幕間 11
「はぁっ……はぁっ……」
土煙が晴れ、目の前の光景があらわになる。
「くっ……」
激しい頭痛に思わず顔をしかめる。サウザンドはもうしばらく能力を発揮できない。俺の記憶ももうじき、限定的なものになってしまうだろう。誰かをこの手で殺めることの罪悪感も、それによって思い出される記憶も、感じられるのはあと数刻だ。
忘れたかった記憶も、思い出したくなかった記憶も、サウザントの置き土産か、今この光景を目にして、嫌でも思い出してしまう。
「……クク」
「――っ!?」
身体が反射的に飛びのいた。右腕の感覚がまったく感じられず、血が滴り落ちるのも構わないで、≪超新星の千里咆哮≫がかかったままの身体は、未だ動き続けてくれている。
サウザンドという命の源とも言うべき原動力が力を失おうとしているのにもかかわらず、だ。
「ククク……≪ジークフリート≫は不死身の英雄。ボクの超再生能力とこの力があれば、こんな傷……がはッ……」
ひび割れた地面に横たわり、上半身を起こそうと試みるシン。
けれど、シンが纏っていたジークフリートの鎧はばらばらに砕け散っており、あの黒い大剣もその半身を失っている。
誰がどう見ても、動ける状態ではない。不死身だろうが、再生しようが、そんなことよりも先に応急処置をしなくては、確実に死ぬであろう。
「……はぁッ……はは、まだ、まだだ。ボクはまだ、動け――ぐっ……」
胸の中心に紅い大輪を咲かせ、鮮血を口から傷口から滴らせている。
起き上がることすら、満足にできないだろう。これでまだ息が出来ているのが不思議なくらいだ。
「シン……」
シンだって、自分自身の信念を持って、この世界を滅ぼそうとしたのだろう。
それだけのことをするだけの理由が、確かにあったのだろう。
それでもきっと、俺はコイツをとめなければならない。
たとえ全世界の誰しもを敵に回したとしたって、これが間違いだといわれたって。
守ると誓った。救い出すと、正すと誓った。
ただそれだけで、俺は十分に立ち向かえた。
手の内を全て明かして使い尽くして、そうして今、俺はまだ立っている。
「……俺の勝ちだ。もう、手を引け。俺の大切な仲間に手を出すな」
轟々と大気の唸る音がする。先ほどよりも幾分、風が強くなってきたようだ。
「……でも、ボクは……ボクは、ミイのために……」
もがいて、あがいて、動けないと知っていながらも、起き上がろうと必死になっている。
見ていられなかった。まるで本当に俺が悪いことをしているみたいで。
「――そこまでにしておきなさい」
視線を外した途端、涼風のような声が耳に届いた。
はっと振り向けば、シンの側で黒のゴスロリスカートに風をはらませた少女……いや、女性の姿があった。
「ひ、ヒメノ!? ほ、本当に、ヒメノなのか!?」
「あら、ライトくん。ふふっ……命とはこうまでして惹かれあうものなのですね。あなたならきっと、こうすると思っていました」
「え……?」
黒を基調としたゴスロリ衣装は変わらないが、その美貌はさらに洗練を重ねたようで、片目を覆うように伸びた髪は、星空を写し撮ったかのような瞳を隠すのではなく逆にその存在を際立たせている。
背も幾分大きくなったようだ。手足もすっとしていて、大人の女性、という感じでいっぱいだった。
「……シン。悪いがこっち側の勝ちだ。キミの身柄は拘束させてもらうよ」
「じ、ジークさん……」
そしてその隣側から、道中で足止めをしていたはずのジークさんが、手錠らしきものを持って歩みを進める。
「……そうか。ボクは、負けたのか。これだけの力を持ち合わせていても、何も変えられないで」
「いや。何も変えられなかったわけでは無いさ」
「は……?」
身体を持ち上げ、垂れ下がる腕に手錠をかけたジークさんは、複雑な表情で、口の端を持ち上げた。
「こうして、未来の可能性は残せた。キミの様な神がいなくとも、神を信じずに自分の能力を最後まで信じた彼がいれば、何を信じればいいのかを示してくれるはずだ」
ジークさんがこちらの方をみる。
どう反応していいのか分からずに、ただ、見返すことしか出来ない。
「…………自分を信じる、か。……ボクはきっと、信じていたのではなく、想像していただけだったんだな。身に余ることを、出来ると思い込んでいただけの、愚か者だったのか」
その言葉を聴いた途端、俺の口は勝手に動いていた。
「愚か者なんかじゃない。お前は確かに誰かのために動いた。それができるのは、救いたいと、願いを叶えたいと思える意志があったからだ。そんな意志を持ったやつが、愚か者なもんか」
そこで初めて、右腕が吹き飛んでいることに気付く。そもそもあんな爆風のなかで、これだけの犠牲で立てていたこと自体が奇跡のようなものだ。
「………………」
シンは何か言いたげに口を開いたが、ついになんの言葉も発さないまま、俯いてしまった。
「ライトくん。すまないが、先に失礼させてもらうよ」
「……不本意ですが、私が説明しておきます。歪みがこれ以上大きくなる前に、回収していただけるかしら?」
「了解。……ライトくん。すまない。そして、ありがとう。キミは本当によくやってくれたよ」
物を言わなくなったシンを肩に担ぎ、ジークさんはその姿を消した。光の粒子となって。
「ふぅ……。さて」
ヒメノは肩にかかった髪を背中へ流し、俺の方へ歩み寄って来た。
その仕草のいちいちが妖艶で、視線を合わせるのも忍びなくなる。
「……まずこれだけは言っておきます。彼は――」
「――未来から来て、今、世に出ているモンスターの大半を作った、だろ?」
「……本当に、あなたの推測はよく当たりますね?」
「あいつを倒せば、モンスターは消えるんだろ?」
「ええ。全て、ではありませんが」
視線だけで、先を促した。
「……せっかくの再会ですのに、もっと言うことがあるのではなくて?」
「すまないが、今はヒメノよりも大切な存在が居るんだ」
「そう……。そうよね。存じてますとも」
期待した回答は得られなかった。
もうこれ以上は時間の無駄だと感じた俺は、踵を返し、壁にもたれかかるローザの元へ駆け寄った。
「……ローザ」
そっとその小さな身体を抱き起こした。片腕がないせいで、安定こそしないものの、随分と久し振りに彼女の温もりを感じることができた。
あまりにも低温同士の、消えかかった命の燈同士でしかないけれど。
「無茶しやがって。俺の心配をする暇があるなら、自分の心配をしろよ……」
顔色は、酷く悪い。呼吸も虫の息で、今すぐにでも手当をしないとまずい。
だが、目立った傷からの出血は確認できない。全て瘡蓋となってしまっているのか。
「……バカ。あんただって。無茶しないでって、言ったのに」
力なく目を開けたローザは、縋るように両手を伸ばす。
「こんなになるまで無茶して……本当に、バカなんだから……」
小さな手が、そっと俺の頰に触れた。
冷たいはずなのに、どこか温かい。
柔らかくて、かけがえのない、儚さを感じる手。
ローザはいったいこの手で、何を掴めたのだろうか。
俺はいったいこの手に、何を掴ませたのだろうか。
淡く消えかかり始めたその手に、涙の雫が落ちる。
「……ごめん。ごめん、ローザ」
「謝らないで。あたしは……そう、未来へ帰るだけよ」
その瞳いっぱいに涙を溜めて、それでもいつものように強がってみせる。
「この世界の未来は、たった今、変わった。だからあたしは……使命を果たしたあたしは、未来へ帰るのよ」
「お前の帰る未来は、俺が消してしまった。お前を守ると言ったのに。導くと誓ったのに。お前の存在そのものを危うくさせて。そしてこのザマだ」
悲しいのか。悔しいのか。もう分からないけれど。
涙が止まらない。
溢れ出す感情が、治らない。
「俺はお前を守るために生きて、戦ったのに、こんなんじゃ、俺はいったい……何のために……!!」
もう片方の頰になにかが触れた瞬間、唇に柔らかな感触。
薔薇のような香りが鼻を抜け、混乱しかけた感情が正気を取り戻す。
「……心配しないで。あんたは迷わずに、未来を信じて生きなさい」
唇を離したローザは、決して辛そうな顔を見せない。
「あんたが生き続ける限り、あんたの先には未来がある。そして、あんたの信じる未来には、きっとあたしが居るわ」
今から消えようというのに、辛くて悲しくて寂しいはずなのに。
「だからあんたは生きて。信じる先で、あたしは待ってるから」
最後くらい、甘えて泣いてくれたって、良かったのに。
泣いている自分が、なんだか情けなくなってしまう。
「……ああ。分かった。それがお前の望みなら」
ローザはこくん、と頷く。
「じゃあ、あたしは先に行ってるわ。……愛してる。ライト」
「俺だって……絶対に追いついてみせる。お前の行く未来に。そして必ず会ってみせる」
最後に微笑んで、彼女の姿は光へ変わり、やがて淡く消えて空へ舞った。
あけていく空に、どこまでも、どこまで高く散って行った。




