チャプター 12-8
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「ら……ライト……?」
子供みたいな、ボロボロな泣き顔で俺の名を呼ぶ。
迷子のようで、今すぐにでも抱きしめて安心させてあげたい衝動にかられた。
だが俺はそれを抑えて、なるべく笑顔で優しくこう言って満足することにした。
「もう大丈夫だ。……あとは俺に任せておけ」
「………!」
振り返り、呆然と――少なくとも俺にはそう見える――こちらを伺っていた青年の方を向く。
「よぉ……随分と好き勝手に遊んでくれたみたいだな?」
電流の迸る音が聞こえる。
さっきの雷撃で火がついたか、朽ちて行っていた蔓たちが燃え始めている。
それはあっという間に燃え広がり、天井から火の粉とともに舞い落ちて来ていた。
「やぁ、ライトくん。待っていたよ」
「待ってた? 冗談はよせ。ちっとも待ち切れてないじゃないか」
膝立ちだった身体を起こし、ゆっくりと立ち上がる。
手に持つ刀が地面を擦り、金属音を控えめに響かせた。
「……聞いたぞ。表で闊歩してるモンスターは、お前の意志を触媒にして生み出したんだそうだな?」
「どこでそれを?」
「リリがお前の話を聞いてたんだよ。ちょうど上の階に居たらしかったからな、集音させてもらってたんだ」
「盗み聞きなんて、趣味が悪いね?」
「そっちこそ。……よくもまぁ、突然の訪問者をあんな扱い方ができるもんだ」
目の前で対峙する、シンの背中越しにその姿を確認。
赤黒く汚れた、白かったはずのドレスが見えた。
「……役割がないから? 邪魔だから? そんな理由で、お前は罪もない人間を殺すのか?」
「あの娘は人間ではないよ。キミも分かっていたんだろう? 彼女はキミが思っているよりも遥か以前から、人間という枠組みから外れ、神にも近い存在になっていたんだよ」
「お前は何様だよ?」
「ボクは神に最も近い存在。そしてやがてこの世界を救済する者。……言うなれば、救世主様さ」
目の前の青年……神谷シンは、おどけるような仕草で、けれど表情は真剣そのものでそう語る。
「……ふざけるなよ」
「さすがに気に食わなかったかな? じゃあ変えよう。そうだね、もういっそ、神様と名乗っておこうか」
「ふざけんじゃねぇッ!!」
「ボクは何も巫山戯てはいないさ。現に、この世界でボクは誰よりも神に近い」
両手の刀を地面に思い切り突き刺した。再び雷撃が溢れ出し、無作為に暴れ出す。
「……救世主だか神だか知らんが、そんな欺瞞で人間を語るな。神を語るな」
「どうしてキミに咎められなくちゃいけない? それに、ボクは事実しか言っていない。何も間違ったことは言ってないんだよ?」
「本当にそうか?」
「あ?」
……さぁ、行くぜ、サウザンド。
ゆっくりと、顔をあげる。
そして地面から刀を抜く。
右足を引き、左の刀を水平に前へ出した。
「お前は誰よりも神に近いんだってな? それは何を以って判断したんだ?」
「ボクの全てさ。持ち得る能力も、力も、存在そのものも、存在意義でさえ、神に相応しい」
「――それは誰かに言われたのか?」
「は?」
シンの顔が固まる。だが俺は構わずに続けた。
「自称神だとか、自称救世主とか、そんなことは勝手に言えばいい。だがな、そんな上っ面だけの肩書で、知ったような口を叩いて、挙句、人を勝手に評価して手を出すようなことはやめろ」
「……キミはボクの何なんだい? 親にでもなった気でいるのかい? ――余計なお世話だよ。それに、ボクは誰よりも強い。なにせ、神なんだから」
「――だったら、試してみるか?」
右手の刀を肩に構え、地を思い切り蹴った。
――ギンッ!!
シンの懐から鈍い金属にも似た音が鳴り、鈍く光るなにかが空中に躍り出る。
「へぇ。それは……アルテミストかい?」
「……ッ――」
下から迫る蹴りを≪神速≫で躱しつつ、落下して行くそれを掴んでシンの後方へ。
「……おい。これは何だ?」
俺の不意打ちを庇った……真珠のような色をしたクリスタル。
刀が刺さった跡だろうか、一箇所凹んでいた。
「ボクのお守り……にはさっきなったんだが、もともとはボクの研究対象さ。≪デュアリスト≫のコアクリスタルだよ」
「≪デュアリスト≫?」
「そうさ。一つの身体に二つのモンスターを宿したクリスタリア。この世界では本来存在してはいけない……存在できないはずのコアなんだよ」
一つの身体に二つのモンスター。
そのフレーズに、俺の中のある記憶が引っかかる。
「……返してもらうぞ。これはお前が持っていていいものじゃない」
「どうしてだい? モンスターからドロップしたコアは、発見者に所有権があるのだろう?」
「……ヒヨはモンスターじゃない。それに、ヒヨは俺の仲間だ。お前には、関係がない」
「関係がない? ……そうだろうね。彼女はそもそも誰とも関わることのなかった、関わる必要のなかった人物だ。ボクの用意したシナリオに必要のない、言ってしまえばモブの一人さ。……このクリスタルさえなければね」
二度目の奇襲。
だが、さすがに二度は通じないようだ。刀を掴んで止められてしまった。
「……けど、彼女はこんなにも奇妙なものを生み出してしまった。この世界にこんなものは存在してはいけない。なのに、存在していた。……とても興味深いと思わないのかい?」
とんでもない握力だ。刀を引き抜ける気がしない。
仕方なくもう片方の刀を振りかざす。
「俺は思わない。……たしかに、存在する理由は分からないかもしれない。でもな」
再び、けれど今度は澄んだ金属音が響く。
俺の刀を、掴んでいた刀を誘導して弾いたのだ。
「存在しなくていい理由はない。その存在を否定する理由もない。お前に……お前なんかに、あいつが否定される理由は無いんだよッ!!」
反撃に迫るシンよりも早く、サマーソルトで蹴り返してやる。
手応え十分のはずだが、シンが止まる気配はない。
「それに、俺はお前と違って、クリスタルで尺度を測る事はしない。その人の価値を、たかがクリスタルなんかで決め付けたりしない」
「だったら、彼女にあれ以上の価値があったと言うのかい?」
「無いわけが、無いだろッ!!」
繰り出されるパンチとキックのコンボを刀で防ぎ、拳に合わせて強打を振るい、後ろへ跳躍して距離を取る。
「お前に決め付けられる道理はねぇッ! 価値の無い人間なんて、居ないんだよッ!!」
――≪朧月≫!!
構えられた拳の動きに完璧に合わせ、刀を加速。
その勢いを殺さずに、切り抜け――
「効かないって、言ってるだろう」
「がはッ!?」
背中を蹴り飛ばされ、地面に叩きつけられる。
反動を利用して身体を跳ね飛ばし、体勢を整えた。
「どうして彼女を頑なに人間だと主張したがるんだい? 言っているだろう、キミも彼女も人間では無い。モンスターの一種である、クリストロンなんだよ」
「クリストロンだろうが、モンスターだろうが、神の紛い物だろうが、人間の形をして、等しく死ぬのなら、こんなの、人間と何も変わらないだろ!」
≪神速≫が無ければ目で追いかけるのも辛いだろう速度で迫るシンに合わせ、刀を振るう。
皮膚から鮮血を流すのも厭わず、シンは武器一つ持たずに攻めてくる。
腕に何か仕込んでいるのか、刀が腕を切り落とす様子もない。
「いいや、違うね。……人間はそうやって、空中に刀を生成したりしないよ?」
「チッ……!!」
力任せに拳を押し返し、虚空で溜めていた刀を一気に具現化させた。
体内から卒倒しそうな勢いでなにかが抜け出ていくのを感じる。
同時に、推定数百本の刀が俺の意志と繋がった事を感じ取った。
「バレたならしょうがねぇ……。だったら、見せてやるよ。俺が人間をやめてから歩んできた過去を。そして覚悟を」
狭くて暗い上空で、俺の意志を……覚悟を乗せた刀が光を帯びる。
「……俺の刀の数は、覚悟の数だ。お前に、受け切れるか、この≪千剣の覚悟≫を!」
刀の照準を合わせる。たったそれだけで、四肢が引き裂かれるような痛みが全身を駆けた。
「覚悟? キミはいったい、何の覚悟を決めたと言うんだい?」
死角はないはずだ。リリを、そしてローザを巻き込まないように調整もした。
「……俺は戦うたびに、責任を感じていた。あいつを殺さないといけない。あいつを守らないといけない。あいつを失うわけにはいかない。そのために俺がやらなくちゃいけないんだ、ってな」
二本追加。倒れこみたいほどの疲れの波が押し寄せるが、歯を食いしばって耐える。
「俺は人間だとずっと思っていた。きっと育成場から出れば、普通の人間として暮らしていけると信じていた。……でも」
さらに二本加える。手から離れた刀がシンの方に狙いを定めた。
「俺は結局過去に囚われたまま、逃げることしかできず、何も守れず、何も変わらなかった」
軋み始めた腕をなんとか動かし、腰のあたりに持っていく。そして掴んだ。
「でも、あいつらは違った。過去を守るために自らを犠牲にしたあいつも、定められた宿命に抗って俺なんかのために力を振るったあいつも、過去にも現在にも負けずに自分の正義を信じ続けたあいつも、皆変わっていった。本当は悔しかったんだ。寂しかったんだ。怖かったんだ。俺だけ置いていかれている気がして」
姿勢は低く。腰は落として。されど力は入れず、力まず。
「……だけどもう、俺は覚悟を決めたんだ。例えどれだけのものを失おうと、たった一人だけでも守ってみせるって。俺が人間じゃなくなったって、普通の生活ができなくたって、過去を乗り越えられず、変われなかったとしても、彼女だけは守り抜く。それだけは、押し通すってな」
静かに、けれど力強く、一歩を踏み出した。
「その覚悟を乗せた、過去の刃だ! 大人しく喰らえッ!!」
≪神速≫を最大出力で発動し、空中の刀を一斉射。
「キミ、自分が何を言っているのか分かってるのかい?」
珍しく黙って聞いていたらしいシンが、音速で飛来する刀をのらりくらりと躱しつつ、土煙の中で笑う。
「一人のために、犠牲は鑑みないだって? ……ククッ、はっきり言って、キミはバカだよ! あまりにも愚かだ!」
光速の≪雷切≫は、腕で防がれた。赤い火花と電撃が飛び散り、俺の動きを止める。
「キミは一人のために、自分を犠牲にして、神にも歯向かうと言うのかい? 全人類を敵に回すとしても?」
動体視力だけでパンチ二連撃を避け、刀を射出して後方へ。
「……たったの一人だって守れずに、人類全てなんて守れるものか」
刀を投げ、急所を狙うが、弾かれた。
「これが、この行為が悪だと言うのなら、俺は悪魔にだってなんだってなってやる。お前の価値観なんて、知ったことか。どうせ俺はもとから、人間のふりをした、怪物なんだから」
刀の雨は止まない。シンにかすり傷をつけることはできても、致命傷にならない。
隙を見て攻撃を仕掛けても、全てあの腕で守られてしまう。
「……キミ、正気かい?」
「もちろん。お前ほど狂っちゃいないさ」
蹴りを放ちあって後方へ流され、刀を防がれては次の攻撃に備える。
なるほど、自称神を名乗るだけあって手強い。まともな武器一つなくここまで俺と渡り合ったのは、もしかしたらこいつが初めてかもしれない。
だが、シンの顔は明らかに焦燥に歪んでいた。
「死ぬのが、怖くないのか?」
「怖いさ。いつだって怖い。……けど、それよりも今は、ローザを失う方が怖い」
「チッ……!!」
刀を押しやると同時に左フック、右キック。
身体の反応速度が落ち始めたか、危うくあたりかけるも、後退に成功する。
「……もういい。遊びはここまでだ」
ドクン、と身体が警鐘を鳴らす。
シンを纏う雰囲気が変わったような、そんな錯覚に陥る。
「キミもこの世界にふさわしくないよ。だから、消してあげよう。予定変更だ」
シンはパチン と指を鳴らした。
「……邪魔なんだよ。キミがあいつらの用意した最後の戦士だと言うのなら、ここでボクとあいつらのゲームも終わりだ」
気になるワードがあったが、それよりも先に意識が、シンの背中から現れたそれに向いてしまう。
「キミを殺して、みんな殺して、世界を作り変える。ボクのような存在が、生まれてこないようにね」




