はいつの間にか消え去っていた。
「ヒカリ……」
俺はヒカリの手をもう一度握る。
「......兄さん?」
「……頼む、ヒカリ。 この超重力下でまともに動けるのは、たぶんお前だけだ」
「ちょ、何言って……」
「......なんだ、そういうことか……ばれてたんだ。わたしの≪神速≫のカラクリ」
ヒカリは少し残念そうに微笑むと、何かを諦めたように首を軽く振った。
「ああ。 ……頼む。 あまり時間が無いんだ」
「......でも、いいの? わたしの能力の代償、わかってるよね?」
少し寂しげにそう言うヒカリ。
俺の手を握るヒカリの手に、力がこもる。
「……本当はいやだけど……1分間でいい。 その能力を使って、あの角を叩き折ってきてくれ」
「......ま、1分なら、大丈夫だよね」
そう言うと、ヒカリは手を離した。
「......≪神速≫」
小さく呟くと、ヒカリの身体が粒子に包まれた。
対面式の時に見た、ヒカリの能力。
速度と命中が上昇するとあの時言っていたが……
あの速度の秘密は、"ベクトル変換"だ。
ヒカリが自身で発した衝撃を、逆向きに放つことで自身を加速していく。
空気の抵抗も、向きを変えれば加速になる。
そうして目が追いつけないほどの速度で動くことができるというわけだ。
何年か前にそういう説明を教官からうけたことを思い出したのだった。
この能力を使えば、重力も加速に使えるはずだ。
「......じゃあ、すぐ戻る」
そう言うか否や、さっきまで伏せてたのが嘘みたいに飛び出していった。
みるみるうちに小さくなり、トーラスの前へ躍り出る。
俺のそばにあった巨大な石が抜き取られ、ヒカリ目掛けて飛んで行く。
地面が割れ、幾つもの飛礫が後を追いかける。
「ライト! ヒカリは大丈夫なの?」
「ああ。 もう少しで重力場が解除される。 そこを狙って総攻撃を仕掛けるぞ」
「え? わ、わかったわ」
飛んで来る岩を手で押してトーラスにぶつけ、飛礫を足場にしてトーラスに接近して行くヒカリ。
重力を利用しているのか、ほぼ浮いた状態でヒカリは剣を抜いている。
今のヒカリにとっては、重力場は上昇気流に等しいだろう。
「そろそろだぞ。 構えておけ」
俺はもう片方の手で、刀を引き抜く。
雨など降っていないかのように視界がクリアになる。
膝をついて、解除される瞬間を待つ。
「一体、何がどうなってるのよ?」
ローザの困惑する声が聞こえるが、説明してあげるほど余裕は無い。
……トーラスを無力化して、落ちている機体を拾って、先輩たちと共に撤退する……
頭の中でプランを立てる。
そうしているうちに、ヒカリは角の上で飛んでいた。
2本目のビームサーベルを手に取り、縦横無尽に飛び回って角を叩く。
『オオオオオオオオォォォォォ!!!!』
トーラスの咆哮が轟くと、身体が急に軽くなった。
「今だッ!!」
「≪血薔薇の衝撃≫!!」
「≪雷切≫!!」
2人で前足と後ろ足目掛けて全力の技を叩き込む。
『オオオオオオオオォォォォォ……』
トーラスの声が響き、足を折って横に倒れこんだ。
「あっぶね……」
着地と同時に翻った俺は、なんとか落ちていた機体から搭乗者を救出することに成功していた。
足にまで腕と同じような傷を作ってしまい、全身ボロボロだった。
「大丈夫? ライト」
泥だらけのローザが駆け寄って来る。
「ああ」
「……その娘は?」
背筋に冷たい何かが伝った。
「……機動装甲に乗ってた人だよ。 押しつぶされそうだったから助けたんだ」
「あんたねぇ……」
ローザは嘆息して指を立てた。
「ここは戦場よ? 赤の他人を助ける暇があるなら、自分の仲間を助けなさいよ!」
「ま、まぁ、そう言うなよ……」
俺の腕に抱かれて目を覚まさない少女は、ローザ級に小さい。
……このサイズでも、高校生なんだよな、多分……




