チャプター 3-2
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「えっと……きみ、名前と所属は?」
目の前でおびえきっている少女に問いかける。
少女は目に涙をいっぱいに溜めて、何も言わずに後ずさった。
「そんなに怖がられても……」
ただ力なく首を振るだけの少女は、俺が一歩近づいただけでしりもちをついて震える。
「あー……。 これならどうだろう」
俺は空いている手を少女に差し出した。
この行為の意味がわからないのか、少女は不思議そうな目でこちらを見てきた。
「……俺は……ライト。掃討部隊『ファランクス』の……一応、隊長をやってる」
そこまで言うと、少女は俺がどういう立場の存在かを理解したらしく、一層うろたえて俯いてしまう。
「……きみも、俺達と一緒に来ないか?」
少女の肩が一瞬震えた。
「悪いようにはしないし、嫌なら断ってくれても構わない」
不安を隠しきれていない表情で、こちらに視線を戻した。
俺は彼女の目を見つめ、手を差し出し続けた。
少しの間のあと、少女の小さな手が、冷え切ったそれが、そっと触れた。
「……ありがとう。よろしくな」
俺がそう言うと、少女は少し頬を緩めた。
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聞きなれた電子音が、夢から現実に引き戻してくれる。
手が勝手に動き、その音を止めた。
窓から射す光が、朝であることを教えてくれる。
「……なんで今になってあんな夢を……」
朧になっていく夢を、頭を振って振り払う。
……今日は土曜日か。あいつらの2次試験の日だな……
ベッドから降り、二人の様子を伺う。
……あれ、ローザがもう居ない……?
ローザのベッドはすでに蛻の殻だった。
……それに比べて、ヒカリときたら……
寝相の悪さは昔から変わらず、ベッドから身体の半分が落ちていた。
……よくこの姿勢で寝れるよな……
「おい、ヒカリ。そろそろ起きないと遅れるぞ」
叩いて起こしてやる。
「......兄さん……もうそんな時間……?」
「……1分だって、これ以上寝させないからな」
「......じゃあ、30秒だけでもいいから……」
「いいから起きろよ!」
……そこまでして二度寝がしたいのか。
どうやら1分ではだめだったらしい。
……次からは1秒にしとくか……
「......兄さん、朝ごはんは?」
眠そうな目をこすりながら、むくりと起き上がるヒカリ。
「ワッフルとドーナッツを買ってきてるから、それ食え」
「......最高の朝ごはんだね」
「……それ本気で言ってるのか……?」
……半分ネタのつもりで買ってきたんだが……
予想以上に喜ばれて、逆に反応に困ってしまった。
そのままリビングへ向かうと、そこに居た先客を見て、自然と自分の頬が緩んだ。
「すー……すー……」
……おいおい、またかよ……
リビングのソファーで、ローザが寝ていた。
……風邪引いちまうぞ……
はだけている制服を……一瞥して視線を移し、そばにおいてあるタオルケットをかけてやる。
「......赤月先輩は、どうしてこんなところで?」
「さぁな……」
……その情報は、そろそろ聞いてもいいかもな。
「さ、朝飯だ。ぐずぐずしてて試験に遅れられるのも嫌だし」
俺は気を取り直して、キッチンへ向かった。
*********
2次試験は7時からと言っていたが、ヒカリは開始時刻の10分前に颯爽と出て行った。
……食べきれないからって、持って行かなくたってよかったのに……
「あれ……? ライト……」
「お、ようやくのお目覚めか」
リビングから声がした。
「……どうして起こさなかったの?」
寝ぼけ眼をこちらに向けつつ、そう聞いてくる。
「……いや、さすがに悪いと思ったから」
……あんなに可愛い顔して寝てるやつを起こすのは……
「ふーん……まぁ、いいわ」
ローザはどこかつまらなさそうにソファーを降りた。
「今日って、土曜日よね?」
「そうだな」
「その……買い物、行くんでしょ?」
「ああ。……もしかして、何か用事が入ったりしたのか?」
「い、いえ、その……」
ローザは首を振ると、自分の頬を両手で叩く。
「準備してくるから待ってて!」
「え、あ、ああ。飯はここにあるから、食べておいてくれ」
残っていたワッフルをビニール袋から取り出す。
「わかったわ。じゃあ、30分後に出発するわよ」
それを受け取ったローザは、そのまま部屋に直行して行った。
……30分……
「ああ……了解」
……武器の手入れでもして待つか……
*********
南原市から程近い、某ショッピングモールでローザと買い物をする。
「一通り買いたかったものは買えたな……」
手元のメモを見て確認し、買った食材やらを輸送センターに預けた。
……学生ならどこの寮でも届けてくれるとか、サービス良すぎだよな……
俺は後ろにずっとついてきているローザのほうへ振り向く。
「ねぇ、ライト!これも欲しいわ」
そう言ってローザは……よくわからない犬……いや、兎……?のぬいぐるみを抱えている。
「物珍しく思う気持ちはわかるが、俺の財布事情もだな……」
「ありがとう、ライト!あなたって本当に親切よね!」
「……はいはい……」
話が通じない彼女に、なぜかあれもこれもと買わされるはめに。
……おねだりの仕方が上手いんだよな……
一度許して買ってしまうと、歯止めが利かなくなってしまった。
……俺の意志が弱いだけなのかな……
最初は、プレゼント気分で洋服でも買ってやろうかと思っていただけなのに……
「……まぁ、いいか」
あれだけ幸せそうにはしゃぐローザの姿を見たら、後悔もなにも吹き飛んでしまうから不思議である。
電子生徒手帳を読み取り機にかざし、会計をすませる。
「えへへ……」
これだけテンションの上がっているローザを見るのは初めてだった。
30分かけただけあって、ローザの私服姿は予想以上に……可愛かった。
それもあいまって……逆に、このひと時を失うのが怖くなってしまった。
あの時の様に、日常が日常でなくなる瞬間が来るかもしれない。
そう思えば思うほど、彼女を……その笑顔を、この瞬間を、守りたいと思ってしまう。
……俺、全然反省できてないな……
"守る"
この行為がどれほど自分を苦しめるか、身をもって感じたはずなのに、また守ろうとしている。
……でも、もう2度目はないから……
「……?」
すっ……と、目の前に手が差し出される。
「手、つなぎましょ?」
「え……なんで……」
「……嫌なの?」
「いや……そんなことない! ないけど……」
……そんな目で睨まないでくれ……
俺は諦めて、差し出された小さな手を握る。
小さい、女の子の手だ。
俺とは違う、本来は戦闘に向いてないはずの手。
だが、そこから伝わってくる温もりは、その力強さは、俺を安心させるのには十分だった。
「ありがとう……ローザ」
「えっ? 急にどうしたのよ!?」
赤くなりながらローザがふためく。
「そう言いたい気分なんだよ。……よし、もうすぐ昼だし、軽く何か食べに行こうぜ」
俺は手を引いて歩き出す。
「もう……あんたはそうやって笑ってくれればいいのよ……」
「え……?何だって?」
「何でもないわ。早く行きましょう」
ローザは微笑みながら、手を引かれて歩き出す。
……まったく、ローザには本当に敵わないな……
俺は改めてローザの強さに嘆息したのだった。




