チャプター 12-6
6
「キミは、キミが思っている以上に、貴重な存在なんだよ」
右、左。 視てから反応しては遅い。
後ろへ下がって射程から外れる。
「正義の女神、ユースティティア」
しゃがんで……ダメだ。 反応が遅れる。
仕方なく振られた拳を宝石剣で防いだ。
「そして歌姫、リリス」
歌は……いや、口を開いたら舌を噛むかもしれない。 それに、身体強化は即興でやれるだけやった。
「一つの身体に二つものモンスターのクリスタルを宿し、それでもここまで活動できる個体。 それは……ヒヨミくん、キミだけなんだよ」
「――ッ!? どうして私の名前を――」
「ふんっ」
「きゃッ――!!」
宝石剣を突き立てて、後方へ滑る身体を止めた。
引きちぎられた緑の荊が飛び散る。
「キミとのおしゃべりは、思いのほかに楽しい。 せっかくだ。 もう少し話していよう」
白髪の青年は、武器一つ持たずに、そして傷一つなく、私に紅い瞳を向けている。
その瞳はどこか冷たい。
「キミの名前を知っているのは……もちろん、キミに興味があったからだ」
「え……?」
嫌悪にも似た感情が私の足を一歩下がらせた。
この青年は受け入れがたい。 本能がそう感じているようだ。
「もちろん、キミが人間離れしている事にも興味はある。 だが、もっと興味があるのは、その"リリス"だよ」
……"歌姫リリス"。 お姉ちゃんの"ユースティティア"で押さえ込まなければならないほど強力な力を持っていた、私の中の私。
クリスタルの音が聞こえるようになったのも、頭の中に憶えのない歌のフレーズとメロディーが流れ込んでくるようになったのも、全てリリスが私の中に住まうようになってから。
お姉ちゃんのカチューシャのおかげで、リリスの力はある程度制御できるようになってはいた。
だが、制御できたからといって、理解できたというわけではない。
知ることが怖くて……全てを見るのを拒んだから。
だから私は、制御できても、リリスの事を少しも知らない。
もういっそ、無かったことになればよかった。 お姉ちゃんを殺した、こんなモンスターの存在なんて。
「リリスは……存在自体が曖昧なんだ」
「曖昧……?」
休む時間をくれているのか、攻撃してくる素振りを見せない。
この機を逃すまいと、呼吸を整えにかかる。
「そう。 リリスは冥界の門の側で、冥界行きの死霊達に歌を届けたとか。 はたまたアダムとイヴの創世記に携わっただとか。 その存在定義すらも、一通りではない」
もちろん私は、リリスについて知ろうともしなかった。
だから、その話が本当かどうかの判断はできない。
それでも、何故か疑問に思えなかった。
……曖昧。 はっきりしない、その存在意義。
それはまるで……自分自身の様だった。
何のためにいるのか。 それを見つけるためにここに居るんだ。
そんな自問自答を、何度繰り返しただろうか。
前線に立てず、後方からやれるだけの事をやり、そうして生き残る意味を探し続けた。
戦場で死に行く仲間を、成すすべなく見届けるしかなかった自分が、いつからか卑怯に思えてしまったから。
これだけの能力を持っていながら、安全地帯からサポートすることしか出来なくて。
助かるといわれても、どこかもどかしくて。
結局自分が本当に何がしたいのか、はっきりしない。 そんな曖昧なままで過ごしていた日々。
……思えばずっとそうだった。
正義の英雄になりたがったケンくん。
誰かを守る守護者になりたがったライトくん。
二人が目指した理想像を後ろから眺めて、どちらも応援して、どちらにも構ってほしくて、どっちが、なんてはっきりした答えも出せなくて。
「その曖昧さこそが、キミをキミたらしめていると、ボクは考えているんだ」
青年が一歩踏み出した。 同時に私の足も一歩下がる。
「本来、クリストロンはもとある身体に寄生し、その生を繋ぐ特殊生命体とされていた。 そしてクリスタリアは、人間の持つ意志――イメージによって生み出される特殊生命体とされていた。 そしてクリストロンが生まれるためには、寄生する寄生者が居ないといけない」
まるで研究者のように、どこか自慢げにそう語る。
「その寄生者が、クリスタリア。 つまり、キミのなかのユースティティアとリリスというわけだ。 そこまでは分かる」
さらに一歩近付かれた。 下がろうとして、背中にまで荊が迫っていることに気付く。
「けど……曖昧な、しっかりとしたイメージの無いクリスタリアが、存在できるのか。 寄生しているとは言え、リリスはモンスターだ。 クリスタリアという族に属するモンスターのはずじゃないか」
もう一歩。 休憩時間はそろそろ終わりらしい。 私は引きずっていた宝石剣を構えた。
……相手は徒手格闘。 関節と筋肉の稼動音を聞き分けて、予測さえ出来れば……
「なのに、イメージの定まらない状態で、この世に留まり続けていた。 その事実に、ボクはとても興味があるんだ。 それを内包し、一部とはいえモンスターとしての機能を使いこなしている、キミ自身にもね」
青年が地を蹴った。 聴力に神経を割く。
キィィイイン――ッ!! と音速で飛んでくる波長が鼓膜を叩く。
その波長を、振動数をリリスの能力で聞き分ける。
……右フック。 フェイントで左裏拳。
微かな動作音の発生源から初動を予測。 宝石剣を斜めに薙いだ。
「おっと。 まさか目を使わずに迎撃しようとは。 ボクも見縊られたもんだね」
……跳び蹴り。 回転蹴り。 右、左!
頭にガンガンと叩かれるかのような痛みが走るが、聴力が動体視力に勝る以上、使い続けなければいけない。
「――だったら、これはどうかな?」
何かを取り出す音が聞こえた。 この音は――
「クリスタル――!?」
「そうだよッ!!」
「くっ――痛ッ!?」
距離をとろうとして、宝石剣に蹴りを入れられ、背中側の荊に叩きつけられてしまう。
「――≪ハウリング≫!!」
――キィィィイイイイイ―――――ッ!!
「いやぁぁあああああああ――!!」
グシャ、と何かが潰れるような感覚を最後に、外界の音を拾えなくなった。
キーン、と壊れたステレオのように信号音に似た音だけが伝わる。
『これで何も聞こえないだろッ!?』
くぐもった、微かな声が届く。 リリスのおかげか、鼓膜がやられても、声だけはなんとか拾えるようだ。
「うぅ……ッ!!」
痛む耳を押さえる暇さえ無い。 震える奥歯を噛み締め、泣き崩れそうなのを堪えて睨みつけた。
視界が回るように揺らぐ。 酷い吐き気もする。
けど、全て堪えた。
『そうだよ、その表情!! ボクはそういう反応が見たかったんだ! どうだ、怖いだろう!? 死への恐怖は、戦場の恐怖は、どうだよぉッ!?』
……ダメだ。 捉えきれない。
「がはッ――――!?」
飛ぶようなステップを踏んで突然現れたと思った途端、腹部に強烈な痛みが走った。
肺から空気が抜け出て、内臓がひっくり返るかと思うほどの衝撃が背骨を抜ける。
『そんな半端な覚悟で。 そんな半端な存在で。 ボクに抵抗したこと、後悔すると良いよッ!!』
「―――――ッ!!」
あごを蹴り上げられ、荊の壁を撥ねて、荊の地面に叩きつけられた。
呼吸が出来ない。 声を上げることすら、許されない。
荊の棘が刺さったか、切り裂かれるような痛みが後から追いかけてきた。
『――キミは最初から、居なければよかったんだ。 そうすれば、ボクに目を付けられることもなく、こうしてサンプルとしてクリスタルを採取されることもなかった』
息を吸おうともがくも、肺は思うように動いてくれず、代わりに胃の内容物が口から漏れでてくる。
口の中を切ったか、はたまた臓器が出血したか、吐き出しても吐き出してもそれは赤く、いっこうに空気が入ってくる様子も無い。
『それにキミはこの世界で能力を持ちすぎている。 ボクを倒せないこの世界の能力者は、真っ先に排除されるべき存在だ。 だからキミは……』
霞む視界の奥で、青年が私を汚物でも見るかのように見下していた。
……私は、存在してはいけなかったの?
曖昧なままで、明確な目的も役割もなく、ただ自分の信じる正義を盾に誰かを助けるだけの私は、それすらも押し通せず、生きることを否定されるの?
なりたくてなったわけでもない。
殺されたくて来たわけでもない。
強いて言えば、助けになりたかった。
自分の信じた正義は、きっと誰かを救える。 誰かを導ける。
そう信じたのに、その正義すら疑った私は、生きる意味すら疑わなくてはならなかったの?
『……だからキミは、もう休んで良い。 無理をして生きる必要は無い。 キミが明確な目的なく過ごした昨日は、やりたかったことを残したまま死んだ誰かの明日だ。 ただこの場を乱すだけならば、いっそ消えてくれ』
首をつかまれ、持ち上げられる。
抵抗する力も、その腕を離そうとする力も、もはや残っていなかった。
『恨むなら、鉱山に来た自分を恨むんだな。 この舞台に、キミの出番は無い。 真実を惑わす歌姫も、エゴにまみれた偽りの正義も、ここで終演だ』
……本当に私は、何もできなかったのかな。
意味もなく、ここに死にに来ただけだったのかな。
あれ? ……どうして私、こんなところに居るんだっけ?
そもそもどうして、ライトくんを追いかけたんだっけ……?
私はただ、折れかけた心の支えになりたくて。
最後まで自分の信じた道を押し通す、その手助けがしたくて。
私にはできないことをやってのけるヒーロー達の、背中を押してあげたくて。
……私は、間違えたのかな?
方法も、手段も、道筋も、信じたものも。
理由だって、目的だって、私自身だって。
正しいと思っていたことは、全部間違いだったのかな?
だから、こうやって、死んじゃうのかな……。
何も分からず、何もかも、間違えて。
何も知れず、何も守れないで。
……ううん。 私は、確かに、守ることができた。
たった一人。 私を動かしたあの人を。
もう……それだけで、満足かな。
もともとなかった役割かもしれないけど。
ちゃんと役に立ったんだから。
だから、きっとこれでいいんだ。
知ろうとしなかった罰だから。
あとは彼に……任せよう。
生きる目的も、役割も背負った彼なら。
私を動かしてくれた彼なら、きっと理想も遂げられる。
それを見届けてあげられないのは……やっぱり残念だけど。
……死ぬのは、こんなに怖いんだね。 こんな恐怖のなかで、二人は戦ってたんだね。
ごめんね……迷惑だったなら、謝るよ。
でも、もし、私の歌が届いて、少しでも希望を芽生えさせられたなら。
……きっと私のことを、忘れないで。
役割も意味も曖昧な、それでも側に居た、そんな歌姫のことを。
『……――――』
何かを呟く声が聞こえた。
視界は閉ざされている。 耳ももう限界だ。
けれど、どこか慈しむ様な、そんな心地がした。
そしてそれを最期に、何も聞こえなくなった。
何も見えず、何も考えられず……
何もかも分からないままに……
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「はぁっ……はぁっ……!!」
縮小版トーラスの頭を両手の剣で串刺しにし、体重をかけた。
蔓で動きを封じているはずだが、それでも抵抗を見せるトーラス。
「はッ――!!」
引き抜いて、再挿入。 ガキッ、と砕く手応えがあった。
「はぁっ………ふぅ…」
すっかり静かになってしまった箱庭で、目の前のモンスターが徐々に粒子と化して分散していくのが目に写る。
カノープスが小型版で分裂してきたり、メモリーイーターが増殖したりしたせいで、もう何匹倒したか分からない。
「……へぇ。 思ったよりやる様になったね」
「――――」
ふわ、と荊の地面に降り立ち、キッとシンを睨んだ。
「そんなキミに、ご褒美だ」
シンは言うなり、引きずっていた何かを投げ捨てた。
あたしの目の前で音を立てたのは……
「……な、何よこれ……?」
血反吐で汚れ、白いドレスは引き裂かれて真っ赤に染まっていたが、この姿に、見覚えしかなかった。
「ま、まさか…………」
震える手で、そっと首筋をなぞった。
「そうだよ。 キミの大切な、お友達だよ。 あとは好きにしていいよ」
「――ッ………!!」
……嘘だ。 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。
どうしてこんな。 こんな酷いことを。
何の罪も無かったはずだ。 殺される理由なんて、無かったはずなのに……ッ!!
「……彼女は、存在そのものが罪だった。 意志無き者と、意志を継いだもの。 その両方を両立させた彼女は、世界の均衡を崩す、ボクたちに近い存在だった。 だから、そんな存在を、許すはずがない」
「……わけ、分かんないわ」
「何を拒む必要がある? 彼女は役割を終えた。 だから殺した。 それだけのことだろう?」
あたしの中の何かが、音を立てて弾けた。
「――それを決めるのは、あんたじゃないでしょッ!?」
そして、叫んでいた。 視界がぼやけるのも構わずに。
「ヒヨは前に進もうとしていた! あたし達を助けようとしてくれた! 何よりも、ヒヨはいつだって支えてくれてた!」
血で汚れるのも気にせず、冷たい掌を握ってあげた。
「殺される理由なんてなかった! こんなところで死んでいいはずがない! それを、それをあなたはッ!!」
「――そんなものも、キミのエゴだろう」
「――!?」
シンは、心底どうでも良さそうに、ため息までついて見せる。
「正しいかどうかは、それを行う者にしか判断できない。 正義も平和も、ただのエゴでしかないんだ。 分かるだろう? 現にボクが正しいと思ってやった事を、キミは否定している」
「あ、当たり前じゃない! 正しいと思える根拠なんて、何一つ――」
「――彼女は、その存在意義を自ら設定することができなかった。 彼女自身のアイデンティティは既に、崩壊していたんだよ」
シンは目を閉じて続ける。
「だから、存在価値を押し付けられた。 曖昧な者に、曖昧なものが付け込み、曖昧な存在定義を成し、生きる意味すら見失った。 彼女はこれ以上生きても、苦しむだけだったのは明白だ。 だから殺した。 彼女を"曖昧"という呪縛から、解き放ってあげたんだよ」
耳障りのいい、押し付けの理論。
そういう風にしか、聞こえない。
今ここでヒヨが全て否定してくれれば、どれだけ救われるだろうか。
こんなサイコなエゴイストに反論してくれれば、それだけで良いのに。
「……キミは、どうする? "運命"という呪縛から、逃れてみるかい?」
けどもう、それは叶わぬ願いだ。
だから、あたしが否定してあげないといけない。
意味がなかったなんて、そんな事ないって。
「……"運命"、ね。 生憎だけど、それを変えるのは、あたしの役目なの」
ブラッドローズは、そういう役割だと、シン自身が言っていたはずだ。
「あんたのエゴを押し付けられる必要はないわ。 あたしには、あたしの意志があるもの」
「そうか。 ……ククッ。 初めはただの気まぐれだったが……キミを造って正解だったよ」
シンが、構えた。
腕を引き、腰を低く。
足は肩幅に開いて。
「……キミがボクを止められるなら、止めてみなよ。 もしかしたら、ボクの運命が、そしてキミの運命が、変わるかもしれないよ?」
あたしはヒヨをそっと荊で覆って後方へ寝かせ、立ち上がった。
「ええ。 だったら変えて見せるわ。 全てがあんたの思い通りに行くなんて、思わない事ねッ!!」




