13 考えたくないけど…
どんよりした梨花に、凛が心配げに声をかける。
「どんな夢みたのよ?」
おそらくそれが夢のせいだということに、親友の凛は気づいている。
「考えたくない。」
「え?今までとは逆?」
「今日は、この話は無理。」
梨花の額から脂汗がにじんでることに気づいた凛は、その様子がただごとでないことに気が付いた。
「梨花、保健室に行こう。」
「大丈夫。」
「大丈夫じゃないよ。」
凛が、梨花の体を支えるようにして、二人は保健室に向かった。
「里村、どうしたんだ?」
その途中で、榊に見つかる。
そして、小柄な凛が必死で支えてる梨花の顔をのぞきこんで、あまりにも顔色が悪いことに気がつく。
「牧嶋?」
「先生。」
凛が、期待をこめて、榊を見上げる。
榊は、一瞬、困ったような顔をした。
おそらく、梨花から嫌われてるかもしれないと思い、躊躇したのだ。
「私を助けて。」
小さな身体で、梨花を支える凛が榊を睨む。
榊は、苦笑して、手に持っていた教材を床に置き、二人の目の前にしゃがんだ。
「俺の背中に乗せろ。」
「がってん。」
凛が嬉々として梨花の身体を榊にゆだねた。
榊が、梨花をしょって、そのあとを、榊の教材を持って、凛が小走りでついていく。
保健室に入ると、高階が、すばやくベッドの準備をして、梨花をゆっくり横たえた。
「こんなこと、多いのか?」
榊が、凛に尋ねている声がする。
その声を聞きながら、梨花の意識はゆっくり途切れていった。
西に向かうリカが、路地でばったり会ったのは、仲間のシュウだった。
リカもアイリの死を間近に見たばかりだったが、目の前のシュウの顔色も悪かった。
「どうして、一人なの?」
シュウが尋ねる。
リューが殺されたあと、各リーダーに伝言が伝わっているはず。仲間は、それぞれリーダーと行動を共にしているはずなのだ。
リカは、アイリの死を伝えた。
シュウは、うつむいた。
「貴重なヒーラーだったのに…。」
「間諜がいたということよね?」
「考えたくないけど…。」
シュウは、何か、言いよどんでいた。
リカは、思いついたように言った。
「シュウ、お願いがあるの。アイリが死んだことをタクミたちに伝えて欲しいの。」
「リカは?」
「私は、キョウを探す。まだ、死んでるとは限らないもの。どこかで怪我をして隠れてるかもしれない。」
「危険だわ。」
「大丈夫。探しながら、西を目指すから。それに、私は、ペーペーだから、狙われるとしても最後よ。」
シュウは恐ろしく顔を歪めた。
「待って、リカ。言っておかなければならないことが…。」
「何?」
シュウは、苦しそうな表情で、リカに爆弾を落とした。
「私、見ちゃったの。」
「何を?」
「キョウが長老の家から出ていくところを。」
「え?」
頭を木刀で殴られたかのような衝撃がリカを襲う。
「どういうこと?」
「こんなこと、怖くてまだ誰にも言ってないんだけど…。」
「え?」
リカは、自分の声がかすれているのがわかった。
「私の家が長老の家に一番近いことは知ってるわよね。」
シュウは、顔を歪めたままで、リカに説明する。
「キョウが、長老の家から出ていく意味を考えて、私、暫く、その場で考えてたのよ。あまりに衝撃すぎて、考えがまとまらなくて。そうしたら、憲兵たちが現れて、二つに分かれて出て行ったわ。私は隠れてたけど、一つは、リューの家の方向。もう一つは西の門の方向よ。」
「!!」
「わかってるでしょう? そのあと、リューが殺された。キョウがこういう事態に、西の門に集まることを知っているとしたら、西の門は待ち伏せされてるわ。」
リカは息をのんだ。
「リカ、考えて。間諜はキョウよ。」
考えたくない結論だった。
「そんなはずない…。」
とっさにリカは否定する。
「どうして、そう言い切れるの? 間諜について、聞いた事あるの? 彼等の仕事は、代々、秘密裡に長老に直に使える家業なのよ。生まれた時から決まっている使命ありきの人生なのよ。キョウだろうが、タクミだろうが、そういう家族に生まれていたなら…。」
「待って。でも、私を仲間に誘ってくれたのは、キョウなのよ。」
シュウは、気の毒そうに言った。
「リカが、大事な幼馴染をかばいたいのはわかるわ。けれども、間諜は、揺さぶるのよ。揺さぶって本当の心を試すのよ。キョウは、最初から手放しで、リカを歓迎した?」
「危険だからって、悩んでた。」
「試すのも、スパイの仕事なのよ。リカの望みが本物かどうか、やるのかやりたいだけなのか、危険分子かどうなのか、見極めるために、誘ったのよ。」
「でも…。」
「否定したい気持ちはよくわかる。こんな緊急時に、何が正しくて何が間違っているかなんて、誰にもわかるはずがないもの。」
「…。」
シュウは、少し寂し気だった。
「でも、迷ってる時間はないわよ。今、城塞内で逃げているはずの仲間を追ってる気配が少ないのは、腕のたつリュー、ヒーラーのアイリ、リーダー格のソーやタクミを殺せば、あとは、西の門で待ち伏せして一網打尽にするつもりだからだと思うわ。」
「…。」
「キョウと合流しようなんて思わない方がいい。それより、タクミにこのことを話すべきだわ。」
リカは、思考がストップしていた。
何がベストなのかがわからない。
キョウが裏切ったなんて、どうしても信じられない。
「戸惑うのもわかるけど、タクミたちに話す方が先よ。西の門が待ち伏せされていることを伝えないと、私達、全滅よ。」
「シュウ…。」
「キョウのことは、タクミに伝えたあとに考えて。タクミは早めに狙われるはず。別れて探しましょう。急がないと。」
「わかった。」
リカは、動揺していた。