10 家はどこだ?
夕課外が終わったあと、梨花は、榊に呼び止められた。
「牧嶋、家はどこだ?」
「え?」
「自転車組か?」
「いえ、バスです。」
「家まで送る。駐車場で待ってろ。片桐先生には了解済みだ。」
「大丈夫ですって。」
断ろうとする梨花だったが、湧いて出た凛に阻まれた。
「先生、私は?」
「こんな時は先生なんだな。」
榊は苦笑しながら、
「牧嶋と家は近いのか?」
と聞く。
凛は、満面の笑みを浮かべながら答える。
「はい、車だと10分かかりません。」
榊は、軽く吐息をついて、
「ついでだ。」
と、梨花の承諾もなく、勝手に送ることを決めてしまった。
「やったね。」
と現金に喜ぶ凛の肩越しに、華子たち親衛隊の姿が見える。
めっちゃ、睨んでるじゃん…。
面倒は、やなんだけどなー。
凛にひきずられるように、駐車場につくと、すぐに榊も降りてきた。
黒のホンダだ。梨花には、ホンダのロゴぐらいしか車のことはわからない。けれども、凛は、車の好きな従妹がいるらしく、梨花より詳しい。
「あ、このCR-Z、先生のだったんだ。」
「詳しいな。だったら、後部座席が狭いってことも知ってるな。」
「でしたねー。私入ります。」
凛が、先に後部座席にもぐりこんだあと、文句をたれる。
「マジでせまっ。」
「バスで帰るか?」
「いいえ。十分です。」
榊にうながされ、助手席に座る梨花。
校門を出る時に、華子たちの姿が見える。
こっちを見て騒いでる。
そりゃそうだ。
「先生、めっちゃ睨まれてますよ。私。」
梨花が華子たちから、できるだけ見られないように顔をそむけて言うと、
「何でだ?」
と、素朴な疑問が帰ってきた。
「先生のファンが、怒ってるんですよ。特別扱いしてるって。」
「俺のファンがいるのか?」
「いるもなにも、いつも取り巻きが、準備室に入り浸ってるじゃないですか。」
「ああ、理系女子がブームだからな。この学校には、生物に興味を持つ生徒が多いから、やり甲斐があるな。」
「華子たちのことですよ。」
「華子?ああ、新庄のことか。あいつが一番熱心だ。就職するには惜しい。あの情熱があれば、どこかに推薦で行けるかもしれないのに。」
梨花と凛は顔を見合わせた。
こいつ、生粋の天然だ。
「先生、彼女は?」
凛が、身を乗り出して聞くと
「いない。」
と、あっさりした答えが帰ってきた。
「前はいたんですよね。」
「ああ。」
これについては、榊があまり語りたくなさそうだったので、ひとまずこの話題はひっこめた。
次の口火を切ったのは、凛だった。
「先生、夢はよく見ます?」
「あまり、覚えていないな。」
「印象深い夢とか、あります?」
「何でだ?」
丁度信号が赤になり、榊が、凛を振り返った。
「梨花の夢が、結構、強烈なんですよ。」
榊は、助手席の梨花をじっと見つめる。
「牧嶋…。」
キョウの顔だ。
リカが信頼し、命を預け、そして殺したキョウの顔だ。
「悩みがあるのか?」
梨花と凛は、顔を見合わせる。
どうやら、榊は、夢を観てはいないらしい。
予想していたとはいえ、梨花は、少しがっかりした。
凛を降ろし、梨花の自宅前まできた榊は、親に今日倒れたことを、伝えようとするが、この時間、親は二人共留守だった。
「大丈夫か?」
榊は、梨花を一人にすることが心配だったらしい。
「大丈夫だって。貧血は、初めてじゃないし…。」
「そうか?」
「ありがとうございました。」
梨花がドアをあけ、降りようとすると、榊は、思い出したように声をかけた。
「牧嶋、どんな夢見るんだ?」
梨花は、榊を見た。
その姿にキョウがダブった。
「榊先生を刺し殺す夢。」
「え?」
「ごめんなさい。」
梨花は、急いで車から降りて、ドアを閉めた。
振り向くと、ショックを受けたらしい榊が呆然としている。
嘘じゃないし…
若干、傷つけた罪悪感を感じながら、家に駆けこんだ。
榊は、しばらく家の前で止まっていたが、やがて、ゆっくり車を発車させた。