チャプター 12-3
3
「…………こ、ここは?」
いつの間に気を失っていたのだろうか。
重い瞼を開ける。
「お目覚めかい?」
目だけでそちらを向くと、一人の青年が立っていた。
雪の様に白い髪、燃えるような赤い目。
そして彼から発せられる、異様なまでの異質感。
存在そのものが違う、そう思わさせる何かがあった。
「あ、あなたは……」
鉛の様な足を動かし一歩前へ――進もうとしたが、腕が付いてこなかった。
どうやら何かにつながれているらしい。 腕の自由が利かない。
幸い背中は壁のようなので、そこに再び背中を預けた。
「無理しない方がいいよ? キミの生命エネルギーは――って言ってもわかんないか。 端的に言って、キミの寿命はあと幾許も無い。 ヒトの形を保っていられるのも、今のうちさ」
「な、何を言って――」
――血ノ契約ニ従イテ――
「――――ッ!?」
鈍く疼くような、それでいて瞬間的な痛みが脳裏を駆けた。
それで思い出す。 先ほどまで自分が置かれていた状況を。
……そうだ。 あたしは未来を変えるために、一人でクリスタル鉱山を攻略して……
壁をぶち抜き、最短ルートで最奥に辿り着いたはずだった。
直感が告げていた、世界崩壊の元凶が居るその場所に。
……それで……どうしてこんなことになってるの……?
「……"未来を変える"、だっけ?」
一番知りたかった記憶を思い出せないまま、目の前の青年が口を開いた。
「キミは特性的に――先天的に、運命の変更点……つまり、因果点や特異点に接触しやすい。 それはわかる。 それがキミの――ブラッドローズの、能力だからね」
何を言ってるのだろうか。 ブラッドローズにそんな能力があるなんて、初耳だ。
「さて、どうしてそんなことを僕が知っているのか。 それについて、せっかく時間があるんだ、一から語って聞かせよう」
頼んでもいないのに、彼の口が止まる気配が無い。
「そうだね……どこから話そうか。 何かリクエストはあるかい?」
振られて、ボーっとした頭で、何を聞きだすべきかを考える。
「……あんた、誰よ」
浮かんできた当然の疑問を口が紡いでいた。
最初に明らかにしておくべき、重要事項だ。
目の前の相手が誰で、どういう人物なのか。
「僕? 僕は……知っているだろう? それとも、忘れたかい?」
おどけるように、覗き込むようにして笑った。
思わず目を逸らしてしまう。 とてもじゃないが、直視できない。
その反応をどう取ったか、青年は両手を広げて背を向けた。
「僕は……シン。 この世界では神谷シンという名前で通っている」
――シン。
記憶の片隅で何かが疼いた。
鈍い痛みを繰り返す脳で記憶を探る。
その名前を最後に聞いたのは……確か、地下楽園での調査の時だったはずだ。
言われて見れば、あの時特定した特徴と一致している。
「これから、新世界の神になる男だ。 まぁ、キミがそれを覚えていたところで、仕方ないかもしれないけどね」
「新世界……? 何を言ってるの?」
「聞こえなかったのかい? 僕はこの世界を新しくすると言っているんだ。 誰も異能を持たず、クリスタルはただの燃料となり、戦争なんて起きない世界。 ……もちろん、モンスターと人類の、という意味でだけどね?」
どこか得意気にそう語るシン。 また気になるワードが混ざっていた。
「そうだ……戦争。 戦争はどうなるの? このままじゃ、世界が滅びて……」
「だから、モンスターは………って、あぁ、そうか」
シンは振り向き、
「もしかして、人類同士の戦争のことを言ってるのかい?」
指先であたしの額を押した。
嫌でもシンの顔が目に入ってしまう。
どこか吐き気すら覚える。 それほど、その澄ました顔の奥の狂気が滲み出ていた。
「そういえば、そんな設定だったね。 だったら、そこに疑問を持つのもわかる」
「は……?」
今、設定って聞こえたんだけど。
「それだけどね。 もう気にしなくていいよ。 そんな意味も無い戦争、最初から起きないから」
頭が真っ白になった。
急速に痛みが引いていく。
「どういう……こと……?」
「僕がこの世界に居ながら、そんなに愚かで無駄なことをさせると思うかい? 僕はね、ヒトを殺したいんじゃないんだ。 ただ、一人の願いを叶えるためにここにいるんだよ」
「で、でも。 あの日記は? あのデータは? この記憶は?」
混乱して、何を口走っているかわからない。
ただ子供の様に、分からないことを立て続けに尋ねるしかできなかった。
「設定。 キミの行動理由となる、所謂"動機"ってやつさ。 そしてその全ては、僕が事前に用意したものだよ」
「―――――」
言葉を失うというのは、こういうことなのだろう。
あれだけ湧いて出た疑問も打ち止めだ。
「キミはその動機をもとに行動を起こし、こうしてこんな狂った世界でも、幸せを掴んでみせた。 そうだろう?」
「…………」
黙って俯くしかない。 今はただ、それが嘘だと、受け入れないようにすることで精一杯だった。
「まぁ、まさかキミがここまで僕を楽しませる人生を送るなんて、思ってなかったけどね」
楽しませる? 何を以って。
自身に問いかけて、すぐに答えを導く。
「おかげで、彼女を――ミイを見つけ出すことも、こうして連れ戻すこともできた。 全てキミの予想以上の働きによるものだ。 人形の割には良くやったよ」
「人……形……」
「そう。 キミは詰まる所、僕の用意した人形なのさ。 人間などではなく、ましてや未来からなんて来ていない。 その知識も力もクリスタルもその身体だって、全て作り物さ」
自分の肢体を見下ろす。
起伏に乏しい体も、ニーソに包まれた足も、この鼓動すらも偽物なのか。
本物だと、そう思い込んでいたものは、全て嘘偽りなのか。
――いや。
そもそも本物なんてなかった。
そんなことが可能ならば、この世の全てが偽物で、作り物なのかもしれない。
何もかも、誰かによって作られた、作り物でしかないではないか。
「……なんのために」
「あ?」
「なんのために……あたしを作ったの?」
振り返るその背中に問いかける。
睨むだけの意志が残っていることに、自分自身驚く。
「……言ってなかったか。 キミは可能性の一つ。 ヒトあらざる者でも愛を紡げるのか。 そのシミュレーションの観察対象でしかないよ。 確かに、放ったモンスターを狩ってくれる勇者役を期待してないわけではなかったけど、正直、ここまで生き残っていたことに驚いているんだよ」
「じゃあ、お兄ちゃんは? あたしが作り物だと言うのなら、お兄ちゃんも作ったの?」
「いや。 あれは正確にはキミの義理の兄さ。 まだ未熟でまっさらだったキミに、この世界で生きる術を教えたのは彼だよ。 覚えているだろう? キミの≪血薔薇の剣術≫は、彼が世界を廻る間にキミのために習得した剣術なんだよ」
……そう言われても、否定できない。
よく考えてみれば、幼少期の記憶なんてないし、親の顔も知らない。
今までよくも気付かなかったものだ。 ジークお兄ちゃんが、自分の本当の兄だと信じて疑わなかったのは、もはや暗示でもかけられていたのではと思うほどだ。
「……じゃあ、どうやって作ったの? クリスタルだって、さすがに人を作るなんて所業、成せるはずがない」
「それができるんだよね。 キミはヒトじゃないから」
自慢話でもするような口ぶりで。
「キミはね、モンスターと一緒なんだよ。 自我と人格が他の出来損ないよりも桁違いに格上なだけで、もとは同じ、クリスタリアなのさ、キミは」
「クリスタリア……」
「そう。 ゼロからクリスタル粒子で身体を構成し、生命を宿させる。 そうしてできた生命体をクリスタリアとこの世界では呼ぶ。 さすが彼女のコアを使っただけあって、これほどの人形に仕上がったんだよ」
クリスタリア。 それがモンスターの正式名称。
そしてそれがあたし。
人から逸れた、人あらざる者。
あたしの中で何かが崩れるような音がする。
その片隅で、気になったワードが引っかかっていた。
「彼女って……誰のこと?」
「おっと」
わかりやすく、口を滑らせたという反応をしてみせる。 それが演技であるのは間違いないはずだ。
「やっぱり気になる? まぁ、気になるよね?」
再び狂気が舞い戻って来た。
その顔に笑みが張り付く。
「教えてあげるよ。 それはキミの友達、双葉ミイさ。 ちょうどキミの義姉にあたるね」
義姉。 ということは、彼女も人間でなかったというのか。
「そうは言っても、彼女はこの世界の肉体を元にして作ったからね。 しかも人格とDNA配列を受け継いだだけで、クリスタル粒子で構成している部分はない。 クリストロンともクリスタリアとも違う、まっとうな人間なんだよ、今の彼女は」
まっとうな人間。 そう言い切られてしまった。
「そして彼女はミイの願いの果て。 "何の能力も持たない普通の人間として生活がしたい"。 そんなささやかな願いを叶えた結果なのさ」
その言い方ではおかしい。 それではまるで……
「……気付いたかい? そうだよ。 真に未来から来たのは僕たち。 僕とミイは、未来から来たんだよ。 狂った能力を持った、狂った人類のなり損ないがはびこる、狂った未来の世界からね」
「――――――――」
「そんな世界でミイは、自分たちの狂った能力を捨てて、忘れ去られた”普通”を取り戻そうとしたんだ」
辛かったのだろうか。 シンの顔が苦しそうに歪んだ。
その辛さの理由は計れないが。
「それで僕は、僕の能力を使ってこうして過去へ来た。 彼女の願いを叶えるために」
「でも……そんなやり方……」
「どうしてだい? 望みを叶えるなら、こうするしかなかった。 彼女の記憶が残っていれば、”普通”を振る舞うことなどできない。 彼女の能力が残っていれば、彼女は”普通”の暮らしはできない。 彼女の身体が残っていれば、すぐに”普通”は音を立てて崩れ去ることだろう」
何かに取り憑かれたように……そう形容するにふさわしい、虚ろな目でそう語る。
「そして僕は彼女に彼女の存在を保ったまま、新たな人生を与えた。 彼女は……全ての普通を体現したような彼女は、その願いを遂げた。 あとはそう……この世界が、こんな僕やミイを生み出さない世界になればいいだけだ」
背筋が凍りついた。
どこでもないどこかに向けられた、悍しいほどの殺気。
そこから感じられるのは、ただの狂気だけではなかった。
「そのためにこうして僕はここにいる。 クリスタリアと手を組み、計画を計画通りに実行し、願いを叶えた。 残す望みは、一つだけ」
そして理解した。 此の期に及んで、もはや何をする術もないと。
「この世界を終わらせて、未来を変える。 嘘偽りない、願いのために」
そしてあたしの役目は、もう何もないという事を。




