14 許すよ
梨花は、目を開けた。どうやら、榊から、ベッドにおろされて、そんなにたってないようだった。
「気分はどう?」
高階が、顔を覗き込む。
梨花は、思わず飛び起きた。
「どうして、あんなことしたの?!」
「え?」
驚く高階。
高階の後で、凛から生物の教材を受け取っていた榊も、驚いて梨花を顧みる。
「私に嘘をついた。貴女がスパイだったのね。シュウ!」
「牧嶋?」
榊が、梨花の剣幕に驚き、声をかけるが、梨花は、高階を睨み付ける。
「牧嶋さん、何を言ってるの?」
高階が、近寄ろうとすると、梨花は激しく拒絶した。
「死んでるキョウに驚いたのは何故? キョウの死体にとりすがって泣いてたのは、シュウでしょう? キョウが間諜なら、皆を守るために殺さなければならないのは当然のルール。どうして、あんなに驚いたの?」
高階は、2、3歩後ずさった。
「貴女は、リューの家に向かうはずだったキョウを、理由をつけて足止めしたんでしょう?
そして、伝令から、リューが殺されたという情報を聞いた後、キョウに、アイリが怪我をしてるから助けてって嘘の情報を伝えたのね。ヒーラーは、絶対に必要だから、捕まる前に連れてきてって。
そして、私がキョウを探すつもりなのを知ると、探し出さないよう、キョウをスパイだと偽った。私がキョウを探し出してしまったら、アイリが死んだことも、自分が嘘を言ったこともバレちゃうから。」
「…。」
「スパイは貴女だったのよね。リューが最初のターゲットになることを知っていた貴女は、キョウをその現場から遠ざけた。キョウが、遠い北の門まで行って、いないアイリを捜して、帰ってくるころには、西の門に集まる私達が片付いていると思ったんでしょう。」
凛は、驚いて口をパクパクさせている。
「た、高階も参加者?」
高階は、夢の中のシュウと同じように、きれいな顔を歪めた。
「よく考えれば、おかしいことはいっぱいあったのよ。シュウに何故一人かと聞かれたけど、伝令の順番からすると、シュウの方がアイリより先に情報が届いているはずなのに、シュウは一人も仲間を連れていなかった。キョウが長老の家に行ったのを目撃したことだって、確かにシュウの家は長老の家には近いけど、わざわざあんなところで、夜遅く、偶然目撃するのも、そのことを、怖くて誰にも話していないというのも、事の重大さを考えれば、おかしいことだらけだったのに…。」
高階は、怯えたように首を振る。
「貴女は、キョウだけを助けようとしたのね。」
「現実じゃないわ…。現実じゃ…。」
高階の言葉に、凛はぎょっとする。
「高階、話が通じてる?」
「どうしてなの? どうして、シュウは私をだまして、キョウを西から遠ざけたの?」
梨花は、激しく高階を罵った。
高階は、首を振りながら、苦しそうな声で答えた。
「好きだったから…。」
「高階?」
声をあげたのは、凛だった。
榊は、呆然と二人を見つめている。
「私は、間諜の家に育って、自分の使命以外の生き方を選ぶことはできなかった。でも、せめて、好きな人の命だけは、救いたかった。キョウに嘘の情報を伝えて、いないアイリを探す間に、西は片付くはずだった。私は、長老には、キョウの名前だけは、はずしていたから、キョウは助かるはずだったのに。キョウは、いるかいないかわからないリカを迎えに行くために、あそこまで引き返してた。じゃなきゃ、あんなとこにいるはずがない。本当なら、一番安全な場所にいたはずだったのに。」
高階は、叫んでいた。
叫びながら泣いていた。
「私だって、つらかったのよ。リカには、嘘をついた罪悪感を感じてた。だから、西の門が待ち伏せされてるって情報を伝えたのよ。待ち伏せがあることを知るだけで、もしかしたら、誰かが助かるかもしれないって…。私だって、板挟みになってどれだけ苦しんだか…、必死だったのよ。」
「これって、ホントにホントに前世じゃない? 榊?」
凛が、榊の隣で、榊を見上げる。
「?」
「一応、説明してあげるけど、二人が言ってるキョウって、先生の前世よ。…多分。」
「俺?」
榊が目をむく。
「先生の記憶は?」
凛の問いかけに、榊は、首を振る。
「俺に前世の記憶なんてないぞ。」
「梨花の夢の話、聞いたでしょ? 前世の梨花が、前世の先生を刺し殺しちゃったのよ。…多分。」
「ああ、このことか…。」
榊は、梨花から聞いた夢の内容が、この件だったと納得し、ホッとしかけて、事態がホッとする状況でないことに気がつく。
「梨花も高階も先生を殺したことで、言い争ってるのに、先生、ホントに思い出さないの?」
凛が、小さい声で榊を責める。
「俺が悪いのか?」
「そうじゃないけど…、でも、そしたら、どうやって、この状況に終始をつけるの?」
「俺に聞くか?」
梨花は泣いていた。
「私は、とんでもないことを…。」
梨花は、どんどん溢れてくる涙をぬぐうこともせず、ベッドから降りて、まっすぐ榊の元に向かってきた。
「梨花じゃ…ないよね? 前世のリカだよ。…多分。」
凛は、榊の袖をひっぱり、事態の認識を榊にうながす。
榊は、凛を見て、梨花を見て、数歩後ずさって壁にはりついた。
「…。」
梨花は、榊の前でピタリと止まる。
「近っ」
凛がつぶやく。
キスでもしそうな近すぎる距離に榊も戸惑う。
それでも、いつもの雰囲気じゃない梨花と視線をあわせた。
梨花は、まだ泣いていた。
「ごめんなさい。ずっと、ずっと後悔してた。キョウを殺してしまってから…。」
高階がハッと顔をあげる。
「ごめんなさい。貴方を疑って、貴方をスパイだと思い込んで、貴方を信じられなくて…。」
榊は、困ったように梨花を見つめる。
「リューが死んだと聞いて、怖くなった。アイリが、殺されるのを見て、普通じゃなくなっていた。覚悟なんてできてなかった。冷静に考えれば、誤解していたことも、もっといろんな対処を考えれたはずなのに、余裕がなくて、いっぱいいっぱいになってて、アイリを口実に、私達を囮にして、逃げるつもりだと、思い込んでしまった。」
「牧嶋…。」
「私は、どんなことがあっても、死んだという情報を聞かない限り、キョウを探すつもりだったのに、キョウは、私が西で死ぬことに何の躊躇もないんだと、勝手に貴方に絶望してしまった…」
「…。」
「貴方は、アイリを探す前に、私を心配して、私を探すために、あそこまで戻ってきていたのにね。」
「絶対、前世だ。」
誰も聞いていないが、凛がつぶやく。
「ごめんなさい。キョウ。私は、貴方に謝るために、貴方を追いかけてきたの。」
「…。」
梨花の瞳は、まっすぐ、榊にうったえている。
「本当にごめんなさい。大好きだったのに。」
「…。」
榊は言葉を失っている。
凛も、冗談ではない雰囲気は、しっかり感じ取っていた。
「許してくれなくても、しょうがないわよね。私、あんなに酷いことを…。」
目をそらし、再びあふれ出す涙をみて、榊は、あからさまに戸惑い、
「許さないも何も…。」
と、言いかけて、言葉を止めた。
凛が、じっと榊を見ている。
「許すよ。それで、君の気がすむなら…。」
榊は、そう言うと、伺うように、梨花の顔をのぞきこんだ。
グッジョブと、隣で凛が親指をつきだす。
梨花は、大人の女性のような、深く優しい笑みを浮かべた。
「ありがとう、キョウ。」