チャプター 12-7
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「あたしの願いは変わらない!」
振るわれる拳の雨を振り払い、蔓と荊で足を絡め取り、両手の剣で攻撃を仕掛ける。
「あんたがこの世界を壊す元凶なら、あたしはあんたを倒す!」
その蔓と荊を潜り抜け、あたしの剣を弾くシンは、なぜか笑っている。
「キミの見た世界が、ボクの作った嘘偽りだと知っていても?」
「関係ないわ! あたしが救うのは、この世界だもの!」
……確かにあたしが変えたかった未来は、あたしが生きたはずの未来は偽物だった。
シンの用意した、あたしが動くための台本の一部でしかなかったのかもしれない。
でもあたしは、そんな未来を変えるために、この世界を変えに来た。それだけは、変わらない。
下から迫る蹴りを躱して鋭いストレートを避けて、蔓を足場にシンの背中側へ跳躍。
「忘れたのかい? キミはボクに作られた、モンスターなんだよ?」
「だったら何よ!? あたしはあたしよ! 誰に作られようが、あたしであることに変わりはないわ!」
振り向きざまに繰り出された連撃を荊の壁で防ぐ。
「じゃあ、良いことを教えてあげよう」
荊で削れたか、拳から赤い飛沫を散らしながら、シンはまるで自慢する子供の様に笑う。
「ボクが死ねば、ボクの意志を媒介として作られたモンスターは全て、動力を失って消える」
「――――ッ!?」
シンの放つ蹴りが、拳が、築いた気休めの壁を打ち壊していく。
「ガーゴイルやメモリーイーターは、今でもそこらを徘徊していることだろう。ボクを倒せば、晴れてそいつらも輪廻の狭間行きというわけさ。……もちろん、キミも含めてね」
「くっ―――」
引きちぎられ、シンがその壁を突き破って迫ってくる。
一瞬反応に遅れてしまったが、すぐに剣を構えて攻撃に備えた。
「怖くは無いのかい? キミの願いで、キミ自身が消えてしまうんだよ?」
――が、その時には既に、シンは目の前に居た。
「ぐぅっ――!!」
即座に剣を逆手に変えて狙われた腹部をカバー。重い衝撃で後方へ押しやられてしまう。
「……怖いわよ。怖いに決まってるじゃない」
「へぇ……?」
剣を杖にして、痛みに震える身体をなんとか立たせる。
「でも、それだって、もうとっくに覚悟を決めたことよ。あたしはもとより、自分の存在を自ら壊そうとしていたのだから」
未来を変えること。
それはあたしにとっては、あたし自身を殺すことだった。
変えたかった未来が偽物だったと分かった今でも、結局自分を殺すことに変わらない。そういうことだ。
「あんたが消えて、モンスターも消えるなら、それ以上の褒美は無いわ」
「倒せるのかい? キミに、ボクが?」
「倒して見せるわ。例え倒すことの出来ない運命が定まってるとしても、それを壊してみせる。あたしはそのためにいるんだもの!」
顔を上げた途端、シンの姿が掻き消えた。
「――おもしろい。やれるものなら、やってみろ」
ギュンッ!! と左から空気を裂く音が鳴った。
頬が切れた感覚がある。赤い何かが視界の端で尾を引いた。
「はぁっ!!」
歯を食いしばって左の剣を振り上げるが、掠りもしない。回避ついでに放たれた左ストレートを左へ一歩動いてかわし、右の剣でその拳のあとを追いかける。
「――迷ってるのか?」
だが、突いたその剣は引いた左手につかまれ、動きを止めた。
反射的に剣を引き抜こうとしたが、ピクリとも動かない。
シンは余裕の表情で、左手から赤い雫が滴り落ちるのも構わずに右の拳を引いた。
「このっ――」
仕方なく右手を離し、右ストレートを左へ弾く。そして潜り込んで下から左の剣で――
「それとも、人を殺すことに抵抗があるのかい?」
「――ッ!?」
――キンッ!!
左手で握っていたあたしの剣を回して、あたしの剣戟を弾いた。
そのことに気付いたときには、シンはすでに動いていた。
「そ、そんなこと――」
「――ならなぜ、キミは執拗に荊で急所を突こうとする?」
防衛不意打ちで突き出した左の剣。
シンはそれを躱しつつ、左腕に自身の腕を蛇のように巻きつけ――バキッ!
「―――〜〜ッ!?」
声にならない悲鳴が喉奥から漏れた。
見れば、左腕があらぬ方向に曲がっていた。
骨が擦れあい、肉が引き裂かれ、引っ張られる感覚が、全て痛覚として伝わる。神経も、感覚も、その全てが痛みを訴える。
左手から剣が滑り落ち、足元の荊に突き刺さった。
「鋭さが足りない。一撃が甘いから、こうなる」
思わずよろけたあたしに向かって、奪っていた剣を投げつけて来たのが見えた。
「――ッ!!」
咄嗟に左肩を動かし、折れた左腕を盾にした。
刃が二の腕まで貫通し、関節と筋肉がさらに悲鳴をあげ、血飛沫をあげた。
「キミは、殺せないんだろう? 人の形をしたものを、人と認めてしまった瞬間から」
痛みを堪え、左腕を折りたたんで固定する剣を抜き、地面に突き立てた。
……≪血薔薇の悲鳴≫!
「だからこうやって、荊に頼る。キミは直接手をかけることに、抵抗を感じているんだ。戦士としては……三流だよ」
振られた左フックを荊で拘束。さらにシンの身体をも何本か貫いている。
血がシンの羽織るコートに滲んできた。致命傷は……避けられたらしい。出血量も想定より少ないように見える。
「はぁッ……はぁッ……!」
「キミは弱いよ。確かにその意志は固かった。思いの強さも伝わった。けど、それ以前に弱すぎる」
――血薔薇ノ契約二随テ……
「ぐッ――がはっ」
割れるかと思うほどの頭痛とともに、再び聞こえてきた声。
せり上がってきた何かを吐き出せば、忽ち足元と突き立てた剣先を赤く汚した。
「心を殺しきれていない。戦う者として、戦う覚悟がまだ足りていない。武器を手に取るのなら、人を殺す力を得たなら、その力を正常に振るえる覚悟がなくてはいけない」
ブチブチ、とロープを引き千切るような音が響く。
顔をあげた途端に、その頰を何かが叩いた。
「何かを殺すというのなら、殺意がなくてはならない。キミは……甘え過ぎている」
再び頰に熱が走った。そしてそこで気づいた。
あたしの荊が、蔓が、あいつに鞭にされている。
「戦う理由を付けて、殺す理由を隠して」
腕を、身体を、足を、顔を、切り裂き、破り、千切り、形を変えていく。
不規則に振るわれる鞭に、最早反応する猶予すらない。
「……強い武器に頼ろうとする奴は、そいつ自身に力がないからだ。武器は弱さの象徴。臆病者の証だ」
ふとそこで、シンは思い出したように呟いた。
「そういえば、キミの友達に、ウェポンマスターだと豪語していた奴がいたな。あいつは滑稽だったよ。身に余る選択をしすぎだ。ボクに必要以上に近づこうとしたことも、彼の死因だったかもしれないけどね」
何かがあたしの中で弾ける音がした。
「ケンを……」
「あ?」
「ケンを……バカにするなぁああああああッ!!」
力なき足を震わせ、握ってるかもわからない剣を振るい、特攻を仕掛けた。
「……ふん」
視界が暗転し、すぐに回り始めた。
背中から地面に落ちて転げて初めて、殴り飛ばされたんだと分かった。
「ボクから見た事実を言っただけだ。それを怒る権利はキミにあるのかい?」
気づけば、緑で覆っていた地面が剥き出しになってきている。
茶色く枯れた荊や蔓が降っているのが見える。
「それとも、否定できると思っているのかい? キミがいくら否定しようと、ボクの見た事実は変わらない。たとえその事実の捉え方が変わったとしても、やっていたことに変わりはないんだ」
身体が……動かない。
頭をあげることすら、今はもう億劫だ。
「助けて……」
知らず識らず、溢れていた言葉。
「助けてよ……ライト……」
頰を冷たい雫が撫で、地面に溶けて消えた。
「……言っても仕方ないか。どのみちキミは、ここで――」
その時、どこからか雷光が走った。
「――その依頼、確かに聞き届けたぜ」
顔を少しあげれば、そこに居るはずのない人の背中があった。
「待たせたな……ローザ」




