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パラドックスライフ  作者: 水無月 俊
第三章 「天《そら》照らす霞んだ希望《ひかり》」
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チャプター 5-2




「お兄ちゃん!」

「ん?」

「……呼んでみただけ」

「何だよそれ……」

"赤月ジーク"。

それがお兄ちゃんの名前。

一つ年上で、あたしの憧れだった。

あたしより思考も行動も判断力も長けていて、素直に尊敬していた。

年の功と言われればそれまでだけど、本当にお兄ちゃんはかっこよかったのよ……


あたしとお兄ちゃんは、家から数十分のところにあった教会で授業を受けていた。

お兄ちゃんは生まれつき左目が見えないせいで、徴兵されることはなかった。

そのため、住んでいたエリアで残っていた教育施設であった教会で一緒に授業を受けられたという訳だった。

……その日も何の変哲も無い、戦時中とはいえ不自由の無い日常を過ごすはずだった。

「……おい、あれって……」

「え……?」

もうすぐ家に着くというところで、辺りに黒い影が動くのが見えた。

それは紛れも無く、戦場を抜けてきた≪クリスタルモンスター≫。

あたしとお兄ちゃんは急いで家へ走ったんだけど……

「―――ッ!!」

……一足遅かったのよ。

家は倒壊しており、赤い血で濡れていた。

その赤の上に、新たに赤が塗り重なる。

「そ……んな……」

目の前でママの身体を真っ二つに折って見せたのは、≪デーモン≫と呼ぶにふさわしい、まさに"悪魔"だった。

そのデーモンに襲われたのはあたし達の家だけでなく、その周りの家も破壊の限りを尽くされていた。

地獄絵図とも言うべき、酷い有様だった。

セピア色の瓦礫に、赤い、赤い、紅い血が……

……その血で汚れた目の前の光景に立ち尽くしたあたしに対して、お兄ちゃんは冷静さを失わなかった。

視線をこちらに向け、あたしに指示をだした。

「……逃げるんだ」

まだデーモンはママの身体を引きちぎるのに夢中で、こちらに気づいていないらしい。

「あ……あぁ……」

「ローザ。いいから逃げるんだ!」

あたしは首を静かに振って、ただ震えることしか出来ない。

足に力が入らず、まるで底の無い穴に落ちていくような……そんな絶望に震えることしか出来なかった。

家族を、親しかった知人を、理不尽にも目の前で失ったショックは大きかった。

「くそ……」

お兄ちゃんはあきらめたように振り向き、殺気に満ちた目をデーモンに向けた。

その視線の先で、死体遊びに飽きたのか、デーモンがこちらを伺っていた。

「いいか。絶対に逃げるんだぞ」

そう言い捨て、お兄ちゃんはデーモンの方へ走り出した。

デーモンがこちらに飛び掛ってきたタイミングとほぼ同時だった。

「おにいちゃ……」

涙で霞む視界に、無謀に飛び込んでいくお兄ちゃんの姿が映る。

「だぁぁぁああああああ!!!」

だけど、生身の人間が武装もなしにモンスターに勝てるわけが無かった。

あたしの視界がまた、赤く朱く紅く緋くなって……

「う……うぁああああああああ!!!」

あたしは何がなんだかわからないまま、とにかく走った。

『逃げなきゃ殺される』と。

頭の中はそれだけしか考えていなかった。



無我夢中で教会に逃げ込んだあと、討伐班へ助けを求めた。

その討伐班の活躍によりデーモンは全て退けられたが、その襲撃での犠牲者は全体で30名にも上った。

けれど、奇跡的にもお兄ちゃんは死んでいなかった。

身体を真っ二つにされたのに、だ。

その後、討伐班の衛生部隊の≪ヒールクリスタル≫によって一命を取り留めたものの、意識は戻らないままだった。

いつ死んでもおかしくないと、病院の先生は告げた。



「……ねぇ……あたしはなにも出来ないの……?」

あたしは祈った。

「お兄ちゃんを助けることは……もう、出来ないの……?」

お兄ちゃんは命がけであたしを守ってくれた。

だから、あたしは命がけでお兄ちゃんを助けたい。

そう思って、教会の神殿で祈り続けた。

『……お前か。この私に語りかけるのは』

嘘のような話だが、本当に聞こえた。

そこの神殿で祭られていた、≪紅玉神・血薔薇の龍ブラッドローズドラゴン≫の声が。

『お前に覚悟があると言うのなら、そこのロザリオで首を切れ』

神はそう告げた。

「……そうすれば、どうなるの……?」

どこから聞こえてくるかもわからない神の声に、縋るように尋ねてみた。

『その"運命"を変える力を、お前に託そう』





*********


*********



*********





「......兄さん、準備できたよ?」

「…………あ、あぁ。すまない」

「......疲れてるの?」

「い、いや。そんなことないぞ?」

どうやらリビングで待っている間に少し眠ってしまったらしい。

「なんや、なにか嫌なことでもあったんか?隊長さん」

ステラもヒカリの後ろから入ってくる。

「……大丈夫だよ。ありがとう」

「……そか。ほな、行きましょか」

疲れてる……わけじゃないと思うんだけど……

未来にあった過去の出来事。

他人事じゃない気がして、どうしても頭にのこるんだよな……





*********




「そういえば、ステラは昼間は何してるんだ?」

ステラのもと住んでいた部屋へは、バスで近くまで行けるということだった。

そのバスで、気になっていたことを聞いてみる。

「昼間は近くのコンビニでアルバイトしてますよ」

「へぇ。アルバイト」

「・・・なんですの?やっぱり変ですか?」

「・・・いや、学校にでも行ってるかと思ってたからさ。ちょっと意外で」

「あはは・・・それはまぁ・・・学校は次の機会で・・・」

「おいおい・・・」

勉強嫌いは直っていなかったらしい。

「・・・あ、それなら、ヒカリちゃんはいつも何してるん?いつも帰り早いみたいやけど」

ヒカリは少し考えるように首をかしげ、こう言った。

「……ゲームで勉強」

「え・・・?」

・・・たしかヒカリのやってるゲームって・・・

この前ヒカリの部屋を覗いたときに見えたパッケージは、18歳以上じゃないと買えないはずのものだった。

・・・俺が去年売ったゲームばっかりだったよな・・・

「……ゲームで学べることは、多いのよ」

そう断言するヒカリ。

「そ、そうなんか・・・?」

・・・いや、俺に振られても・・・

「・・・ま、まぁ、そうなんじゃないか?」

俺は否定出来なかったので、一応賛同しておいた。

「へぇ、そうなんか・・・ウチもやってみようかな」

「……オススメのタイトルがいくつかあるんだけど・・・」

「ほうほう」

ヒカリはステラにエロゲの良さを語り始めた。

「・・・・・・」

それを止める気にもならず、俺は諦めてヒカリの熱弁を聞き流すのだった。






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