チャプター 1-1
1
聞きなれた電子音が寝室に響く。
ほぼ無意識のうちに手が伸び、一日の始まりを告げる音を止めた。
「……朝か」
いつものように着替えを済まし、いつものように誰も居ないリビングへ入る。
壁にかけられた時計は7時を指していた。
……あぁ……眠い……
気分が乗らなかった俺は、朝食をトーストで済ませることに。
昔から変わらないトースターにパンをセットし、テレビの電源を入れた。
『……ています。続いて、モンスター情報です。今朝、東京都地区管理委員会から報告で、伊勢原地区に未確認のモンスター反応があったとのことです。委員会は現在この未確認モンスターの調査を進めているところで……』
「うわ、結構近いな……。うーん……報酬出るのかな……」
モンスターの情報をレポートにまとめればそれなりに評価される。 その評価が生命線となるのだから、できれば調査したいところだが……
……あれ、電話が。
「もしもし?」
『おはよう、ライトくん!』
「……うん、おはよう、ヒヨ。 何か用事か?」
耳が痛い。 朝から元気なのは良いことだが、もう少し寝ぼけている耳を気遣って欲しい。
……そんな朝から元気な幼馴染、"ヒヨ"こと"朝比奈ヒヨミ"の声が届いていた。
『うん。今日、始業式だよね?』
「ああ。そう言えばそうだな」
どうもまだ頭が上手く働いて無いらしい。 今日の予定も思い出せて無いとは。
『それで、お昼ごはんはみんなで集まって食べるから、お弁当作らなくても大丈夫だよって、言おうと思って』
弁当を作ってきた覚えは無いが、その気遣いを無碍にするわけには行かない。
「心配しなくても、今日もコンビニで何か買うつもりだったから、大丈夫だ」
事実だけを伝えた。 別に見栄を張っているわけではない。
『そうなの? ……もう、ライトくん、コンビ二弁当ばっかり食べてると体に悪いよ?』
「い、いや、たまには自分で作ったりしてるから……大丈夫だって、多分」
夕飯と朝食はたまに作っているが、昼飯はめったに作らない。 発言に嘘はない。
『ふーん。なら良いんだけど……』
ヒヨは去年から、時々こうして俺の食生活について心配してくれる。
そのついでで弁当を用意してくれたりもする。 今回もそのつもりなのだろう。
「……そうだ。この辺で新種のモンスターが出たらしいから、行くときは気をつけろよ」
『え、そうなの? じゃあ気をつけるよ』
「ああ。じゃあ……」
『うん。じゃあまた後でね』
程なくして電話は切れた。
ヒヨはたまにこうして朝に電話をしてくるが、弁当を用意する時間はどこにあるのかと、いつも心配してしまう。
……まぁ、あいつが遅れて学校に来ることもなければ、無理して早起きしてるようにも見えないから、きっと前の晩から準備してるんだろう。
別にそこまでしてくれなくてもいいのにと常々思うも、それに甘えずにはいられないこの現状。
そういえば去年、弁当で一度、クラスのやつらともめたことがあった。
昼食を用意するのを忘れた俺のところに弁当を持ってきてくれたヒヨを見て、
「お前ばっかりずるい!!」
「幼馴染なんてうらやましすぎる!!」
「リア充はくたばれ!!」
などと言いながら、ケンカを売られた挙句めちゃくちゃ殴られた。
嫉妬する気持ちはわからんでも無いが…………あそこまでする必要ないよな……
視線を上げて時計を見る。
……まだ時間あるな……コーヒーでも淹れるか……
*********
少しの油断が命取り。
本当にそうだなと、今改めて思った。
……いや、たまたまコーヒーを淹れて戻ってきたら、たまたまソファーに携帯ゲーム機があって、つい出来心で……
なんていう言い訳を考えながら走る。
学校から俺の住んでる寮まではかなりの距離があり、当然、走って通える距離ではない。
だが、俺が我に返ってバス停に向かったときには、送迎バスの最終便は行ってしまっていた。
……学校初日から遅刻とか、そんなのは漫画かゲームの中だけにしてくれよ……っ!
今年くらいはきちんとしようと思っていたのは嘘ではないが、どうにも行動が伴わない。
成すすべなく沿岸沿いの道をひたすらに走る。
……せめて自転車を修理しておけば……
春休みにパンクさせてからめんどくさくて放置していたのが仇になった。 こういうことの積み重ねが生んだ結果なのかもしれない。
もうすぐ学校のある島へ架かっている橋が見えるというところで、『モンスター被害の修復』と称した工事により道が封鎖されていたせいで、回り道を強いられてしまった。
……クソッ……ついてねぇぜ……
さすがに間に合わないので、走るペースを緩める。 ここまでくると遅れてもいいかなぁ、なんて思えてしまう。
そんな状態でもう何年前のものかもわからない廃工場の横を過ぎようとした時だった。
「な、なんだ……?」
工場の中から、金属音のような何かが聞こえる。
当然稼動しているはずもなく、しかもこの不規則な音は……
「……まさかこの中に新種が!?」
鞄をそばに置き、中へ入る。
そこにいたのは――
「はぁっ!!」
――華麗に空を舞って戦う少女と、それに対峙する見たこともないモンスター。
空中で両者の得物をぶつけ合い、火花を散らしていた。
……うん? 飛んでる……?
彼女の背中には、光る翼のようなものがついていた。
どうもそれで飛んでいるらしい。
対してあのモンスターは……
黒くて、大きくて、羽が生えていて、ツノっぽいのが付いている。
……どこかで見たような……。 あぁ、あれだ。 ≪ガーゴイル≫に似てるんだ。
悪魔の使い魔といわれると確かにそれっぽい。
どこぞのダンジョンにうようよいる割に、現実で見るとわかりにくいものだな……。 さっきのゲームで見た感じと幾分雰囲気違うし……。
……っていや、そうじゃなくて!
大剣をふるって戦っている少女は、どこか攻めあぐねているようだ。 決定打を叩き込めていない。
……っち、そんな荒事は討伐課に任せとけばいいのに……
物陰から様子を見守るのは止めた。
性に合わないし、あれが新種なら情報を集めておけば稼ぎになる。
……ここだっ!
俺は愛剣のビームサーベルを取り出し、刃を出してガーゴイルに切りかかった。
「はッ――!!」
俺の不意打ちはクリーンヒットし、ガーゴイルがひるむ。
ポケットからすかさず≪サーチャー≫を取り出し装備した。
半透明の画面越しにガーゴイルを見据え、情報を解析しにかかる。
「ちょっと! なにやってるのよ!?」
背後からあの少女の声が聞こえる。
近くで見るととても小さく、その声はどこか幼い。
こんな子供にそんなデカイ得物を持たせるなんて、親の顔が見てみたい。
「――見てられなかったんだよ。 後は俺に任せて後ろに下がってろ」
ガーゴイルの突進からの追撃というコンボを受け流す。
「てか、そもそもお前は許可証を持ってないんだろ? どういう事情か知らんが――」
「――何を言ってるの? あたしはちゃんと、討伐許可証持ってるわよ?」
「…………は?」
討伐許可証とは、その名の通り、モンスターを討伐することを国、もしくは学校から許可されている者が持つものだ。 戦う意志も力もない者に、ましてやこんな子供に与えられるものではない……はずだ。
「あんたこそ、そんなことしていられるほど、コイツを倒すのは余裕なのかしら?」
「…………」
正直余裕、と言ってやりたいが、ガーゴイルは出現報告がなかったはずの新種だ。 パターンを知らずに弱点の解析が終わるまで耐えられるかと聞かれると、あまり自信は無い。
「しょうがないから、あたしも手伝ってあげるわ!」
そう言って彼女はポケットからクリスタルを取り出し、その大剣にセットした。
……ってことは、あれは俺の剣と同じ、科学武器!?
クリスタルの力を武器に転用することで、人智を超えた能力が発揮できる武器、それが科学武器。
まだ世界で数十個しか開発されていないはずの武器なのだが……俺の知らない間に市販されてしまったのだろうか。 いや、さすがにそれはないか。
「吼えろ!! ≪ハウリングドライブ≫!!」
紫に光り輝いた大剣が、ガーゴイルを真っ二つに切り裂いた。
「――よし、見えた!!」
クリスタルモンスターの討伐方法は2つ。
モンスターの体力を削り切るか、コアと呼ばれるモンスターを形成しているクリスタルを壊せばいい。
たった今解析が終了し、クリスタルの位置を画面が示している。
これを潰せば……俺の勝ちだ!
真っ二つに切られても攻撃を仕掛けてくるガーゴイルには、後者の方法で完全に消えてもらおう。
俺はサーチャーをしまい、代わりにクリスタルを取り出してビームサーベルに取り付ける。
「喰らえ! ≪千剣の穿孔≫!!」
何十にも重なった刃がガーゴイルを貫いていく。
コイツのクリスタルは……ここだっ!!
『ガアアアアアァァァ!!!』
ガーゴイルの断末魔が響き、消滅した。
何もなかったかの様に、あっさりと。
「ふぅ…………さて」
後ろに居る少女に向き直る。
何度見ても小さい。 小学生ではないだろうが、そう言われても違和感が無い。
身に纏っている制服に見覚えは無いが、制服を着ているということは学生なのだろう。
どことなく良いとこのお嬢様感がするが、そんな子がこんなところに居るはずもない。
「……おい、大丈夫か?」
「え? あ、え、ええ。 別にあんなモンスターぐらい、あたし一人で十分だったから!」
どこか放心したように口を半開きにしていたが、意地っ張りなのか、そんなことを早口で捲くし立てている。
「そうかよ。 それは余計なことを…………いや、そもそもどうして一人でこんなところに居るんだ?」
「――!? そ、そんなことどうだっていいでしょ!? てかあんた、学校、行かなくていいの?」
「は?」
お前が言うなよ! ……って言いたいのも山々だったが、腕時計を見ると。
「やっべ、もうこんな時間かよ!?」
俺は外のほうへ駆け出すも、そういえばと足を止めた。
「君、名前は?」
「……ローザ」
「じゃあ……ローザ。お前も気をつけて学校行けよな」
「そんなの、言われなくてもわかってるわよ!」
何を怒っているのか、どうにも機嫌がよろしくないようだ。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! あんたの名前も聞かせなさいよ! あたしは名乗ったんだし!」
名前しか聞いて無いけどな。 てか、なんのつもりだ。 俺とお前が同じ戦場に立つとは限らないはずなんだが。
……まぁ断る理由も思いつかないし、さっさと行かないとマジでサボらないとになるし。
「……ライト。天風ライトだ」
「……そう。 名前だけは覚えておいてあげるわ! だからあんたも覚えてなさい! また会うようなことがあったら、何かおごってあげてもいいわよ!」
「いらねぇよ。 んなガキに奢られてたまるか」
「な!?」
なにか言いたげな感じだが、俺は構わず背を向けた。
「じゃあな。 ……お前は死ぬんじゃないぞ」
「え……?」
再び足を動かし、学校へ急いで向かった。 多分これは、絶対に間に合わないと分かっていながらも。




