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パラドックスライフ  作者: 水無月 俊
終章 「誰も望まぬ世界でも」
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チャプター 12-1



「な、何があったの?」


曇りかけの空を駆けてきた爆発音。

その轟きは、学校内にまで届いていた。


「それが、モンスターの大群が観測できたって……。 それよりも――」

「――あ、いや。 私は大丈夫だから、気にしないで!」


視線の先を感じ取り、パタパタと手を振る。


「そ、そう? なら、今から討伐課の生徒を集めるから、手伝ってくれない?」

「うん。 任せて」


前線に立てない非戦闘員である情報課の私でも、やれることはある。

だから私は、いつもこう聞いてしまう。


「私にできることなら、何でも言ってよ。 手伝いに行くから!」


そう言って迷惑そうな顔をされたことは無い。

今までの、誰にだって。




「……戦況は?」


情報課のオペレーションルームへたどり着く。

誰かに付けられて無いか確認してみたが、徒労に終わってしまった。


「北西方向から200。 さらに200の増援が予想されます」

「200……」


モンスターのランクがB以下ならば、その数でも一中隊を向かわせれば、何とかなる数かもしれない。

でもこれは多分……


「そのうち100以上をAランク以上と断定。 予想戦力値、出ます」


モニターに数値が叩き出された。

今までのモンスターを全部足したような、それぐらい無茶苦茶な数値だった。


「なに、これ……」


うちの学校の戦力だけでは、さすがに危ういかもしれない。

学校の防衛施設を使えば多少はましになるだろうけど、そこまでおびき寄せるだけで、どれだけの犠牲が出るか分かったものではない。


「……他の学校の動きは?」


偵察ドローンが捉えた映像をさっと見渡し、既にいくつかの映像が暗転しているのに気付く。


「機動装甲数機が応戦中。 聖堂学院のものです」


対応が早い。 索敵技術が向上したのだろうか。


「……討伐課の準備、できたよ」


先ほど放送をかけてラウンジへ集まるように言っておいた甲斐あって、こちらも遅れを取らなくて済みそうだ。


「わかった。 あとは現場の先生の指示に従わせて。 私はもう少し、やることがあるから」


もうすぐ、戦闘が始まる。

オペレーションルームの空気が変わった。

いままでこれほど大規模な出撃はほとんどなかった。

言ってしまえば、ライトくんのチームがほとんどのモンスターを始末してくれていたおかげで、ここ最近は出撃命令すらなかったくらいだった。

そのため、今回は久しぶりの任務、かつ大人数での防衛線。

少しの情報伝達のミスが命を危険にさらすことになる。 それだけの緊張感があるのは当然なのかもしれない。


「……あ、熊谷先生」


ラウンジで指示を伝え終わったのか、オペレーションルームへ入って来た先生。

水島先生が安堵の表情を浮かべてるところを見るに、今回は熊谷先生が仕切るらしい。

どうやら私の今の仕事はここまでらしい。


「先生。 次は何をすればいいですか? 私、なんだって手伝いますよ」


昔から自分は器用な方だった。 だいたい何でもこなせる、万能機。

それなりに全てこなせてしまうため、自然とこうやってやることを尋ねるクセがついてしまった。

頼られるのは嬉しいし、それで喜んでもらえたらなおさらだ。

だから、今回も誰かの役に立てるなら、と思って聞いていた。


「……いいか、双葉」


先生は私の名を呼んだ。


「"なんでもやる"ということは、"やりたいことがない"ことと同義だ。 そんな意志の無いやつに、頼む仕事は無い」


時が止まった。 ……ような気がした。

少なくとも、その言葉の意味を理解するための頭が止まってしまったのは事実だ。


「…………」


そしてなぜか、私の足は部屋を出たがっていた。

扉が開いて、廊下に出てしまう。

それでも尚、さっきの言葉の真意がつかめない。


「……私に、意志が無い?」


それがどういうことなのか、一番分かっていないのは自分自身だ。

あんなことを言われたのも、初めてで。

まだ胸の動悸が止まなくて。


「……やりたいことが、ない?」


やりたいことって、なんだろうか。

やるべきことはたくさんあるだろうけど、私自身が望むことって、なんだろうか。


「やりたい、こと」


考えてみて、少しだけ心当たりがあった。

それはあの現場までわざわざローザちゃんの後を追いかけた動機でもあり、思えばずっと願っていたことでもあった。


「……"普通"じゃない、"特別"がほしい。 私も、"特別"になりたい」


軍事学校へ進学したのも、殺人未遂の現場を押さえようとしたのも、こうして生徒会役員の権限を使って情報を整理していたのも、全てこの願いのためだったではないか。

人とは違うなにかを掴みたくて、こうして生きてきたではないか。


『……なら、欲するか、力を?』

「――ッ!?」


バッと振り向くと、どこからともなく、それでいて最初からそこにいたように、一人の青年が姿を現した。


「ようやく会えたね。 僕はキミを、探していたんだ」

「だ、誰?」


懐から四角いライフルを取り出して銃口を向ける。

白い髪に痛々しいほどの紅い目。

黒い外套をその身に纏い、その男は不敵に笑っていた。


「僕は……そうだね。 言うなれば"誰でもない"。 強いて言えば、キミに"特別"をあげに来た悪魔・・さ」

「あく……ま……?」


それは比喩なのか、冗談なのか。

はたまた本気で自分をそう形容したのか。

どちらにせよ、よくない雰囲気だという事だけが分かった。


「そして僕はキミを連れ戻しに来た。 キミにこの世界は似合わないよ」


銃口を向けられているのにも関わらず、余裕の表情で一歩、また一歩と近付いてくる。


「ひっ……!?」


堪らず発砲。 触れられてはいけない。 それだけしか頭になかった。


「おっと。 ……ここで騒がれるのはマズイな」


青年は指で何かを弾いた。

私は条件反射的に背を向けて走り出していた。

今ならまだ間に合う。 曲がり角まで走ってしまえば――


「――えっ!?」


足が何かに絡め取られ、派手に転んでしまった。


「ふぅ……強引な手は避けたかったけど、これじゃあ話が進まないからね」


青白い何かが空へ還っていくのが見える。

この光は……クリスタル粒子だろうか。


「あ、あぁ……」


状況が全く飲み込めない。


「わぁぁああああああッ!!?」


ライフルで足に絡んだ蔓を弾き飛ばし、がむしゃらに駆け出した。

ここがどこかも分からない。

この先が何なのかも、全く分からない。

ただ闇雲に、木々の間を縫って走った。


『キシャァァアアアアアアッ!!』


聞いたこともないような奇妙な音は、モンスターの鳴き声なのか。

同時に聞こえてくるカサカサという不愉快な音も、視界の端をちらつく赤い何かも、全て。


『シャァァアアアアアアアッ!!』


ドンッと土煙と引き千切られた植物が飛び散り、目の前にそれ(・・)が現れた。


「ぁあ……あ………」


直接的な、暴力的なまでの殺意。

見えたのはカマキリの身体とクモの脚。

あまりに現実味の欠けたその光景に、全身の力が抜ける。

応戦しなくてはと思う余裕も無く、ただ震えるしかできない。


討伐課は……ライトくんたちは、こんな殺意を感じながら、それでも立ち続けていたのだろうか。

私には……無理だ。

こんな理性のかけらもない純粋な殺意を向けられて、立ってなんていられない……


ここで私は死――


「……おいおい。 そいつを殺して良いのは、僕だけだよ?」


――一陣の風が吹いた。


「え…………」


カマキリの刃が目の前の地面に突き刺さる。

その上に腰掛けるようにして、涼しい顔で――少なくとも私にはそう見える顔で――何かを突きつけていた。


「少し人類より強くなったからって、調子に乗らないことだ」


銃声。 弾け飛ぶ何か。

そして青年は影へ姿を変え、近付いていた他の何かを木々を縫うように消し飛ばしていく。


「………さて」


そんな一方的な殺戮劇を見せられ、その間一歩も動く事が出来ずに呼吸も忘れていた私は、背後から迫る声に反応もできない。


「まだ気を失ってないのは、さすがと言うべきかな。 キミはただの人間だろう? クリストロンでもクリスタリアでもない、純粋な人間」


賞賛とも軽蔑とも言い難い、それでいて諭すような声。


「キミは貴重な存在なんだ。 勝手して死なれると、困るんだよね」


ゆっくりと、振り返る。

ニヒルな笑みが張り付いていた。


「……ここは?」

「あれ? 質問できるぐらい余裕なのかい? そんな震えて無理しちゃって」


確かに震えは止まらないし、何が何だかわからない。


「……教えて。 ここはどこで、何をする気なの?」


それでも、知らなくてはならない。 何が起きようとしているのかを。


「………まぁいいだろ。 ついでだ、教えてやる」


手を差し出された。

その手に触れるのはなんだか嫌なので、震える脚でなんとか立つ。

困ったような顔をされた。


「ほら行くぞ。 もうキミに行くあてなんて他にないだろう?」


汚れて重くなったスカートや服を身に纏ったまま、脚を引き摺って後に続く。

木々に囲まれていたせいで気付けなかったが、どうやら雨が降っているらしい。 湿っぽいのはそのせいだろう。


「……先ずは最初の質問から」


目印も何もない森の中を、迷いなく歩いて行く。


「ここはクリスタル鉱山麓。 その森林の中」

「で、でも、さっきまで私たちは学校に……」

「転移してきたんだよ。 クリスタルを使ってね」


さらっと、さも当然と言う風にそう告げられた。


「……そして次の質問」


返す言葉を失った私を見て、話を進めた。


「キミは残った最後の人類として、新たな世界の触媒となってもらう」

「……はい?」


いきなり話が飛びすぎだ。

前提もその内容も分からない。 理解できない。


「……この世界はもうじき滅びる。 そして新たな世界――キミたちが望んだ世界になる。 キミたちを残さずに、ね」


望んだ世界?

世界に何を望んだと言うのか。


「その世界変革の最後の工程。 新たな種を産む触媒を担うのがキミ。 あらゆる能力を持ち合わせた、キミが次の世代の依り代になるんだ」


私になんの能力があっただろうか。

これといって特別な能力なんてなかったはずだ。


「……キミが過ごしたこの世界は、どうだった?」

「え……?」


何も反応できないでいた私に、突然質問が投げかけられた。

予想もできなかった、何の脈絡もない質問を。


「どうって、言われても……」


前を歩く青年はヒントをくれない。

仕方なく自分でその質問の真意を推し量る。


「……それなりに、楽しかったよ。 うん。 悪くはなかった」

「……………」

「それなりに、普通の、少し周りの環境と人が変なだけの、楽しい生活。 それなりに人助けをして、学校でもそれなりで。 本当にどこにでもあるような、そんな生活」


それが私の望んだ世界なのだろうか。

本当にこんな世界で、こんな生活をしたかったのだろうか。


「……不満そうだな」


見透かされたような言葉が刺さった。


「確かにキミの環境は"普通"ではなかったかもしれない。 特殊な状況シチュエーションだったかもしれない」


彼が何者なのか、ますます分からなくなる。


「……でもキミ自身は、"望み通り"だったはずだよ」


何を以って、そんなことを言うのか。


「たった数時間前まではね」


けどそれは、真実以外の何物でもないのだろう。


「……夢の時間は終わりだ。 今度は皆の望みを、叶えてもらうよ」


たとえ私自身が、全て忘れている(・・・・・・・)としても。


「まずは相応の衣装を用意してあげないとね。 これから創世の母となるのだから」


今はただ、身を任せるしかない。

初めから、私自身に拒否権などなかったのだから。


「さぁ……お望み通り、特別・・を始めよう。 そしてこの世界に終わりを告げるんだ」



今回で100話目なんだとか。 企画は考えたんですけど、まぁ、そのうち何かします(


どうか最後までお付き合いください。

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