チャプター 12-5
5
「――さて、キミにこれから選択肢をあげよう」
語るだけ語って満足したのか、笑みを隠しきれていないシンが振り向く。
「選択肢?」
「そう。 キミがこれからどうするか、その選択をしてもらおう」
まるでゲームでもしてるかのようだ。 悪い夢ならいっそ、覚めて仕舞えばいいのに。
「一つ。 キミのクリスタルをボクが貰い、キミは死ぬ」
ここでのクリスタルは……あたしを構成している、コアクリスタルの事だろう。
それがなくては、あたしはあたしの身体を保てない。 それ以上何をするでも無く、消えてしまう事だろう。
「二つ。 キミはボクの手駒となり、配下につく」
手駒……ある意味であたしは既にシンの人形である。
だが、この選択肢はさらにあたしの自由とシンの命令権が追加されることだろう。
下手をすれば、あたしの自由意志は潰え、二度と逆らえなくなるかもしれない。
「さぁ、二つに一つだ。 好きな方を選ぶといいよ。 ボクに殺されるか、ボクに使われるか」
薄暗い、壁から顔をのぞかせるクリスタルの仄かな光だけが照らす洞窟の中。
その反響する声で迫られた選択。
今のあたしには、もう未来を変えるという使命は無い。 この先にあると信じていた未来は、全て嘘だったのだから。
残されているのは………
「………よ」
「うん?」
「――三つ目よ、あたしが選ぶのは」
そうだ。 まだ残っている。
あたしがここに居る理由は、未来を変えるためだけじゃなかった。
「ほう、なんだい、それは?」
どうするつもりか、シンの手が伸び、あたしの頬に触れようとし――
「――あたしは確かに、あんたに作られたのかもしれない」
――何かに阻まれて動きが止まり、真紅の鮮血が舞った。
「でも、この世界であたしという――赤月ローザという人そのもののあり方は、あんたに作られたわけじゃない」
シンの目が、少し見開かれた。
それは驚愕ゆえか、それとも別の感情か。
複雑なその心情を読み取ることは、あたしにはできなかった。
「あたしがここにいるのは、運命に導かれたからでも、あんたに呼ばれたからでもない。 あたしがそうするって決めたから。 ここで全てを、終わらせるためにいるのよ!!」
――構成分子、一時拘束解除。 粒子置換、限定展開……!!
シンの手を串刺す棘を向こうへ押しやり、シンと距離をとる。
その間に手首を分離。 光の尾を引いて落下していくそれを結合部で拾い上げて再び繋ぎ合わせる。
クリスタリア――体を一から全てクリスタル粒子で構成しているからこそ可能な芸当だ。 これだけで額に汗がにじむのを感じた。
手首をさすってみたが、それといって違和感は無い。 上手く戻ってくれたようだ。
「だから、そう簡単には、殺されないわよ?」
――≪ロード・プリムローズ≫。
「……それが≪スカーレッド≫か。 へぇ、血薔薇の龍の能力を引き出すなんて、やるじゃないか」
地面から伸びるその手を貫く棘の蔓を、シンは何事もなかったように振り払った。
出血量は想定していたよりかは少ない。 もしかしたら、シンにも≪自動修復≫能力があるのかもしれない。
「あたしは、こんな偽モノの身体でも、作られた存在でも、永遠を誓える愛を知ることができた。 素直になれなくて、あんなに苦労させてしまったけど、それでも側にいるって、守るって言ってもらえた。 今のあたしがあるのは、彼のおかげよ。 だから、この命は……この命が燃え尽きるまでは、彼のために使う」
身体の変化を感知する。 目を開ければ、あたしの服は赤いフリルドレスへと変貌していて、シャラン、と鈴のような音が鳴った。
とても……軽い。 身も心も、さっきまでの重さが嘘の様に、自分の思いのままに動く。
「なるほど。 一番に咲く薔薇とはよく言ったものだね。 その愛ゆえの輝きも、やけに死に急ぎたがるのも、今のキミにぴったりだ」
「――≪ブレイズ≫」
シンの挑発には応えず呟く。 すると両手に馴染んだ二振りの剣が握られた。
あたしの大剣だ。 二つに割れた状態で、その刀身を光らせている。
「そんな武器で大丈夫かい? キミが今から挑もうとしている相手は、仮にも神なんだよ?」
「≪血薔薇の庭園≫」
その剣を左右に振りぬき、地面から、壁から、緑なき地に緑の茨を溢れさせる。
蔓は幾重にも連なり壁となって、あたしとシンの距離を広げていく。
あたしと同じ、薔薇の香りが漂う。 この香りは嗅いでいるとなぜか、いつもあたしの心を落ち着かせてくれた。
今も……不思議なくらいに落ち着いている。 この二回目の覚醒で、本格的に後が無いことは分かっているのに。
「固有結界、とでも称した方がいいのかな? クリスタルを物質変換させ、自分の箱庭を作る……。 まさかキミがここまでの隠し玉を持っているとは」
今度の声は、心から賞賛しているらしい。 少なくともあたしには、そう聞こえた。
「今のあたしの役割は、あんたを倒すことじゃないのかもしれない。 ましてや未来を変えるなんて、もう本当は手遅れなのかもしれない」
一歩踏み出す。 地表すらいつのまにか多い尽くしていた緑は、植物特有の反発を足に伝えた。
「それでも、あたしは剣を振るう。 信じてるから。 あたしはあいつを……ライトを信じてるのよ。 あたしがここで果てても、きっと彼なら、この崩れそうな未来を救ってくれる。 あんたが終わらせようとしている、この世界の未来をね」
「……っ。 キミは……」
視界を覆う緑の向こう。 シンの声がくぐもって聞こえる。
その姿は既に捉えることが出来ない。 けれど、あたしには分かる。 その位置も、息遣いさえも。
「キミは、どうしてそうまでして立ち向かえる? 死ぬ未来が見えていながら、ボクに勝てないことを悟っても尚、どうしてまだ牙を向ける? キミにはもう、役割も生きる理由も、ないだろう?」
「違うわね」
こちらからは見えない蔓を意志で飛ばす。 シン目掛けて放ったが、やはり避けられた。 こんな子供だましで殺れるほど、柔な相手ではないことは分かっていた。
「確かに、あたしはもう時期死ぬわ。 自分でこの命を燃やして、自ら自分の居た未来を消して、ここまで生き長らえたのも、ある意味で奇跡的だったわ。 あたし自身の存在ごと消えてしまうかもしれない、そんな不安を抱えながら、存在証明である未来をなかったことにしようとしたのよ」
そんな未来も、嘘だったけど、と続ける。
「でもね、まだあたしには、やるべきことがあるのよ。 生きる理由も、あるわ」
一つ、二つと蔓が切断されるのが感じ取れる。 そのたびにあたしの身体が刻まれるかのような痛みが走るが、言葉は止まらない。
「自分の命よりも大切なものを見つけたから。 それが本当に幸せなんだって気付けたから。 だからあたしは立ち上がり続ける。 大切なものが…………彼が生き続ける限り、あたしは死ぬわけにはいかない。 彼にまだ、言わなきゃいけない事があるのよ!」
さらに一歩。 視界の端で、紅く咲く薔薇が見えた。
鮮血のように紅く、生々しい色をしている。
妖艶で可憐で、精緻な芸術品のようだった。
「そうか……そうかい。 おもしろい。 だったら、ボクが満足するまで、生き残ってみせなよ! すぐに死ぬんじゃないぞ?」
三つ、四つ。 何かが蔓の上で跳ねた。
特有の音を耳が捉える。 普通は聞こえない、クリスタルの発する、固有の音を。
「……モンスターを呼んでいたのは、やっぱりあんただったのね。 クリスタルによるモンスターの召喚、その技術は盗めなかったけど……。 あんた、それでどれ程の人が死んだと思っているの?」
速かったのは、カノープス。
蟷螂を模した、オリジナルよりも幾分小さいカノープスは、蔓の防壁を突破して、あたしの前にその姿を晒した。
「まさか、あのリベリオンとか言う戦争を起こしたのも、あんたじゃないでしょうね?」
返答がない。 今はそれを考える場合ではないのかもしれない。
「……まぁいいわ。 それよりも……」
スケールダウンしたとはいえ、全長三メートルを下らないカノープスはその鎌を振り上げた。
竜骨の頭から、死んだ光があたしを捉える。
「――≪血薔薇の悲鳴≫」
地面……を成している緑の海に、両手の剣を突き刺す。
瞬間、カノープスの挙動が止まった。
ライトを討ち取った、絶対の防御技。
荊の槍で相手を封殺し、命までもを刈り取る。
「今のあたしは、昔のあたしとは違うのよ。 何も知らなかったあの頃とは違う。 背負うものも、覚悟も」
カノープスの後ろから、メモリーイーター、ゴライアス、トーラスと、今まで倒してきたモンスターがその目を光らせていた。
「……美しい華には棘がある。 あたしに触れたら――」
≪血薔薇の拘束≫を放って、後方へ飛ぶ。
「――あたしの棘で、ヤケドするかもね?」
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「……あ、あれ?」
気付けばそこは、どこかの庭園だった。
薔薇の花が所々で顔を覗かせ、優雅でどこか高貴な匂いが立ち込めている。
「ライトくん……?」
あたりを見回すが、姿形も見えやしない。
まるで自分だけが一人、おとぎ話の中に入り込んだように、現実味に欠けた風景。
ただ敵を蹴散らすために歌っていただけなのに、それがどうしてこんな事になったのか。
「………っ!? 音が……」
両耳を思わず塞いだ。 聞こえる。 これは、モンスターの音だ。
「そこに居るの? 私は……」
手に持っていた宝石剣を杖に、立ち上がる。
荊が白いドレスに引っかかったのか、嫌な音がした。
「……やぁ。 待っていたよ」
突然聞こえた声。 気配を消していたのか、全く気付けなかった。
「あ、あなたは……?」
「ボクかい? ボクは……」
雪のように白い髪。 赤黒い、血に染まったような目。
どこかで見たような、見ていないような、そんな妙な感覚が襲う。
「……ボクは、言うなればエゴイスト。 そして近いうちに、神の位置に君臨するものさ」
あくまでにこやかに。 そんな頭のネジの外れたことを言ってのける。
「どうだい、歌姫よ。 ボクに一曲、聞かせてくれないか?」
一歩踏み出された。 反射的に身を引いてしまう。
なんとも形容し難い、悍ましい何かが、私の恐怖心と警戒心を煽る。
「それとも……踊る方が、良いかな?」
来る。 そう思った時には、口を開いていた。
誰が用意したかもわからない庭園の端で、たった一人のための舞踏宴が始まった。




