チャプター 6-3
3
「......兄さん」
「なんだよ」
6月もそろそろ中盤。
梅雨らしくなり、今日もずっと雨が降っている。
「......暑い」
「知ってるよ」
ソファーで寝転がってグダっているヒカリは、何やら元気がない。
天気とヒカリのテンションは比例しているらしい。 晴れていても低めだが。
「......クーラーは使えないの?」
「それは来月まで使えない」
「......え~……」
パソコンから顔を上げて温度計を見る。
……気持ちはわかるけどな……
一度、クリスタルを使って部屋を涼しくしようと目論んだことがあったが、そう都合よく冷やす能力のクリスタルが見つかるわけも無く、断念した。
「仕方ないだろ……扇風機で我慢してくれ」
「......兄さんの意地悪……」
ヒカリは観念したように扇風機の前へ転がり、伸ばした手でスイッチを操作する。
途端、扇風機の音が大きくなる。
「......あ゛あ゛あ゛あ゛~」
ヒカリの扇風機越しに震える声が聞こえる。
「………………」
俺はそんなヒカリの様子を見届けると、パソコンへ視線を戻した。
「……こうして見てる分には、平和やな~」
隣で微笑するステラは、今日はTシャツにホットパンツとかなりラフな格好だ。
「そうだな。 ……見てる分には、な」
俺が調べているのは、つい3日前から起こり始めた災害――地震だ。
「その地震……街の方でもえらい騒ぎになってましたわ」
「だろうな……」
震源は決まってクリスタル鉱山麓。
発生間隔は6時間前後。
その付近に震源と成り得るプレートもないことから、鉱山に異変が起きていると言われているらしい。
「新モンスターの情報もないな……」
急にこんなことが起きる時には、モンスターが関わっていることが多い。
その元凶となっているモンスターを討伐できれば、この地震も止まると思っていたんだが……
「ステラ、バイト中に聞いたこと、他にないか?」
ステラは少し考える素振りを見せる。
「……そういえば、今回の地震は揺れ方がおかしいって聞きましたよ」
「揺れ方がおかしい?」
「よくわかりませんけど、P波が何たらって」
「ふむ……」
どうやら鉱山で何かあるのは間違いないらしい。
「……ヒカリ。 こっちにも扇風機回してくれ」
「......やだ」
「おい……」
「......冗談」
ヒカリはダルそうに起き上がると、扇風機の首を振らせる。
「ヒカリ……?」
そのままヒカリは俺の方へ歩いてくる。
ペロっ
「!?」
急に顔を近づけたかと思ったら、首筋の汗を舐め取られた。
「......えへへ……しょっぱい」
「な、なにやってるん、ヒカリ!?」
「......兄さん、汗かいてたから」
「だからって……」
俺は驚きすぎて対応ができない。
「ちょ、隊長さんもなんとか言ってくださいよ!」
「え、あ、ああ……」
「......兄さんの顔、赤いよ?」
「くっ……これは、単に暑いからで……」
「......それだけ汗かいてるなら、塩分取らないと、ダメだよ?」
そう言ってヒカリは自分の首元を晒す。
……そんなに制服引っ張ったら、ローザ級にまな板とは言え、見える……ッ!
ヒカリの白い肌が惜しげもなく晒され、肩紐が丸見えだ。
俺は慌てて視線を外し、パソコンを閉じる。
「もう! ヒカリ! 良い加減にせえ!!」
「ちょっと、なんの騒ぎなの……って」
そこでローザが帰ってくる。
ローザは最近モン研に通いつめているらしい。
この前の調査結果について話し合ってるんだとか。
「ヒカリ! なんて格好してるのよ!?」
ちょうど吸血鬼に血を捧げようとしているような格好……と言えばわかりやすいだろうか。
……いや、そんなこと言ってる場合じゃねぇ……
「……図書室に行ってくる」
「え、もう6時過ぎてるわよ?」
「あそこは8時まで開いてるだろ」
「そ、そうだけど……」
「ステラ。 ヒカリのこと、しっかり見張っててくれよ?」
「わ、わかった」
俺は最低限の装備だけ持って、部屋を出る。
「ちょ、待ってよ! ライト~」
「......この格好で放置されるのは、辛すぎですぞ……」
ヒカリの台詞は聞かなかったことにした。
*********
外は雨かと思っていたが、どうやら一時的に止んでいるらしい。
「ライト、飛んでいくの?」
「いや、そろそろ警備のレベルが上がる時間だし、空を使うのはまずいだろ」
俺は寮の隣の駐輪場へ向かう。
屋根のおかげで濡れずにすんだ自分の自転車を引っ張り出す。
4月のマラソンを経験してから、改めて買い直したものだった。
「えっと……」
「どうした?」
俺の少し後ろに立って動かないローザ。
なにか言いにくそうに口ごもっていたが、おずおずとこう言った。
「……あたし、自転車こげない……」
「マジかよ……」
今時自転車に乗れないなんて……
……意外だな……そんな弱点があったとは……
真っ赤になって俯いてしまったローザを見ていられなくなった俺は、自転車の後輪をローザに向ける。
「……後ろ、乗れよ」
「う、うん……」
ローザは荷台に跨ると、俺に腕を回した。
「しっかり摑まれよ」
「わかってるわよ!」
恥ずかしがっているのか、俺の背中に顔を埋めるローザ。
……二人乗りなんて、いつぶりだろ……
汗臭くないかと心配しつつも、学校へ向けて足を動かす。
「…………」
その間、ローザは黙ったままだった。
日も暮れて、薄暗い道の中。
波の音と誰かの鼓動だけが響いていた。
*********
「あら、いらっしゃい。 天風くん」
「どうも」
図書室に入るとすぐ、カウンターで本を読んでいた女性が声をかけてくれる。
「それに赤月ちゃんも、こんばんは」
「ええ。 こんばんは」
どうやらローザとも面識があったらしい。
「こんな時間に彼女連れなんて、イケナイ子ね」
茶化すように肘で脇腹を突いてくる。
「な、なにを!?」
「ウフフ、冗談よ」
いたずらっぽく笑う彼女は本当に楽しそうだった。
……この人は佐藤マヒル先輩。
情報科3年の図書委員……なんだが、係りの人より図書室のことを知り尽くしているため、室長代理を務めている。
俺の知り合いのなかでは珍しい、グラマラスな体型の持ち主だ。
ヒヨを大人っぽいベクトルに成長させたらこうなるかもしれない。 わかんないけど。
「それにしたって、こんな時間に用事ってことは、探しているのはこの本かしら?」
そう言ってマヒル先輩がカウンターの奥から引っ張ってきたのは、分厚めの本。
「あ、それって……」
「ローザ、知ってるのか?」
マヒル先輩が笑うのを見逃さなかった。
「これはこの前、赤月ちゃんが私欲を満たすために使ったのよね?」
「そ、そんな誤解される言い方はやめてください!」
……そういえば、ローザの敬語なんて初めて聞いたな……
「私欲って……この前鉱山の周りの事情について調べた時に使っただけなんだろ?」
「あら、ご名答」
マヒル先輩は驚いたように目を見開く。
……そんなに驚くことかな……
「それにしたって……よくわかりましたね、俺が鉱山について調べようとしてるって」
「天風くんのことだから、鉱山に目をつけたんでしょう?……今回の地震の件」
「そ、そうなの?」
「あ、ああ……」
……そこまで推理されたのか……
「まぁ、鉱山に関する記述は他の本にもあるから、コンピュータールームを使ってくれて良いわよ」
そう言ってコントロールパネルを操作する。
「あ、ありがとうございます」
「ただし」
「ん?」
指を立て、にこやかにこう言ってきた。
「変なことしちゃダメよ?」
「しませんよ……」
茶目っ気が強いというのだろうか。
この先輩とのやりとりはいつもペースを持って行かれてしまう。
「あ、それと」
「まだ何かあるんですか」
マヒル先輩は顔を近づけて小声でこう言ってくる。
「よかったらでいいんだけど、コンピュータールームの一番奥の席で、連日張り込んでいる生徒がいるのよ」
「は、はぁ」
「それで、そのコンピューターを調べて欲しいんだけど……頼めるかしら?」
「……わかりました。 ついででよければ」
「ふふ……ありがと」
ローザから発せられるオーラに、よくないものを感じた俺は、マヒル先輩と少し距離をとった。
「じゃあ、行ってらっしゃい。 他の生徒はいないと思うけど、静かにお願いね」
「ええ。 わかっています」
俺はマヒル先輩から本を受け取り、コンピュータールームへ向かった。
*********
「……ライトって、やっぱり胸が大きいほうがいいのかな……」
「…………」
おもいっきり聞こえているローザの内心にどう返せばいいかわからないまま、コンピュータールームについてしまった。
「……トル、ポル、聞こえるか」
生徒手帳をとりだし、電源を入れつつ呼びかける。
『あ、マスター! やっと私達の出番ですか?』
「ああ。 さっそくで悪いけど、頼めるか?」
『もちろんですよ、マスター!』
俺はコンピュータールームに誰もいないことを確かめてから、中へ入る。
「ライト、その画面に映ってるのって、ヒカリが言ってたナビゲーターってやつなの?」
「そうだけど……な、なんでヒカリが……?」
『司令官の話ですか?』
「コマンダー?」
「ヒカリのことらしいわ」
「はぁ……?」
『マスターから命令が無かった間、司令官にたくさん遊んでもらいました!』
……俺のサーチャーからヒカリのサーチャーに移った後、ヒカリのパソコンに入った……ってところか。
ヒカリのやつ……余計なこと吹き込んでないだろうな……
「あたしも見せてもらったけど、すごいわよね、この子達。 教えたことはすぐ出来るようになるし……」
『司令官からたくさん大人になるための知識を教えてもらいました!』
「……そ、そうか」
俺はあえて内容を聞かないように努めて、言われていた一番奥のコンピューターの電源を入れる。
「ポル、このコンピューターの使用履歴を全て洗い出してくれないか?」
『......ん、ラジャ』
トルの影から姿をあらわしたポルは、コンピューターに繋げたコードをたどってデスクトップ上に出現した。
『......30分待って欲しい』
「わかった。 解析が終わったら、端末にデータを送ってくれ」
『......オッケー』
『私も手伝うよ、ポル!』
二人して解析を始めたので、俺は隣のコンピューターを立ち上げた。
「どうしてわざわざ解析を?」
「怪しい生徒がいたんだとよ。 ま、心当たりはあるんだけど……」
「そうなの?」
「ああ」
あの日、誕生日プレゼントとして冷蔵庫に入っていたシュークリーム。
ただ、その白い箱にはシュークリーム以外にも、意外なものが入っていた。
……ま、ここで聞いてるって可能性はほぼ無いに等しいけどな……
「……そんなことは置いといて、さっさと調べようぜ」
「そうね」
そう言って席に座ろうとしたときだった。
地震という存在を忘れていたことに気づかされたのは。
「きゃっ――!!」
「うお!」
大きく横に揺さぶられる感覚。
なんの予告もなしに足場を揺らされては、さすがに姿勢を保つのは難しかった。
俺は思わずローザに覆いかぶさる形で地面に手をついてしまう。
「――っ!」
防衛システムが起動したのか、部屋の照明が全て落とされる。
もともとバッテリーが内蔵されていたコンピューターの明かりだけが、薄暗く部屋を照らす。
急に暗くなったせいもあって視界がぼやけていたが、暗さになれてくると、新たな問題が発生していることに気づく。
「あ……う……」
目の前のローザが、真っ赤になって今にも泣きそうな顔をしていた。
そのローザの顔は、文字通り目と鼻の先。
少し近づけば唇が触れてしまうぐらいの距離だった。
「…………」
俺は……何をすると言うわけも無く、ただローザの目を見つめることしかできなかった。
見たことも無い表情に、頭も身体も停止してしまっていたのだ。
いつの間にか生唾を飲んでいた。
緊張しているのか、口のなかは乾ききっていた。
「はぅ……」
反対に、ローザの口からは、艶めかしい吐息が聞こえてくる。
ローザは俺を押しのけようとする仕草も見せない。
俺にはローザの目が『なにもしてこないの?』と言ってるようにしか見えなかった。
俺は震える手でローザの顎に軽く触れる。
ローザは全てを悟ったように、ゆっくりと目を閉じた。
俺もつられて目を閉じ……ようとしたところだった。
「あ……」
プツンと音がして、部屋の照明が復活した。
「あらあら、お邪魔だったかしら」
それと同時に扉が開き、マヒル先輩が顔をのぞかせる。
「げ……マヒル先輩……これはその……」
気づけばローザは部屋の隅っこで頭を抱えていた。
「ウフフ、若いって良いわね」
1歳差しかないだろとかつっこんでる場合じゃなかった。
「だから……誤解だってばー!!!」
最近こんなことばっかりじゃないか、俺……




