3 ハヤテって誰?
生物の授業は、意外に早く来た。
梨花は、榊の顔をじっと見てみる。
どう見ても、あの夢の男は、この榊恭平と瓜二つなんだけど、会ったことはない…はず。
クラスを見わたしながら、授業をする榊と、当然、何度か目があうことになる。
梨花の、異常に強い視線に、榊は、最初こそ驚いたように軽く瞬いたが、元々、そんなに動じないタイプなのか、勉強熱心だと解釈したか、そのあとは、何事もないよう、梨花の執拗な視線を受け流しながら、授業をすすめていた。
梨花の方も、別に好きで見ているわけじゃない。
授業など耳に入らない。
未だ、夢の感触が残っている。
夢の中の榊のあの目が忘れられない。
「どうして?」
と言いながら、信じられないものを見たようなあの目。
何故、自分が刺されなければならなかったのか、榊は、わかっていなかったのか?
でも、聞きたいのはこっちなのだ。
どうして、あんな夢をみたのか?
どうして、自分は、榊を刺し殺しているのか?
どうして、それが榊なのか?
夢なのに、あまりにリアルな感触が残っている。
生々しすぎるのだ。
教室移動の間も、一緒に歩く凛が、考え込む梨花を不思議そうに見ている。
そこに
「牧嶋梨花さん?」
唐突に、目の前に榊の顔が現れた。
「うわおっ。」
女の子らしからぬ悲鳴をあげた梨花に、榊は、思わず身体をのけぞらせ、梨花の隣にいた凛は、噴き出す。
榊は、体勢をたてなおし、苦笑しながら、梨花に質問した。
「どっかで、会ったことあったかな?」
「え?」
「クラスで見た時、何か、懐かしい感じがしたんだけど…」
「先生と?」
懐かしいとは、何と平和的な言葉だろう。
梨花の方は、この距離で、まともに榊の目をみることは心苦しい。
夢とはいえ、梨花は、この榊を殺しているのだから。
けれども、こうやって近くで見ると、やはり榊には違いない。
「何ですか?先生。生徒、口説こうとしてるんですか?」
隣から凛につっこまれ、榊は、声をたてて笑った。
「いや、マジな話。」
こうやって、まともに顔を直視されると、罪悪感もあいまって、どぎまぎしてしまう。
もしかしたら、授業中あまりにも見つめ過ぎたせいで、何かあるのかもと、気を回してるのかもしれない。
「ないです。多分。」
「?」
榊は、ちょっと間をおいて、
「そうか…」
と、首を傾げる。
「ハヤテに似てるのかな…?」
小さな声でぼそっと言った声が耳に入ってきた。
「ハヤテって誰?」
梨花が聞き逃さずに、聞くと、榊は、慌てたように手を振った。
「いや、…。」
「誰ですか?」
問い詰める梨花に、榊は仕方なく
「昔、飼ってた犬なんだけどな。」
と、素直過ぎる告白をする。
「えー!?」
目をむく梨花の隣で、凛が爆笑した。