5 人は弱い
その場所は、自然のつくった高い塀で囲まれていた。
外から見たら、ここは、そりたった山の壁にしか見えないだろう。
そんな、地の利を生かした城塞が、この場所に、人工的につくられていた。
リカは、その塀の上から、外の景色を見ていた。
「宗主は、何で、私達を、こんなとこに閉じ込めたのかな。」
「俺達を守ろうとしてたんだ。」
そばにいたのは、キョウだった。
「それが、私達の幸せだと思ったのかな。」
「そうだろうな。宗主はいわば大人で、周りは皆、子どもみたいなもんだったから、守るために、必死だったんだと思うよ。」
「でも、子どもは、いつまでも子どもじゃないよ。」
リカが反論すると、キョウは、笑った。
「だな。時代が違う。宗主が守ろうとしていた子どもは、皆が皆、いつまでも子どものままじゃない。」
「自分で考えて、自分で行動できる。自分で律して、自分で判断できる。私達は、子どもじゃない。」
キョウは、静かにうなづいた。
「そうだな。」
「戒律を変えることはできないの?」
キョウは、少し驚いたように、軽く目をみはった。
「そんなこと、考えるのは、お前くらいなもんだ。」
「そうかな?」
キョウは、苦笑する。
「宗主は人間だったが、戒律は、最早、神の言葉だ。俺達全ての行動の指針であり、道徳基準だ。その基準通りに生きる事が人生の目標なのに、その基準を変えるなんてことができるわけがない。ましてや、まだ大人になりきれない子どもはいっぱいいるんだ。」
「皆が大人になれば、戒律は?」
キョウは、ため息をついた。
「お前の言う大人というのが、どんな状況下でも、自分の持つ基準だけで、正しい判断と正しい行動がとれる人間ということなら、必要なくなるだろうな。」
「そうならないかな?」
「正しいの基準が、難しいだろ。人は弱い。どんな状況下でも適切な判断ができるかは疑問だな。」
夢から醒めた梨花は、リカとキョウの会話をはっきり覚えていた。
それどころか、会話のあいまに吹く風が、頬をなでる感触まで覚えていた。
キョウの言葉を一言一句覚えている。
リカは、キョウが裏切ったと言った。
人は弱い。
キョウは、弱かったから、リカを裏切ったのか?
考え込む梨花は、ポコンと、丸めたノートで、凛に頭を殴られた。
「何?」
「何じゃないわよ。」
凛は、梨花の隣にきて、梨花の視線の先の、渡り廊下を歩いている榊の姿を見つける。
「ここんとこ、ぼーっとしすぎ。それから、榊、睨み過ぎ。」
「え?」
「榊が、俺が牧嶋に何かしたかって、ビビッて、私に聞いてきたわよ。」
「げっ」
あからさますぎたか。
「それとも、親衛隊の言うように、榊のこと、好きなの?」
「まさか。何? 親衛隊って。」
「華子たちが、榊の親衛隊つくってんのよ。」
「うわ、また、面倒な連中が。」
凛が言うグループは、新庄華子をリーダーにする派手なグループで、学年内でも、一番目立つ集団だ。会話の内容は、ほぼ男と恋愛とおしゃれにつきる。梨花にとっては、苦手なグループだが、梨花と同じ就職、私立短大、専門学校のいずれかを選ぶクラスなので、進学組と比べて暇もある。
新庄華子は、今までにも、卒業した先輩の親衛隊をつくっていたことで有名だが、それは、親衛隊という名のもとに、近づく女子を牽制する意味あいが強いことも、みんな知ってる。
この春、その親衛隊が一押ししていた先輩が、卒業して、県外に行ってしまった。
噂では、その先輩は、華子たちの妨害で彼女ができず、そのために県外に逃げたのだと言う。
そして、先輩がいなくなり、華子たちは、多分、次のターゲットを探していたのだろう。
「榊って、何か、ボーっとした感じなんだけど、顔はまあまあだし、スタイルも悪くはないし、偉そうでもないし、モテんわけはないだろうけどね。」
凛が、解釈する。
「で、あんたが、あんまり、あたりかまわず榊を睨み付けてるから、榊のこと好きなんじゃないかって、警戒してるみたいよ。」
「そんなに、睨んでる?」
「自覚なし?」
凛が、小さい肩をすくめる。
「相当だよ。授業中も試験中も歩いてる時もだもんね。気が付かない方がおかしいって。マジで好きなの?」
「ない、ない。」
梨花は、ブンブン首を振った。
「じゃ、何? 犬に似てるって言われたことに腹たってるわけ?」
「違う、違う。これにはわけが…」
梨花は、凛に、榊の顔を持つ男が登場する夢の話を話して聞かせることにした。