2 どうして?
桜咲く今日は、始業式。
牧嶋梨花にとっては、3年最後の年になる。
2年の終わりの進路希望は、短大か専門学校か就職のいずれかの欄に丸をつけた。
大学進学組とは、もう道は重ならない。
先生とも家族とも話し合った。
奨学金を何件か借りるという手もあったが、それが苦にならないほど成績がいいわけではない。
経済的な問題で、梨花はこのクラスを選んだのだ。
最終的に就職を選んだら、この1年が最後の学校生活になる。
さして優秀でもない高校だが、一応進学校。
3年のクラスは、進路によって分かれている。
1組は、特進クラス。
2、3組は、国立進学クラス。
4、5組は、私立進学クラス
そして、6組が梨花が選んだ短大、専門学校、就職クラスだ。
「りっかー♡、今年も一緒よーん。」
後から抱き付いてきたのは、同じく短大、専門学校、就職希望クラスの里村凛。
同じ中学だったのだが、親しくなったのは、高校に入ってからだ。
体育の並びで、常に一番前を死守するくらい小柄で、おかっぱ頭の、目のくりくりした親友だ。
私立大学の進学希望のくせに、梨花が6組を希望すると聞いて、自分も6組にしてしまった変わり者でもある。
「6組は、進学するには不利な雰囲気だよ。」
と、凛には何度も忠告したが、
「真面目なのは3組までだって。あとはどこも一緒。」
だと、誰の意見も聞かなかった。
おかげで、1年楽しくなるけどねと梨花は、素直に喜んだ。
担任は、片桐百合子。中年の国語教師だ。お堅い性格で、融通はきかないが、梨花は別に嫌いじゃない。
クラス名簿を見ながら
「副担の榊って誰?」
と、凛が聞いてきたが、梨花もはじめて聞く名前だった。
その理由は、そのあとの始業式で判明する。
今回、始業式で、赴任の挨拶をした教師は二人。
一人は、保健室に常駐する高階柊子。そして、もう一人が6組の副担任、生物担当の榊恭平だった。
教師としては、まだ初々しい感じの榊は、目元が涼しげな端正な顔立ちの好青年で、クラスの女子が湧きたった。
凛が、梨花に親指を突き出す。
何となく、いい1年になりそうな予感がして、ウキウキした気分のままで、一日を終えたその夜のことだったのだ。
鋭利に研ぎあげられた剣が、嘘のように彼の身体を突き抜ける。
思い切り、彼の身体を刺した。
小さなうめき声を聞き、思わず離した手には、血がべっとりついている。
激しく出血している。
「どうして?」
それが、振り返った彼の、最初の言葉だった。
「わかってるはずよ。」
手が震えているのがわかった。
けれども、リカは、あえて、冷たい声で言った。
彼にこの冷たさが伝わるように。
伝えないといけない。
彼に、この怒りを。
けれども、語尾は震えている。
彼は、眉をしかめながら、弱く首を振る。
激痛が襲ってきたらしく、冷や汗が噴き出ている。
「何のことだ?」
その言葉は、怒りではなかった。
身体が大きく揺れ、支えるのが苦しい状態であるのがわかる。
「自分の胸に聞いてみる事ね。」
「何を言って…。」
「…。」
耐えきれず、膝をつく。
その姿を、見下ろすリカ。
彼は、苦しそうな表情で、リカを見上げた。
何か言いたげに唇を動かすが、最早言葉にはならない。
「…。」
そして、彼の目から急速に光が消えていく。
同時に、身体を支える力も抜け、彼は、静かに倒れていった。
ベッドから起き上がったリカは、汗をかいていた。
思わず見つめる両手には、血のあとはない。
けれども、その手には、さっきまで握っていた剣の感触が残っている。
暖かい血が、その手に滴った感触が残っている。
手が、震えていた。
「何で?」
何で、私が、あいつを…?
頭をかかえる。
梨花が、今、夢の中で殺した相手は、今日、赴任してきたばかりの新人教師、榊恭平だったからだ。