15 その線で
中庭のベンチに座って、ぼんやりしている榊の隣に、凛がちょこんと腰かけた。
「不思議な出来事だったね。」
「ああ。」
あのあと、梨花は、本当に憑き物がおちた様だった。
ありがとうと、18歳の梨花では、決して表現できないような、深く感情のこもった笑顔を見せて、梨花の中のリカは、いってしまった。
「悪霊に憑りつかれた時も、あんな感じになるんじゃないかな。」
と、梨花は、その時のことを、凛に語った。
確かに、リカの意識が梨花を上回って、本来の持ち主である梨花に憑依しているといってもいい状態だったからだ。
そのリカの意識は、榊に許すと告げられたあと、霧のように消えて行った。
もはや、リカの感情が表面にあがってくることも、今の梨花に同化することもない。
リカの存在は、かき消え、今の梨花に影響を与えることはなくなった。
高階にいたっては、リカの存在が消えた瞬間に、シュウとして話をした記憶も一切失っていた。
記憶が欠落し、何がおこったかわからないという高階に、あえて、梨花も凛も榊も説明はしなかった。
榊だけが、どこか、この件をひきずっているようだった。
物思いにふける榊を、目撃者であった凛が心配する。
「先生って、あのとき、本当に何も思い出さなかったの?」
「あのときって?」
「あの二人が、言い争ってたとき。」
「ああ…。」
「あの時、先生も、俺がキョウだって言いだすかと思ったよ。」
凛は、大きな目をくりくりさせて、榊の顔をのぞきこんだ。
「先生は、前世信じる?」
「どうかな?」
「でも、そうじゃなきゃ、説明つかないじゃん。梨花も高階も、先生はキョウだって、言い切ってたよ。」
「そうだな。」
ぼんやり返答する榊に、凛は、ひとつの提案をした。
「ねえ、先生って、霊感信じる?」
「霊感? いや…。」
榊の軽い否定にめげることなく、凛は続ける。
「私のお母さんが、道楽で喫茶店してるんだけど、そこに不思議な大学生が来るんだって。」
「不思議な大学生? 何だ、その胡散くさい、くくりは。」
「何か、話をすると、色んなことがわかるんだってよ。」
「色んなこと?」
「うん。すっごくいい人らしいし、お金なんかもとらないし、話、してみたら?」
「何で?」
「何か、引っかかってるんでしょ? 私がセッティングするから、行ってみてよ。」
榊は、笑って首を振った。
「お前、楽しんでるだろ。」
凛は、にっこり笑った。
「こんなの、大好きだもん。それにね、どうせ、先生が気にしてることって、自分じゃ、解決できないって。」
「ん?」
「梨花も高階も終わってるもん。」
「?」
「先生だけが、何か引きずってるけど、あの二人にとっては、完璧に終わったことみたいよ。」
「何か、俺だけがしつこいみたいな言い方だな。」
「まあ、わかるよ。あの二人にとっては、目的達成して終わりみたいな感じだけど、先生だけは、思い出しもしないし、証明もできないし、説明もされないし、ただ、感情をぶつけられただけだもんね。受け流すには、衝撃的すぎるし。誰かに言っても、信じてもらえないだろうし…。何で、こんなことが起こったのかって、頭の中ぐるんぐるんだよね。」
「別に、ぐるんぐるんはしてないけどな…。」
「でも、凡人には、解決不可じゃん。だから、騙されたと思って、その大学生と話してみてよ。すっきりするかもよ?」
「霊感ねえ。」
乗り気でないのは、見え見えだったが、凛は、気にすることもなく
「家が近所らしいから、会う段取りつけとく。先生、週末あいてる?」
と、話を勧めようとする。
「日曜の1時でいい?」
「おい、里村…。」
「じゃ、その線で。待たせとくから、絶対来てよ。」
凛は、榊の返事も聞かず、楽しそうに、教室に戻る外階段を駆け上がっていった。