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パラドックスライフ  作者: 水無月 俊
第三章 「天《そら》照らす霞んだ希望《ひかり》」
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チャプター 5-7




「大型って、どういうことよ!」

来た道を同じようにして戻り、病院の屋上に着陸する。

日はすっかり落ちて辺りは暗く、街明かりが辺りを照らしていた。

「ローザ! ほら、こっちや!」

カスミが指差すほうを見る。

「な……なによ、あれ!?」

クリスタル鉱山の麓に、≪カノープス≫に近い姿が見えた。

だが、背中にカノープスにはなかった悪魔の翼らしき羽がある。

それ以外は暗くてよく見えないが、数百メートル級の大きさなのはわかった。

『オロォォォオオオオン!!!!』

そのモンスターの遠吠えが、星一つ無い夜空に轟いた。

「ヒヨの話によると、あいつの名前は≪スペクトル≫というらしい」

まだ麻痺がのこっているのか、左足を引きずっているライトがそう言う。

「......兄さん。まさか兄さんは出撃したりしないよね?」

「…………」

ライトは何も言わない。

「……あたしからも言わせてもらうけど、あんた、さすがに今度は死ぬわよ?」

「せ、せやで! 隊長さん! 偵察部隊が1分足らずで全滅したって、言ってましたやん!」

「え……カスミ、それ……本当なの?」

「……そうか、ローザはそっちの呼び方……いや……。本当やで、ローザ」

あいつは木々を掘り返してでも接近者をさらけ出して潰す、と言われたらしい。

「…………」

改めてスペクトルの様子を伺う。

木々が数を減らしているためか、スペクトルの周りに空間が出来ていた。

カノープスの大鎌は健在らしい。

……接近戦は、どう考えても分が悪いわね……

「……それでも、行くの? ライト」

「俺は……」

言葉を詰まらせたライトを見て、ヒカリがライトのすぐ傍へ歩み寄った。

「ヒカリ……?」

何を思ったか、ヒカリはそのままライトに抱きついた。

「ちょっ! 何やってるの!?」

「......兄さん、心配ばかりかけさせないでよ……」

「……ごめん。でも、俺がやらないと……」

「......ううん。今回は、ゆっくり休んでて……」

ライトの胸に顔をうずめながら、ヒカリはポケットから筒状の何かを取り出した。

……あれは……簡易注射器?

その簡易注射器をライトの首筋にすばやく当てると、中身を注射した。

「……っ!? ヒカリ、何を……」

「......ごめん、兄さん。わたしがちゃんと、終わらせるから」

「どうして……こん、な……」

ライトはヒカリに身体を預けるようにして倒れこんだ。

「ライト!?」

「......大丈夫。眠ってるだけ」

「催眠薬をつかったのね……」

「......こうでもしないと、兄さん、聞かないから」

眠ったライトを床に降ろして、ヒカリは空になった注射器を仕舞った。

「それで、どうするつもりなの? 考えぐらいあるんでしょ?」

「......ええ。≪アルテミストドラゴン≫ の力を、開放する」

「≪アルテミスト≫……?」

ヒカリは目の前の空間を左手で一文字に切り、続けて右手で縦に両断した。

十字にきったその交点で右手を握る。

すると、そこを中心にクリスタルの粒子がどこからともなく溢れ出し、なにかを形成していった。

「......顕現せよ、≪トリスタ・フェイルノート≫!!」

右手に握られていたのは、いまだ粒子が飛び交っている弓だった。

……ヒカリも、ライトと同じ……クリスタルで生かされてる存在……だったのね……

虚無から武器をクリスタルによって生成する能力は、モンスターでもない限り、クリスタルによってもたらされているらしい。

「......くっ……」

よろけたヒカリは、倒れないように膝を折った。

「ちょっと……大丈夫なの……?」

「......今にも倒れそう。でも……大丈夫」

視線を上げると、スペクトルの周りを囲むように、ガーゴイルと、報告にあったダイモニオンの群れが出来ているのが見えた。

軽く数百を越える数はいるだろう。

……あれを……全部撃ち抜く気なの……?

よく見ると、そのうちの数十匹ずつがこちらに向かって進軍してきているのがわかる。

「......すぅ……はぁ……」

ヒカリは軽く深呼吸をすると、鋭い眼差しで弓を構える。

光る弦を引くと、その手には半透明の弓矢がセットされていた。

「......狙い……撃つ!!」

ヒカリの弓から放たれた矢は光となって、目にも留まらぬ速さで空を切り裂いた。

進軍してくる影を照らすと同時にその影を四散させていくその矢は、夜空を横切る流星のようだった。

「......まだまだ……っ!!」

立て続けに12本の矢を放ち、正確にガーゴイルとダイモニオンを撃墜していく。

「これなら……カスミ! ライトを病室へ運んできて!」

「え、あ、うん。任せとき!」

カスミは眠ったままのライトを抱きかかえ、移動しようとする。

「あ、そうだ……ちょっと待って」

「え?」

あたしは、いつもライトがサーチャーを仕舞っていたポケットをまさぐる。

「ローザ? なにやってるん?」

カスミが困惑している。

「これよ。ほら、やっぱり通信が来てる」

サーチャーを探し出すと、ライトがやっていたように装備する。

「引き止めて悪かったわね。あとは任せるわよ」

「え、うん。行ってくるわ」

カスミの背中を見送り、サーチャーを起動する。

『あ、つながった! もう、ライトくん、怪我してるって聞いたよ?』

「あ、ヒヨ……」

『え? どうしてローザちゃんが……?』

「えっと、ライトがまだ出撃できる感じじゃなかったから、その、あたしが代わりにサーチャー(これ)を使ってるのよ」

『そ、そうなんだ……てっきり私は、ライトくんが無理言って出撃すると思ってたんだけど……』

「それが……」

あたしはヒカリがライトを止めたことを話した。

わざわざ眠らせたことまで言う必要はなさそうだったので、そこは伏せておいた。

『なるほど……ヒカリちゃんがねぇ……』

「いま、ヒカリが1人であの軍勢を相手にしてるんだけど……」

視線を横に移動すると、人間とは思えない速度で矢を放つヒカリの姿があった。

息は荒くとも細く、ふらふらと頭を揺らしているものの、矢はガーゴイルやダイモニオンを貫いていった。

「……とてもじゃないけど、スペクトルまで攻撃が回りそうにないわ。応援部隊を……」

『それならすでに手配してるわ。ケンがランチャーとミサイル300発もってそちらに向かってる』

「……ケンって、見かけによらず脳筋よね……」

『まぁ、そんなわけだから、もうすぐケンが到着するはずよ』

「わかったわ。……それと、街の被害予想はどうなってるの?」

『地上のガーゴイルとダイモニオンはこっちの討伐部隊で対処しているわ。空での撃ちもらしが無い限り、被害は無いでしょうね』

「そう……それならいいのだけれど……」

そこまで確認したとき、別の回線から通信が入った。

『おい、聞こえるか?』

「ケン! 来てくれたのね」

『ローザ!? おいおい、ライトはどうしたんだよ?』

「それはあとで話すわ。それより、早く空の敵部隊を殲滅してほしいの!」

『スペクトル本体は狙わなくていいのか?』

「どう見ても空中部隊が壁になってて撃てないでしょ……」

『……ま、そういうことなら任せておけ。ただ、スペクトルまでの穴をあけれても、すぐに塞がれるだろう。だから……』

「ええ。すぐにスペクトルを狙い撃たせるわ」

『チャンスはたぶん一度きりだ。外さないでくれよ』

160カウント後に決行すると言って、ケンからの通信は切れた。

『そういうわけだから、私達はこれ以上なにもできないけど、応援してるから!』

「応援するなら、ヒカリにしてあげてちょうだい。今回の主役は……間違いなく彼女よ」

あたしはヒヨとの通信も切り、ヒカリの傍へ行く。

固定砲台と化したヒカリは、もはや生きているのかもわからないほど機械的に矢を撃ち続けていた。

「ヒカリ! 大丈夫?」

「......狙い撃つ……狙い撃つ……」

「……壊れてる……どうすれば……」

そう呟いたとき、ヒカリの口から違う言葉がこぼれた。

「......赤月先輩」

「え? な、なに?」

「......何か言うことがあるんじゃないの?」

視線をこちらに向けないものの、あたしが何かを伝えに来たことはわかったらしい。

「……そ、そうよ! 今から145カウントで空中部隊に穴を開けるわ。そこからスペクトルを狙い撃って欲しいの」

「......スペクトル(あのモンスター)に風穴開けるには、今の矢だけじゃ足りない、と思う」

「で、でも、もうあなたにしか頼めないのよ……?」

「......赤月先輩。一つ頼まれてもらえませんか」

「な、なに?」

ヒカリは攻撃の手を一切緩めることなく、話し続けた。

「......わたしがチャージしている間、赤月先輩には、空中部隊をひきつけておいて欲しいんです」

「……チャージには、どれくらいかかるの?」

「......少なくとも、100カウントは」

体内カウントで残り110カウント。

かなりギリギリだけど……まだ間に合う……!!

「……わかったわ。街に進行してこないよう、囮になればいいのよね?」

「......ええ。お願い……」

「任せて! あんたはさっさとチャージに移りなさい!」

あたしはフォトンウィングを展開し、地を蹴って空へ舞った。

「......ここで倒れるわけには、いかない……なんとしてでも……」

ヒカリの呟きを背に、迫るガーゴイルとダイモニオンの群れを見据える。

……ライトをやったのは、たしかあいつだったわね……傷を見る限り、捉えられたら即死レベル……

「……さぁ、鬼ごっこのはじまりよ!」

震える手を握り締めて、翼を大きく翻し、防御用に大剣を展開しておく。

ガーゴイルやダイモニオンが散らばらないよう、スペクトルの方へ飛ぶ。

その道中でダイモニオンのターゲットを取り、ダイモニオンとガーゴイルを誘導する。

ダイモニオンの攻撃を旋回して避け、ガーゴイルの突進を剣で受け止めて飛び、ターゲットが外れないように適度に攻撃を仕掛ける。

だが、右も左もガーゴイルがいるせいで、避ける場所が徐々に減ってしまう。

……くっ……まだなのッ……!?

冷や汗が背中を伝う。

さっきからダイモニオンの攻撃が身体を掠めていて、追いつかれるのも時間の問題だった。

……先に身体(こっち)がやられる……ヒカリ……早く……!!

その時、装着したままだったサーチャーから声が響いた。

『マスター! 通信です!』

「ま、マスター!?」

聞きなれない声の後に、通信が接続される音がした。

『ローザ!! いくぞッ!! 離れろッ!!』

「は、離れるってどうやって――」

突進と鉤爪をかわし、翼を広げてUターン。

逆さになった視界の中、追いかけてきていたダイモニオンとガーゴイルの軍勢に吐き気がするも、視界の隅から光る何かが数十個、こちらに向かってきているのに気づく。

……やっば……ッ!!

逃げなきゃ消し炭にされるのはわかる。

けどこのまま逃げたら、この軍勢がミサイルの弾道から外れる可能性が……

……そうだ、これがあった……!!

大剣にクリスタルを装填し、叫びつつミサイルに向かって飛んだ。

「≪インビジブル≫!!」

クリスタルが砕けると同時に、粒子があたしを隠した。

後ろのダイモニオンたちがあたしを見失ったのを確認すると、急降下して弾道から外れる。

入れ替わるようにして、ミサイルが軍勢を捉えたのを確認した。

その瞬間、ケンが発射したミサイルが軍勢を焼き、スペクトルを囲っていたダイモニオンたちを消滅させる。

スペクトルの禍々しい姿があらわになる。

あたしは爆風に飛ばされながらも、思い切り叫んだ。

「今よッ!! ヒカリーーーー!!!!」

サーチャーから、いつの間に繋がっていたのか、ヒカリの声がした。

『......大いなる輝きよ、この矢に宿り、全てを焼き払え!! ……≪レディエンス・アーク≫!!!』

爆発の光が収まると、そこに新たな光が差し込んだ。

その光は一直線にスペクトルを貫き、何千という光の矢が追撃した。

『オロオオオオオオォォォォ……!!!』

スペクトルの断末魔が響き、残っていたダイモニオンたちを巻き込んで、爆発四散する。

スペクトルだった粒子が空へと還っていき、暗い夜空に消えていった。



*********




「ヒカリ!!」

爆発の余韻が消えた後、急いで病院の屋上へ戻った。

そこに、気を失ったのか、目を閉じて動かないヒカリの姿があった。

翼を仕舞ったあたしは、壁に寄りかかって眠っているヒカリを思わず抱き寄せた。

ちゃんと体温も呼吸もそこにあった。

「......兄さん……もっと褒めて……」

耳元で、ヒカリのそんな寝言が聞こえてくる。

「……まったく……いくらでも褒めてくれるわよ。あなたはあたしたちの希望ヒカリなんだから」





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